49 噂の顛末1
朝食が済み出かける時間が迫った頃、ようやくローラが戻ってきた。ローラと入れ違うように来ていたゴドウィンがドアの内側に護衛の為に立ち、さっきから複雑そうな顔で私を見ていたがローラが戻るなりその腕を掴む。
「どうなった?」
「とりあえず現状維持」
「嘘だろ?」
「最悪は貴方が責任を取るということで」
「嘘だろ……」
コソコソと話す二人を何事かと見ていたら、ゴドウィンはなんだか情けない顔をしているがローラはいつものように私を学院へ送り出す。
「無茶はなさらないでくださいね。まだ本調子ではありませんから、それから今日から新人護衛を一人研修でつけます。学院へは申請済みですからそのおつもりで」
部屋から出るとそこにサンドロが緊張の面持ちで立っていた。
「只今よりリアーナ殿下の護衛として配属されるサンドロです。至らぬところがあるとは思いますが誠心誠意、忠誠を尽くし我が身をもってお守りいたします」
堅い堅い、初めから堅すぎだよ。
「わかりました、今日から宜しくお願いします……ねぇ、母上付きじゃなかったの?」
「そうだったんだけど、急遽リアーナに変更だってさっき……」
ゴスっとゴドウィンの拳がサンドロの腹にめり込んだ。
「俺が言うのもなんだけど、護衛中は姫様に対する言葉使いと態度は改めろ。同期ならなおさら厳し目にしなくちゃ周りに示しがつかんからな」
おっと、これって私が注意されてるのね。ごめん、サンドロ。
「うぐっ……申し訳、ございませんでした」
何か込み上げた物を堪えながらサンドロは謝罪した。これは慣れないうちはあまり話しかけては駄目だな。私は目でサンドロに謝ると彼も少し頷いた。
そのまま玄関へ向かい馬車へ乗り込む。帝王学コースがあるので学院内での護衛はエミリオだが、今回はサンドロも連れて行く。
馬車の中では学院で護衛する上での注意事項をエミリオからレクチャーされ真剣に頷いているサンドロを見ていると、自分には叶えられなかった騎士団としての職務をこなそうとする彼が羨ましく眩しかった。
騎士団へ入ることだけが『騎士』ではない。
アーネストにそう言われ考えていたが、私が騎士コースで頑張っていた目標が失われた事に対する慰めにはならなかった。そもそも騎士団へ入る為の実力も伴っていなかったし、王女だから無理なんてそれはもう『騎士』にすら成れない。
サンドロは平民だが騎士団へ入れたことによって『騎士』の称号を得た。これで護衛としてこれから王族を護ったり国を護るという職務につくことができる。
ナザリオは私同様『騎士』に成れなかった為、今は経理士を目指し勉強中だ。皆が夢を叶えることが出来る訳ではない事はわかっているつもりだったが、自分だけは違うと思いながら頑張ってきたのだ。そこに来てこの呪われた身体なんて。
王位を目指すために気を張っていたが、自分が叶えられなかった目標を叶えたサンドロを目の前にするとなんだか気落ちしてしまう。友人の奮闘ぶりを祝福してあげなくてはいけないはずなのに……
「姫様、今日は私が護衛しますよ」
隣に座るゴドウィンがグッと伸びをしながら面倒くさそうに言った。
「どうしたの?いつも学院の護衛は眠くなるって言って嫌がってたじゃない」
王女として護衛はつけなければいけないからついているが、学院内で何か起こる可能性は殆ど無い。そもそも入り口での監視も行き届いているし、中で騎士も見回っている。騎士コースには騎士団から訓練や身体ずくりにきている現役の騎士もいるし、なんだったらアーネストもいる。奴は国内有数の魔術師だ。
「いや、サンドロは剣士ですから魔術師のエミリオが仕込むより私の方があってますから」
そう言われればそうかなと思いサンドロを見るとさっきの腹への一発のせいか更に緊張感をましたように見える。エミリオもゴドウィンも一流の騎士だからどちらが教えたって学ぶことは多いだろう。
「気負わず、まずは慣れるところから初めて下さい」
一緒に頑張っていこう、という気持ちを込めてサンドロを見た。彼がこっくり頷くと同時に馬車は学院へ到着した。
ドアを開け素早く馬車から飛び出したサンドロに予想外に黄色い歓声が浴びせかけられた。
「キャーー!リアーナ殿下の馬車よ!」
「じゃあこの人が護衛のゴドウィン様!?」
「違うわよ、こんなガキ……子供じゃないはずよ」
ゴドウィンが素早く馬車のドアを閉めた。
いやいやいや、サンドロは出たまんまだよ。ほら、悲鳴が聞こえないの?
「うわぁーー!下がって、危険ですから下がって!!」
きっと貴族のお嬢様達相手に強引に押し切れず困ってるに違いない。
「可哀想じゃない?」
「まぁ、いきなりこれはキツイでしょうな。だけどこれも起こりうる事態なのでそれなりに頑張ってもらわないと」
ゴドウィンが馬車の窓を少しだけ開けて外の様子を窺っていると、そこへサンドロが顔をのぞかせた。
「ゴドウィン様!どうすればいいんですか!」
焦るサンドロの直ぐそばにもお嬢様が迫って来ている。
「まず、我々は同僚だから任務についた時からお互い名前は呼び捨てだ。言葉も対等で構わん」
それ今言う事なの?
「ゴドウィン!早く助けろ!!」
必死に窓に食いつくサンドロが叫ぶとゴドウィンは嫌そうな顔した。
「少しは先輩を敬えよ、まぁいいけど」
サンドロで遊ぶゴドウィンを見かねてエミリオがため息をつくとドアを開け外へ出た。
「皆様、ご機嫌よう」
美しい顔を存分に利用し優雅な微笑みを浮かべながらの第一声、騒がしかったお嬢様が急に黙り込むと素早くエミリオが続ける。
「これ以上騒ぎが大きくなるとリアーナ殿下は帰らなくてはいけなくなります、それは皆様の望むところではありませんね」
静かにざわざわと話す声が聞こえ大勢の人が引き上げていく気配がする。
「エミリオ、どんな魔術を使ったんだよ……」
サンドロが力無く溢す声が聞こえ、改めてゴドウィンが馬車から出ると私に手を差し出した。そこには先程いた大勢の女生徒は居なかったが申し訳なさげなヴィヴィアンとパトリシアが少し項垂れて立っていた。
「あら、おはようございますヴィヴィアン、パトリシア様」
声をかけると二人は私に頭を下げた。確か昼に会う約束をしてたはず。
「お姉さま、申し訳ございませんでした。今回の件は私の監督不行届です」
「一体なんのこと?さっきの騒ぎと関係あるの?」
どうして女生徒達があんなに興奮して詰めかけているのか、何が原因だったのだろうと不思議に思っていた。
「実は昨夜の夜会でお姉さまの噂を程々に流していたのですが、その内の数人が集まり言い合いになりまして」
「言い合いって?」
噂で流すはずの内容は私が休憩室で男性と二人きりだったと言われる相手は婚約者のアーネストだから問題はないという事だったはず。だけどエベリーナが相手はゴドウィンだという話も流す可能性があった。
「話を耳にした者達がお姉さまのお相手は結局誰がいいのかってことになって。噂のお二方どちらがお姉さまと結ばれれば幸せになれるかが論戦になり大変な騒ぎになってしまっていたのです」
ヴィヴィアンの横で俯くパトリシアが涙ぐみながら謝罪してくる。
「お姉さま、申し訳ありません。
私がヴィヴィアンの話をよく理解していなかったせいでこんなことに」
「理解してないって?」
程々に噂を流すの意味がわからないってこと?
「はい、はじめは言われた通り数人の知り合いにお姉さまが休憩室でアーネスト様と仲良くお話になっていたそうですよって言ってたんです」
もうその時点で少し意図が違う気がする。アチラ側の悪意のある噂を和らげたかっただけで私とアーネストの仲が良好だと広めたかった訳ではないんだけど。
「そうしたら、ひとりの方が自分が聞いた話と違うって仰って」
それそれ!それを否定しなきゃ。
「その方はアーネスト様よりゴドウィン様の方が男らしくて大人の魅力があってステキだと言い始めて」
「…………………………それで?」
なんだか変な展開になってきたぞ……大丈夫か、私。
ゴドウィンを振り返ると無の表情で空を見つめ気配を消して立っている。いくらモテ男でも未成年にモテても仕方ないだろうし、今は女性と交際禁止中だ。私との噂なんて論外だろう。
「私は言われた通りお姉さまのお相手はアーネスト様で婚約者なのですよって言ったのですがその方がお二人はもうすぐ破婚するだろうって」




