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無礼講チキンレース

作者: しいたけ

「ハッハッハ! 今日は無礼講だ! 気にせず好きにやりたまえ!」


 酔って気を良くした部長の決め台詞。対面に座る独身社員3人は苦笑いで温いビールに口をつけた。


 酔って説教をして気分が良くなれば解放される。それを知っているからこそ3人は今の今まで耐え忍いだのだ。


「飲め飲め! ハッハッハ! ……っと、ちょっくらトイレトイレ」


 上機嫌で席を立つ部長。部長が千鳥足でトイレへ入ったことを確認すると、3人は深くため息を着いた。



「なぁ……1杯目の喜びが温いビールってどうなのよ……」

「そう言うな、ようやく解放されたでごさるぞ。さっさと寝かして飲み代だけ早く貰うでござる」


 太った男と痩せた男は悲しみを背負いながら温いビールを飲みほした。真ん中に座っていたチャラい男は黙ったまま動かない。


「どうしたチャラ男?」

「いつもいつも無礼講とか言うけどさ。どこまで無礼講か試してやろうぜ……」


 チャラ男の発言は二人の視線を集めた。


「よし、ガリ男。お前から行け。因みに怒られた奴は二次会のオッパブで全額支払いな!」

「ええ~! オッパブとか興味ないでござるよ!」


 痩せた男はチャラ男の方を見てしかめ面をかました。


「お前オッパイに興味無いのかよ?」

「有ることはあるでござるが、お金を払ってまでは行きたくないでごさるな……」


 二枚目の冷たいビールが到着し、太った男が眼鏡を持ち上げながら口を開いた。


「甘いなガリ男……。普段の道行く美人のおっぱいを揉んでみろ。忽ち逮捕だぞ? それを一万円前後で許して貰えるんだ。一万円で揉み放題だぞ? とんだ無法地帯だろ!? お前の一物は何の為に付いているんだ?」


 太った男は普段の無口から一変し饒舌な語り口でオッパブの素晴らしさをガリ男に説いた。


「……排尿の為でござる」


 それでもガリ男は冷たいビールを口にし沈黙を続けた。


「なら考え方を変えてみろ。オッパブに居るのは痴女だ。本来ならタダで揉んで貰いたい位の痴性の所を、敢えてお金を恵んであげているんだ。だから我々はれっきとした慈善事業なんだぞ?」


「……物は言い様でござるな。分かったでござる。その代わり拙者が勝てたら三次会は拙者の好きなメイド喫茶へ行くでござるよ?」


「……はいはい」


 話が纏まった所で、部長が千鳥足で席へと戻ってきた。


「よし、それじゃあガリ男、俺、デブ男の順番な!」


 意気込むチャラ男。彼は勝つ気満々だ!


「うい~~っ」


 部長が席へと座った所で、ガリ男は枝豆を一つ手に取り、部長へと向かって莢から豆を一粒発射した!


  ―――ピシッ


 枝豆鉄砲は見事部長の顔へとヒットし、部長は落ちた枝豆を拾い上げガリ男を見た。


「いやはや部長。申し訳ないでござる。枝豆が跳んでしまったでござる」


「構わん構わん。そう言う時もあるさ! 今宵は無礼講だ気にするな!」


 上機嫌な部長は笑って枝豆を口の中へと放り込んだ。それを見て内心ホッとしたガリ男は、チャラ男を見てニタニタと笑った。


「枝豆一つで何を得意気に…………」


 チャラ男は呼び出しベルを鳴らすと、部長の好きな梅酒と自分達のビールを素早く注文した。


「お、気が利くなチャラ男は」


 幾度となく連れ出された飲みニケーションと言う名のハラスメントのお陰で彼等は部長が何を好み、何時何を飲みたいかをハッキリと把握出来る様になっていた。


「―――お待たせしました梅酒のロックです」


「あ、はい」


 と、チャラ男は部長用の梅酒を受け取ると、何故か自分の口へとそれを運び、一気に胃の中へと流し込んだ!


「スミマセン部長! 部長が美味しそうに梅酒を飲まれるのでついつい飲みたくなってしまいました!」


 チャラ男はすかさず部長へと頭を下げた。


(おいおい、いくら何でもソレはマズくないか……?)


 デブ男が横目で心配そうにチャラ男を見た。しかし部長は笑顔のままチャラ男へと声を掛けた。


「そうかそうか! お前も梅酒の良さが分かってきたか!」


 ガハハと豪快にソレを笑い飛ばすと、部長は自ら呼び出しベルを鳴らし、もう一度梅酒を注文した。頭を上げたチャラ男はニタリとデブ男を見た。


(や、野郎……! チャラ男のクセに……!!)


 デブ男は自分の番が回ってくると思ってなかった為、内心焦りを感じていた。一方一巡目を回避したチャラ男は涼しい顔で二人を見ていた。


(俺には秘策がある。じゃなきゃこんな危険なゲームに足を突っ込む訳無いさ! 次の番は俺だけが知っている部長のズラで回避してやる……!!)


「……ちょいとW.Cへ行ってくるぞ。歳は取りたくないな、トイレが近くて困る」


 部長が重い腰を上げ、デブ男の脇を通り過ぎようとした瞬間……


  ―――ガッ! ビダァン!!


 部長の足がデブ男の足に引っ掛かり、部長は見事に顔から転んでしまった! 何とか起き上がろうとする部長へデブ男が駆け寄る。


「スミマセン部長! 私の太い足がご迷惑を―――!!」


「あ、ああ……気にするな。それより早くはばかりへ行きたいぞ」


 部長はフラフラと立ち上がると再びトイレへと入っていった……。




「やるなデブ男……」


「フン。オッパイの為ならこれくらい……!! 次はガリ男だぞ? どうするつもりだ?」


 流石にもう順番が回ってこないと思ったデブ男はビールを煽り、ナスの漬物を二三齧って余裕を見せた。


「う~スッキリしたー!」


 部長は酷い千鳥足で席へと座ると、頭をフラフラとさせながらも梅酒を口にした。


「俺もトイレへ……」


 デブ男が席を立ちトイレへと向かうと、それまで沈黙を保ってきたガリ男は席を立ち部長の頭へと手を伸ばした。


「部長頭にゴミが……」


 素早く部長の頭の毛を引っ張るガリ男。そして外れる部長のズラ。部長は梅酒を持ったまま強い輝きを放っていた!



(―――こいつ!! 俺だけが知っている部長のハゲアドバンテージ、略してハゲバンテージを奪いやがった!! いや、デブ男が居ないこのタイミング……ガリ男め! 俺がハゲバンテージを持っていることを知っていやがったな!? 完全にやられた!!)


「スミマセン部長! とんだ失礼を!!」


 平謝りするガリ男。


「ガリ男! お前なんて事を!?」


「良いんだチャラ男。俺も何時までも隠し通せるとは思っていないしチャラ男にもバレてるからな。……ただ、デブ男には内緒だぞ?」


 部長は苦笑い一つでズラを直し、梅酒を口にした。いつもこんなに寛大な人で在ったなら……と二人はしみじみと思った。


 チャラ男は少し考え、奪われたハゲバンテージを埋めるべく、己の勇気と知恵を総動員した。しかし、ソレを実行するにはいささか後が怖かった。


 そして意を決したチャラ男は、空になった部長のグラスを見て呼び出しベルを鳴らした。暫くして運ばれてくる梅酒とビール。


「お待たせ致しました。梅酒ロックとビールです」


「あ、はい」


 そしてチャラ男の手が動く!


 受け取ったビールを素早く零し、部長の鞄へと盛大にぶちまけた!!


「おまっ―――!!」


 部長の鞄の中には明日の会議で使う資料が入っている。部長が全権を握る大事なプロジェクトの資料は3人、いや全部下がその大切さを知っていた。


(チャラ男め、死ぬつもりでござるか!?)


 それを見たガリ男は冷や汗を流した!

 まさかそんな強引で命知らずな無礼講をぶちかますとは露にも思って居なかったのだ!

 トイレから戻ってきたデブ男も、その凄惨な光景に流石に肝を冷やした!


「スミマセン部長!! 何とお詫びしたら良いか!」


 チャラ男は素早く立ち上がり、おしぼりで部長の鞄を吹き始めた! しかし会議の資料は見るも無惨な程に濡れ、使い物にならなくなっていた……。


「ぐぐ…………まぁいい。後で作り直そう。今夜は無礼講だ気にするな……」


 苦虫をかみ潰したかの様な部長の顔に、此処らが限界だと感じたチャラ男は心の中でガッツポーズを決めた。


「……ちと雪隠に行ってくる」


 部長が三度トイレへと席を立った。焦るデブ男。まさか自分がトイレへ行っている僅かな間に再び順番が回ってきたなんて思わなかったのだ!


「ガリ男は何をした……?」


「部長のズラを外したよ」


「!?」


 デブ男は追い詰められていた。先程の反応を見る限り、これ以上の無礼講は無いだろう。最後の一刺しが残された黒ひげ危機一発の如く、デブ男に残された選択肢は『降りる』しか無かった。


「デブ男の番だぞ? ま、でも降りても良いんだぜ? もう限界だろう」


「そうでござるぞ?」


 難所を乗り越えた二人は意気揚々とフライドポテトや唐揚げを頬張っている。二人の頭の中は既にオッパイで埋め尽くされていた。


「……俺はやるぞ」

「へ?」

「は?」


 まさかの続行に呆ける二人。


「部長の一物は何の為に付いているんだ!?」


「知らねぇ……」

「……排尿の為でござるか?」


「この日の為さ!!」


 デブ男は部長が入っているトイレへと掛け出すデブ男! 勢い良く扉を開けると狭い個室へ入り込み部長と相席をけしかけた!!


「な、何だデブ男!?」

「部長! 失礼します!!」


  ―――バタン!!


 閉められた扉の中で何が行われているのか二人には分からないが、デブ男の財布に金が入っていないか余程他人の金でオッパブへと行きたい事だけは分かった。




 暫くして部長がトイレからフラフラと出て来て無言で席へと着いた。その顔はどこか青冷めており、心なしか苦しそうな感じの顔をしていた……。


 続いて出て来たデブ男は、悟りを開いた僧の如く涼しい顔で席へと着いた。


「次、ガリ男の番だぞ……」


 結局デブ男が何をしたのか分からない二人だったが、これ以上は無いくらいに何やらやりやがった事だけはひしひしと感じた。


「……む、迎えが来たか」


 部長はスマホを確認すると席を立ち、財布からお札を二枚テーブルに置いた。


「後は好きにやりたまえ。俺は先に帰るぞ」


 見送りの為に店の前へと出る3人。そこには紫色の髪の毛をした部長の奥方がド派手な外車で迎えへと来ていた。


「相変わらずパッとしない部下達ね……」


 運転席の窓から顔を出した奥方は一別をくれながら三人を酷評した。


「そう言うな。俺の掛け替えのない大事な部下達だ」


 


(マズいでござる! このままでは拙者の負けに―――!!)


 助手席に乗り込む部長。慌てたガリ男は運転席の扉の前へと走り出した!


「部長殿! まだ無礼講は続いているでござるか!?」

「お、おお……」


 気迫迫るガリ男に思わず返事を返した部長を見て、ガリ男は奥方の額へ濃厚なキスをくれた!!


「んん!? んんんん!! ん……」


 そして離れると素早く頭を下げた。


「無礼を講して失礼を致しましたでござる!」


 何が起きたのか理解が追い付かない奥方。そしてやられた感を露わにしたチャラ男。


「部長! 俺も無礼講失礼致します!」


 と、後部座席へ勢い良く乗り込むと、ズボンのベルトを外しパンツを露わにした!!


「チャラ男め! やりやがったな!!」


 既に一線を越えているデブ男は特に気にする事無く迎えの外車のミラーを蹴りで破壊した! そして車体をベコベコに凹まし始めた!!


「無礼講失礼します!!」


 激しく暴れ回る三人。それは最早誰にも止めることは出来ず、3人は通報を受け駆け付けた警察官に取り押さえられた。


「無礼講です! 許して下さい!!」


 取り押さえられた3人は揃って口々に述べた―――


読んで頂きましてありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白いですけど、お食事中注意ですね。
[一言] すんごいチキンレース!  酒の力もあって、あさっての方向への無礼講試しになりましたね。 面白かったです。
[良い点] なんという部長の心の広さ。それはまるで聖人のよう。三度目でキレる仏とは大違いの広さです。 彼らをそこまで動かした女性の胸の恐ろしさを知りました。 彼らは悪魔に取り憑かれてしまった……。
2019/06/25 11:11 退会済み
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