37 オロギラス 二匹目5
気を失っていたのは少しの間だけだったのか、意識が浮上するとゴドウィンとエミリオが叫んでいるのが聞こえてきた。
「魔石は取り出したんだからそれはもういいでしょう!」
薄っすら目を開くとエミリオがすぐ傍にいて私をシーツに包み込んでいる。
「駄目だ!これがなきゃ風蛇を倒した証が無い、姫様の為に必要だ!」
ゴドウィンを見ると風蛇の牙を素早く二本共折りロープをかけている。それをエミリオの足元に投げつけると私の顔を覗き込んだ。
「姫様、ちょっと辛抱願いますよ、急がなきゃいけないので」
そう言って私を自分の背中にくくりつけた。エミリオがゴドウィンに背負われた私の顔を心配そうに見た。
「出来るだけ動かないで下さいね。毒が回りますから」
そっと頭からシーツを被せられた。
そこからゴドウィンが私を背負ったまま山を降りているのか、体に力が入らないがゆさゆさと揺られていたり、時には飛び降りたのかドンと衝撃が伝わり頭がクラクラとしてくる。
大猿に変身しているときに噛まれた左腕は指先の方は全く感覚がなく二の腕辺りがズキズキと痛む。呼吸も苦しくオロギラスの毒に侵されているのだわかった。
「ゴドウィン……」
「なんです?いま忙しいんですけど!」
私の顔のすぐ横に彼の顔があり、息も荒く必死に下山しているのがわかる。
「あなたは……噛まれ……なかったの?」
意識が朦朧とし口も上手く動かせない。
「少しカスリましたが大丈夫です。毒消しも……効きましたから」
顔を歪ませ舌打ちをしている。
「そう……良かっ……た」
「良くない!!」
ゴドウィンは叫びながら怒っている。
「うるさいですよゴドウィン!もうすぐ馬を繋いだところへ着きます、急いで」
「クソッ!わかってる!」
そこから直ぐにゴドウィンは私を背負ったまま馬に飛び乗るとそのまま駆け出した。
既に日は翳り辺りは薄暗く馬で走るには危険だったがそれでも二人は止まらなかった。走り続けていると馬の駆ける振動のせいか、それともオロギラスの毒のせいか気持ちが悪くなってくる。
「ゴドウィン……止めて……吐きそう」
「そのまま吐いて下さい!止まっている時間が惜しい!」
そう言って私の顔にかかっているシーツを捲った。我慢が出来ず嘔吐してしまうとゴドウィンの体を汚してしまう。
「ごめん……」
申し訳なくて涙が溢れる。
「止めて下さい、こんなの平気です。私の方こそ……」
ゴドウィンは手で私の口をさっと拭うとまたシーツを被せた。
「誰かいませんか!ガルム!サムソン!」
農園に到着しエミリオが叫ぶ!突然慌てた様子で帰ってきた私達を農園の責任者のサムソンが出迎え直ぐにただならぬ様子を察したようだ。
「こちらへ!」
建物の中の出入り口に一番近い部屋のベッドへ案内されそこへ寝かされた。
「女性使用人を呼んでまいります」
血と吐瀉物にまみれた私を見てサムソンが言った。
「駄目だ、それより毒消しは無いか?」
ゴドウィンが私を下ろした後汚れたシャツを脱ぎながら言った。ガルムが素早く桶とタオルを持ってくるとエミリオが私の顔を拭いてくれる。
サムソンは直ぐにどこかに薬を取りに行った。
「オロギラスに噛まれたのですか?毒消しは持っていたはずでしょう?!」
ガルムが訳がわからないという顔をした。
「姫様には効かなかったんだ」
ゴドウィンはカスリ傷だったとはいえ同じオロギラスに噛まれたのに彼には毒消しが効いて私には効かなかった。大猿の呪いが関係してるのか体質のせいかはわからない。
「ちょっと後ろ向いてて下さい」
ガルムに私が男の身体になっていると知られないように後ろを向かせるとエミリオが身動きとれない私を包んでいたシーツを剥ぎ取った。
は……裸じゃないの!?
意識が朦朧としているとはいえ焦って自分を見た。腕からの出血で汚れているようだが服を着ている。恐らく意識がないまま着せられたのだろう、どちらにしても二人に裸を見られたらしい。
男同士だけど……最悪だ。
痛む腕を見るとぐるぐる巻にしてある布には血が滲み、少し見えている指先はどす黒い紫色に変色している。オロギラスの牙による傷はポーションで治っただろうが、毒を受けたところからは皮膚から滲むように出血してくる。
エミリオは新しいシーツをでまた私を包む。服は汚れたままだがここでこれ以上着替えさせられないと思ったのだろう。すぐにドアが開くとサムソンが木箱を抱え入ってきた。
「毒消しはこれだけです」
ゴドウィンとエミリオが中を確認しているがいい感じはしない。
「これは俺が持ってるのと同じだ、これじゃ駄目だ!クソッ、エミリオ行くぞ、王都へ帰らなきゃ駄目だ」
エミリオが私を抱えると二人はすぐに部屋を出た。厩へ向かう私達にサムソンがついてくる。
「お待ち下さい、この暗い中を馬で走るのは危険です」
「そんなことはわかってる、だが姫様をこのままの状態で置いておけない!」
返事をしながらもゴドウィンは自分で厩の戸を開け馬を出し、それにサムソンが鞍を付け始める。
「これは私が、ゴドウィン殿はこちらへ来て下さい」
そう言って厩のもっと奥へ向かい端にある馬房から手綱を引き連れ出したのはスレイプニルだった。
「こいつなら夜目もききます、城まで休まず走ることも出来ますし揺れも馬よりましです」
「助かった!まさかスレイプニルがいたなんて」
ゴドウィンが急いで準備しているとサムソンが手伝いながら話す。
「私は通信装置のある街へ行って城へ先に知らせておきます。エミリオ殿は馬で後から追いかけるほうが安全です」
「通信装置の街へは私もご一緒します。王都へ先に知らせて医術者の手配を頼みたいので」
エミリオがそう言う。
「それも私がしておきましょう」
サムソン請け負うがエミリオは首を横に振る。
「いえ、これは私の役目なので」
二人のやり取りをよそにスレイプニルの準備が整うと私はポーションを飲まされ再びゴドウィンの背にくくりつけられた。
まるで大猿に変身しているときのように夢の中のようなぼんやりした感覚のままやり取りを聞いていた。ダルさが増し口を開くのも億劫になり心配顔のエミリオに何も言えずただ頷くと彼の美しい顔が歪んだ。
「姫様……ゴドウィン頼みます!」
「あぁ」
それだけ言うとゴドウィンは真っ暗な夜の中へスレイプニルで駆け出した。
夢現の中、何時間たったのか……
ゴドウィンは走り続け私はその背で揺られている。彼はビッショリと汗をかき息を切らせている。
「ゴドウィン……大丈夫?」
もう目は開けていられず、本当にそう声に出していたかもわからなかった。
「あんたがそんな事気にしなくていい!!」
コラコラ、こっちは王族だぞ。
「……馬鹿、ゴドウィン」
「本当に……そうです……」
珍しく自省する彼にちょっと驚いた。
これは夢か……
「大丈夫……ゴドウィンは……」
強いから……




