55 呪いの副作用
ヴィヴィアン達が私主催のお茶会計画を始めたと母上に報告した。
「なるほど、それは名案ね。成人したばかりの貴方が主催でそれを支えるのが学生達だけなんて斬新だし、大人に踊らされていない自主性も感じられるわ。統率力も発揮出来てしかも生徒の父兄しか参加出来ないなら横槍も少ない。他の候補からの嫌がらせの参加要請も断りやすいわ」
そこまで計画に入っていたのならヴィヴィアンはやっぱりかなりのやり手だ。父親に仕込まれているのだろうか?
彼女の父親はベルトナ国の上位貴族。境界をはさんでお隣さんだし大人的にも良好な関係はお互いのためだろう。
まぁ、私ももう大人だけど。
「それで、アーネストが貴方に印をつけたって?」
再びローラの手によってハーフアップに結われた私の耳の揺れるサファイヤのイヤリングを見て母上が言った。
「し、印だなんて……今度会ったら外してもらいます」
揺れるイヤリングに触れながら少しうつむいた。
母上は何故か微笑ましそうな顔をした後、ふぅとため息をついて椅子に背をあずける。
「水蛇の居所がわかったわ、イーデンバッシュ国のクイムカ湖よ」
ブレインから書類を受け取りながら母上はオロギラス討伐に向かわなければいけない私と護衛の二人を見た。
この部屋に入る時点でサンドロにはドアの外を守るように命じてあるからここにはいつものメンバーしかいない。
「イーデンバッシュは遠方だし外国です。貴方達三人では少しキツイわね」
眉を寄せる母上に同意するようにゴドウィンも腕を組みながら真剣な顔をして口を開いた。
「あの国はバルバロディア領の東にあります。向かうには先ずベルトナ国へ入らなければいけません」
ブレインが出してくれた地図を執務机の上に広げ指で示しながらエミリオが言った。イーデンバッシュ国はエルデバレン王国の東に位置し、間には険しいカンデシラ山脈がある。龍が住むと言われるカンデシラ山を越えるのは不可能に近く、両国を行き来するためには山脈を大廻りするかベルトナ国を通るしかない。
「ベルトナはヴィヴィアンの国ですから私が頼めば何とかなるでしょう。ですけどそこからイーデンバッシュ国へどうやって入国すればいいか……」
イーデンバッシュ国はエベリーナの出身国だ。イスラ派のグランフェルト領の者なら既に懇意のようなので許可は出やすいだろうけど、バルバロディア領から見れば敵対している国だ。
「まず正攻法は無理でしょうね」
母上の後ろでブレインが肩をすくめる。
「ガルムを通して商人として入り込めないかな?」
私が男の下働きとしてついて行けばごまかせる可能性がある。
「姫様はいいとして、ゴドウィンとエミリオは無理がある。二人共ある程度姫様の護衛として顔が知れています」
ブレインが首を横に振る。
「変装とか?エミリオなら女装でイケる気がする」
私が視線を向けながら言うと皆の目が彼に集まった。
「いや無理だな、余計に目立って注目を集めそうだ」
ゴドウィンの言葉に皆頷いた。かえってその美しさが仇になりそうなエミリオが恥ずかしそうにコホンと咳をする。
「変なことを言わないでください。姫様だってそんな高価で美しいイヤリングをつけた下男なんていないですから無理ですよ」
忘れてた、これ取れないんだった!
なんの良案も浮かばないままその日の話し合いは終わった。
今日は貴婦人コースの講義があるため学院へ向かう準備をしていた。
あれからずっとどうやってイーデンバッシュ国へ行けばいいのか考えていて寝付けず、少しぼんやりとしていた。
「お肌が荒れますよ、姫様」
寝不足をローラに指摘され温めたタオルを渡された。それに顔を埋めると熱すぎずぬるすぎない温度に気持ちが緩む。
「ありがとう、スッキリした」
「顔色も少し良くなりましたよ」
まだ完全復帰していない体調に不安が過ぎる。一体いつになったら戻るか不安も感じる。これから遠方へ出掛けオロギラスを倒さなくてはいけないのに。
普段は忙しい母上とは一緒に食事をとることは少ない。特に私が学院へ通いだしてからはよっぽどのことがない限り無い。
今日もいつも通り部屋に食事を運んでもらい一人で食べようとテーブルについた時、廊下が騒がしくなりノックもなくドアが開けられた。
「リアーナ、久しぶり」
「フルール姉さま!?おはようございます、どうしたのですか?こんなに朝早く」
フルールはそのまま私の向かいに座るとお茶を要求した。ドアの外を守っていたサンドロが珍入者を止められずゴドウィンにちょっと叱られていたがフルール姉さまなら仕方ない気がする、一応王女だしね。
「いやぁ、悪いね。今は朝だったか、ちょっと仕事しているうちにリアーナの体調が気になって診察に来たの、早く脱いで」
面倒くさげに手を振っているが両目とも真っ赤で血走っており、徹夜明けが窺える医術者に診察してもらいたくない気持ちで一杯になった。
「姉さま少し睡眠を取られてはいかがですか?」
なんだか体も洗ってない感じがする。
「それは診察した後にするから先に脱いで」
仕方なく男どもを部屋から追い出し、ローラだけを残してフルールの前に置かれた椅子に座った。ローラが着替えたばかりの私のブラウスの前ボタンを開けるとペタンコで筋肉もない男の胸があらわになり少し恥ずかしい。
フルールは持ってきていた鞄から手のひらサイズの透明なつるりと丸い魔石を取り出しそっと私の胸に触れさせた。
フルールがそれに魔力を込めたのか、魔石の中に白い靄のようなものが浮かび上がりやがてそれはクルクルと渦をまく。
「ふんふん、やはりな。ダルさがあるだろ」
「えぇ、毒の影響ですか?」
「いや、毒は既に抜けているし、腕も元通り治っている。恐らく問題は呪いの方だろう」
呪いが体調に影響を及ぼしているとは思っていなかったので驚いた。ローラも驚きフルールに慌てて尋ねる。
「命に関わるのですか?」
唯一、部外者で呪いの事を全て知っているフルールは赤い目を擦りながら大きく欠伸をし、眠気を払うようにゴクゴクとテーブルの上のお茶を飲み干した。
「エリザベス様に頼まれてあれからずっとリアーナにかけられた呪いについて調べていたんだが、どう考えてもその身体がこのまま無事に済むはずがない」
「無事じゃないってどういうことですか!!」
ローラがフルールに詰め寄る。
「まぁ、落ち着け。すぐどうこうということじゃない。だけど性別が変わったり大猿に変身したりなんて普通じゃない出来事が身体に負担をかけるのは何となくわかるだろう。恐らく、じんわりと、呪いによって生命力が蝕まれ最後には廃人のようになる、可能性がある」
私はぼんやりと自分の身体を眺めそっと胸に触れてみた。女性らしい胸の膨らみも、男性らしいたくましさも無い中途半端な身体。そのうち動くことも出来なくなるかもしれないなんて。
「はぁ……趣味の悪い悪夢ね」
ゆらりと立ち上がりまだ手を付けていない朝食が乗ったテーブルに手をつきガックリと項垂れた。
「姫様、大丈夫です。必ず元の身体に戻れます!きっとゴドウィンとエミリオがなんとかしますから!」
そう言ったローラが素早くテーブルの上にある高級そうなティーポットとティーカップを一組持ちあげたその瞬間。
「あんのクソババア!!」
一枚板で出来た高級テーブルの端を掴み勢いよく投げ飛ばした。物凄い音が部屋に轟き廊下にいたゴドウィンとエミリオに続きサンドロも部屋へ入ろうとして一人追い出されていた。私はまだブラウスをはだけたままで、直ぐにゴドウィンが落ち着かせようと肩をポンポンと叩く。
「ふぅー、ふぅー……」
腹が立って仕方がない。頭の中には女魔術師の高笑いが響き下品でゾッとするような真っ赤な唇を思い出す。
だいたい私はサインする気だったのにあのクソババアのせいでこんな身体に……
「ローラ、早くどうにかイーデンバッシュに行けるようにしてとブレインに言っといて!!」
「勿論です、ですけど姫様、テーブルに当たるのは止めて下さい」
呆れた顔のローラの視線の先に一回転したテーブルと、その上に置かれていた食器は割れ辺りに朝食が散乱していた。無事なのはローラが咄嗟に掴んだティーポットとティーカップ一組だけ。振り返ると平然としたフルールがカップとソーサーを手に優雅にお茶を飲んでおり、もう一組無事だった事をローラが喜んだ。
「とにかく、これを一日に一本飲んでおきなさい」
フルールが手にしていた無事だったカップをローラに渡すとカバンから何か取り出す。それは小瓶が幾つか入った箱で、ドス黒い中身の色合いが透明なはずの小瓶に毒々しい雰囲気を演出している。




