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強杉達也ここにあり

 熱血高校の一番を背負う、エースピッチャーである熱ヶ原太陽は、初回の一投目から必殺魔球を投げるつもりでいた。

 属性は《光熱》。球筋は《増加》。

 魔球の名は《ミリオンサンズ》。

 太陽の名を与えられたその魔球は、その名の通り太陽表面温度である五千℃に燃え盛る球が百万に分裂し、打者と捕手と審判に向かって殺到する、ほとんど戦略兵器と呼べる威力の魔球だった。

 過剰殺戮と言われてもおかしくないそれを、開会式直後の一試合目の一球目から投げることを、しかし太陽は一切躊躇わなかった。

 なにせ相手は最強高校野球部。

 百年連続、夏の超甲子園大会を優勝し続けた、化け物共。

 様子見で緩い球を投げたなら、その場で即敗北が確定するような相手だった。


「一番 ピッチャー 強杉達也つよすぎ たつやくん」


 間延びして響くウグイス嬢のアナウンスを耳にして、太陽は僅かに眉を顰めた。

 強杉達也。

 聞かない名前だ。


一年坊ノービスだァ……?」


 あり得ない事が起こっている。太陽は大きく呼吸をして動揺を鎮めた。

 超高校野球は、中学生レベルの野球とは一線を画する、異なった次元の競技である。

 どの高校でも、全国から才能ある中学生をスカウトし、それら才能の原石たちが、三年間かけて鍛え上げられることで初めて、スターティングメンバーとして試合に出場することが可能になる、というのが当たり前だ。

 そして、最強高校は文字通り、超高校野球界における最強の座に君臨し続ける絶対王者である。

 そんな最強高校のスタメンに、知らない名前の男―――中学生から上がりたての男が抜擢されるなどという事があり得るのだろうか?


 知らない名前の少年……強杉達也がバッターボックスに立った。

 名前に反して凡庸な打圧(バッターが放つ圧のこと。超高校野球の選手くらい熟達していれば、立っているバッターの打圧から、おおよその力量を感じることができる)の持ち主は、覇気のない表情でバットを構えた。


 太陽はぎり、と奥歯が鳴るのを自覚した。


「ナメやがって……!」


 太陽の目の中の焔がごうと燃えあがる。

 超耐熱ファインセラミックアーマーに身を包んだ捕手が、太陽のサインを受けて静かに頷いた。

 捕手に耐熱セラミックアーマーを装備させるということは、光熱属性、もしくは灼炎属性の魔球を使うという情報アドバンテージを敵に与えることになるが、太陽には関係なかった。

 県大会、全試合を完封に導いた《ミリオンサンズ》。

 単純だが、それ故に対応が難しい光熱属性の魔球に、生涯の全てをかけてきた。

 この魔球なら最強高校にも届くはずだと、太陽は確信していた。

―――相手が一年坊ノービスだろうが関係はない。

 あの程度の打圧では《ミリオンサンズ》がかすっただけでも選手生命を断たれる大怪我を負うことになるだろう。


 だが、


「知ったことか……!」


 太陽は大きく振りかぶった。

 もう後戻りは出来ない。

 目の前の打者を殺すのだと、覚悟を決めた。


「喰らえ、最強高校!これが熱血高校の、熱血魂だ!!」


 太陽の手元を離れた白球は、二つに、四つに、八つに分裂してゆく。加速度的に増殖してゆく白球は、空気との摩擦で燃え上がり、5000℃にまで熱されている。

 地上に落ちた百万の太陽が、バッターボックスに迫り来る―――




 キン、という硬質な音が鳴った。




 大気を焦がすような太陽の群れが迫り来る中、爽やかささえ感じるようなその音は、不思議と球場の誰もが聞き逃すことはなかった。

 バッターボックスの強杉達也は、百万の太陽を一身に受けたはずの少年は、バットを転がして、歩き始めた。

 一塁に向かって。


「え?」


 一拍遅れて、甲子園に怒涛のような歓声が満ち溢れる。

 汗がぞろりと皮膚を這う。《ミリオンサンズ》の熱から来る、心地よい汗ではない。

 まるで死神に足首を掴まれた人間が流す、冷や汗のような。

 ぎこちない動きで首を回せば、バックスクリーンの得点板に小さな穴が空いていた。

 ちょうど野球の硬球が一つ通るくらいの、小さな穴が。


「分身魔球に、光の属性変化か。分身数こそ悪くないが……肝心の球速が疎かではな」


 塁を悠々と走る強杉達也が、ぼそりと呟いた一言は、割れんばかりの声援に満ちる甲子園の球場で、なぜか太陽の耳にへばりついて離れなかった。




 強杉達也、ここにあり。


 最強高校野球部史上初。

 一年生レギュラーとなった男のデビュー戦であった。

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