凶兆~リベリオン・スタート~
「………………」
「……ぁ………」
…どう…いうことだ?
「………おい、これ…って……」
「……………っ!」
この状況は…私達が今目の当たりにしているこの事態は、一体何なのだろうか?
学校の中を通る桜の並木道を潜りながら、なんちゃってパレード集団こと私達はあの後すぐに歩いて学校を出た。
結局、その後も霊術についての会話は続いたが…恐らく、向こうとしては殆ど収穫らしきものも無かっただろう。
…何故って?
そりゃ、説明してるこっちとしても途中から意味分かんなくなってましたし、ハイ。
で、そんなこんなであのでっかい校門から学校を後にし、学校に隣接するタイルの道を歩きながら私達の実りの無い平和なおしゃべりは続く…
…と、思っていたのだが。
「…目標確認。これより確保に入る。」
「総員、行動開始っ!
軍の連中に嗅ぎ付けられる前に終わらせるぞ!」
これは…一体、本当にどういうことなんだ?
目の前には、道の上で無造作に止められた数台の車。そのあまりに無骨で重厚な見た目からして…恐らく、一般車という訳でも無いのだろう。
そして、そこからぞろぞろと降りてくる何人もの大人達。これまたこっちも重厚な装備を身に纏い、その姿は上から下まで綺麗に真っ黒。
そして終いに、彼らの手元には…
「…あれ…は……!」
「武器…銃だと?」
その数、およそ10人弱。
それら全てが、その懐に物騒な形をした黒い長物…銃を抱えていた。
「これは…
いよいよ、普通じゃ無い…よねぇ?」
「…だろうな。
しかし、一体どこの部隊だ…?特神隊…では無さそうだが…」
武装集団…なのは、まず明らかだろう。
ここまで来て、あれが全部ミリオタの特殊部隊ごっこでしたー、とかは言わないだろうし…だとすれば、紛れも無くあの武器は本物だ。
じゃあ一体、彼らは…
…彼らは、何者なんだ?
この国、現代の日本における武力を持った組織は主に三つ。
一つは警察。
旧世紀の体型をほぼそのまま残すこの組織は、国家の安全を守ることが第一の義務とされている。
…とは言うものの、武力という武力も大して持っておらず、現代の警官が携行している拳銃に至っても今の世界ではあまり効果的な脅しにはなり難い。
何せ化け物を連れた超能力者が当たり前のように彷徨いている時代だ、多少世間から馬鹿にされたって無理は無い。
二つ。こちらも旧世紀の名前を残す組織、自衛隊だ。
こっちはといえば、実は世界からも大きな注目を集めている組織だったりする。何せ、世界最高峰の神格者が集まる国の国家公認の防衛組織だ。それに合わせた対神格者用武装の開発もそこそこ進んでおり、一部では完全に無法者と化した神格者に手を焼く各国からの技術協力や武器の提供の依頼が、溢れんばかりに殺到していたりするのだ。
そして三つ…
第三の組織にして、現代の日本における最も強力な武装勢力。新世紀が始まって僅か数年であっという間にその頭角を現し、国家からのお墨付きも受けている程のエリート組織…「特殊作戦特化神格者部隊」通称「特神隊」。
…しかし、彼らがこの三つ目の組織にあたる存在である可能性は…恐らく、全くと言っていい程無いだろう。
「あの武器…
…ん?武器?」
「…そうだ。武器を持っているということは…
恐らく、奴らは神格者では無い。」
そう、何故なら…
彼らはその腕に立派な対神格者用と思しき武器を備えているからだ。
神格者という奴らは、それぞれが圧倒的な戦闘力と…彼ら一人一人が、独自の「個性」を持っている。
御神の形、得意な霊術、それに性格や戦闘スタイルに至るまで…神格者には、他とは比較のしようが無い程の強さと独自性を備えている。そしてそれ故に…彼ら全てが全く同じ武装や戦法で戦うなど、普通ならば断じてありえないことなのだ。
…それに、神の力を得た超能力者がわざわざ銃を使って戦うなんて…そんな煩わしいこと、するだろうか?
「でも、だとしたら奴ら……」
「…おい!
貴様ら!そこで何をしている!!」
しかし、私達がその核心に迫るその前に…どうやら、彼らに私達のことがバレてしまったらしい。
…てか、そりゃそうだよなぁ。
この状況、あんな物騒な集団を目の前にしたら真っ先に逃げるのが正解でしょうに。いかにこちらが神から受けた超常の力を持っているとはいえ、奴らが殺傷性のある武器を…銃を持っている時点でもう、向こうには何かしらの「殺す」という目的があるのだ。
そんな物騒極まりない連中の前で、三人まとめてこうもぼーっと突っ立ってなんかいたら…危険に巻き込まれるのなんて、完全に時間の問題だ。
「…わ、わわわわ!!
おいセラ!あいつらなんか…こっちに向かって来てないか!?」
隣から引っ張り回される袖の感覚を無視して、必死に目の前の出来事に目を向ける…と、何か別の方向へと銃を向けていたその集団から、一人、また一人とこちらに向かって来る連中が現れ始める。
そして当然…その銃口が新たに向けられる対象は、私達三人なのであって。
「来てる…ねぇ。
…さって、こりゃ流石にどうするか…」
まさしく今、危機的状況。
とはいえ、別に命の危機という訳では無い。
まぁ、一応私達は神格者だし?あんな銃の一発や二発でどうこうなるような軟な存在じゃ無いことも分かっている。それに私達の背後に控えるは…天下の宮代台高校。この状況で私達が殺される道理は愚か、傷一つだって付けられることも無いだろう。
だが…そういう問題では無い。
むしろ、本当の問題はもっと別にあるのだ。このいかにも怪しげな雰囲気、そしてあの物騒な武器と視線…一度絡まれてしまったが最後、向こうが降参してくれるまでは多分一生まとわりつかれることになる…かも知れない。
それは…多分、相当めんどくさい。
非常に、ひっっじょーに、めんどくさい。
「…おい、そこで一体何をしているのだ!?」
だからこそ…この素晴らしいタイミングでサイドから放たれたフォローに対して、私は賞賛を送りたいと思う。
先程まで私達と並んで突っ立っていた鎧騎士…レヴォークが、私達の一歩前に立って何やら向こうの状況を確認しようとしてくれていたのだ。
普通なら、恐らく状況を悪くするだけのこの行動。
いくらムカつく不良に対して心のままに突っかかった所で、帰ってくるのは面倒なことばかり。そんなことは彼とて百も承知だろうが…しかしそれは、彼にとってだけは例外であった。
「…ん?
なんだ貴様!そのふざけた格好…」
「……ほぉ?」
…うんまぁ、ふざけたまでは無いにしろ…流石にちょっと普通じゃ無いよね、その格好。
「ふざけた…とな?しかしそなた…本当にそんな口を効いていい立場だと、本当に思っているのか?」
だが、今はそんな彼の真っ白な背中が実に頼もしく見える。
今の彼ほど、この状況で私達二人が頼るべき存在はいない。彼以上に、この状況を安全に打開できる存在なんて…多分、そう多くは無いはずだ。
…そう、何故なら彼…いや、彼の主は……
「我が名はレヴォーク!
「光姫」天ヶ瀬慧生の御神にして、神名を持つ者である!」
この国で最も高い権利を持つと言われる…固有霊術の使い手にして、神名という権利と資格を持つ存在。
そんな彼女…天ヶ瀬慧生の、たった一人の御神なのだから。
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神名…
それは、人の身でありながら神の力を借りて神を超える、そんな力…固有霊術を会得した者に国から与えられる称号だ。
勿論、これは単なる二つ名なんかじゃ無い。神名とは…その名前を受け取った時点で、その人物に最高級の権利と…ほんの少しの、制約を与える。
そしてこの場合…重要になってくるのは制約の方では無くて、間違い無く別の方。
「我は神名を持ちし者、天ヶ瀬慧生の御神なり!
故に、この場においてそなたらに事情を問う権利がある!
それに歯向かうというのなら…どうなるか、分かっていような?」
その瞬間…辺りの空気が、硬直する。
当然だ、神名を持った存在に脅されて何も感じない人間なんて…多分、よっぽどの世間知らずか命知らずの馬鹿だけだろう。
そう、神名とはそれほどまでに強大で…私達人間にとって、とても恐ろしい意味を持つのだ。
神名を得た人間に与えられる権利。その中の一つに、絶対的に近い程の武力行使の権利が、というものがある。
当然、殺人や暴行といった行為を意味も無く行うのは一般人同様に犯罪だが…それに真っ当な理由がつきさえすれば、話は別だ。
例えば、正当防衛。
この権利、一応旧世紀から人権の一部として与えられているものではあるが、神名持ちに与えられるそれは次元が違う。
そう…もし神名を持った人が、ある時突然武装集団のテロに襲われたとしよう。
当然、一般人には何の抵抗もできない。一部の神格者であったとしても…そんな凶悪犯の犯行も前にして行動できる程の力と勇気を持った人物なんて、そうそういるものでは無い。
…しかし、神名持ちは違う。
彼らにはあるのだ。国一つをも滅ぼしうる絶対的な力と…それを行使する為の、正義という純粋な心が。
「……神名、だと!?」
「…はっ!
何をふざけた冗談を…貴様ら、この状況を何だと思っている!」
辺りに生まれる、静かなざわめき。
そこから漏れるほんの少しの叫びと驚きと…ひそひそと周囲を巡回する噂話が、場の空気をより一層重苦しいものへと変えてゆく。
「ま、待て!
聞いたことがある…光姫って確か、今年からこの学校の生徒になったんじゃ……!」
「……何!?」
何故、こんなにも動揺するのか…
その答えは、いかに馬鹿で世間知らずな私にだって分かる。
それだけ彼が…神名を持った存在という奴が、世間にとって、民衆にとって驚異的なものなのだ。
…よく考えれば、私って奴はあんなのと互角に戦って…あれ、勝ったんだっけか?まぁいいか。
…とにかく、この状況……
「さぁ、通してもらおうか?
いかなる正当な理由があろうと、公衆の面前で武器を振りかざすなど…あまり褒められたことでは無いからな。」
彼らが何であれ、この要求を飲まない訳にはいかない。
いけなくなったのだ、彼を…神名という、絶対の権利と力を前にして。
つまり、ここでの彼らの正しい判断は…
「…はっ!そんなことで……!」
「…………っ!
…いいか!絶対に対象からは目を離すな!」
懐に抱えた武器を捨て、両手を上げて無抵抗を示し…
「お前達はただ、私の合図があり次第…」
代表たる存在が前に出て、彼との話し合いに応じる。これ以上の被害が加わる前に事態を収集して、ここから…
「…そいつを、撃てばいい。」
逃げる…のが、普通だ。
なら、どうして今…
足音では無く、乾いた銃声が鳴り響いているのか。今の私には…いや、きっと今後一切理解できないことなのだろう。
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「あら、何でしょう今の音…」
「…音?」
ふいに流れた春風が、二人の髪を静かに揺らす。
長く美しい金髪と…これまた長く美しい、真っ直ぐな黒髪。その姿があまりにも美しいものだから…遠くで聞こえる聞き慣れない音も、不思議と認識の彼方へと霞んでしまう。
そんな風が運んできたのは、優しい春の暖かさと甘いアプリコットの香りと…
「…うーん……
どうにも聞き慣れない音ですわねぇ。しかし一体どこから…?」
今のこの場を支配する、少しばかりの騒音だった。
「音…
あぁ、あれですか。」
そのどこか不快な音に顔を顰める慧生を見て、神奈もようやく状況を理解したらしい。それまで手に持っていた真っ白なティーカップをベンチに置かれた仮ティーセットの上に置き、辺りをくるくると見回し始める。
「ええっと、方向は…
…あっちですね。微かに霊気の反応が……」
しかしその瞬間…突如として響いたその言葉に、神奈は思わず腰を落とすこととなる。
…そう、その瞬間に鳴り響いた……
「…レグルアーツっ!!」
一方にとっては聞きなれた、一人の男が放った開戦の狼煙に。
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…なん、だろう。
体が…焼ける。
空っぽだった心が、体が…一つの感覚によって支配され、埋め尽くされてゆく。
嫌な、感じだ。
これを…人間は、痛いというのだろうか。
私には…私には分からない。これがどういう感覚で、この苦しみが一体何を意味するものなのか。
どれだけ考えたって、結果は同じ。
思考は全て痛みの中へと沈み、世界はもう真っ黒な闇に染められている。ここでどんなに足掻いたって…私が何かを成すことなんて、できる訳も無い。
「…でも。」
…微かに、音が聞こえた。
「それでも、諦めちゃだめ。」
激しい騒音の雨に混じって、しかしその声は…はっきりと鼓膜を叩き、私の心を揺さぶってゆく。
暖かくて…優しい声。
私は…この声が好きだ。
聞いたことも無い声だけど、この声の主が誰なのかさっぱり見当もつかないけれど…それでも私は、一瞬でその事実に気付いた。
私の心を包み込む…その、大好きな温もりに。
「いい?
あなたが例え何処にいようと、どんなに辛い目に遭っていようと…諦めることだけは、しちゃだめ。」
諦めちゃ、だめ…
何を、どうして、どうやって…意味はさっぱり分からないし、こんな声を聞いたからって…どうしたらいいのかなんて、私には分からないままだ。
「…何故?
ふふ、馬鹿なことを聞くのね。」
分からなかった…けど。
「私が…
…あなたを、愛しているから。」
不思議と…分かったような、そんな気がした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「…レグルアーツっ!」
銃声が聞こえてからその叫びが響くまで…僅か、数秒。
そのまるで予想でもしていたかのような対応によって、それまで鳴り響ていた銃声の嵐は…一瞬にして、止まった。
…が、だからといって現状が理解できている訳では無い。
何せあの閃光のせいで、こっちの視界まで見事に潰されてしまっているものだから。いくら音が止んだからって…目が見えないんじゃ、状況がどうなったのかなんて分かりはしない。
…しかし、急を要することだったとはいえ…こっちにまで被害が及んじゃうのはどうなの、その技?
「ちょ、何がどうなっ…」
しかし…そんな文句を言う暇も、どうやらこの見えない戦場には残されていないらしい。
「とぉりゃぁぁーー!!」
私が確認をとる前に聞こえてきたその声は…そのすぐ後に、激しい物音と衝撃波を連れて来て。
そのあまりの圧力に思わず腰を屈めながらも、今のこの状況がどうなっているのか…働かない目を補うようにして、耳と頭に集中力を向ける。
今の声は…楓だ。
楓が動いたということは…あの閃光の後、すぐに彼女も戦いに加勢した、ということでいいのだろうか。彼女とて立派な御神の一人だ、視覚の作りも人とは違うのだろう。
…でも、だとしたら多分この状況はもう終わったものも同然だと思うのだが…
最強の御神と、最可愛の御神。
この二つが合さって解決できない事態があるのだとしたら…それは……
「……っ!
祠堂殿!危な…」
それは多分、こういうことなのだろう。
瞬間…聞こえてくる、風を切る音。
鈍く響くその轟音から、私の前に一体どれだけの危機が迫っているのかを無慈悲に語る。
宙を進む…何か、巨大な物体。
それは今、激しい轟音と風圧をもってして私の前に立ちはだかる。見えない恐怖が…視覚以外の全ての感覚を支配し、旋律させる。
これは…多分、間に合わない。
今の私では、この飛来してくるのであろう何かを止めることはできない。しかしこれがもし、私の体に直撃なんてしたら…多分、問答無用で即死する。
そう、今の…
「あぁ…
…これは……流石に………
流石に、ちょっと本気出しますか。」
今の私で、あるならば。
脳から下された、一つの命令。それを受けて…力強い感覚が、一瞬にして体中を駆け回る。
そして、まるでその力を欲するかのように、その力を歓迎するかのように…私の体はじんわりと熱を帯び、鼓動もあっという間に跳ね上がっていって…
ゆっくりと、瞼を開ける。
その先にあったのは…何やら、黒い大きな物体だ。不自然に宙を舞い、しかし確かにこちらへと向かって来るそれは…恐らく、金属製の何か。
板状の形とこの色からして…多分これは、さっき停まっていたあの車達の一部、ということで合っているのだろう。
…一体、誰がこんなことを……?
と、考えてもいる暇も無いか。
いくら私が少し本気を出したとはいえ…それであの物体のスピードが落ちてくれる訳でも無いのだ。
あの黒い物体がやけに遅く見えるのは…それはただ、私の中の時間感覚が早まっているだけに過ぎない。
確かにまぁ、こんな状態でもいつものように体は動く。というよりむしろ、こんなに世界がゆっくりになっているというのにいつも通りのスピードで動く私の体って…
「…ホント、何なんだろ。」
そんな事実にため息の一つでも…ついている暇は無いんだった、いけないいけない。
…と、その時に気付いたことが一つ。
あの物体の、少し先…そこに停まっている車の一台に、やけに派手な壊れ方をした車があった。ドアは愚か、車の側面が丸ごと剥がされたような形…そんなことができる奴って、一体…
なんて、その答えはいとも簡単な場所にあって。
「……あそこ、か。」
ゆっくりと、足を踏み出す。
瞬間、地面から伝わってくる力強い感覚。
やれやれ、多分この一歩も…私にとってはゆっくりだけど、見ている周りからしたらとてつもない速さなんだろうなぁ。
一歩、また一歩と…そんな化け物じみた私ののんびりとした歩みは続く。
目指すのは、目の前の黒い物体。それは私の歩みよりもさらにゆっくりと近付いてきて…そんなあまりののんびり屋加減に嫌気が差して、わざわざ私の方から歩いてきてやったという訳だ。
でも、そんなゆっくりとした時間も…私がその物体に触れたことにより、終わりを告げる。
…随分と、柔らかい。
私の指先が触れた瞬間、グシャリと音を立ててその形を変える。…だが、違う。この物体が柔らかいのでは無い。
何せ相手は金属の塊、それも車のドアなんかに使われるような素材だ。そんなものが、触れただけでその形を変えてしまうような軟なものだとは…私とて思わない。
……だから。
だからこそ、私の動きは…鼓動は加速する。
右手に込めた力が増大し、それが一つのイメージとなって…掌の上で、現実となる。
巻き起こすは風。それも普通よりずっと強い…そう、それこそこの物体を、この驚異的な速さで接近してきたのであろうこの巨大な質量体を、いとも容易く押し返せてしまう程の。
掴んだ掌の中で、反発する力。
霊術が…発動する。私が今掴んでいる右の掌の中で、私に牙を剥いたこの物体に対して…無慈悲な裁きを与える。
掴んだ指を離せば、もうそれは始まっていた。
私の手型を綺麗に残したそれは、あっという間に私の手を離れ…さっきとは桁違いのスピードを乗せて、もとあった場所へと帰ってゆく。
そう、その先にいた…恐らくはこの板を飛ばしてきた張本人であろう、謎の大男に向かって。
坊主頭に、厳ついサングラス。どう考えてもいらない部分まで鍛え上げられたその分厚い体に、纏うはその巨漢にピッタリと合った真っ黒な礼服。
…やれやれ、あそこまで強面感を前面に出されてしまうと…こっちとしても反応に困る。一応、それ故にアイツが恐らく悪い奴であろうことは明らかになっているのだが…あれで実は凄いいい人だったらどうしよう、私。
「…ま、そんなこと考えたって……」
時はもう、止まらないのだけど。
メキメキと音を立て、その形を常に変形させながらも…飛行するに最も相応しい形を追求し、その刃を真っ直ぐに向ける黒の一撃。
…皆は、どう思うだろうか。
こんなことをして…多分、理解はしてもらえないだろう。だとしたらまぁ、いつものように適当に誤魔化すとしよう。
だって、もうこんなこと…
理解してもらえない、圧倒的な力。下手に周囲に知れれば面倒事が増え、だからといって誰にも知られないというには…あまりにも、孤独な力。
でも、私はそれでいいと思う。
少なくとも、かつての私はそう思った。そしてその考えを…今の私とて、歪める気は無い。
体から、熱が冷めてゆく。
…終わった、か。
辺りの時間がゆっくりと加速し、冷静な思考が頭に戻って来る。そしてその瞬間…私という存在は、現実へと帰って来た。
さぁ、終わりにしよう。
私があれだけしてやったんだ、もしもやられてないって言うのなら…
「…そりゃ、あんた……
…相当な化け物だよ。私程じゃ無いにしても、ね。」
この激しい轟音の元に、その無残な血飛沫を散らしたその果てに…また、立ち上がってみるがいいさ。




