表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/11

第5話 砂

身が灼ける。心臓が弾け飛ぶ。三途の川でも飛び込みたくなる。

それくらいあつい。

足の裏の接する砂地の熱が異常に高く、立ち止まったら、きっと足裏が火傷してしまう。この砂漠で目覚めてから、ぼくはほぼ常に足を動かし続けていた。


熱波が吹き付ける。

広大な砂漠のど真ん中。

ここに、ぼくはいる。


目覚めたとき、周りには、小椅子と、水入りのボトル2本、釣竿、それにテーブルが転がっていた。

どうやら世界が変わると、前の世界で自分の近くにある荷物なんかも、一緒に世界を渡るらしい。

ナベさんの荷物を盗んだような気がして少し申し訳なかったけれど、すぐにぼくは、彼に感謝することにした。

この砂漠でぼくは生きなければいけない。丸裸じゃあ、話にならない。(それにナベさんは、きっとこれくらいの荷物が減っても問題ない、とも思った。)


テーブルはさすがに持てず、それ以外を持っていくことにした。カバンやリュックが無かったので、ぼくはズボンを脱いでパンツ姿になり、ボトル2本をそのズボンで包み、胸に縛り付けた。上着を脱がなかったのは、日焼けを通り超えて火傷をしそう、と思ったからだ。日焼け火傷は痛いし、避けたい。

小椅子と釣竿は少し嵩張るが、手に持って行くことにした。


砂漠をしばらく歩く。足裏も勿論だが、気温も異常に高い。時折岩場があって日陰に休んでも、暑さが拭える事は無いし、背中に包んでいた水は、ほとんど温水になっていた。汗をかきすぎていたので、何か飲まなければと思って無理に飲んだが、身体は明らかに熱された水を拒んでいた。

次第にぼくの身体は、明らかに衰弱していった。


それでも、ぼくは少しずつ朦朧とする意識を何とか奮い立たせ、砂の丘を一歩一歩と登った。


ここで倒れたら、多分ぼくはひとり孤独に死ぬ。

そんなこと、受け入れたくは無かった。そうして気持ちだけを支えに、一つ、また一つと、砂丘を越える。


歩き始めてから、いちばん大きな砂丘を越えた。

その頂上でぼくは、不思議なものを見下ろした。

もしかすると、自分の頭が熱にやられたのかもしれないが、砂丘の下に割と大きめの街があるのだ。


人に会うことなんて、まず無いはずの世界。熱風が吹き付ける砂漠のど真ん中。どう考えても雨水にも困りそうな、こんなところに街があるはずも無かった。

ぼくの頭が呆けてきたか、蜃気楼か何かだと思った。


砂丘を下っていくと、しかし、少しずつその姿はハッキリと見えてきて、ここに街が確かに存在することが分かった。くたばりかけた身体に鞭を打って、ぼくは街に足を踏み入れた。


街の中は石造りの建物が並んでいて、人の気配こそ無かったが、何だか、少し前までここで人が暮らしていたかのような生活感が感じられた。

建物に目立った傷や汚れが無く、生活用品が家の周りに転がっているのだ。

人が居ないのに、だ。


少し歩くと、街の真ん中にある井戸があった。

その井戸には地下水がちゃんとあって、ぼくはすぐに水を汲み上げるた。汲み上げたバケツのまま一気に水を飲む。一杯だけじゃ足りず、何杯も何杯も飲み続けた。

腹の中で水がタプタプと音を立て始めても、気にしなかった。

まさに、生き返る心地だった。ぼくは自分のボトル2本にも水を汲んだ。


みずを飲んで少し落ち着くと、街を物色し始めた。もしも人が居ないのであれば、生活に必要なものを拝借したり、最悪この場所に住めば良いと思ったのだ。


1軒目の家に入る。

その時、背後から物音がした。砂を踏み締める音。

「誰だ?」

振り返るが、そこには誰もいなかった。

やはりまだ頭が熱で呆けているのかもしれなかった。


そう思って振り向き直った瞬間、首に冷たいものを感じた。同時に、ぼくの右腕が後ろ側に捻られる。

何が起きたか一瞬分からなかったが、どうやら誰かがぼくの首にナイフを突きつけていた。

腕の痛みと、突然動けなくなったことへの恐怖。

暴れて振り解きたかったが、そのはずみでナイフが首を裂きそうで、ぼくは動くに動けなかった。


「何をしている?」

生気のない声。あまりに淡々としたその声に、ぼくは命の危険を感じた。

多分、答えを間違ったら死ぬ。

「ぼくはこの砂漠に流れ着いた者で、生きるために必要なものが足りていません。なので、必要なものを探しに来たのです。ここが貴方の家だったのであれば、すみませんでした、他の家をあたります」

腕の締め付けと、ナイフの冷ややかな感覚は消えない。むしろ強まったようにさえ感じる。

「何故ここに流れ着いた?」

それはこちらが聞きたかった。

「何故と言われても、正直ぼくには何も分かりません。目が覚めたら、砂漠のど真ん中でした。歩き続けて、この街を見つけたのです」

ぼくはただただ、正直に答えることにした。

嘘や適当な言葉を並べても、多分それを見抜かれるだろうと思った。


少しの間があって、腕の拘束が解かれる。

同時に、ナイフがぼくの身を離れた。

生きている。

確かに首が繋がっていることを、首を触って確かめた。首を触った手を見ると、少し血がついていた。

本当に死んでいたかもしれない、と思いぼくはぞっとした。


振り返ると、そこには色黒い女が立っていた。

長身で筋肉質な身体をしている。見たところまだ若い。

「怪しいけど、悪い人じゃなさそうだ。あと言っておくけれど、この家は私の家じゃない。好きに漁りな」

「え?じゃあ、何で?」

「この世界で私以外の人に会ったのは、これで2回目でね。また私を狙ってきた奴かな、と思ったのさ」

よく分からないが、この世界に来て間もないのかと思った。

「また...狙う...?」

「ああ。私は狙われている。いつだって油断できやしない」

ナベさんが言うには、この世界では知り合った人と、もう一度巡り合うことはほぼ無いらしい。

そんな世界で、何を狙われるというのだろうか?

「こんな世界で、貴方は何を狙われているのですか?」

「命さ。この世界であろうと無かろうと、私は常に狙われている」

「どういうことなんですか?」

「死ぬかもしれない、ってことさ」

とんだ妄想癖の強い女なのかもしれない。

この世界に来て、ネジが外れたのかもしれない。

この女に関わるのは、避けようと思った。


「なるほど。では、お気をつけて」

そう言ってその場を離れてすぐ、ぼくはさっきと同じ状態に陥った。どうやらまた、首にナイフを突きつけられ、今度は左腕を後ろに捻られていた。

「な、何をするんですか!」

ぼくはそう叫んだが、ぼくを拘束しているはずのあの女は、ぼくの目の前にいた。

どういうことか分からなかった。

目の前の女は、ぼくに向かって走ってくる。

手に持ったナイフを、ぼくの左耳スレスレに突く。

途端、左腕の拘束とナイフが外れた。


ぼくは後ろを振り返りながら、身体を崩した。

そこに、無精髭の生えた長髪の男が、笑みを浮かべていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ