38 オロギラス 二匹目6
「開門!!」
ゴドウィンの叫ぶ声で意識が浮上した。農園を暗くなってから出発したがシーツをかけられ見えない外は明るく今が何時でどこかもわからない。
腕の痛みは激しさと範囲を増し肩から首にまで達していた。もう腕はついてるかどうかさえわからない。
「姫様ぁ!!」
ローラの悲鳴のような呼ぶ声が聞こえた。
「ロ……ラ……」
名を呼ぼうとしたが声がかすれ話せない。ゴドウィンがスレイプニルから降りたようだ。
「話さなくていいです、カリミナリの城に着きました。すぐに王都へ戻れます」
周りに人がいる気配がし彼の背から下ろさろされると抱きかかえられた。顔だけシーツから出されローラの泣き顔が目に飛び込んできた。
「姫様……」
ショックでそれ以上言葉が出ないローラが予め用意してくれていたのか水とポーションを与えられたが上手く飲み込めない。それを見たゴドウィンが自ら口に含むと私に口移しで与えてきた。
見ていた周りからざわめきが聞こえたが抵抗することも出来ず顎をあげられなんとか飲み込むと抱えられたままゴドウィンが走り出した。
転位装置のある部屋に飛び込みアッという間に場所を移動したのかまたゴドウィンが走り階段を駆け下りると塔の外へ出た。
「リアーナ!!」
馬車に駆け込もうとしたゴドウィンの前に焦った様子のアーネスがいて声を上げた。
「どうなってる!?大丈夫なのか!」
詰め寄るアーネスをゴドウィンは乱暴にぶつかり跳ね除ける。
「邪魔するな!!」
すぐ馬車へ乗り込んだ私達を追うようにアーネスも乗り込んでくる。
「出せ!!」
馬車が出発するとゴドウィンは私を抱えたまま座席で少し息をついた。
「リアーナ!」
向かいにローラと並んで座るアーネスが私の顔を覗き込む。
「ア……ネスト……」
かすれて声の出ない私を見て美麗な顔を歪ませる。
「どうしてこんな事に……」
まるで自分が痛むかのように顔色を悪くするアーネスを見て思わず涙が溢れる。
「うぅ……ふぇ……」
「泣かんでください。体力が無くなる」
ゴドウィンが心配そうにそう言うと抱えていた手に力を込めた。
「リアーナを私に運ばせてくれ」
アーネスがそう言ったがゴドウィンが拒否した。
「もう着きますから」
言葉通りすぐに屋敷に到着しまたゴドウィンが私を抱えたまま走りだし、その隣をアーネスがついてくる。
「こちらへ!!」
ブレインの呼ぶ声に従いゴドウィンが用意されていた部屋に飛び込むとアーネスはそこで止められていた。
「退いてくれ、リアーナの傍にいてやりたい!」
「治療の妨げになりますからここでお待ち下さい」
バタリと扉は閉められアーネスは入れなかったようだ。
ベッドに寝かされシーツと着ていた服を剥ぎ取られた。
「あなた達も外へ出てなさい」
母上の声がしてゴドウィンとローラが出ていく気配がした。目を開くと母上の青白い顔が見えた。
「リアーナ、しっかりしなさい。もう大丈夫です」
頬の涙を指で拭ってくれ後ろに下がる母上と交代し顔を見せたのは二番目の王妃の娘フルールだった。
「ねぇ……さま」
「すぐに治療にかかるわ、大丈夫よ」
自分には向いてないと王位継承権を放棄したフルールは魔術の研究に明け暮れる優秀な医術師だった。自身も中程度の魔術が使えるがそれを伸ばそうと始めた研究が功を奏し今では国内屈指の医術師として名を馳せている。
「一旦眠ってもらうから」
フルールがそう言って何か魔術具を使うと意識が遠のいた。
「リアーナ、起きて。目を開けなさい」
軽く揺さぶられ意識が戻った。声をかけたのはフルールで、その隣に母上が心配そうな顔をしていた。
「ど……」
どうなったか聞きたかったが声が出ない。
「取りあえず命は取りとめた。毒のまわりは押えたけどまだ体内には残ってるからそれを取り除いて腕の治療を始める。今、腕は一旦固めてあるから動かさないで、下手すれば千切れて腕を失う」
だいぶ意識がハッキリとし状況が分かりだした。
フルールはベッドに横たわるに私に薬湯を飲ませ横に桶をポンと置いた。
「姉様、これな……」
そこまで話すと急激に吐き気がこみ上げた。
「うぅ……」
「全部吐いて、終わったら腕の治療を始めるから呼んでね」
そう言うと目の前から消え、どうやら部屋にあるソファへ向かったようだ。私が置かれた桶に吐き出すとローラが傍に来て背をさすってくれる。
「フルール殿下はずっと眠らず姫様につきっきりで診てくださっていましたよ」
私が王都へ戻って既に三日目らしい。吐き続ける私の世話をしながらローラがその間のこと話してくれた。
フルールは薬と魔術と魔術具を駆使し私から毒を出来るだけ取り除き腕を保存の魔術具で固定しているらしい。オロギラスに噛まれた腕はポーションで傷を治していたものの、腫れあがり血が滲み皮膚がただれていたそうだ。
フルールが懸命に治療してくれている横でゴドウィンが母上に事と次第を説明し膝をつきひれ伏して謝罪したらしい。
「姫様がこうなったのは私一人の責任です。どんな責も私が負います」
母上はゴドウィンを殴り飛ばし部屋から追い出すと自室での謹慎を命じた。彼は黙って従い今は部屋から一歩も出ていないそうだ。
後から帰ってきたエミリオがゴドウィンだけの責任では無いと母上に報告し取りなそうとしたようだがエミリオも自室に謹慎を命じられてしまったらしい。
「王妃様は姫様から離れようとしないゴドウィン達が休めるように言っただけだと思いますよ」
エミリオも同じく、数日睡眠を取っていない彼らは私が眠っている間、部屋や廊下から動こうとしなかったらしい。
吐き気はなかなか収まらずもう吐き出すものは残っていなかったがまだ腕の治療は始まらないようだった。
母上が仕事を終え再び私の部屋に訪れた時、やっとフルールがソファから起き上がるとふらふらと私のベッドの脇へやって来た。母上が身を引きフルールが私の診察を始めるとドアがノックされブレインが顔を出したようだ。
「王妃さま、またアーネス様が来ています」
後で聞いたが私がここへ戻って以来、アーネスは毎日私に会おうとやって来ていたが全て母上が拒否していたようだ。
「リアーナの意識は戻っているのですか?お願いです、ひと目だけでも会わせて下さい!」
廊下から部屋の中にいる母上に聞こえるように叫ぶアーネスの声が聞える。
私はまだボンヤリした頭でフルールの診察を受けながらどうしてアーネスがこんなに必死に私に会いたがっているのかわからなかった。
ここへ帰ってきたばかりの時は私を心配そうに見ていた顔が昔の彼の面影と重なり思わず涙してしまったがここ数年、アーネスとの関係は薄いものだった。婚約しているからと何度か夜会へ同行はしていたもののそれは義務感からであり愛情とは程遠いものだと感じていた。
これが政略結婚というものなのだと思い知った日々だった。




