53 痕跡
「そろそろ約束の時間ね、行くわよ」
後ろでナザリオと戯れてるサンドロに合図して中庭から出るとそこにアーネストが数人の部下を連れて立っていた。
「何事ですか?」
私の横にいたゴドウィンがサッと庇うように一歩前へ出る。
「二人だけか?」
何故か不機嫌な顔のアーネストに側にいる部下達がビクリとする。私は意味が分からず首をかしげていると、後ろからナザリオ達が追いついてきた。
「聞いてくれよリアーナ、サンドロが酷いんだ。主のお前からちゃんと言い聞かせてくれよ、友人を大切にしろ……って……」
ピリついた状況に間抜けなナザリオの顔が引きつっている。
「修羅場?」
余計なひと言にサンドロが蹴りを入れる。アーネストは状況を把握したのか呆れた顔をして部下達を下がらせた。それでもゴドウィンは気を許さずアーネストに説明を促した。
「詳しくは話せ無いが少し前に中庭に賊が侵入したという通報があった」
恐らくコレットの件の事だろう。
「それで、何か痕跡は見つかったのですか?」
私はゴドウィンをチラリと見ながらアーネストに尋ねた。
「いや、だがそれ以来警戒して誰か侵入すればわかるようにしてあったのだ。何か知っているのか?」
「いいえ、ですけどそれなら中庭は立ち入りを禁止したほうがよくありませんか?」
しらを切ったがアーネストは不審な目で私とゴドウィンを見ている。
「それでは余計に人気のない場所を作ってしまうことになる。あくまで不確定な情報だったからそこまではするなと上から命令されている」
物々しくなれば生徒達に余計な不安を煽りかねないか。だけど私達がここに入って直ぐに駆けつけたという事は何か魔力の残滓があったのかもしれない。やはりコレットの話は本当だったのだ。
「紛らわしい事をしてしまい申し訳ありませんでした、さぁ行きましょう」
これ以上追求される前に皆を連れて立ち去ろうと、アーネストの横を通ると呼び止められた。
「少しいいか?」
「……何でしょうか?」
内心飛び上がりそうになったが平静を装った。
「騎士コースの事だ、部屋まで来てくれ」
ここでは先生と生徒という関係上、母上のいう面会禁止も範囲外だろう。私はナザリオに少し遅れるとヴィヴィアンに言伝を頼むと彼について行った。もちろん護衛の二人は一緒にいたが部屋の前まで来ると基本的には外で待たせることになっている。
「ついていきますか?」
部屋の前でゴドウィンが一応の確認をしてくる。
「大丈夫、ここで待っていて」
部屋に入ると執務机の前にあるソファに座らされた。アーネストは机の引き出しから数枚の書類を取り出し私の前に置くと向かい合わせに座った。
「これ以上騎士コースを休むなら長期休講届けが必要だ」
既に体調不良を理由に数週間休んでいる。最初は男の体がバレないようにとの嘘の理由だったが、オロギラスの毒にやられた時は本当に動ける状態で無かったため上手く誤魔化すことが出来た、だがこれ以上は無理がある。
「わかりました、辞める事も視野に入れて検討します」
「本当にそれで良いのか?」
アーネストが少し心配してくれているように見える。
「騎士団へ入るという目標は達成できないとわかりましたし、今は他にやることがありますから」
彼はため息をつくとソファの背もたれに身体をあずけた。
窓からの陽射しが銀色の髪にキラキラと光を含ませ、伏せた瞳の長い睫毛が白い頬に影を落し美しいその顔の憂いを演出している。
「本気で王位につくつもりなのか?」
彼の声にハッとして我に返った。
ヤバイ、見惚れてた……
ドキッとして少し熱を感じる頬を隠すように横を向くと静かに息を整えた。
「冗談で王位は目指さないわ」
「王になるという意味をわかっているのか?」
意味より何より呪いを解きたくてやり始めた事だ。
「仕方ないわよ、母上の命令だもの」
「だがもう君は成人した。だったら王妃様の命に従わなくてもいいんじゃないか?まだ少し顔色も良くない」
数日前に十六歳になったことに気づいていたのか。何も言って来ないから忘れているのだと思っていた。
「ご存知でしたか、ですけどもう取り下げは出来ません。今そうすれば今後の王女としての私と、王妃としての母上の信頼に関わりますから」
決断力、判断力を疑われては後ろ盾のバルバロディア領地にもいいことはない。アーネストもそこはわかっているからそれ以上は言わないだろう。
もう話は済んだかと思い立ち上がった。
「少し、待ってくれ」
アーネストは再び机の引き出しから何かを取り出し今度は私の傍へ来ると一緒にソファへ座らせる。
え?!
驚いて身を引こうとするとそっと手を掴まれ小さな箱を載せられた。
まさかまた喉の薬じゃないわよね?
前に屋敷に物資輸送装置で送られてきた箱より少し大きく美しい装飾が施されている。
「遅くなったが成人の祝だ。屋敷へは持っていけなかったからな。
十六歳の誕生日おめでとう」
驚いて彼を見るといつも冷静で冷たい感じの顔が少し照れているように見える。
「ありがとう……ございます。でもどうして?」
アーネストが学院へ入って以来、誕生日の祝はいつもお菓子と花と本が屋敷へ送られてくるだけだった。会いに来ることもなかったし、手渡しされるのも初めての事だ。
「成人の祝は特別だろう」
彼にすれば毎年来る誕生日は別にそれほど気に留める事でもない物でいつもは儀礼的な物だったようだ。私にすれば今更感が拭えないが、一応のお礼のあと箱を開けてみた。
それは細やかな細工が施された銀の台座の中央に小さくサファイヤが嵌め込まれ、その下に同じくサファイヤがしずく型に加工された物が吊り下げられ輝きを放ちながらふるりと揺れている。
「……綺麗ね」
一瞬その美しさに目を奪われたが小さくため息をついてしまう。どうみてもかなり高価なものだ。
「気にいらないか?」
私がそれ以上何も言わず黙っているとアーネストが心配そうに少し顔を覗き込んでくる。
「いえ、そうではなくて。こんなこと、してくれなくても大丈夫です」
「どういう意味だ?」
私は箱の蓋を閉じると彼に差し出した。
「政略結婚なのはわかってます。それに前にも言ったように今後どうなるかも分からない関係なのに私に気遣い頂かなくても結構です」
アーネストは驚き箱を押し返した。
「破婚はしないと前にも言った。どうしてそんな事を言い出すんだ?」
私もまた箱を彼に押し返す。
「どうしてと言われても困ります。どう考えてもアーネストはイスラ姉さまを王にするために動いているのに私とこのままの関係が続けられると思っているのですか?」
「それは……」
口ごもる彼に箱を押し付け立ち上がる。
「もういいですよね、書類は改めて提出します」
「待ってくれ!」
アーネストが立ち上がり箱が滑り落ちると私の横に転がり中のイヤリングがこぼれ落ちた。
「あぁ!もう何してるのよ!」
あんなに綺麗なイヤリングなのに傷がついたら大変だ。
慌ててしゃがむとイヤリングを二つ拾い上げ、アーネストが箱を手にしているのを見てそっと手渡した。彼はそれをじっと見ると嘆息した。
「留め金具が壊れたかもしれない」
「えぇ!大丈夫?」
「君がちゃんと受け取らないからだ」
「わけがわからないことを言わないで」
「ちゃんとつけれるかちょっと確認させてくれ」
そう言ってイヤリングを一つ摘むと私の耳たぶにそっと触れてきた。その指の感触のこそばゆさにピクリとしてしまう。
「ちょっと、勝手に……」
「動くな、また落ちる」
そう言われて動けなくなった私の耳に顔を近づけられ、彼の息遣いが直ぐ側に感じドキドキとして頬が熱くなる。彼は一つつけ終わり、ふむと唸ると反対側にもう一つつけた。
「壊れてない?」
両方の耳たぶにつけられたイヤリングを確認してもらおうと顔を小さく振ってみせた。耳たぶの感触で石が揺れているのがわかる。
「あぁ、これは……」
そう言って彼が両手で私の耳たぶのイヤリングに触れると急にゆらりと何かを発し、キンッと耳元で金属音がした。
「わぁ!なに!?何かしたの?」
焦って耳を両手で押えるとアーネストがニヤリと笑った。
「良く似合ってる」




