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マスターベーション

作者: 瞳

 誰かにこっちを見てもらいたかった。“特別な人間”にならなくちゃいけないと思った。みんなと同じじゃ、誰も私のことなんか見てくれないと思った。みんなに自分を見て欲しかった。


 お母さん、ごめんなさい。私、承認欲求のおばけになっちゃったよ。



 腕を切ると、寂しさが傷口から血液となって滲み出る。17歳になったばかりの私は、自分の体に自ら作ったその細い窓から目に見えるものとなって出てきた感情を眺めた。その具現化された孤独を、苦しみを、憎しみを、言葉にして他人に訴える勇気など持っていない臆病者は、人知れず左の二の腕に窓を作っては自分の中身を目視で確認する日々を送っていた。手首だと誰かに見つかりやすいから、二の腕を選んで切っていた。


 私は、「かまってちゃん」とか「メンヘラ」とか、そういう簡単な言葉で片付けられても仕方がない簡単な人間なのかもしれない。でもね、確かに私の心は空っぽだけど、いつだってどす黒い苦しみが渦を巻いてギチギチに詰まっている。そういう矛盾を抱えて生きている。腕の傷だって、分かってほしいくせに、見て欲しいくせに、隠してしまう。矛盾していて不器用で浅はかな私は、人間臭すぎる。自分で言うが私は結構人から好かれる方なのだけど、人間臭すぎるからこそたまに他人から愛されたりするのかもしれない、とふと思った。私はいつもそれを素直に受け取れないので、愛を知れたことはないのだけど。人間臭すぎる。臭い。それは腕の生臭さに具現化されていた。


 腕を切ると痛い。痛いからいい。心を痛める代わりに本物の痛覚に訴えかける。

 心は臓器としては存在しないけど、確かに胸の中にあると思いませんか?きっと17の時、私のその見えない臓器は、擦り切れて麻痺して、もはや使い物にならなくなってしまったのだと思う。だから、腕に二つ目の心を作り始めたのだ。子供すぎて、もっといいアイデアが思いつかなかった。


 目に見える形で訴えないと、私の苦しみなど認めて貰えないと思った。感情を感じることすら許可されないと思った。自分でも認められなかった。22歳になった今となっては、誰が悪いとか自分が弱すぎたとかそういうことではなく、生まれ育った環境と自分の生まれ持った性質の組み合わせが良くなかったのだと思う。ただ、それだけのことだ。私自身も、周りにいた人たちも“一生懸命生きていた”。ただ、それだけなのだ。

 今も私は毎日、“一生懸命”自分の首を自分で絞め続けていることも自覚している。自覚できるようになってしまったから厄介でもある。それを分かっているのに止められない自分が苦しい。



 誰かにこっちを見てもらいたかった。“特別な人間”にならなくちゃいけないと思った。みんなと同じじゃ、誰も私のことなんか見てくれないと思った。みんなに自分を見て欲しかった。


 本当はもう、自分がずっと誰に見てもらいたかったか分かっている。本当はそのたった一人が、自分を見ていてくれているという実感を持てればそれで良かった。誰にとって“特別な人間”になりたかったか分かっている。分かるようになってしまったから厄介だ。



 お母さん、ごめんなさい。大好きです。



 この話は、お母さんにだけは読ませられない。私は人間として生きづらいくらい人間臭すぎる。

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