神刃~レーラ・アルグランテ~
「…さぁ、覚悟はよろしくって?」
視界を支配するのは…西部劇さながらの、真っ赤に乾ききった荒野の大地。
風には微かに砂が混じり、その感覚を肌で感じる度に独特な違和感が走る。そして当然、そんなものが鼻や目に入った日にゃ…正直、立っているだけでも辛い。
「いや、別に覚悟とかそういうのは…
ていうか、まずこの場所って……」
空から降り注ぎたるは、燦々と輝く太陽の光。湿度が低い分、日本の猛暑に慣れている私からしたらまだマシだが…にしたって暑すぎだろ、まだ外は春真っ盛りなんだっての。
しかしこれじゃ、映画でよくある西部開拓時代のカウボーイの気がまるで知れないな。こーんな灼熱地獄の中で決闘なんざやろうなんて…
「…あ。」
「ふふん!
ようやく分かりました?私がわざわざあなたに代わって全ての手続きをして、そしてこのステージをわざわざ選んで差し上げた…わ・け・が?」
…………………
……下らねぇですなぁ、オイ。
いやまぁ、確かに決闘といったら荒野…みたいな感覚は分からんでも無い。…無いが、にしたってわざわざこんな…どうしてこう、リアルだろうと現実だろうとこういうどうでもいい所で無駄なプライド発揮しちゃうのかな、お嬢様って。
「いや、でも…
…あんた、強いて言えばヨーロッパ風なイメージが強いと思うんだけど。なのに何で荒野?バリバリのウエスタン?決闘…にしたって、もっと他にいい場所とか…」
「…ふふ、ふふふふっ…
……笑止、ですわぁ!!」
そしてそんなプライドは…どうやら、これだけでは収まり切らないらしくて。
ふいに入り込んだ砂に目を奪われ、しばらく瞼を擦っていると…ふと、その風の中に紛れて何やら不思議な感覚が。
そして、ようやく戻ってきた視力を使ってその正体を見てみれば…どうやら今飛んで来たものは、一枚の手袋だったらしい。
…しかし、何故片方だけ?それもこの真っ白でいかにも高貴な感じのデザイン…確かこれって、慧生がついさっきまで手にはめていたものではないか…?
…っは!確かにまだちょっと暖かい!それに匂いも…いかにも高級そうな洗剤の香りに混じって、私の心を高ぶらせるような不思議な匂いが…くんかくんか。
「プレゼント…なのかな、これ?
すーはー、すーはー…」
「なっ…!!
そんな訳が無いでしょう、この変態女が!」
そんな私の変態性に対して、バッチリとツッコミを入れてくれた慧生。…何だ、そういう所はキチンと分かってくれるのね、ありがとう。
しかし…そうで無いなら、一体どうして手袋なんか…
慧生のやることだ、この行動には何かしらの意味があるはずなのだが。それも決闘という条件を満たす為だけにわざわざこんな場所を選んだ訳だし、この手袋だって…きっと……
…手袋を……投げる………
「……あぁ。」
「…ふんっ!ようやく分かりまして!?
しかし、全くあなたという人は…さっきから察しが悪すぎるのでは無くて?それでも本当に日本人なのかしら、やれやれ…」
気が付いちゃった、てへ。
…てか、まーたそんな面倒くさいプライド発揮しちゃって…はぁ、もうやだ。
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現在、私達二人が立っているのは…勿論、実物の荒野では無い。
模擬戦闘エリア…ここのサービスの一環である「エリア変更」。実はこのシステム、学校の外にはあまり出していい情報でら無いらしいのだが…というのもこのエリア変更、現段階における世界最高峰の霊気技術が使われているらしいのだ。
そしてそれは…今ここに立っている、私自身が何よりも痛感していた。
暑い、乾燥してる、砂がうざったい…ここまでなら、まだ最先端技術なんて使わなくても再現できる領域だ。周りの景色も、今私達が立っている地面の色や質感も…多分、投影技術の応用でなんとかなるものなのだろう。
…しかし、こればかりは例外だ。
「……?
ちょっとシドウさん、何をしていますの?」
「んにゃ、何でもないですよーっと。」
慧生から若干の心配の目を向けられながら、私が一体何をしているのかと言えば…手近な場所にあった、ちょっとした岩山らしき部分。それを触ったり、叩いたり…
と、何気無く岩の表面に触れて…心の中で、イメージを膨らませる。そしてそのイメージから霊気を練り上げ、具現化して…
「…ほいっと。」
…その瞬間、目の前の岩山が一部だけ適度な感じに崩れ去る。そしてそこから適度な大きさの破片が手元に転がってきて、その触り心地を確かめてみると…うん、若干砂っぽいけど、普通の石だこれ。
「………って、ちょっとー!
それ、一体…なんですの、今の!?」
「…?
霊術だけど…何か?」
いやぁ、にしたって…
この岩山、一体どういう原理でできてるんだ…?ちゃんと砕けば砕けるし、その結果として飛び散った石の欠片にもキチンと触れるし…
…やれやれ、一体どんなカラクリを……
流石は宮代台、私じゃまだ理解できないことばかりだな、ここは。
「……霊術?今のが!?」
しかし、理不尽に直面していたのは私だけでは無いらしくて。
見れば、私から数m離れた位置から凄い形相でこちらを睨み付けてくる慧生の姿が。
…あれ、私なんか…悪いことでもしました?
「んー…
…はっ!!いや違うんだよ!?これが終わったらちゃんとあんたの相手もしてあげるから…」
「…ち・が・い・ま・す・わぁ!!
いい!今から私の質問に答えなさい!拒否権は無し!他の一切も口にすることは許しませんわ!!よろしくて!?」
「…は、はい!なんかすみません!!」
…本当に、何をしたんだ私。
確認してみよう。私は確か…岩山を触る為にちょっと歩いてから、そこでしばらく岩肌の吟味タイム。そしてそれから霊術を使って…
……あ、もしかして。
「あなた…
一体、今どうやって霊術を使いましたの!?詠唱も無しに、しかもほぼノータイムで…」
…なるほど、そゆことですか。
霊術…それは大気に満ちる莫大な量のエネルギー体、通称「霊気」を使って現実を書き換え、超常の力を発揮するというものだ。
そんな、さながら魔法のような力を持ったスーパーパワー、霊術。しかしそれは、当然何の制約も無しにバンバン使えるような代物では無い。
使うのに必要な条件は、基本的には三つ。
一つ、術者が神格者、或いは御神であること。
これはまぁ、霊術という分野においては当たり前の事実だ。いかに知識があろうとも、いかなる努力をしようとも…才能が無ければ、結局の所は霊術なんて触れることすらできない。99の努力をした所で、1の才能が無ければその努力が報われることは無い…どうにも、こう考えると冷めてるよなぁ、現実って。
二つ、周囲に霊気が存在していること。
霊気というのは、現代の世界ではどこであろうとも大量に有り触れている存在だ。空気の中に、地面の中に、水の中に…見えはしなくとも、それは確実に存在している。…故に、まぁこの条件が潰されることは殆ど無いのだが。それこそ、ここの「無霊気状態」サービスでも使わない限りは。
…んで、三つ目。ここが多分、現状においては一番重要。
それはつまり…イメージだ。いかに霊気に満ちみちていようとも、いかに術者に恵まれた才能があろうとも…ただそれだけでは、霊術というのは発動しない。
何故なら、霊術を使う行程において「抽出したエネルギーを事象に変換する」という行為が必須だからだ。そしてそこには…その事象を具現化する為の、確固たるイメージが必要になってくる。
で、そこに一枚噛んでくるのが…慧生の言う「詠唱」な訳だ。
そもそも、詠唱っていうのは術者が霊術を使う際にイメージの固定を助ける為に使う、所謂呪文のようなもの。その内容は比較的自由だが、基本的には決まった術には決まった詠唱がセットになっているのが一般的だ。
…で、ここまでの内容をまとめてみると…なるほど、慧生がどうしてあんなに動揺したのか、その理由がようやく分かってくる。
「あぁ…つまり、あんたの言いたいことって…」
「そう!あなたが今、どうして詠唱無しで霊術を使えたのか…ですわ!!」
…そう、私はさっき詠唱無しで霊術を使った。
規模こそそこまで大きくは無かったが、それにしたって詠唱無しというのは…普通の神格者であれば、不思議に思うのも当然のことだ。何故なら詠唱を唱えるという行為は…現代において、第一線で活躍するような神格者であっても当たり前のようにやっていることなのだから。
「…んー、どうして…ねぇ……」
しかし、その神格者の間ではさも当たり前な「常識」とやらを…私は、知らずに生きて来た。そりゃ、昔から才能はあったし、自分が神格者であると自覚はしていたが…けれど私は、これまでの人生で「神格者」としての生き方というのを殆ど誰にも教えられずに生きて来たのだ。
故に、私は…
「だって、そりゃ…
…別に、必須って訳じゃ無いんでしょ?」
詠唱という概念を、知らなかったのだ。
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「…………
…そん…な……」
あぁ、なーんかまたやばいこと引き起こしちゃったのかなぁ、私。
目の前の少女の顔が…砂色の風に紛れながら、ゆっくりと歪む。口がポカンと開き、瞳は綺麗に見開かれ…こんな砂塗れな状況であんな顔をするなんて、余程のことが無い限りはありえない。
つまり、これは…
「…あなたは………っ!」
彼女にとって私が詠唱無しで霊術を使えるという事実は…それほどまでに、凄くショックなことだったのだろう。無論、私にはその気持ちは欠片も分からないが。
だって、知らなかったんですもの。
生まてすぐに御神に出会って、誰に教えられるでも無く力が使えるようになって、そこからはもう完全に自己流。一応、教えてくれた先生のような存在はいたが…その人とて、普通の人では無かったからなぁ。
そして、そんな普通とは違うルーツで霊術を鍛えてきた私にとって…あんなまどろっこしいことをしなければ術が使えない現代の霊術は、さぞや不便なものに感じる。
…つまり、培ってきた常識が違うのだ。
これまで生きてきた世界、知識、環境…それら全てが、私達の間に確固たる溝を作り、認識の齟齬を生み出している。そしてその溝は…多分、そう簡単に埋められるものじゃ無いのだろう。特に慧生にとっては。
だから、そんな私に対して苛立ったのだろうか。或いは、自分の常識が通用しないような気味の悪い相手を、早く潰してしまおうと考えたのだろうか。
…何にせよ、事は始まった。
彼女が唱えた、一言の詠唱を狼煙として。
「…………っ!
…無窮の空を流れし、神の力よ!!」
瞬間、世界が変わる。
空気が震え、視界の中に光が溢れ…肌の上を、力強い衝撃が走る。
「我が意をもって、我が剣となれ!
我が願いをもって、我が盾となれ!!」
そして少しづつ、目の前の光が収束していき…眩しさを増したその光は、私の視界を完全に潰す。
…なんだ、この光は?
霊術…だよな?
にしてはこの光、随分と眩し過ぎる気がするが…それにこの力の流れ、はっきり言っておかしい。素人の私にはあまりはっきりとしたことは言えないが…この肌を流れる感覚、どう考えても尋常では無い。
何かが、来る…
尋常では無い、何かが。私が見たことの無いような…とてつもない、何かが。
「さぁ、現れなさい!
我が最強の騎士…輝刃神・レヴォークっ!!!」
そして、その正体を初めて私が理解したのは…視界を覆っていた光が晴れた、その後の話であった。
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そこにいたのは、一人の騎士だった。
純白の光に包まれ、その中で煌めく金色の装飾。高貴で高潔、それでいて無駄の無いそのフォルムは…まさしく、女王を守る騎士そのもの。
そして、その甲冑の中から真紅の光が覗いた時…初めて、私は「そいつ」の正体を認識する。
「…これ…って……」
「ふふん、初めて私の前で驚いたって顔をしましたわね、シドウさん!!」
そんな驚きに暮れる私に対して、その顔にぱっと自慢げな笑みを浮かべる慧生。
…なるほど、これではさっきと逆だな。最初に彼女に私の常識を押し付けたように…彼女もまた、自分にとっての常識を私に見せびらかしてきたのだ。そしてそれがどんなに凄い常識なのかは…それを一目見ただけで、すぐに分かってしまうことで。
「そう!これこそが我が最強の御神!!
…さぁ、この女に自己紹介してやりなさいな、レヴォーク!」
高貴に、しかしどこか可愛らしく腰に手を当て、その豊満な胸を張る慧生。それから手袋をはめている方の左手を前に出し、ビシッとその指先を私に向けて…そう一言。
…しっかし、目の前にそれらしい騎士が出てきてくれたおかげで尚のこと様になってきたな、あのお嬢様オーラ。
そんなオーラに押され、ゆっくりとその顔を上げ…甲冑の中の瞳(?)をこちらに向ける騎士、レヴォーク。
「………我が名は…」
その瞳はどこか冷たくて、凛々しくて…神と騎士、その二つを見事に調和させたような、そんな雰囲気を漂わせていて。
「騎士、レヴォーク。
我が主、天ヶ瀬慧生に仕えし御神にして…彼女を守る、一振りの剣なり。」
「……凄い…」
そんな一言が、自然に口から溢れてしまう程に…今、私の目の前にいる御神は凄まじいものだった。
神格者である以上、これまで色々な御神の姿を見てきたけど…本物というのは、やはり格が違う。辺りを流れている力の質がそもそも違うし、それに応じてか纏っている雰囲気も別格だ。
これが…本物の神格者、か。
「ふふーん!そうでしょうそうでしょう!!
そう!これこそが私とあなたの違いっ!何の小細工を使って私より高い成績を取ったのかは知りませんけど…これでようやく、分かっていただけました?」
…やれやれ、全くだ。
これではまるで…格が違う。今まで私の周りにいたあいつらを鼻で笑える程に、彼女は凄い存在だったのだ。正直あんまり納得したくは無いんだけど…凄いんだな、彼女って。
天ヶ瀬…慧生。
ようやく、思い出した。
「…あんた、もしかして……
……「光姫」…だったっけ?」
その名前が…「光姫」という二つ名が、私達神格者にとって一体何を意味するのか、その真実を。
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始まりは…確か、こんなニュースからだったか。
「天ヶ瀬和博の一人娘、天ヶ瀬慧生。
その才能を受け継ぎ、最年少にして「固有霊術」を会得し…神格会から「光姫」の二つ名を受領する。」
さて、このニュース。
実はその当時、世間ではかなり話題になっていたことなのだが…一体この事実のどこが凄いのか、大まかに説明していこう。
まず一つ、固有霊術とは何か。
固有霊術とは、その術を会得した術者にのみ扱うことを許された、所謂オリジナルの霊術のことだ。
その固有霊術、これまでの記録を見てもどれをとっても強力なものばかりで…そしてそれら全てが、既存の霊術を大きく上回る力を持っているのだ。…そしてそれは、時に国一つくらいなら余裕で壊滅させられてしまうような…旧世紀で言う、戦術兵器並みの力を持つことだってある。
故に、固有霊術の使い手には国から…神格会から、直々にある権利が与えられる。それが「神名」…所謂二つ名だ。
その二つ名を手にしたものは、莫大な権利と同時にそれなりに厳しい監視の目を置かれることになる。
…とはいえ、監視と言ってもせいぜい年に二、三度お役所の人が来てちょっと調査をやらされる…というだけで、別段大した制約も苦労も与えられることは無いらしい。
…しかし、もう一つの方はと言えば…
二つ名「神名」を与えられた神格者に与えられる権利。それはあまりにも莫大で…神格者という存在にとって、非常に大きな存在となってくるのだ。
「そう!
私こそが「光姫」の名を冠する者っ!世界最強の神格者にして…人の身にて、神をも超える存在!なのですわぁ!!」
…なるほどねぇ。
そりゃあ、通りでここまで強力な力を持った御神を持っている訳だ。確かに詠唱による多少の強化がかかってはいるものの…この御神が持つ力は、もはやそれだけでは説明できない。まさしく「別格」だ。
そんな存在を遣わせるのが、最強の神格者である二つ名持ち…それもかの「光姫」であるなら、納得する他あるまい。
「…しかし……
馬鹿だとは思っていましたけど、まさかここまで世間知らずだったとは…かえって哀れですわね、シドウさん?」
…むぅ。
そんなものなのだろうか。確かに、私達神格者にとってその名前がいかに凄いものなのか…それはきっと、神格者であるならば誰もが理解していることなのだろう。
でもそれは…私にとっては、少し違う。
「やれやれ…あなた、本当になーんにも知らないんですのねぇ?これではまるで…」
「…主よ、一ついいか?」
そんな私に対し、調子に乗って罵倒を続けようとする慧生。しかし…その主人の失態を、一歩手前で一人の騎士が止めに入る。
「ん?なんですのレヴォーク…
…まさか、私に反論する…などとは、言わないですわよねぇ?」
「いや、そうでは無く…」
そこで、彼の表情が少し歪んだような気がしたので…思わず、その甲冑に隠された顔らしき部分に注意を向ける。
…そういえば彼、中身は一体どうなっているのだろう…?いやまぁ、それは今気にすべきことでは無いんだろうけど。
そしてその歪みの正体が…彼の口から、ポツリと明かされる。
「その…
……その口調、流石にクラスメイトの前では控えた方がよいのでは?」
「んなっ……!
な…なななぁーー!!あなた、この口調に文句があるんですの!そうなんですのぉ!?」
…?
あれ?何かこの会話…私が思っていたのと、ちょっと違う気が…
「いや、その口調自体に異論は無い。
…が、何もクラスメイトの前でまでしなくてもよいだろう。これから大事な仲間となる存在なのだ、せめて嫌われるような喋り方は…」
「んななっ!なななななぁーー!!
あなた!まさかこの喋り方が駄目だとでも言うのかしら!?高貴でゴージャスなこの喋り方がっ!!」
…んー。やっぱ…違うよな?どういうことなんだ、これは?
いや、そりゃさ?元々御神と神格者の関係ってのはずっと昔から続いてきたものなんだし、そう考えると主従ってよりは…友達とか、兄弟に近いものがあるとは思うんだけどねぇ。
でも、だとするとこれって……
「いや…だが……
……友達、欲しいのだろう?」
「…………………
……は、はははっ!なななーにを言っているのかしらレヴォーク!この高潔でパーフェクトな私に、よもや友達なんて…」
…めっちゃ動揺してますやん。
いや、無理矢理隠そうとしなくてもいいんですよ?だって、あんなに目見開いて額にダラダラ汗かいて…ていうか、感情隠すの下手かお前。
「では、先日のあれは何だったのだ?
鏡の前で、何度も何度も楽しげに独り言を…
っは!あれはもしや……」
「…あぁ………
あぁぁああああぁあああーーー!!!」
その瞬間…空中に響き渡る、狂気の叫び声。
耳を裂き、地を揺らし…その叫びは、ただの照れ隠しなんて次元のものじゃ無かった。それは…確実に力を、霊気を帯びて辺りに轟き、そして…
「…レヴォーーーっク!!!
いい!今すぐに!!その女をぶちのめしなさい!!
当然、殺しは禁止!でも…記憶を飛ばすくらいの強打なら、入れても一切問題無しっ!!責任は全て私がとりますわ!!さぁ早くっ!!!」
騎士に対し、一つの命令を下す。
そしてそれは…同時に、私に対する宣戦布告の表明でもあって。
「………………
…よかろう、我が主よ。
その命…しかと受け取った。」
そんな命令に対して、少しの沈黙を経て…しかし二つ返事で頷く騎士。でもこれって…これまでの話の流れからして、少しおかしくないか?
どうして、彼は疑いも無く彼女の命令に従っている?さっきまでは…それこそ主人の口調にケチ付けて、散々言い合っていたような仲だったというのに、それがいきなり…
「…すまぬ、手荒な真似は避ける故…
あまり、抵抗してくれるなよっ!!」
しかし、そんな思考もう無駄だ。
目の前の騎士が…猛スピードで、こちらとの距離を詰めて来る。大地が割れ、風が唸り…その速度は、もはや人間が出せる領域を遥かに超えていた。
「やれやれ…
…これが、本物…ってかい!?」
まず飛んで来たのは、前方からの右ストレート。
…ん?右ストレートって…パンチだよな?どうして騎士がパンチなんて…てか、そういえば剣は?彼、あんな見た目をしておいて、かつ自身のことを「剣」だなどと宣っておきながら…さっきからずっと、剣らしきものを手にしている姿が見られない。
一体どうして…?
そんな疑問に頭を悩ませながら…も、とりあえずは初撃のパンチをひらりと躱して見せる。
「…ほぉ、これを躱すか。
そなた、只者では…無いなっ!?」
「そりゃまぁ…っと!一応ここの生徒ですんでねぇ…って!ちょっとは喋る暇って奴をだなぁ!?」
それ以降も、騎士からのパンチの雨は続く。
当たったら…多分、そこそこ痛い。私なら一撃ノックアウトとはいかないだろうけど…痣くらいは、確実に残るだろう。
だとしたらまぁ…
「避け続けるしか…無いよねぇ!?」
「ふっ!はっ!はあっ!!」
軌道が…飛んで来る拳の軌道が、確かに見える。
普通の人間であるならば、恐らくは対応どころか視認することすら難しいであろう彼のパンチ。じゃあ、私はそれをどうやって避けているのか…それは至って簡単、「予測」しているだけだ。
拳の位置と向き、そして次に向こうが狙いたいであろう部位…それらを予測し理解することによって、いかに反射速度を超えた一撃だろうと躱すことができる。
予測というのは、人間が限界を超える為には必要不可欠なものだ。銃弾を剣で切るにしろ、小足に対して昇竜を出すにしろ…逆に、予測さえできてしまえば…人間が限界を超えることは可能なのだ。
そして、そんな限界を超えた戦いからおよそ数分。
「はっ!
…そなた、本当に何者だ?」
「さぁね…っと!
それが分かれば…苦労しない…さっ!」
未だ、拳の嵐は続く。
絶えること無く、かつ一撃一撃にしっかりと威力を乗せた攻撃。ただ数で押すのでは無くて、パンチ一つにしっかりと意識を乗せて…その全てで、私を追い込もうとしてくる。
こんな攻撃…やれやれ、あいつあの見た目でボクシングでもやってるのか?
「…でもさぁ……
そろそろ分かってくれないかなぁ?」
…しかし、そんな攻撃とて私には届かない。
生憎と、身体能力にだけは自身がある私だ。まぁ、そんな言葉一つで片付けてしまうにはちと異常が過ぎるかも知れないが…これまでの攻撃は全て避けきり、彼の渾身のパンチは一つも掠りはしていない。そしてそれは…多分、彼が全力を出したとて同じこと。
…つまりは、私が言いたいことは一つ。
「あんたが…」
「そなたには勝てない…と?」
だが、そんなことは分かっていたさ、とでも言いたげな表情で呟く彼。…顔見えないけど。
「では…そうだな……
…主には申し訳無いが、少しばかり…」
…そう、彼は分かっていたのだ。
この状況では…このままでは、どれだけ私を攻撃した所で、勝ち目など無いのだということを。
しかし、それは…
「……少しばかり、本気を出させてもらうとしようか。」
彼の敗北を意味することでは、無かった。
そう、それはただの茶番。ここからが彼の…「光姫」たる女の一の騎士である彼の、真の強さの幕開けであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
それは、唐突に起こった。
「光術闘法…レグルアーツっ!!」
目の前が…その叫びと同時に、真っ白に塗りつぶさせる。
…光だ。
今私の目の前で炸裂し、視界を覆い尽しているのは。そしてそんなことは全く予想していなかった私の視覚は…その閃光によって、まんまと潰されてしまった。
「…ちょ!これっ……」
しかし、戸惑っていられる暇など無いようだ。
風が、唸る音がする。
それと同時に、体を走る強烈な威圧感。この風圧…これがもし、さっきと同じ彼のパンチなのだとしたら…当たったらまずい。
この速さ…先程よりも遥かに速い。これがもし、体に直撃なんかした日には…私の体は空高くへと吹っ飛び、そのまま意識も空の彼方へと吹っ飛ばされてしまうことだろう。
…だが、だからといって……
こんなもの、もう避けようが無いぞ。ただでさえ視界が潰されて予測が効かないというのに、そこにこの速さの攻撃…間違い無く、避けられない。
迫る、迫る、迫る…
見えずとも、感じる。危機が…騎士の渾身の一撃が、拳となって私の前に飛んで来る。
これは…もう……
「…終わりだ、少女よ。」
…避けられ……っ!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
…まさか。
あの女…只者では無いと、分かってはいたけれど…まさかレヴォークにあそこまでさせるとは。
光術闘法、レグルアーツ。
それは、私の騎士…レヴォークが持つ、対人戦においては最強にも等しい力。それも初見でろくな対策も無しとあれば…相手は、間違い無く彼の一撃を喰らうことになる。
光を纏う拳…霊術によって光という力を得た拳には、二対の大きな矛を得る。
一つは、あの纏われた光による対象の視覚の奪取。
人間は、五感と呼ばれる五つの感覚を持っている。そして、それら全てで世界を認識、理解して…初めて人は、この現実という世界を生きることができるようになるのだ。
…ではもし、そのどれかが欠けてしまったとしたら?
五感の中で最も重要だとされているもの、視覚。光の反射によって世界を認識し、自分の視界に今何があるのか、誰がいるのか…そういったことを、ダイレクトに判断して脳に送る。そしてその情報は…人間の認識にとって、最も重要なファクターとなってくるのだ。
それが失われたら、人はどうなるのか…答えは歴然だ。
見えない、という情報は、それだけで人に絶望や恐怖を与え、その行動を大きく阻害することができる。一応、生物によっては聴覚だけで視覚並みの認識ができるものもいるが…そんなもの、当然人間には備わっていない。
だから…人は、あの一撃を避けることができない。それは人間である以上…何の対策もしていない以上、逃れられない事実なのだ。
そしてもう一つ…
それは、もう直に明らかになることだろう。
彼の…レヴォークの拳が、彼女の腹に入った瞬間、それは起きる。一応それなりにリミッターはかけているのだろうが…にしたって、生身の人間に使うには少しばかり威力が大き過ぎる。
それを…騎士という言葉の意味を重んじ、必要が無ければ人を傷付けることはしない…そんな彼に使わせるということは、彼女は…
光が爆ぜ…一筋の流星となって、少女に向かって振りかざされる。
…もう、避けられない。彼女は間違い無くあれを喰らう。そしてそうなってしまったら…多分、結構な大怪我を負ってしまうのだろうな。
…そんなことを……
あの、レヴォークにさせるなんて…
「あなたは、一体…」
「…っはぁぁーーっ!!!」
何者、だったのだろうか?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
…何だ?
一体、何が起こった?
私の目の前で…今、何かが起こったのは確か。しかしそれは…到底、目で追える速さでは無かった。
…いや、違うな。「見えなかった」のでは無い。
「……………
……いな…い………?」
そう、彼女は…私の攻撃をもろに喰らい、宙を舞うはずだった少女の姿が…この一瞬で、私の目の前から消えた。
私の視力は…当然、まだ生きている。
あの攻撃、普通なら自分の目もやられてしまう為に滅多に使われないのだが…それも、私には例外だ。一応光の反射で世界を見てはいるが…それは、人間の目と同じ原理では無い。だから、いくら強い光を浴びた所で私の視界を塞ぐことはできない。一見は諸刃の剣に見えるこの戦い方も…私にとっては、実に理想的な戦い方なのだ。
…だから、私の目は正しいはずだ。
正しい…はずなのに。
「…どこに……
どこに…消えたというのだ…?」
全く、理解ができなかった。
目だけでは、とても理解できる現象では無かったのだ。だってそれは…あまりにも唐突に、彼女の姿を隠してしまったから。
そして、そんな現象に…
…私は、一つしか心当たりが無かった。
「瞬間……移動…?」
一度だけ、見たことがある。
通常の霊術とは違う、俗に言う固有霊術。その中の一つと言われているそれは…まさしく、今のように音も無く目の前から姿を消すことができた。
そして…それは、私の…
「……………っ…!!!
………………………」
…私と主、並ぶ者も無ければ恐れるものも何も無い、そんな私達が…唯一、恐れた存在であった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「………………
……どういう…ことですの?」
私は…最初、理解ができなかった。
目の前で起きたこと…起こるべき必然が起こらず、代わりに起きたことといえば…倒れるはずだった相手によって、無残に打ちのめされる騎士の姿。
…何が、起きたんだ?
分からない。けど…入るはずだったあの一撃は、確かに彼女の胴体を的確に狙っていた。あの状況から外すなんて…あのレヴォークに限って、まずありえない。
だとしたら、あれは…
「…よ…っと。
あ、安心してよ。ただ体の中の霊気を抜いたってだけで…ちょっとすれば起きると思うから、ね?」
…違う。
そういうことを聞きたいのでは無い。
確かに、彼女の言うことも有益な情報ではある。あんなに力無く、まるで死んでしまったかのように倒れてはいるが…一応、無事ではあるらしい。それは私としても、安心すべき内容…なのだろう。
でも、違うのだ。
私が…私が、知りたいことは…
「なん…なんですの、今の?」
彼女が…レヴォークの目の前に立っていたはずの彼女が、どうしてあそこに…彼の背後に立っていたのか、ということだ。
…移動した、のは恐らく事実。
でも、だとしたら…少なくとも、私の目にはそんな状況は映っていなかった。彼女が…あそこまで間合いを詰め寄られ、かつ視界を奪われていたはずの彼女が、彼の死角を縫って背後に移動する姿など…一瞬たりとも、見えなかった。
つまり…彼女は、まさか……!
「あぁ、今の?
凄いっしょ、先生直々の必殺技!まぁ、それにしちゃ結構地味な技ではあるんだけど…」
先生…?
つまり、誰かに教わった?あの術を…あの「固有霊術」を?
…そんなこと、できるのか?
いや、奴ならばやりかねない…のかも知れない。私が…父さんが叶わなかった相手だ。それが私達の常識に無い知識を持っていた所で…正直、何ら不思議は無い。
……でも、でも、それって………っ!
「あなた…は……!
…じゃあ、あなたは……っ!!」
「ん?もしかして降伏す…
……って、あのぉ?ちょっと待って…」
…もう、遅い。
世界が…歪む。私の意思に従って、私の動揺を見事に表すように。
大気を流れる、霊気の流れ。その全てが今、私の元へと集まって来る。
感じる、力を。
世界に溢れる、神の力…一つ一つは小さくとも、それらが全て集まれば…小さな力は強大になり、やがては神を…全てを超えた、最強の力となる。
「常世を統べし、神の力よ…」
ゆっくりと、空に掲げる掌。
その中で光が渦巻き、うねり、やがて一本の柱となって…私の掌の上で、その形と力を明確にしてゆく。
「今、その全てに願わん。
我が元へと収束せよ。縒り集まりて、紡ぎ合わせて…我が掌にて、剣と成せ!」
「……あの、ちょっとこれ…
…止めてくれない?降参だから!ねぇ、ちょっと聞いてる!?聞いてますーーー!!?」
…もう、何も聞こえない。
もう、何も見えない。
あるのはただ、純粋な力を求める欲求と…その力に包まれて、安らぎに浸る私の心。
…もう、こうなってしまったら止められない。
止める術なんて…多分、私を殺す以外にら無い。そして、そうしなかった場合…この攻撃は発動し、辺り全てを滅ぼすことになるだろう。
例外は無い。防御も逃避も、恐らくはここに貼られた堅牢なる結界であろうとも…恐らく、この一撃を防ぐことら不可能だろう。
故に…皆、死んでしまう。
何故、止まらないのだろう。何故私は…こんなことを、始めてしまったのだろう。
…ふと、頬を伝う暖かな感覚。
私は…今から、人を殺すのか?それも沢山、きっと私の一生なんかじゃ償いきれない程…そんなの、そんなのって…!!
「神刃…
レーラ・アルグランテっ!!!」
されど、剣は放たれた。
その刃の中に…その眩い光の中に、後悔と悲しみの念を残したまま。




