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紅星~レッド・ディストラクション~

耳を掠める、不思議な違和感。


この狭い箱の中、私は一人ぼっちだ。

いつもはあんなに小うるさくつるんでくる楓もいないし、だからと言って誰か他の人と一緒にいる訳でも無かった。


だからこの箱は、ただ私だけを乗せて上へと進んでゆく。

私だけを、たった一人の…私だけを、乗せたまま。



「10階です。」


そしてそんな虚しき上昇は…その物悲しい電子音と共に、終わりを告げる。


目の前が、開かれてゆく。

そこから僅かに光が漏れ出して…うっすらと灯る蛍光灯の灯りが、私に夜の訪れを告げる。


「…もう、夜になっちゃった、か……」


その事実に少し虚しさを覚えながら、私はそれまで乗り込んでいたエレベーターを後にし、とぼとぼと下校の続きを再開する。


…静かだ。

何も、聞こえない。それはまるで、このいくつもの居住空間が並んでいるはずのこの建物から、あらゆる人気が失われてしまったかのような…そんな感覚だった。


いつも通りのことなのに…私は少し、怖くなった。怖くなって…しまった。

この施設は、作られた時期こそ旧世紀の年代物だが、かけられた予算と技術は当時では最高峰のものだった。それにここは厄災孤児施設の中でも最も大きく、中心的な意味を持つ川口本部。そんな施設に厳重な防音加工が成されていた所で…正直、何ら不思議は無い。


でも、そんなことは分かっていた。

だから多分…私は、もっと別のことに対して恐怖を抱いてしまったのだと思う。


ここから、全ての音が消えた時…

この世界の全てを、空を覆うあの暗闇に覆い尽くされてしまったら…


…私は、一体……



「…なーに、辛気臭い顔してんのぉー、さっ!!」


「してんのさー!!」


でも、そんなちっぽけな妄想なんて…きっと、馬鹿みたいな杞憂に過ぎないのだろうな。


そんなことを、結局はいつも思ってしまう。そう、私はいつだって…周りの人間に、その暖かさに、救われしまうのだから。


急に背中を包み込んでくる、懐かしい温もり。

柔らかくて、暖かくて、そして心地いい…そんな感覚に溺れそうになる自分を必死に冷静さの淵に引き止めて、私は首だけで後ろを振り返る。


そこにいたのは…二人の、女。


一人は少し背丈が高くて、年も私より上。柔らかな物腰と表情を持ち合わせ、いつだって私を…私を優しく想ってくれる、そんな人。


そしてもう一人は…私よりうんと小さな、可愛い女の子。

年は、まだ小学校低学年といった所。未だ反抗期にすら入っていないであろうその幼げで愛らしいその姿に、私は何度も癒やされてきた。


…肩まで伸びた真っ白な髪と…赤と黄色、その二つを備えた色違いの瞳。そんな異色の風貌を有する、その少女によって。



「…た、ただいま……」


未だ後ろからの唐突ハグによる困惑を拭えぬまま、しかしそんなこともいつも通りのこと。すぐに顔から驚きの色を取り払い、いつもの少しぶきっちょな真顔に戻る私。


そんな私を見て、どうやら二人もご満悦の様子で。

お互いに顔を見合わせ、懐で小さくガッツポーズをした後…くるりと私の方に向き直って、その顔にぱっと見慣れた笑顔を咲かす。


「おう!おかえり!」


「りー!」


しかし…相変わらず、元気な二人だ。

この二人を見ていると、いつも辛気臭くため息ばかりついている私が馬鹿らしく見えてきてしまう。一応、二人にだって常々大変なこともあるだろうに…それでも彼女達は、私の前であの笑顔を絶やしたことは殆ど無い。

…少なくとも、私の前では。


「んーで?どうだったよ、今日の学校は?」


その笑顔を保ったまま、そんなどうでもいいようにも感じる質問を投げかけてくる彼女。


「今日のって…まぁ普通……」



…しかし、そこで私は気付いた。


「………………?

……あ……れ………?」


気付いて…しまったのだ。


この状況が…いつもの、当たり前の幸せに満ちているように見えたこの景色が…どうしようも無い程の、真っ暗な歪みの上に立っていたことに。



「…あの、二人共……」


尋ねる声が、震える。


そんな私を見て、きょとんとした顔で首を傾げる二人。


おかしい…んだよな、これ?

あれだけのことが…私でなければ最悪命すら危うかったであろうあの事態が、誰よりも私を想ってくれている人に…彼女達に、届いていないなんて。


…私は今、どんな顔をしているのだろうか?


分からない、分かりたくも無い…もし今、私の目の前に鏡があったとしても…私は多分、そこに映る素顔と目を合わせることはできないだろう。


明らかな、異常事態。

これが果たして私の思い違いなのか、それとももっと…私には想像もつかない程に、深刻な問題なのか。


分からない。

分からない…けど……


「…あの、今日ってさ。


……ニュースとか…見てた?」


なら、確かめなければなるまい。

この事実を…深刻な現実では無く、ただと馬鹿な思い違いにするために。私の日常を、安らぎを、壊さないために。



…でも、現実はそう甘くは無かった。


「ニュース?

うん、見てたけど…さっきまでレイちゃんと一緒に、ねぇ?」


「んあ?そだったっけ?」


私のあまりの動揺ぶりからか、思わず顔を見合わせる二人。

そこで少しばかりのひそひそ話が展開された後…真実は、明らかになる。


「おう、見てた見てた!

ね、レイちゃん?」


「見てたー!」


ニュースを…見ていた?

それも、彼女達の口振りからしてついさっきまで…だとしたら、一体これは…


……事故が…

私が巻き込まれたあの事件が、世間に出回っていない?



確かに、そりゃああの事故は普通とは違うものだった。

謎の武装組織、それを解決した一人の少女が使った謎の力…そして何より、それを取り囲む「環境」が一番の要因だ。


あそこは仮にも、神都第七区画「学園区」だ。国で一番の学力や才能が集まり、そこには当然…公にはできないような秘密だって、いくらか隠されているのだろう。

加えて、あの事件の現場は天下の宮代台高校の真正面。それがどういうことを意味するか…私にだって、おおよそは分かっているつもりだ。


…事件を、隠蔽している?

でも、そんなことが可能なのか?あれだけ大きな…銃や霊術だって使われたような事件だ。それが他の他人の目に少しばかり触れていたって何ら不思議は無いし…


「…………あれ?」


しかし、私はそこである疑問に辿り着く。


あの時…私達以外に、人がいたか?

確かに、学園区というのは限られた人間しか立ち入ることのできない場所だ。それ故に人口も少なく、道を歩いている人だって他の街に比べたらそう多くは無い。


でも…だからって、下校時間に帰らない学生ってのは、そんなに沢山いるものなのか?


あの時は、もう宮代台の中では全ての授業が終わり、下校の時刻を迎えていた。それに学園区の各学校のカリキュラムは、内容は違えど終了する時間はほぼ同じと聞く。

それがどうして…あの時、下校中の生徒と一人も出くわさなかったんだ?



分からないことは、増えてゆくばかり。

それに合わせて私の顔からも明るみが消え…少しづつ、青褪めた顔へと変化していく。


…さっきの、あいつの顔……

あの時といい今といい、一体あの街で…あのコンクリートに覆われた街で、一体何が起こっているというんだ?


分からない。

それが果たして何なのか、それが一体どういう影響を及ぼすものなのか…私の日常は、果たして壊されずに済むのか。それら全て、今の私には皆目検討もつかない。


…でも。


「…あの、セラ?」


「せらー?」


私の鼓膜を確かに叩く、二人の声。

顔は…見なくとも、分かる。きっとさぞかし心配そうな表情で、真っ直ぐ私のことを見つめてくれているのだろう。彼女達は…私の周りってのは、いつだってそうだ。


…私には……

こんな私には、この人達はあまりにも…


「…………………っ!


…ううん、何でも無い。」


…あまりにも、優しすぎる。


だから私も、こうしていつも強がってしまう。

あるのは、ほんの少しの力だけ。それがどういうもので、どう扱うべきなのか…さっぱり分かっちゃいないけれど、それでも私は…一応、他の誰よりも強い。そう言い切れる自信が、私にはある。



だから、私がなんとかしなければ。


「ささ、もう夕食の時間でしょ?

あーあ!私お腹空いちゃったなー!」


「ちょ!押さないでよセラー!

分かった!分かったってばー!!」


「おすなーー!!きゃははーー!!」


私が…彼女達を、守らなければ。

彼女達は、私よりもずっと弱い。霊術も使えず、御神もおらず、そして何か特別な力がある訳でも無い…所謂、ただの一般人。でもだからこそ…だからこそ私にとっては、かけがえのない「守るべきもの」なのだ。


何も無かった私に与えられた…ほんのひと握りの、大切な宝物なのだ。


「…だから。」


「ん?どうかした?」


この宝物を…何としても、守らねば。


綺麗なまま…私が好きな、今の彼女達のまま。


「……ううん、何でも。

さぁて、今日のご飯は何なのかなーっと!」


「あんたねぇ…

いい加減、少しは料理とか覚えたらどうなの?この年になってろくな料理一つ作れないなんて…お姉ちゃん、悲しいよぉー…」


「いいじゃん、別に!

てか、まさか私に女子力とか期待してる訳?そんなの、私の中にゃ端から備わっちゃいないっつーの!」


「きゃはは!レイ、この前ねぇちゃんに野菜の切り方教わったのだー!

つまり、レイはセラより凄いのだ!偉いのだー!」


「…んなっ!

あんたねぇ…私だって野菜くらい切れるっての!馬鹿にしないでよねー!」




「……ねぇ、セラ?」


「…ん?」


「あんまり…

無理しちゃ、駄目だよ。」


「……………」


「ふふん、お姉ちゃん、可愛い妹のことなら何でもお見通しなんだから。


…また、何か隠してるでしょ。」


「………べ、別に……」


「別にいいんだよ、隠し事の一つや二つ。そんなことじゃ怒りゃしないよ、お姉ちゃんは。


でも…でも、忘れないでね。

あんたには…力にはなれないかも知れないけど、それでも…悩みを共有できる仲間は、いるんだよ。あんたが一人で悩むことなんて…何一つだって、ありゃしないんだからさ。」


「………分かってる。

分かってるよ、そんなの。」


「………………

………そ…っか。


なら、いいんだ。

…何たってあんたには、楓ちゃんもついてるんだしね。少なくともそれだけで…一人じゃ無い、ってことだもんね。」


「………………


…ごめん、何も言えなくて。」


「いいんだよ、別に。

…ま、本当はちょっと妬いてるんだけどね?セラが私に頼ってくれないこと。


あんたは…強いもんね。

私なんかとは、生きてる世界が違う。家族で、親友で…それでもあんたは、私とは違う。同じには…きっと、なれない。」



「………でも。」


「……?」


「……それでも、一緒にいることは…できる。


一緒に笑って、一緒に泣いて…私が例えどんな化け物だったとしても、それはきっと変わらない。

…変わることを、私は許さない。」


「セラ……」


「だから…さ。


今日はもう、この話はお終い。

もうこれ以上は…何か、大切なものが壊れちゃいそうだから。

私の中の…大切な、何かが。」



「……そか。


うん、よし!じゃあご飯にするかなー!セラ、なんかリクエストとかある?」


「ええっと、じゃあ…

…って、まだ作ってなかったんかい!」



世の中なんて、結局は曖昧だ。


優しくて、厳しくて、美しくて、残酷で…あらゆる表面を併せ持ち、その全てを等しく均衡の上に立たせている。


それが世界。全ては嘘で、全ては真実。そんな世界に諦めを抱くか、あるいは希望を見出すか…それら全ては、人の心一つに委ねられているのだ。


だから、きっと…


この時、私の耳を掠めたあの音も…きっと、何かの間違いだったのだろう。


少なくとも、私はその時そう判断した。

何かが壊れるような音を…何かが爆ぜ、砕け散るようなその音を、私は黙って見過ごした。


遠く、悲しく響くその音を…意思の無い横目で、静かに見やりながら。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「…閃っ!!」


その瞬間、世界が歪んだ。


現実を歪める力、霊術。

いかに神の力だ何だと言い訳を付けた所で、霊術というものの本質は「現実を書き換える」という一点にある。霊気という特殊なエネルギーを介し、人の思念という独立したイメージを得て…その時初めて、神格者は現実を捻じ曲げることができる。


だからこれも、普通ならばありえないこと。


瞬間、足元に落ちる真っ黒な影。その大きさは丁度人一人分くらいで…その形には、確かな見覚えがあった。

紅き狂気を纏って、その一撃をただ私に叩き込まんとする一人の女。もはや視線を合わせることすら間に合うまい。何せ彼女は…影の形から察するにだが、もうその刃をボクの首元まで伸ばしているようだから。


現実を捻じ曲げる力、霊術。いくつか種類はあれど、それにはある程度の決まったパターンがある。

先人達が習得し、共有したイメージ。それらは現代の霊術の基本となり、今も日本中の神格者が使う最も一般的な霊術となっている。


そしてだからこそ…この霊術は、はっきり言って異常だった。



…だが。


首元への、ダガーによる一撃。圧倒的なスピードとエネルギーを持ち、今から回避行動に移ることはまず不可能。

あの攻撃…あの紅い光の中にどんなカラクリがあるのかは知らないが、少なくとも今の段階では攻撃のリーチははっきりしている。ならそれだけで…今のボクには、十分だ。


展開目標は、ボクの左後頭部から首元にかけて。


意識を…集中させる。

瞼を閉じ、浮かび上がった暗闇の世界に、ボクは想像する。


あの力が一体何なのか、そもそも彼女が何者で、どういったルーツであの霊術を学んだのか…そんなこと、今のボクには分からない。


分からないが、一つだけ確かなこともある。

あれは…あの光とこの瞬間移動らしきものは、紛れも無く霊術だ。霊気のエネルギーを媒介とし、その流れに変化が生まれている時点で…その事実はもう、確定的に明らかだった。


…なら、それだけでいい。


瞬間、ボクの頭の中で爆発した…明確な、一つのイメージ。

光の、壁だ。ボクの体を守るように、白光を纏って現れるその不思議な力。それが思念となり、現実となるまで…さほど時間はかからなかった。


思わず、口元が緩む。

何故だろう。この状況…私にとっていい状況だとも思えないし、笑いが出てしまつような要因も見当たらない。なのに何故、ボクは…



瞬間、世界が光に包まれる。


その時、何となく分かった気がした。

力…一見平和な、しかし力という明確なルールで覆われたこの世界。そしてボクも…その力に敷かれる身として、しかしそれでもいいのだと控えめな人生を歩んでいるつもりだった。



…でも、あるのだな。


「絶霊隔離壁システム…起動。


…コード、アイアンメイデン。」


どうしようも無い「野心」という奴が…空っぽだと思っていた、こんなボクの心の中にも。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


彼女は…あの人は、一体何なのだろうか。


「っはぁぁぁーー!!!」


「……………」


交わる、二つの光。


一方は赤。その眩い光が一本の刃となり、圧倒的なスピードと威力をもって的確に相手の急所を狙い撃つ。

何度も何度も、何度も…しかしその攻撃が届くことは、恐らくもう無いだろう。


何故なら、それは…


「閃っ!閃っ!閃っっっ!!!


…っく!あぁぁぁぁーーー!!!」


もう一方が…あの光の壁が、二人の距離を歴然としたものにしているからだ。



最初は、少し不思議な人だと思った。


学校の制服らしきブレザーとスカートを見に纏い、その上からブカブカの白衣を羽織った一人の少女。

その姿は…いささか、不思議なものだったのだ。この世界の常識を知らない私にだって、そのくらいは理解できた。


だから多分、もしもこんなに急を要していなかったら…私とて、彼女にだけはこの手を差し伸べることは無かっただろう。

何せその姿には…あの真っ白な上着を羽織った人間に、あまりいい思い出が無かったものだから。


…でも、今は違う。


「…っあぁ!ああぁ!ああああぁぁーー!!!」


「……はぁ。


お前…もしかして、ボクの予想よりもずーっと弱かったりする?」


そんなこと…あの姿を見れば、歴然だ。

圧倒的な狂気を…殺気を纏って襲い来る、殺戮の刃。しかし、その悍ましい姿とそれを操る女を前にして…その少女は一人、ため息をつく。


呆れたような、そんな表情。

当然だ、あんな景色を前にして…危機感を抱く方が、むしろ私からしたら不自然だ。だってそれは、あまりにも絶対的で圧倒的。あの真っ赤に輝く刃がどれだけ振りかざされた所で…結果なんて、日を見るより明らかだった。


真っ白な…純白の輝きを纏う、一枚の壁。

それは現れては消え、また現れては消え…まるで白衣の少女を守るかのように、必要な防御だけを行い、そしてゆっくりと宵闇の中に消えてゆく。


「どう…してっ!

何故!私の攻撃がっ……!!」


「…そりゃまぁ、ボクにも色々あってね。

しっかし…それにしたって、お前が弱すぎるってのもあると思うんだけど…どうなの、そこの所は?」


力の差は…誰が見ても、明らか。


ただ狂ったようにダガーを振り回し、所構わず消えては現れ、また消えては現れ…その驚異的にも思えるスピードとて、彼女の織り成す光の壁の前では全くの無力だ。


彼女は…あのダガーを持った女は、多分相当強い。

何故か。それは私の中に残された僅かなデータの中に…彼女の使っていると思しき霊術が一切含まれていないのがその証拠。ただ私が知らないだけなのか、或いは本当に私の予想通りなのか…それはまだ分からないが、確かなことも一つある。


あの霊術…瞬間移動と思しきあの力は、はっきり言って現代の霊術のルールから大きく逸脱している。



霊術というのは元来、人が起こす現象だ。


それに御神や霊気のが必要とはいえ、発動するのはやはり一人の人間。そしてその対象は…自身が認識できる範囲の周囲の「空間」に限られる。


目の前から電気を出したり、掌の上で火を起こしたり…更には、見えてさえいればどんなに遠く離れた場所でも爆破なり地割れなり自由に起こすことができてしまう、正しく神の力。

…勿論、それも術者の力量と霊術との相性次第だが。


…でも、彼女はどうだ?

彼女は今…確かに、白衣の少女の周囲を何度も「転移」している。少なくとも、私にはそう見える。


自身を転移させる霊術。

ただ速く動いているだけだとか、自分の残像を残してそれっぽく見せているだけだ…とか、色々と言い訳の付けようはあるだろう。しかしそれらは…多分、全て的外れな推測に過ぎないのだろう。


何せ、直に見ている私が言うんだ。


確かに意識は途切れ途切れで、視界もほんのりと赤く染まって…少しでも気を抜けば、また意識の向こう側へと消えてしまいそうになる、そんな状況。

でもだからこそ…私は今、彼女達の戦いを見届ける。見届けなければならない、そんな気がするのだ。


彼女は…あの女は今、自分自身の「体」に霊術を使っている。

それだけは、間違い無い事実だ。そしてそんなことを可能とする存在を…私は、一つしか知らない。



「お前のそれ…


もしかして、固有霊術だったりする?」


固有霊術。

世界でも極僅かしかいない神格者。そんな希少な存在が奇跡的にも大勢集まっているこの国…日本。しかしそんな中でも、固有霊術を扱える人間なんてものはそうそういるものでは無い。


現在、固有霊術を持ち、国から神名を与えられた人間は…僅か32人。


その一人一人が強大な力を持ち、彼らが一同に力を合わせようものなら世界すらも手中に収めることができるだろう…と、そんなことを国は…神格会は直々に公言している。

そしてそれは、他の誰から見ても間違いようの無い事実。あの32人の内一人の力でも目の当たりにしようものなら…そんなこと、嫌というほど思い知らされてしまうのだ。


…そう、この国では…この世界では、そういうことになっているらしい。



「…………っ!!!」


瞬間、白衣の少女に纏わりついていた女の体が…夜の闇へと、消えた。

瞬間移動…どうやらそれは、随分と長い距離まで対応しているものらしい。近接戦しか仕掛けていなかった辺りから、もしかしたらと少しは思っていたが…そんな淡い期待なんて、初めから無かったようだ。


…まぁ、そんな期待なんて……

私程度が、意識の狭間で抱いたちっぽけ期待なんて、きっとこの場ではまるで役に立たないのだろう。


「…だとしたら、お前は……」


…何故なら。



「………これで……っ!」


瞬間…視界に落ちる、真っ暗な影。

街灯の薄明かりを何かが遮り…そのせいで、ただてさえ暗かった夜道をさらなる暗闇が襲う。


そしてその時…どこからか、音が聞こえた。


いや、違う。これは誰かの…聞きなれた誰かの声だ。

しかしその声の元を辿ることは、ろくに体を動かすことのできない私には不可能だった。何せ体はボロボロで、まだこの地獄のような痛みにも慣れきっていない。頭の方は多少血が抜けたお陰で回ってくれるが…他の機関はといえば、もはやまるで機能してはくれないらしい。


だから、代わりに私は耳を澄ませた。

どこか遠くから聞こえるその声に…ついさっき私達の前から姿を消したあの女の声を、必死に聞いた。


でも…そんなことよりも、注目すべきものは別にあったのだ。


何故、突然辺りが暗くなった?

地面すれすれの視界でしか周囲を見ることができない私には、空中で何が起こっているのかなんて分かりはしないが…



そしてだからこそ…

その瞬間、私は恐怖した。


「…終わりだぁぁぁーーー!!!」


辺りに突如として巻き起こった暴風と…それに連鎖するように発生した、真っ赤に煌めく爆発の衝撃に。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


…何が、起こった?



目の前に広がるのは、ただただ無残な破壊の痕。

横たわっていた道路の中央から凄まじい勢いの爆発が起こり…結果として辺り一帯、付近の家々にまで被害が及んでしまっていた。


…また、怒られる…か。


いや、今はそれどころでは無い。

何故…何故なんだ?何故あそこには…本来、いるべきはずの存在が消えてしまっているんだ?私が消し飛ばすはずだった…私の前に立ち塞がった、あの謎の女は、ならば一体何処へ消えたと…


彼女は…正直言って、強かった。

相当な腕を持った神格者だった。そして何よりあの霊術…今まで見たことが無いような独自のものだった。ああいうタイプの神格者に会うのは初めてだが…あれだけの力、さぞ高名な神格者だったのだろう。下手すれば神名持ちか、或いは…


「…私と、同じ……?」


そして…だからこそ今、私は心から恐怖していた。


抑えきれない不安に駆られ、彼女の姿を確認したいと体が疼き…その結果、もはや任務のことなど当時の私の頭からは抜け去っていた。

そう、その時…最も気を付けるべきだった要素についても、全て。



私は、自分のことを強い人間だと思って生きてきた。


この世界において、私に敵う人間はいない。それを私は…かつてまだ幼かった私は、子供ながらに実感した。あの日、初めて自分でナイフを取った日から…あの日、初めてあの男の血を見てから、ずっと。


…だから、私は許せないのだ。

私よりも強い存在がいることが、そんな奴がまだ…この世界で生きているという、その事実が。


「どこに…いる……っ!」


加えて奴は、私に向かって言ったのだ。私のことを…自分の予想よりも、弱い奴だったと。

そして何より、奴は私に対して一切の反撃をしてこなかった。あれだけの力…攻撃に使えば私なんてあっという間に捉えて、粉々にすることだってできるだろうに。


それなのに奴は…それを、しなかった。


「…どこに……!


いるんだぁぁぁぁーーー!!!」


だから私は…奴のことを……!



「…ここだよ、お馬鹿さん。


やれやれ、にしてもちょっとは静かにして欲しいものだね、全く。」


闇夜を突き抜ける、そんな一言。


その声を聞いた瞬間…私の中で、何かが弾けた。

聞こえてきたのは、私の丁度真後ろ。首をぐるりと回し、背後を確認してみれば…その先に、奴はいた。


…その腕に、小さな少女を抱えたまま。


「…貴っ様ぁぁぁぁーー!!」


……見つけた。


「…おやおや、随分血気盛んだねぇ。

てか、ボクってお前からそんなに嫌われてたっけ?」


見つけた、見つけた、見つけた…


奴が私の視界に入った以上、すべきことはただ一つ。本能に身を任せ、身を焦がすこの感情をただ溢れるがままに暴発させ…


「…っぁああああああああああぁぁあぁーーーー!!!!!?」


奴を…葬ればいい。たったそれだけだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


…まだ、来るのか。


彼女は今…一体、何に駆られているというんだ?

こんな状況…辺りはさっきの爆発で焼け落ち、周囲一帯の家々を飲み込んでいる。そしてその中にはきっと…生きている人だって、いただろうに。


そんな状況を目の前にして、彼女は尚私に向かって一心に視線を向ける。

その正体が怒りによるものなのか、憎しみによるものなのか…どちらも抱かせるようなことをした覚えは無いが、少なくとも今の彼女を支配している感情が何かしらの負の感情であることは…恐らく、確かだ。


未だ、辺りに人気は無し。

にしても流石に変だろう、これは。何故ここまで派手な爆発やら何やらが起きているのに…誰一人として、人が集まって来ないんだ?このご時世、神格者同士のいざこざでこういった現象に世間が慣れているのもあるのかも知れないが、にしたって小煩い野次馬の一人も集まって来ないなんておかしな話だ。


普通ならば、ありえない話。

常識から逸脱いた現象、まるで神隠しでも起こっているかのような、そんな…


…と、そこで私はある仮説に行き当たる。


「これ…

…もしかして、霊術の……」



「っあああああぁぁぁーーー!!!」


そして状況は…そんな悠長な考えは許さないとでも告げるかのように、驚異的な速度で加速してゆく。


再び、私の体に落ちる暗い影。

…しかしなるほど、改めて上を見てみて分かったことなのだが…どうやら、さっきから落ちてきている物体の正体は自動車だったようだ。


現状、霊気を利用した新世代自動車が開発、販売され始めているとはいえ、未だそれらは一般的には手の届かない領域。ただでさえ高価なくせに、維持費をかかるし国から高値の税金は取られるし…強いていい所を上げるとすれば、一度買ってしまえばもう燃料を気にすることは無い、というくらいか。


そんな現在の国の在り方を表現しているかのような通称「霊導車」。そんな代物は当然一般層には普及しておらず、未だこの国には溢れんばかりの旧式ガソリン車が至る所に存在している。

そしてそれは…可燃性の燃料なんかを使っている車だ、神の力をもってすれば爆発させることなんて至極容易なことなのだろう。


…そんな傍迷惑な落下物に対して、私はさっきと同じ対応を取る。


その対応とは…実に、シンプルなもので。



「……いいか?」


「…………?」


ゆっくりと、その瞳が開く。


夜の闇に紛れてしまいそうな紫紺の長髪に、まるで夜に抱かれるように輝く二つの月。


そんな彼女を見て、私は…綺麗だと、そう思った。

まるでこの世のものでは無いような…そう、きっと本当なら生まれてくるはずも無かったであろう、その幻想的にすら見える姿を。


「…………」


…だから、守ろう。


理由なんて、それで十分だ。

美しいと思ったものを守って…綺麗だと思ったものに変わらぬ美しさを望んで、一体何が悪い?


そうだ、何も悪くは無い。

だから私は…彼女を……



「…私の腕から離れるなよ、少女。」


だから私は、そう言った。


目の前で巻き起こる…真紅を纏った破壊という暴威の中で、彼女を…ただ優しく、包み込むようにして守りながら。

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