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燃える魔球は攻略済み

 コーシェン王城の地下。

 祭壇の間にて、その儀式は行われていた。


 魔王軍と人類連合との戦争は既に五十余年も続いている。

 人類連合側の疲弊は凄まじく、それでいて魔王軍の攻勢は緩むことがない。

 既に戦いを止める術はなく、近い未来の敗走は必至。

 それでも、人類種たちは諦めることを良しとはしなかった。

 

 異界から勇者を呼び寄せる召喚禁呪――

 送還術のない、一方通行のそれを用いることは、人倫に反するとして、遥か古に封じられた魔法であった。

 しかし、人類連合は既に、そんなものに頼らなければならないほどに、疲弊し、摩耗しきっている。

 王家の血を持つ者だけが使うことを許された召喚禁呪の魔法陣は、コーシェン王城の地下、広々とした祭壇の間に封じられている。

 人類連合の期待を背負い、優秀な魔道士でもあるコーシェン王国王女、マナスティア=ジャラル=コーシェンは、魔法陣の端に立ち、今最後の詠唱を終えようとしていた。


(まだ見ぬ異界の勇者よ……私達の浅ましい行いを赦したまえ。しかしどうしても、私達は生きたいと願ってしまうのです――)

「其の者、若き勇者。敗北を知らず、数多の戦を駆け抜け、最強の名を冠する者よ! 我が魂、我が術式に応え……異界の扉を越え、顕れよ!!!!!」


 そんな王女の内心の葛藤は、誰に気付かれることもない。

 詠唱の完成とともに、祭壇の間の床一面に描かれた魔法陣が輝き出すと、魔法陣の上を黒い稲妻が数条、奔った。

 異界とこの世界を隔てる壁を砕く黒い稲妻――伝承の通りの魔法現象が発生しはじめたのだった。


「おお、黒い稲妻!」

「では、勇者召喚は!」

「成功だろう!?」

「いや、まだわかりませんぞ。何が喚ばれるか……わかったものではないからな……槍、構え」


 王国騎士団の団長が顎をしゃくると、重武装の兵士達が、黒い稲妻の収束する魔法陣中央に向けて槍を構えた。

 異界から召喚をする場合は、人に非ざる化物を呼び込んでしまうことも少なくない。

 召喚魔法を用いるのは、それだけのリスクを伴う行為。

 しかも、今回用いられた召喚術式は、古に封じられた骨董品……

 何が起こるか、全くわかったものではない。


 一際大きな稲妻が炸裂すると共に、陣の中央に白くたちこめた煙の向こうに、三つの影が見えた。

 三つ。

 召喚勇者とは、複数人が喚ばれるものだったのか。

 困惑と、期待と、恐怖のないまぜになった感情が部屋を満たし、張り詰めたような空気の中、ゆっくりと煙が晴れる。


 そこには、野球のユニフォームに身を包んだ、坊主頭の若者が三人、立っていた。






「な、なんスかこれ!? なんスかこれぇ?!」


 コーシェン国王は落胆のため息をついた。

 失敗だ。

 魔法陣の上で、状況も読めずに困惑の叫び声をあげている若者は、明らかに戦闘慣れした者の気配を纏っていない。

 ちらと周囲を見回せば、同じ感想を抱いた者ばかりか。

 王女はその美しい唇を噛み締め、大臣は信じられないものを見たと言わんばかりに口を間抜けに開けたまま。

 騎士団長の顔も、苦い感情を隠すこと無く顕にしていた。

 諦観と絶望。

 重苦しい沈黙の中、この哀れな召喚者にせめて謝罪を、と国王が動き出そうとしたところ、


「なァにを狼狽えているか、一年!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 一喝が、思考を、奪い去った。


「早く守備位置につけ……! ノックはまだ終わっていない」

「エイシャーーーース!」


 一年と呼ばれた若者は奇声をあげるとたちまち、訓練された兵士のようにその背筋を正した。

 大声をあげた男は黙って小さく頷くと、その手に持った木製の棍棒を構える。

 国王が目を瞠る。


 木製の棍棒を握るその男に備わっているのは、正しく勇者の貫禄であった。

 鷹のように鋭い視線。

 均整のとれた、しかし衣服の上からでも明らかに見てとれる、鍛え抜かれた筋肉。

 浅黒く日に焼けた肌は、どれだけの時間を野外で過ごしてきたのだろうか。

 泥と汗に汚れていながら、それでも尚、美しい、と感じてしまうほどに力強く。

 ただそこに在るだけで、気圧されるような凄みを強烈に放っている。

 これが――異界の勇者。

 その場にいるもの全員がその在り様に圧倒され、ただ立ち尽くしていた。


「いや、部長。妙です。ここは……どうやら俺たちのグラウンドじゃあない」


 その影から現れた、三人目の若者が、ぼそりと声を漏らした。

 同じく、鍛え抜かれた肉体を持っている。

 他の二人と違うのは、貴族にしか扱えぬような、硝子の眼鏡をかけていることで――

 と、召喚された三人を眺めていた国王は、体を強張らせた。

 観られている。

 眼鏡をかけたその男の、どこまでも冷徹な視線が自分に注がれていることにようやく気付いた。

 眼鏡の男は唇を薄く歪めると、ふいと目を逸した。


(見透かされた……?)


 ただの一瞬。

 視線が合っただけで、魂の底まで覗かれたかのような感覚。

 それは錯覚か、あるいは。


「星崎。どういうことだ」

「恐らく、責任者があそこに」


 星崎と呼ばれた眼鏡の男は、そう勇者に告げると静かに国王を指さした。


「き、貴様! 無礼であるぞ!」


 数秒遅れて、騎士団長が叫びをあげると、兵士たちが慌てて、三人の野球部員に槍を向けた。

 一年は怯えたように身を竦ませたが、眼鏡の男と、その横に立つ勇者はびくともせずに国王に眼を向けたまま、動かない。


「よい。私はコーシェン王国国王。アンリ=パイアル=コーシェンである」

「最強高校野球部主将。強杉達也だ」


 動揺を隠すように、国王が名乗りをあげる。

 対して、勇者はそう名乗り返すと、急な勢いで90度に頭を下げて礼をした。

 星崎が続き、一年が慌ててそれに続く。


「……その統率のとれた動き。整った意匠の衣服……貴方達は、騎士団の一員か」

「我々は最強高校野球部だ」


 国王の問いかけに、強杉は端的に答えた。

 祭壇の間にどよめきが満ちる。


「野球部……?」

「野球部とは一体……」

「しかし、最強と言っていますぞ。これは、紛うことなき異界の勇者なのでは」

「わかりませんぞ……第一、武器を持っていない」

「しかし、先程の覇気……只者ではない」

「あの木の棒が、儀礼剣のようなものなのでは」

「ククク……クハハ、クァーーーックァックァ!」


 コーシェン王国上層部の歴々が、強杉の言葉を受けて漣のように囁き交わす中、大臣が突然、場にそぐわぬ乾いた笑い声を漏らした。


「追い詰められたニンゲン共が、何をするかと思えば……まさか本当に勇者を呼び寄せてしまうとはな」

「モブド大臣!? ぐああっ!」


 大臣の異常な様子に駆け寄った兵士の胸甲が、爆ぜる。


「だが所詮はひ弱なヒューマン! この《灼熱》のモエール様の敵じゃねェ……! ここで倒しておけば功績一つってワケよ!」

「バカな、大臣が魔族に!?」

「密集陣形! 王を護れ!」


 騎士団長の声に呼応するように、すかさず盾を構え、王の前に立ちふさがる重装兵たち。

 大臣――否。《灼熱》のモエールはその笑い声と共に角と牙が現れ、異形の化け物へと変じていた。


「ちんけな努力だ……いじましいな、ニンゲン……! 燃え落ちろ!『灼火球』!」


 モエールが叫ぶと、中空に人間の頭ほどの、巨大な火球が現れた。

 祭壇の間の隅々まで届くような熱波を放つそれを見て、兵士たちの盾を握る手に力が入る。


「無ゥ駄だよ無駄ァ。三流魔術式で強化された程度の、お飾りの盾で何ができる!」


 モエールが右手を振るうと、宙に浮いていた火球は一際怪しく輝きを増し、兵士たちに向けて射出され――


「部長」

「構わん。星崎、打て」


 強杉の命を受けた星崎の、バットの一振りによって、全て斬り払われた。


「な、なあ!? 何をした!?」


 あまりに不可思議な現象に、モエールは目を瞠る。

 人間を嬲るための、手遊びの一撃とはいえ、中級魔族である自分の魔術が一瞬で無効化されたのだ。

 眼の前の人間からは、魔力を使った素振りすら感じられない。

 星崎はモエールの問いかけには応えず、小さなため息をついた。  


「『燃える魔球』……ありがちな魔球ですね。面白くもない」

「ああ。この程度の魔球で挑まれるとは。我々最強高校野球部もなめられたものだ」

「さっっっすがザキさん! パネェッス!」


 異界人達の、まるで歯牙にもかけぬ、といった態度に、モエールは自分の頬が引き攣るのを感じた。


「てめェエ……ニンゲン! 弱く、脆い、人類連合の中でも最弱の種であるヒューマン風情が、俺様の炎を侮るか!」

「まだやるつもりなら、受けて立つが?」


 星崎はあくまでも挑発的に、握ったバットの先をモエールに向けた。

 予告ピッチャー返し――そのジェスチャーの意味をモエールは知らない。

 しかし、そこに含まれた侮蔑の意図だけは確かに伝わっていた。

 激昂したモエールが吼える。


「買ァっっっっったぜその喧嘩ァ! 灰すら残らねえ! 地獄の業火で! 焼き尽くしてくれらァア! 魔力励起! 全力全開ィ!! 顕現せよ、『炮群・灼熱業火球』!!!!!」


 唾奇を撒き散らさんばかりの大声で、魔法名を宣誓する。

 魔族が持つその強大な魔力がうねりを上げて現実を改変してゆく。

 敵意を炎に。怒りを熱に変じる、モエールの魔法属性は……《灼熱》。

 猛り狂うモエールの感情を表すような、荒れ狂う炎の嵐のような火球が、現実を捻じ曲げ、宙に現れる。

 その数――十数余。

 目も潰れんばかりに禍々しく輝く火球の群れは、流星のように尾を引きながら星崎に向かって殺到し、


「――欠伸が出ますね」


 次の瞬間には、全てモエールの顔面に向かって叩き込まれていた。


「ば、かな。どうやって……」


 星崎は微動だにしていないようにみえた。

 誰も――脇で見ていた、コーシェン騎士団最強の騎士である騎士団長でさえ。

 星崎がいつ動き、何をしたのか。

 全くもって感知することができなかった。


「どうやって?」


 星崎は肩を竦めてみせる。


「『燃える魔球』程度――我々は既に攻略済みだと。先程伝えたでしょうに」

「わけ、わかんねェ……」


 頭部を黒く炭化させたモエールが、煙と共に疑問を宙に漏らし。

 力なく倒れる音だけが、祭壇の間に響いた。


 最強高校野球部。

 その力の片鱗を見せつけられたコーシェン王国の人間達は、動きかたを忘れたように、ただその場に呆然と立ち尽くしていた。

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