30 お茶会3
アーネストがヒュッと息を飲んだ気がした。部屋へ一歩入った所から動かずじっとこちらを見ている。
「ではリアーナは直ぐに向かいなさい。遅れるといけないわ」
母上が何故か意地悪な感じで私に退室を促した。私は戸惑ったが時間も迫っていたし、とにかく言われたからにはここを出なくてはいけないかと思いドレスのスカートを摘み軽く膝を曲げて母上に挨拶をするとアーネストの横を通り抜けようとした。
「待て!」
アーネストが咄嗟にという感じで私の腕を掴んだ。
「え?」
私は驚いて彼の顔を見た。目があった途端アーネストは手を離すと謝罪した。
「あっ、いや、失礼しました、リアーナ殿下。あ、あのどちらへ向かわれるのですか?」
婚約者とはいえ先生と生徒という関係の学院以外で、人の目があるところでは私は王女でアーネストは一貴族だ。母上の前でもあるし言葉遣いも丁寧にしなければならない。
「あの……お茶会です」
「お茶会?誰の、いや、どなたのお茶会ですか?私は聞いてないのですが」
いつも冷静な顔を崩さない彼が少し焦って見える。
「ベルトナ国のヴィヴィアンさまのお招きです。昨日急遽決まったので」
別にお茶会だし、夜会と違ってパートナーがいるわけでは無いのだから知らせる必要は無いよね。まして支持集めならなおさらだ。私が王位につくことを望んでないアーネストには関係ない。
「失礼いたします」
彼から離れ私のすぐ後ろをローラがついてくると急いでその場を後にした。
「はぁ……まさかこの時間にアーネストが来るなんて」
昨日、母上が彼を呼び出していることはわかっていたが出来れば会いたくなかった。
「ギリギリのタイミングでしたね」
ローラがイタズラっ子のようにニヤついた。
「まさかワザと会わせたの?」
「もちろんです、姫様の美しさを見せびらかさないといけませんからね。どれほどの価値があるか再認識なさったのではないですか?あの顔……ふふっ」
何故か母上とローラが結託してアーネストとすれ違わせたなんて……なんて暇な遊びをしてるんだ?
私は意味がわからず頭をブルっとふると意識を切り替えた。とにかくお茶会へ行かなくてはいけない。
今回は初めての身内でないお茶会への招待なので護衛もエミリオとゴドウィンの二人を連れて行くことになった。勿論ローラも一緒だ。
馬車へ乗りこみヴィヴィアンのお茶会が開催されるベルトナ国が用意した屋敷へ向かった。
他国からここエルデバレン王国に留学する場合、その滞在先は色々とある。代表的なのが自国が用意した所に住みながら学院へ通う方法だ。
それにもニ種類あり、金銭的余裕が無い者の為に用意された寮には試験に合格し学院に無料で通うことが出来る者の多くが住んでいる。
もう一つは国が屋敷を借り上げそこへ学院へ通う間だけ住む方法だ。上位貴族の子女の場合はやはりそれなりのお屋敷でないと矜持が保てないし社交にも関わる。学院へ通っている間にお茶会や夜会などを開き婚姻相手や今後の取引相手などを探すため人脈づくりをしなければいけないからだ。
ヴィヴィアンの今住んでいるお屋敷も仮住まいだがかなり豪華な部類だろう。自国では父親が鉱山を所有し手広く商売をやっているようだし。
馬車が貴族街の端に位置する他国の者が住むことが許される地域へ入ってきた。いくら留学が理由とはいえ王が住む城へ近い距離には住むことは出来ない。
馬車の窓から立派な造りの門構えが見えそこへ向かうと何台もの馬車が列を成して屋敷へ入っていく。きっとヴィヴィアンのお茶会へ招待された者達の馬車だろう。
屋敷の中のアプローチをゆっくりと進み立派な玄関先へ順番に進んでいく。私達もその列に並ぶのかと思いきや馬車は列を追い越すといきなり玄関前につけた。すぐさまドアが開けられゴドウィンがいつもよりちょっと良い格好で素早く降りた。エミリオもそれに続くと小さく歓声が聞こえた。いつもの事だ、エミリオは顔が良いからね。
ローラは私にニッコリ頷くと先に馬車を出てすぐに振り返り目で合図してきた。私は一度深呼吸して王女としての顔を作るとゆっくりと優雅に見えるようにそっと足を踏み出した。
エミリオが差し出してくれた手に掴まり馬車から降りると玄関先が一瞬どよめいた。目の前にいたヴィヴィアンが今にも涙が溢れ落ちそうなほど潤んだ瞳で私を見つめていた。
モウカエリタイカモ……
気持ちが顔に出ないように気をつけながら笑顔を作るとヴィヴィアンの方へ向かった。
「ご機嫌ようヴィヴィアンさま、本日はお招きありがとうございます」
「リアーナ殿下……ようこそお越しくださいました。私はもう死んでもいいです」
招いておいて死なれちゃ後味悪いよ。
「そんな事を仰らないで一緒に楽しみましょう」
私はヴィヴィアンが胸の前で組んでいた手を取り繋ぐと会場へ向かおうとした。
「キャー!」
「手を繋がれたわ!羨ましい……」
「なんてお綺麗なの……」
気がつけば周りをお嬢様達に囲まれ皆が私を見て口々に何か叫んでる。
皆どうかしてる。
私達が会場へ向かうために屋敷の者達が先導するなかゴドウィンとエミリオに脇を固められゆっくりとヴィヴィアンと一緒に玄関ホールへ入っていった。
ベルトナ国が用意した貸出用の屋敷はかなり立派でホールにある豪華なシャンデリアに照らされた室内は、壁や柱に見事な装飾が施されており足元の絨毯もふかふかだ。
「ヴィヴィアンさま、この絨毯はエストリナ製ですわね」
私はバルバロディア領が先んじてこの国へ輸入を始めた外国製の高級絨毯の輸入元の名をあげた。
「まぁ!リアーナ殿下はこの絨毯の価値がおわかりになりますのね。これはとても良い品だと私の父が目をつけまして、この国からベルトナ国へ輸入していてとても人気になっておりますのよ」
エストリナ国とは東方にある小国であまり豊かでは無いが手先が器用な国民性を活かし細々と絨毯作りを続けてきた。それをバルバロディア領のガルムがその素晴らしさに目をつけ探し出してきた逸品なのだ。
全て手作業による緻密な工程によって素晴らしい模様が描かれた絨毯は大きなものほど値段が高かった。玄関ホールの中央の部分の殆どを覆っているエストリナの絨毯は相当高価な物だ。
「まぁ、ではヴィヴィアンさまのお父様は大切な取引相手でもありましたのね」
母上から聞いてはいたがやり手のヴィヴィアンの父親はガルムと相当取引があり、そのせいでヴィヴィアンと初めて会った夜会にも招待され来ていたらしい。
玄関ホールを抜け会場へ続く廊下を進んで行った。今日は本来テラスでお茶会の予定だったようだが急遽人数が増えた為、庭へ何台かテーブルを置いて対応したようだ。
ヴィヴィアンに案内された私の席は一段高いテラス席で屋根もあり快適そうだ。テーブルの上には昨日のうちにこちらから届けさせた菓子が並べられ何とか数を揃えることが出来たようだとわかった。
「リアーナ殿下、お心遣いに感謝致しますわ。何分自国ではないもので対応しきれない部分がありましたので」
ヴィヴィアンが丁寧に礼を述べてくる姿は立派なものでとても年下とは思えない。突然人数が増えたお茶会を立派に仕切っている姿は尊敬出来た。
「いいえ、こちらこそご迷惑をおかけしてしまったかもしれないと思っていたので助力出来て良かったですわ。ヴィヴィアンさまはとても素敵な方ですね」
私は隣に立つ頑張るヴィヴィアンを可愛く思い頬を指でそっと撫でた。
「はぁ……お姉さま♡」
ヴィヴィアンは胸を押えると頬を赤らめ倒れそうになったところをテーブルに手をついて耐えた。
「だ、大丈夫ですか?ヴィヴィアンさま」
私は驚いて手を貸すと椅子に座らせた。
なになにどうなってるの!?
「あぁ、申し訳ございません。お姉さまとお呼び出来るのは学院だけのお約束でしたのに……つい」
「そ、そうでしたね。でももう構いませんわ。お好きに呼んで下さい」
昨日のゴドウィンの助言を思い出しそう言った。すると周りで見ていたお嬢様方が悲鳴をあげ騒ぎだした。
「いいのですか!?」
「私もお呼びしたいです!」
「リアーナお姉さまぁ!!」
会場は騒然としとてもお茶会を始められる雰囲気では無くなっていた。




