59 誘い誘われ
えーっと。
「偶然ですね」
「そう思うか?」
違うよね。アーネストがそんな油断するはずない。
「これからはもう少し頻繁に連絡を取りたいと思っているのだが」
「これまで通りで大丈夫です」
今更何を言っているのかよくわからない。
「……だが、君も成人した事だし、騎士コースも辞めたんだ。もう何も気にする事もないのだから」
「私はこれまでも何も気にしていなかったので何も変える必要は無いと思われます」
「……」
珍しくアーネストが唖然とした感じがする。いつもやり込められて嫌な気持ちにさせられていた私としてはちょっといい気味だ。
私の態度が目に余ったのかローラがお茶のおかわりを淹れるついでにアーネストにわからないようにギラっと視線を送ってきた。
えぇ〜、なんでよ〜。別にいいでしょ……って、あぁ忘れてた。イーデンバッシュに行くためにどうにかアーネストに頼めないかとか言ってたんだっけ。いまだに他に方法は見つかってないし、仕方ない。ふぅ……
「アーネストはイーデンバッシュへ行くのですってね」
ちょっと砕けた態度を取って少し作り笑いをしてみた。
「あぁ……そうなんだ。エベリーナ様の父親の領主の夜会へ招待を受けたんだ」
私に贈ってくれたサファイアに負けないくらい美しい瞳を少し伏せて答える。前回のコーネリアスの夜会ではアーネストはエベリーナをエスコートして私はゴドウィンにエスコートされていた。
彼は私に気づかれないようにと思っていたようだが運悪く会ってしまった。気まずい顔をしていたから多少は世間体を気にしているのかも。
「そうですか……今回もエベリーナ様をエスコートなさるのですか?」
少し小首を傾げてイヤリングを揺らす。
「いや、決まっている訳ではない」
決まってないけどそうなるだろうと皆思っているって感じか。
「この前の夜会でもお二人はお似合いだと皆が噂してましたものね」
パトリシアの騒ぎが強烈過ぎて薄まっていたが、アーネストがエベリーナと付き合っているのではという話もチラホラ出ていたと聞いている。
「何を馬鹿なことを。君はそんな事を信じたりしないだろう?」
とっくに知ってるからね。信じるも何もないよ。
「そうですね、ですけど何度もエスコートされるなら噂が本当なのだと思い始めるのが普通でしょうね」
アーネストはピクッと眉を動かし一瞬考えると、手にしていたカップをそっとテーブルへ戻し静かに息を吐き出した。
「リアーナ、夜会まではまだ数日ある。君の方の用を上手く都合をつけて私の婚約者として一緒に夜会へ出てくれないか?」
キラキラしい髪を殊更輝かせ、アーネストが美しい微笑みを魅せた。
「あら、そんな風にお誘いして頂くのは初めてですね。これはお断りするわけには参りませんね。ローラ、調整をお願い出来るかしら?」
「勿論です、姫様」
部屋中の皆がニンマリとするのがわかった。
上手く事が運び心の中でヴィヴィアンばりに拳を突き上げているとガルムが到着したと知らせが来た。
アーネストとは一旦別れたが、ベルトナ国の王都でイーデンバッシュ国へ出発する時に落ち合う事を約束した。
王族の私は他国へ来たからには一応その国の城へ挨拶に出向かなくてはいけない。王と謁見する事は無いだろうがそれなりの地位の人へ顔を見せなければいけないのだ。
国境を越え城へ向かうため馬車へ移動していると護衛を連れた貴族がすたすたと近づいてくる。すぐ横にいたエミリオがさっと身構えたが直ぐに礼を取り少し下がった。
「ヴィヴィアン様のお父上、ヴォルガン様です」
ヴォルガンは私の前に片膝をつき恭しく頭を垂れる。
「お初にお目にかかります、リアーナ王女殿下。ベルトナ国、カナルキーナ領主ヴォルガンでございます」
低音の響くいい声だ。
「リアーナ王女です、宜しく。どうぞお立ちになってください。お嬢様のヴィヴィアンとはとても親しくさせて頂いているのですから」
この短期間であの娘はなくてはならない娘になってるよ。
「聞き及んでおります。不束かな娘ですがお近づきになれて大変光栄な事だと思っております」
ヴォルガンは口髭を蓄えたガッシリとした体型の男で領地経営をする頭脳派というよりは力で押し切るタイプに見える。
彼は私と一緒に城へ向かうのか護衛を連れてここまで出迎えてくれたようだ。ヴィヴィアンから知らせはいっているはずだがまさか直々に国境まで来るとは思っていなかった。
国境から王都までは勿論、転移装置で行くのだが、ここはカナルキーナ領ではない。
ヴォルガンに付き添われ馬車へ向かおうとした時、向こうからのしのしとやや恰幅のいい男が少し機嫌悪そうにやって来た。
「困りますなヴォルガン様、ここはダクラスト領地、私がリアーナ殿下をご案内するはずだったのですが?」
軽くヴォルガンに苦情を入れ、私へ向き直ると片膝をついた。
「お初にお目にかかります、リアーナ殿下。ここダクラスト領地の領主エイトールでございます」
まさかの二人の領主に出迎えられ顔が引きつりそうだ。
「王女リアーナです、宜しく。大変素晴らしい領主様に囲まれて少し緊張致しますわ。若輩者ですので御手柔らかにお願いしますね」
向こうからすれば他国の王族とはいえ成人したばかりの小娘だ、もちろん侮られているだろうけど。
「何を仰るのですか、大変優秀な方だと聞いております。学生たちからの支持が絶大だと」
エイトールが恭しく手を差し出しエスコートをしようとしているようだが、同時にヴォルガンも手を差し出した。
えぇ〜っとぉ。
私は両方の手を取るとにっこり微笑む。
「このように豪華なエスコートは初めてですわ」
隣国の領主二人の腕を取りながら数分の馬車までの道をゆっくりと歩く。
「今回のガルム商会の店は王都だけにお出しになると決めた訳ではないありませんよね」
エイトールがしっとりとした手を私の手に重ねてきた。
「えぇ、その地方によって流行りというものは違いが出ますからね、先ずは現地の視察を兼ねてと思いまして」
「エイトール様、あまり連れ回しては殿下がお疲れになってしまいます。今回は予定通り、王都と我がカナルキーナ領だけに留めておく方が今後の為です」
ヴォルガンが私が掴まっている方の腕を自分の方へ引き寄せながらニヤリとエイトールを牽制する。仲が悪そうなのは明白だ。恐らく国内で財政的に一、二を争う領地なのだろう。
バルバロディアと国境を挟んで栄えるダクラスト領と、鉱山で栄えるカナルキーナ領。どちらも裕福そうだ。
「何を言う、無粋なカナルキーナよりも人が集まり往来が激しいここの方が店として繁盛するに決まっている」
まぁ、確かにそれは一理ある。
「どこに出店するかは最終的にガルムが決めることになるでしょう。私は今回、勉強の為に参ったのです、彼は本業ですから。では後ほど」
睨み合う領主二人から手を離し、馬車の中に座ってホッとしたがふとドアが開いたままの外を見るとゴドウィンに対してすれ違うヴォルガンがニヤリとして見ていた。
馬車は王都への転移装置がある場所へと向かった。
「初っ端から飛ばすね、流石ヴィヴィアンの国」
もう疲れてきた私は馬車の中でうんざりする。アーネストとの面談に続いてあの二人はキツイ。
「まだまだこれからですよ。ヴォルガン様は昔から押しが強いことで有名でしたからね」
ゴドウィンが何かを思い出すように顔をしかめた。




