56 お茶会の準備
「何なのですか?」
問いかけながらも顔をしかめてしまう。
「まぁ、強壮剤だな。魔術に対抗できるように特別に調合しておいたから、一応身体の疲弊は遅らせられると思うけど治るわけじゃ無いから無茶しないで。
ふわぁ、じゃあ私は寝る」
フルールは欠伸をするとそのままふらふらと近くにあるソファに移動しバタンと倒れるとすぐに動かなくなった。ローラが様子を見に行きツンツンと突いている。
「眠られておりますね、エミリオ、コレ運んで下さい。ここに置いておけませんから」
いやその扱いってどうなの?ソレ、仮にも王女で姉だから。
ローラの心の中は私と母上以外の王族の扱いは雑だな。
エミリオがフルールを抱き上げると一瞬、顔をしかめた気がしたがそのまま客室へ連れて行ったようだ。
女性恐怖症だから嫌だったかな。
ゴドウィンがドアを閉めながら私を振り返る。
「フルール殿下は王妃様から依頼されて呪いに関する事を詳しく調べていたはずです」
その研究のせいで寝不足だったのか。
「さっきの話と合わせてもあまり良い結果では無かったようね」
「恐らく王妃様に詳しい結果報告がされているでしょうから後で聞きましょう」
ローラが乱れた私の服をなおすと学院へ行く時間となったので何事もなかったかのように廊下へ出た。
「大丈夫、だったのですよね?」
中の状況がわからなかったサンドロが不審な顔でゴドウィンに聞いていた。
「新人は黙ってろ」
余計な詮索をするなとばかりに睨まれ慌てて引き下がったようだ。中へ入れなかった時点でサンドロには話せない事だと護衛として理解しなければいけない。大事な友人だがそこの線引は仕方がない。
馬車へ乗り込むと直ぐにエミリオもやって来た。ローラに見送られ四人で学院へ向かう。
「今日は誰をつけますか?」
昨日はサンドロの指導のためにゴドウィンを連れて行ったが今日は貴婦人コースの講義がある。
「そうねぇ……」
講義だけならゴドウィンでも構わないだろう。いつも退屈そうだが最近は学院内でも色々な騒動があるからせいか文句は出てないし。
「サンドロがもう少し慣れるまでゴドウィンで」
ちょっと気になるがまぁ大丈夫だろう。
馬車に揺られ直ぐに学院へ到着するといつもの場所から外へ出た。昨日と違い誰も詰めかけておらず平常通り静かなものだ。エミリオを残してゴドウィンとサンドロを連れ階段をあがると玄関から建物内へ入った。
「いらっしゃったわ」
こそっと誰かがささやく声が聞こえ不審に思っていると小走りに駆けつけた生徒から挨拶をされた。
「ごきげんよう、お姉さま」
可愛らしい女生徒が二人並んで挨拶をしてくれる。ヴィヴィアンのお茶会で見た顔だ。
「ごきげんよう」
悪いが名前は覚えていない。流石になにかしでかさない限りすぐには覚えられない。その二人の前を通り過ぎると反対側からまた挨拶をされた。
「ごきげんよう、お姉さま」
さっきのデジャヴュのようにまた二人並んでにっこり微笑んでいる。
「ごきげんよう」
挨拶を返しながらふと気になり進む方へ顔をむけるとそこには廊下の両端に交互に二人ずつ女生徒が並んでおり、その視線は全て私に向けられている。
怖いんだけど……
笑みを湛えつつ、整然と並ぶ彼女達を見る。
ここまで追い込んだのは私なんだろうか?
一瞬足を止めてしまったがひと呼吸おいて再び足を踏み出した。
「ごきげんよう、お姉さま」
「ごきげんよう」
「ごきげんよう、お姉さま」
「ごきげんよう……リリー様、メアリー様」
何となく見覚えのあるという程度だった数人に挨拶をした後、これまで顔見知りであのお茶会へ来ていなかった二人もそこに並んでいた。一体どこまで広がっているのだろう。このなんとも言えない娘たち。
等間隔に並ぶそれは貴婦人コースの教室まで続いていた。
「クックックックッ……」
ゴドウィンが後ろで必死に笑うのを堪えている。サンドロは恐ろしいものを見て顔が固まっている感じだ。
教室の入り口にヴィヴィアンとパトリシアが並んで立っていた。後ろからはここに来るまで廊下に二人ずつ並んでいた女生徒達が距離を保ちつつもぞろぞろと付いてきており振り返るとピタリと足を止める。
広めた噂通り一定の距離を保たなければいけないので慎重な足取りだ。誰も出し抜いたりしないようにというちょっとしたピリつきも感じつつヴィヴィアンによって開けられた教室のドアをくぐる。ここで護衛の二人とは別れる。
教室内でも私の隣の席に誰が座るのかで一瞬ざわついたが前もって決めてあった席にそれぞれがついたようだ。これまで座る位置は自由であったが私がだいたい同じ席についていたため、そこを拠点とし皆は日替わりで席を移動し公平に距離を保つようだ。これも全てヴィヴィアンが仕切ってくれているらしい。混乱を避けるためには仕方ない、ありがたいです。
フランソワーズ先生が優雅な足取りでやって来ると教壇の上から私に少し微笑み講義を始めた。皆がいつもと違い真剣に話に耳を傾けている。
今日の講義はお茶会においての注意点や突発的な出来事の参考例とその対処法の復習が中心で、どうやら今度の私主催の生徒によるお茶会開催へ向けた特別授業だったらしい。
「では本日はここまで。リアーナ殿下、少しお時間よろしいですか?」
フランソワーズ先生が授業の終わりに私を教壇へと呼び寄せた。ヴィヴィアンとパトリシアも一緒に呼ばれるところをみると、例のお茶会の件らしい。
「大体の予算と規模を提出するようにとお伝えしましたが、いつ頃なりますか?場所を押さえるためにも早目がいいのですが」
フランソワーズ先生はノートを取り出し予定を書き込もうとした。
「概要はここに」
さっとヴィヴィアンが一枚の用紙を差し出す。
えっ、もう出来てるの?
私は声には出さなかったものの驚きは隠せなかった。
「うふふふ、殿下は優秀なご友人が出来たようで喜ばしいですね」
「えぇ、本当に」
柔らかく微笑むフランソワーズ先生の言葉に頷き同意する。先生はざっと目を通し少し首を傾げる。
「ヴィヴィアン様、王女殿下のお茶会とはいえ学院で行うからには生徒としての範囲を越えてはいけません。この楽団を招いての背景音楽は規模が大きすぎます。学院内の学生の中から協力を仰ぎ数名になさい。
お茶やお菓子はリアーナ殿下の懇意のガルム商会から提供してもらうのはいいですが数には気をつけなさい。足りないことは勿論いけませんが、余り過ぎては品がないですわ。ティーセットなどを借りてくる手筈は大変宜しいですね、ですがテーブルとイスの準備、テーブルクロスや飾るお花の事も忘れずに」
フランソワーズ先生がペンでチェックを入れながらアドバイスをくれ、ヴィヴィアンとパトリシアがそれを聞きながらそれぞれに手にしたメモに書き込んでいく。
「はい、テーブルセットはクロス、飾りとも前日に間に合うように業者に話はつけております」
パトリシアがコクリと頷きすぐに答える。
「この業者というのはどちらの……あぁ、ファーノ商会ですか、お父上の勧めですか?」
フランソワーズが少し眉間にシワを寄せた。
「はい、私が学院でのお姉さまの大規模なお茶会を手伝うと聞いて紹介してくださいました」
それを聞いて私はちょっと考えてしまった。パトリシアの一族はイスラ派のはずだ。先程のフランソワーズ先生の様子を見ても私と同じ事が頭を過ぎった感じだ。
「大丈夫ですわお姉さま。この学院で行われるお茶会を妨害するのはご自分の小ささを露呈させるだけですから。
対外的にはお茶会はあくまで授業の一環。それにつけこんでリアーナ殿下の邪魔をするなんて小さい支持者はイスラ殿下も好まないと思いませんか?」
なにか仕掛けてきたらきたで上手く宣伝に使うということか。ヴィヴィアンも結構えげつない性格だな。
「逆境で上手く振る舞う事も大切なことですわね、ここはヴィヴィアン様にお任せしましょうか」
フランソワーズ先生は優秀な生徒を微笑ましく見ていた。
話が終わりヴィヴィアンとパトリシアがお互いのメモを確かめあっているとフランソワーズ先生が私だけを傍に呼びこっそり耳打ちした。
「アーネスト様が動くようですが勿論ご存知ですよね?」




