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3話で完結になります。
幼いころ、同じくらいの年頃の寂しそうな女の子を好きになった。
その子は腕に変な模様があって、ぼんやりとしていたけれど、笑うととてもかわいい子だった。
*
「だからっ! 俺に近付くなって言ったはずだぞ!」
いつも無表情を貫く彼女に気付けば怒鳴っていた。
「そんなに怒らなくてもいいじゃないか、ナーズここはもういいから。あっちで副隊長が話があるって言ってたよ」
間に入ってきたのは同じ仕事を任されているギールだ。
ナーズと呼ばれた彼女はギールに無言で頷くとトコトコと歩いて去っていく。
姿が見えなくなってようやく息をはきだせた気がした。
「アトルは何だってナーズに辛く当たるのさ?」
「……さぁな。気に入らねぇからだよ」
ギールにぶっきらぼうに答える。
「気に入らない、ねぇ……それだけには見えないけど……俺らはただの寄せ集めだけどさ、だからこそ歩み寄りは必要だよ」
魔物の大規模討伐隊『赤の団』
名前の通り最近頻繁に発生する魔物を人の住むところへ出てくる前に元から経つことを目的に、色々な実力者を寄せ集めた数百人で構成された大規模な隊だ。
ここでの俺の役割は後方支援部隊として料理をつくることだ。
前線で戦うほどの力はないがある程度の魔物なら1人でもどうにか倒せるし、何よりもその魔物を捌き旨い料理に仕上げることを買われてのことだ。
「……ただの寄せ集めなら必要以上に仲良くなる意味は感じないな」
ギールも同じくここで料理を任されている。
「そうかもしれないけど、アトルの怒鳴り声でここの空気が悪くなるからさ。どうにかできない?」
「……あの女が俺の視界に入らなきゃ怒鳴りもしねぇよ。文句ならあの女に言え」
俺が答えればギールはわざとらしいため息をつく。
「……彼女の何がそんなに気に入らないんだよ。中々できた子だと思うけどね、こんな前線近くの野営地に俺達の守護のためにいてくれる、感謝するべき対象だろ」
「さぁな。だとしても俺には関係ないだろ。大体、旨い飯は作ってるんだから文句はねぇだろ」
「確かにこんな物資も乏しいところであれだけ旨いモン作れるのアトルだからこそだけどさ……ナーズに辛く当たってるの討伐組にバレたら消されるぞ? 皆ナーズの治癒魔法と補助魔法の世話になってんし、ファン多いんだぞ」
「……知らねぇよ」
それだけ言い捨てるとこのままここにいるのもイヤになり、テントへと戻ってさっさと自分の寝床に潜り込む。
しかしすぐには寝付けずごろんと寝返りを打つ。
彼女に対して厳しく当たっている自覚はある。しかしだからどうしろというのだ。
どうやったって、俺は彼女を復讐対象の1人としなければならない、らしい。
そんなのが目の前をチョロチョロして、かつ皆に大事にされているのを見ればこういう態度にもなる。
彼女もそれを分かっている筈なのにわざわざ目の前をうろつくのだから始末におえない。
関わらない方がいい。
それが正直な感想だ。彼女が復讐対象だといってもこっちから何かをする気は少しもないのだ。むしろ……
ただ、近付いてほしくない、その一言につきる。
やっと眠りに落ちそうになった時、外が騒がしくなった。イラつきながらも耳をすませば中規模討伐グループの1つが帰還してきたらしい。それも怪我人を多く出して。
舌打ちしながらも起き上がり、救護テントの近くまで行ってみた。
帰還した奴らはどこかしら怪我をしているようだった。中には意識を失っていたり、かろうじて腕が付いている状態だったりとかなり悲惨な状態だ。その真ん中で彼女が順に治癒を施していた。
その現場から目をそらして調理場へ向かった。帰還者達は死に物狂いで帰ってきたはずで、まずは怪我の治療になるだろうが、その後は必ず腹が減る。何か食べなければ治るものも治らなくなるだろう。胃腸に負担をかけない粥やスープがあれば一息もつきやすいはずだ。それらを手早く準備していく。
少し遅れてきたギールも同じことを思ったのか手伝いはじめた。一通り出来上がると握り飯も多めに用意する。
それを他の手伝いに来てくれた奴等に運んでいってもらう。
夜中にも関わらず調理場が戦場のようになる。
*
「ナーズちゃん! 強い魔物に当たって怪我人がたくさんでたんだっ!」
野営地に前線近くで戦っていた人達が戻ってきて最初の報告がそれだった。
眠ろうかと思っていたけれど、それは大変なことだ。
救護テントに入ってあまりの酷さに震えて逃げ出したくなってしまう。
でも、私がやらなければいけない。治癒できる人は他にもいるけれど、だからといってここにいる意味を放り出す訳にはいかない。皆いい人でこんな私なのに受け入れてもくれる。だから重傷な人から手をかざして治癒を施していく。
全員をすぐに助けたいと思う……けれど今の私に残っている魔力じゃ途中で魔力が尽きてしまう……それでも、1人でもたくさんの人を治さなければ私が今、存在していていい理由にならない。
欠損修復すら必要になる治癒魔法は魔力の消費が激しい。それでも、そんなことを無視し続けて一心不乱に治癒をしていく。
「ナーズちゃん!」
何人を治せた頃だろう。誰かが遠くで叫ぶ声が聞こえる。でも、それに答えられず魔力を失った私の意識はどんどん沈んでいく。重症そうな人達は大体治せたと思うから、多分、もう大丈夫なはず……
*
彼女が魔力枯渇で倒れた。
調理場の作業が一息ついた時にそこらじゅうの奴等が慌てはじめる。
魔力を枯渇するまで行使なんて普通はできない。そんなことが起こればあとは死を待つだけになるからだ。普通そうなる前にリミッターが働いて魔法を使えなくなる。だからほとんどの奴等は魔力枯渇の対処方なんて知識としてない。
それなのに、彼女は魔力を枯渇させた。ここにいる誰もが対処法を知らないから慌てているのだ。
俺が何をしなくとも彼女は消えることになる……
食いしばった歯がギリッと音を立てた。俺は騒ぎから遠ざかるように野営地から少しだけ出る。辺りを素早く見渡し目的の物はすぐに見つかった。
他よりも少しだけ惹き付ける感じはあるが、どこにでもありそうな木の枝だ。
その枝に手をかざし魔法を発動させる。
俺は他の奴等みたいに攻撃系の魔法や回復の魔法なんてのは使えない。けれど、特異な魔法を使える。
そこらにある物ならば何でも食材に変えることのできる魔法。それこそ石でも鉄でも魔物でも。
誰が言い始めたのか忘れたが“食材魔法”なんて呼び名をつけられた。
そして、この魔法で作り出した食材で作る物は大概美味しくなる。例外を除いてだが。
その例外を作るには少しだけ惹き付ける感じがする物でなければならない。今回ならこのどこにでもありそうな木の枝だ。
飲み込みやすいように液体をイメージしていく。
そして、液体に変化した木の枝だった物を小瓶につめる。
そのまま野営地の中にある救護テントへと急ぐ。
テントへ入るとどうしていいのか分からない奴等が倒れた彼女の周りで右往左往していた。無言でそいつらの間をずんずんと進み、彼女の横に立つ。
彼女の顔から血の気が失せ、ぐったりしており、呼吸も浅く弱い。他の治癒師が半泣きになりながら手をかざしてみたりしているが、治癒師の魔法は外傷にはよく効くが魔力枯渇には殆ど意味を成さない。
この様子じゃ放っておけば朝まで持たないだろう。
乱暴に彼女の肩を待ち抱き起こす。そんな俺を制止しようと何人かが俺を止めようとするが睨み付けると怯んだように手を離された。
嫌になるほどに軽い彼女は仇の1人で復讐しなければいけない相手で……そして……
「飲め」
さっきの液体を入れた小瓶を口許に持っていく。しかし意識が無いため口からこぼれてきてしまう。
「おい、ふざけんな、飲め!」
声が聞こえたのか僅かに長い睫毛に縁取られた瞼が震える。しかし、目は開かないし、小瓶の中身を飲む気配もみせない。体温が僅かに下がった気さえした。
「ちっ!」
苛立ちで舌打ちをする。したくはないが、仕方がない。こんな終わり方を許す気だけはない。
小瓶の中身を自ら口に含み、彼女に口移しで与える。
温度が無くなりつつあるにも関わらず柔らかな唇を感じながらゆっくりと木の枝で作った液体を与えていく。
少しすると彼女は僅かに嚥下しはじめる。焦らずゆっくりと全てを飲ませてから唇を離す。意識は戻ってないが顔に血の気が戻ってきているし、呼吸も少しだけ戻った。効果は抜群だったみたいだ。
息をはきだし、再び彼女を横にさせる。
周囲の奴等は固まっていて、静まっていた。
「あ……顔色が戻ってきてる!」
治癒師の1人が驚いたように声を上げると、固まっていた奴等が口々に、それは何だったのかとか、口移しなんてしやがってとか、うるさかったがそれらを全て無視した。
「起きたら、何か飯食わせろ。そうすればもっとマシになるだろ」
近くにいた治癒師にそれだけ言うとすぐにその場から離れた。
何か言ってきたり、喚いたりしている奴等を不機嫌な顔で睨み付け再び野営地の外へ出る。
さっきと同じように魔力を溜めてる物を見付けては食材に変える。どうしても苦味が強く出るため普段はあまり使わないようにしているが、今の彼女には必要になる。
それを調理場へ持っていき今度はきちんと調理していく。
彼女の勝手な願いなんて叶えてなんてやらない。