35 オロギラス 二匹目3
優しく揺すられハッとして目が覚めた。
「姫様、申し訳ございませんがそろそろ出発しませんと」
エミリオが心配そうな顔で私を見下ろしている。
「あぁ……大丈夫よ。どれ位寝てた?」
「ニ時間ほどです。私達も少し仮眠いたしました」
スッとポーションを渡されクイッと飲んだ。寝不足は仕方ないが少しは身体が楽な感じがして起き上がった。
まだ暗くなるには時間がある、今のうちに出来るだけオロギラスがいるという山岳地帯へ向けて出発する予定だった。
来たときは疲れすぎていて気づかなかったが私が眠っていた所はあまり手入れも行き届いていない寂れた感じの家だった。
部屋から出てエミリオに案内されながら廊下を進み連れて行かれた別の部屋にゴドウィンとガルム、チャドがいて、もう一人の見知らぬ男がここの責任者だろう。
「リアーナ王女殿下、お初にお目にかかります。私がこの農園の持ち主のサムソンと申します」
五十代位の落ち着いた感じの男が私を見るなり丁寧に礼をとった。農園の持ち主というよりは武人の雰囲気を纏っている。
「突然の訪問で失礼致しました、リアーナです。宜しくお願いします」
「姫様、サムソンの話によると山岳地帯の西の方でオロギラスが目撃されているようです」
ゴドウィンが早速情報を探ってくれていたようで教えてくれた。
「殿下、牙は私に売ってくださいね」
ガルムが早速商売っ気を出し品物を押さえようとしてくる。私はゴドウィンへ視線を向けて彼に言ってくれと答えた。
「あの……」
私達がすぐにでも出発しようと準備を整えだすとサムソンが遠慮気味に口を開いた。
「何でしょうか?遠慮なくどうぞ」
サムソンは膝をつくと私に頭を下げながらこう願い出た。
「あのオロギラス相手に三人では危険すぎます。ゴドウィン殿やエミリオ殿は大変素晴らしい騎士ではありますがこれでは殿下を御守りする手が不足しております。及ばずながら私を同行させてはくれませぬか?」
私は驚いてエミリオを振り返った。
「サムソン殿は元王立騎士団所属の騎士だったそうです。今は家を継ぐために騎士を引退され農園のオーナーとしてここにいらっしゃるそうです」
サムソンは下位の貴族だが騎士団ではそれなりの地位にいたらしい。やはり見た目通り武人だったようで今も身体を鍛えているのか年の割に立派な体格をしている。本来なら強い魔物を相手にするのだから人手は欲しいところだが今回は無理だ。だってアレになっちゃう。
「サムソン様、大変有り難い申し出なのですが今回は王位を得るためにオロギラスを三人で倒したという肩書きが欲しくてここまで参りました」
視察目当てで来たはずの私がオロギラスを倒すなんて本来ならおかしな事だがそこは暗に察してくれているのだろう。
「私は元騎士です。王族の方の為さることになんら異議を唱えることはありませぬが御身が危険に晒されるとなることは見逃がすことは出来ませぬ」
あぁ……融通がきかないタイプか、これは大変かも。
「ご心配は有り難いのですがここは引き下がって下さい」
仕方なく王女らしく突っぱねた。偉そうに言うのってあまり慣れて無いんだけど。
サムソンは一瞬なにか言いかけたがそこは元騎士。
「畏まりました」
と、あっさり引き下がり護衛の二人にオロギラスの目撃情報がある場所を詳しく話し出した。私は何だか引っかかる物がありガルムをそばに呼び寄せた。
「サムソンを見張っておいて、もしかしたら密かに後をついてくるかもしれない」
ガルムはコクリと頷いた。商会長のガルムだがバルバロディアで領主の後ろ盾を得てここまでのし上がってきた以上ある時は情報屋、またある時は密偵としての働きをすることもある。
勿論身の危険を感じることもあるだろうがそこは商売の為らしい。今回の事も詳しい事情は知らせてないが私達三人だけで行動したがっていることは承知している。
思わぬ時間を取られたが直ぐに出発することになった。今回は強行が決まっているためポーションを多目に持って用心だ。
教えてもらった道順にしたがい農園から馬で遠く見える山へ向かって走り出した。
数時間走り続け目当ての山が近づいて来ると一旦止まりゴドウィンが嬉しそうに目隠しを手に近づいてきた。
「ここは蛇が多く出るそうですよ」
「なんだか楽しそうね」
私に目隠しをしつつゴドウィンは白々しく答える。
「何をおっしゃいます。御身の安全のためですよ」
さっきのサムソンの言葉を茶化しているようだ。ゴドウィンの口から御身なんて初めて聞いたよ。
「つまらないことを言わずに早く進めなさい」
エミリオが私の馬をゴドウィンの馬に繋ぐと急かした。
「雲行きが怪しそうです。今回はかなり危険かもしれませんね」
山の頂上を見ると少し雲がかかっていたがサッと目隠しをされ見えなくなった。
「そこまで上には行かない、中腹の崖辺りによく出没すると言ってたからな」
真っ暗で何も見えないが馬が坂を登りだしたのがわかった。オロギラスがいるところには弱い魔物や動物は怖がって近寄らないというがここにいる風蛇は長く住み着いているようで周りに住む生き物たちもそれなりに免疫があるらしくうまく共存しているようだ。
この山はカリミナリ領の隣のグランフェルト領との境界にあたるが、通れる道も険しく風蛇が住み着いていることは地元では知られている事なので人の気配はないようだ。
段々と険しい道に差し掛かったのかこれ以上は馬では進めないと判断され馬上から降ろされた。
目隠しを外され嫌そうな顔したゴドウィンが目の前に現れた。
「仕方ないんで外しましたがここは確かに蛇が多い。出来るだけ脇目をせずに歩いて下さいよ」
ここに来るまでも数匹の蛇がいたらしく嫌そうな顔をされた。
護衛のくせに偉そうだな。
「口を慎めゴドウィン。姫様、足元が悪いですから仕方ありませんがキョロキョロしないで下さいね」
言ってることは同じだよね。まるで子供扱いだよ。
「わかってる」
ちょっとムッとした。
「本当にわかってます?もし猿になっても言うことを聞いてくださいよ、一応目的地は教えておきますからそこへ向かって風蛇を倒すってことを忘れないで下さい」
ゴドウィンが行く方向の山の中腹を指差し風蛇を倒すんですよ!と念をおしてきた。
「しつこいな、わかってる。それに居場所もだいたいわかる気がする」
大猿に変身してしまうようになったせいか何だかオロギラスの気配が認識出来るようになっている。
「どういう意味ですか?」
エミリオが不思議そうに首を傾げる。私はさっきゴドウィンが指さした方向を見て言った。
「あそこまで行かなくてももっと手前のあの変な岩のある場所にいると思う」
進みながら見上げると山の中腹へ行くまでの道中に尖った岩が少し変わった形にそそり立っている場所があった。
今いる所からしばらくはデコボコとした道とは呼べない岩場を登っていき、登り切ると割と平坦な獣道のような細い足場が続く所へ出た。
「姫様はあそこに風蛇がいるって言うんですね」
ゴドウィンがまだ遠いその場所を睨んでいる。
「こうなってから気配がわかるようになったみたい。勿論近くまで来なければわからないし、細かくもわからないざっくりした感覚よ」
尖った背の高い岩が門柱のように並んで立っている所へ向かって歩き出した。道の右側はシダや蔦が茂り乾いた山肌を覆っていた。長い間雨が降っていないのか枯れて茶色く変色している所もある。
左側はなだらかとは呼べないがそれ程険しくない下りで、それでも一旦滑り落ちれば止まれる足場は無さそうな危険な感じが漂っている。
三人縦に並び慎重に進みながら進み時々オロギラスの気配がする方向を見ていた。
私は真ん中にいて、ゴドウィンが安全を確認しながら先に進み、私が崖から落ちないようにエミリオが後ろから見守ってくれている。私に歩調を合わせてくれているせいで進みは遅いようだ。
足を引っ張りたくなくて必死に進みながらまたふと顔をあげると目的の尖った岩が間近に迫り、見ると黒くうねる影が見えた。




