40 回復1
フルールは私を診察したあと用意してあった鞄から色々な魔術具を取り出しベッドに並べた。
「私の助手を呼んでもらいたんですが?」
準備を進めながら母上の方を見る。
「駄目よ、今のリアーナを見せるわけにいかない」
私は薄いガウンのようなものを着ているだけでフルールには既に男の身体であることはバレているようだ。
「だけどこのままじゃ治療を始められない。誰か肝が座った力のあるやつを揃えて下さい」
なんだかゾッとする条件にこれから自分の身に起こることの強烈さを予感した。
秘密が守れて力があり肝が座ってる人物ですぐに対応できるなんて厳しい条件を満たすのは僅かしかいないだろう。っていうかアイツらしかいない。
ゴドウィンとエミリオがすぐに呼び出され部屋へ入ってきた。
「姫様……ご無事でしたか」
数日ぶりに顔を会わせた二人はベッドの横に膝をつきひれ伏すと私に謝罪した。
「危険な目にあわせてしまい申し訳ございませんでした。どんな処分も受け入れます」
数年に渡り護衛として接してきた彼らの初めての姿にちょっと驚いた。王族を護りきれなかったという重大な過失は簡単には許される事ではないのだろう。
母上からの鉄拳制裁も受けたというしここは私からも何か処分を下さないと彼らも立場が無いだろう。
「取りあえず、ここに来て私を押さえ込んで」
私は二人がここへ来るまでにこれから行われる治療のあらましを聞いていた。
「は?」
エミリオが意味が分からず首を傾げていたがゴドウィンは青い顔を歪めた。
「はいはい、早くして。これから腕の再生の治療を始めるから身内の方は出てください」
フルールがテキパキと仕切り母上とブレイン、ローラを部屋から追い出そうとした。
「私は母として娘の事を見守る義務があります」
「私も姫様から離れるわけにはいきません!」
母上とローラが頑として譲らず仕方なさそうにブレインも留まった。
「ではせめて椅子にお座り下さい。治療中に倒れられても介抱は出来ませんから」
一旦始めると途中でやめることが出来ない再生の治療は患者の意識を保ったままであることが一番の難所らしい。激痛を伴う治療に気絶することも許されず腕が動くことを確認しながらの荒療治で一度失敗すれば二度目はない。
「フルール姉様も身内なのでは?」
私が治療の怖さを紛らわすために力なく笑いながら聞いた。
「心配しないで、私はあなたの腕を治療するためなら何でもするから」
言葉だけ聞いていたら妹の為に健気に治療にあたる美しい姉妹愛が繰り広げられているように聞こえるが実際のフルールの顔は恐ろしいとしか形容出来ない笑顔で言った。
フルールは魔術オタクなのだ。
この再生の治療方もフルールが確立したやり方で、重大な損壊を受けポーションも間に合わずただ切り落とすことしか出来なかった四肢を残せる事が出来る唯一の最後の砦らしい。
「いくよ」
伸ばした左腕の下に魔法陣が施された布が敷かれ私の体を押さえつけるゴドウィンとエミリオが傍で見守る中、フルールは幾つかの魔術具を自分の腕に装着し私に布を噛ませ治療を始めた。
「ウグッ!!」
体が仰け反るほどの痛みが左腕に走る。フルールが手にしたペンのような物を私の腕の負傷した部分に肩から指先へ向けて線を引くように魔力を放出しながら動かし始めると、その動きに合わせて腕の付け根から指先にかけナイフで切り裂かれたような感覚がする。
「指を動かして」
冷静なフルールの声に食いしばったまま叫びながら必死に指を動かそうとするが動いているかどうかはわからない。
「もっと出力をあげなきゃ駄目ね」
それを合図にさらに痛みは増し、フルールは再び私の腕に線を引くように魔術具を動かした。
「ウガァーー!!」
堪らず更に声を上げるがフルールは止めない。
「ローラ!」
ブレインの声がし、どうやらローラが泣き叫ぶ私の苦しみように耐えられず気を失いそうになり外へ連れ出されたようだ。
私は痛さのあまり目の前で体を押さえつけているゴドウィンに助けを求めたが彼は黙って顔を歪ませるだけで手を緩めない。身体はブルブルと震え頭はクラクラとする。今にも泣き出しそうなほど辛そうな顔をしているゴドウィンに、私は涙を溢しながら必死に顔を横に振りこの苦痛に耐えられないと哀願する。
助けて!止めさせて!痛い!
「まだ指が動かない?」
フルールが再び聞いてきて、ここで動かなければさらに酷い目に合うかもしれないと思った私は必死に指を動かそうとした。
「ウゥッ!」
「お、小指が動いたな。これで行くか」
結局全ての指が動くまで同じ事が繰り返され永遠に終わらないかと思われた激しい痛みの治療は不意に止んだ。
「もう眠っていいぞ」
フルールに言われるまでもなくその瞬間私は落ちるように意識を手放した。
そこから二日眠り続けた私はその後順調に回復していた。毎日フルールが来ては腕の動きと私の体調を観察……診察し経過を母上に知らせていたようだ。
「腕の感覚はどう?」
フルールはサッと纏めただけの髪に白衣とあっさりしたワンピースという王女としてはどうかという姿で私に尋ねる。
「あまり力が入らないけど感覚は普通だと思います。フルール姉様、ありがとうございます」
私が改めてお礼を言うとフルールは丸い眼鏡の奥の目を光らせた。
「そう思うならどうしてこんな事になっているのか教えてよ」
真っ平らな胸とその下の下腹部を指差しニヤリと笑う。
「それは……母上の許可を得ないと」
話しているところへ丁度母上が部屋へやって来た。
「エリザベス王妃様、良いところへ。リアーナがどうしてこうなったか聞いていたのです」
母上はあの日、私の状態をエミリオからの通信で聞き、背に腹は代えられず直ぐにフルールを呼んだらしいく、口止めもまだのようだ。
「口外しないと契約出来ますか?」
「患者の事は守秘義務がありますからね、契約など無くても王からの要請でない限り漏らしませんよ」
その王は今いないのだから誰にも言わないということだろう。
母上が私に頷きフルールに女魔術師のことを話した。
「へぇ〜それで男の身体に。私も知ってればなぁ」
母上もフルールの言葉にコックリ頷いている。
「アーネスト様はこのことを知らないのですね」
全く部屋へ入ることを許されない彼と何度も廊下で行き合ったようだ。
「えぇ、しばらく知らせることも会わせる事も許しません」
かなりアーネストに腹を立てている母上に私はため息をついてこぼした。
「何故そこまでして訪ねて来るのでしょうか?」
「……」
「……その言葉、本気なのか?」
母上は無言で眉間にシワを寄せフルールがあ然としている。私は少し戸惑ったがフルールは事情をよく知らないのだから仕方が無いと思い直した。
「王位継承権のことでグランフェルトはイスラ姉様につくでしょうから私とは袂を分かつ形になるので、今は婚約してはいますが今後はどうなるかわからないのです。そこをハッキリとけりを付けたいのでしょうか?」
世間的にも私達が婚約していることは知られている。アーネストがどちらにつくのか皆も噂している事だろう。
「けりは付いてるわ。だけどそれでもリアーナにこう思わせている事が問題なのです」
母上はハッキリと言わないがとにかく怒っているのは間違い無いみたいだ。
「リアーナの世間知らずのせいだと思うが、まぁ私には関係ないか。
それよりどうしてその呪いがオロギラスの魔石で解呪出来ると突き止めたんだ。その女魔術師は捕らえてないのだろう?」
私とアーネストのことに興味はないフルールは話を流すと呪いの事を目をギンギンにして聞いてきた。
「もちろん魔術師ポントゥスに聞きましたよ。一応アレでもうちの領地で一番の凄腕魔術師ですから」
ポントゥスの名を聞いたフルールが興奮して叫んだ。
「えぇーー!!私も会いたかったぁ!なぜ呼んでくれなかったんだ!!」
変人は変人に会いたいんだな。




