入学~ミヤシロダイ~
「うわぁー!
凄い、凄いぞセラ!こんな大きな門、わしは見たことも無いぞ!」
「ハイハイ、分かったから落ち着いてねー。
…ってか、これは前試験に来た時にあんたも見てるでしょ。
私の隣で、まるで子供のように跳ね回りながらはしゃぐ楓。その姿が辺りの生徒の視線をやたらと集めていたものだから…慌てて楓の和服の襟元を引っ掴み、とりあえずその動きを止めておく。
…とはいえ、彼女がこんな摩訶不思議な見た目してる時点でもう、周りの視線を集めないようにするってこと自体が無理な話かもしれないが。
…しっかしまぁ、楓さんの気持ちも分からんでも無いんですけどねぇ。
デカイ、圧倒的に…デカイ。
今、私達の目の前で堂々と佇んでいるこの校門らしき建造物もさることながら、その奥に控えている校舎らしき建物がまた…気が遠くなるほどにデカイ。これで他にもまだまだ建物や設備が山ほどあるとなると…流石は学園区屈指の名門、侮りがたし。
一度試験の時に足を踏み入れた際も、それはそれは驚かされたものだ。入れたのは校舎の中でもごく一部の区画だげではあったが…それだけでももう、私のような貧乏人の常識なんて一切通用しないようなとんでもない設備やら何やらに溢れていた。それがこの学校全土に溢れかえっているのとなると…一体、いくらの金でできてるんだ、この学校…?
私立宮代台高校。
ここは日本における最高峰の技術力と資金がつぎ込まれ、およそ10ヘクタールにも及ぶ広大な敷地の中に大量の施設や校舎が余すことなくみっちりと詰まっている。
で、そんな日本トップクラスの看板を持つこの高校において、その見た目的にもっと大切となる正門…つまりはメインエントランスとだけあって、ここ宮代台高校前の施設にもまた豪華なものが揃えられていた。
まず、その校門の前に設置された広大なターミナル。バスやタクシーなどの交通機関は勿論、普通に車で乗り降りをする用のスペースもきっちり用意されている。
…にしたって、何も道そのものを別々にしなくたって…あ、もしかしてここって、やったら長いブルジョアーなリムジンとかが停まったりもするのだろうか。そしてその中からいかにもなお嬢様やお坊ちゃんが…だとしたらまぁ、納得もいくか。
で、その奥で荘厳にそびえ立つのは…正門の本命、宮代台高校名物の巨大かつ豪華な校門だ。
渋い煉瓦造りをベースとして、各部に金を基調にした金属製の装飾が数多くあしらわれている。そしてその中でも最も重要なメイン部分…私立宮代台高校の文字が漢字で大きく描かれたこれまたゴージャスな看板が、大きくくり抜かれたアーチ状の門の隣で堂々と佇んでいる。
で、さっきも言ったが…この門、とにかくデカイ。
それこそ言葉では言い表せないようなとんでもない大きさで…何だろう、ここって本当に高校なんだよな?こんなにも大きな入り口を見ていると…どうも学校というより、どこぞのテーマパークに来てしまったような気分になる。
「まぁ、目的が被ってる時点でそれも納得…か。」
「ん?何か言ったか、セラ?」
…まぁ、こんな所で気圧されていてもしょうがないし、何よりこんな所で驚きに潰されていては…恐らくこの先、この学校じゃ生き残ってはいけない。
とりあえず、今は進むしかあるまい。
この先にどんな驚きが待っていようとも、それを乗り越える力が無ければ…私がここに来た意味も、まるごと潰されてしまうだろうから。
「…何でも無い、ほーら行くよ。」
「んなぁ!ちょっと待てぇー!
自分で…自分で歩けるからぁーー!」
楓の襟元を強引に掴み、再び私達は歩みを再開する。
…この巨大な門の先に、一体何が隠されているのか…その一切を、知らないままに。
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校門からのその後の足取りは、以外にも快適そのものであった。
あの豪華絢爛な門を潜った先にあったのは、華やかな桜並木と歓迎ムードに包まれた石畳の道。そこを私と同じく新入生であろう制服を着た人々の中を歩いて、およそ五分程。その先の校舎前ではクラスの振り分けが行われており、なんとその工程には一クラスごとにそれぞれ一人ずつのスタッフが待機していたりもして。
…そんなこんなを経て、至ってスムーズにここまでやって来た訳なのだが…
「…おーい、セラ?」
………ちょっと、あのぉ…
…いくら何でも、早すぎやしませんかい?
私が心の中で描いていた予想としては…ここまで来るのに凄い時間と労力がかかって、その間になんだかんだで心の準備も終わってて、何事も無くクラスの中へと仲間入りー、という感じだったのだが…
「おい、聞いておるのか、セラー!」
やばいです、これは。
こんなに手汗をかいたのは、多分生まれて初めてだ。こんなにも手が震えるのも、多分生まれて初めて。そしてそれは…結論として、私の心そのものがかつてない緊張という圧力に押し潰されそうになっているという、そんな自身の心境の現れでもあって。
…幸い、この学校のクラス平均人数は確か20人弱。そんな少ない人数に加え、登校初日とあって早めに登校してきている人が多いのもあって…こうして入り口前で永遠に近い時間緊張と格闘していた所で、今の所邪魔にはなっていないらしい。
「…ちょっと、セラぁ…
いい加減…もう、限界ぃ…」
「ちょ、こらぁ!
早くそこを…お退きな……さいっ!」
いやでも、いつまでもこうしていられる訳では無いんだぞ、私よ…
そりゃ緊張もするだろうさ。だって初日だし?しかも世界有数のエリート校だし?私みたいな貧乏で地味な田舎少女には、とてもとても似合いの場所じゃ無いこともよーく分かってますし?
…でも。
それでも、そうだとしてもぉ!
私は、自分の意思でここまで来たんだ!確かに私がこの学校に入れたのはほぼ100%才能と出自のおかげだし、はっきり言って私が今ここに立てているのは完全に偶然の産物ではあるけれど…それでも私は、最後には自分でこの学校を「選んで」ここまで来たのだ。
なら、ここで立ち止まってどうする!
私の名前は祠堂千咲!生まれてこのかた母も父もおらず、天涯孤独の人生を歩んで来たこの私に…この程度のことすらできないような、心の弱さは備わっちゃいないはずだ!
やるべきことは至って簡単!このドアの取っ手にかけられた左手を左方向に引いて、そのドアの向こうにある教室の中に入るだけ!
それが…その程度のこともできないでぇ…!
「…何が……
なぁにが神格者ですかぁー!!」
「いや、よく分からんが…
あ、ちょっとやめ、あぁぁーー!!」
ドアを握る手に、力がこもる。
さぁ、開けろ、開けるんだ祠堂千咲!この先にある栄光を、地位を、その全てを…自分のものにして、のし上が…
「いい加減に…
いい加減に、そこを退きなさいこの無礼者がぁーーー!!」
…でも、そんな私の覚悟の叫びは…
その、背中からの強烈な蹴りによって見事に一蹴されることとなる。
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「全く、人が散々迷惑しているというのに…貴方、一体どういうおつもりかしら!?」
「…あの、本当……
すみません、ハイ。」
…どうして、こうなった?
私は今、何故教室の廊下なんかで土下座をしているのだ?何故こんな冷たい床に顔を付けて、こんなにも惨めな謝罪表現を…
「…はぁ、全くねぇ!
少しは周りを見る力ってものを養ったらどうなのかしら!?こんな…人間として至って常識的なことができないなんて、この宮代台の生徒としては愚か、一人の人間としてそもそも失格でしてよ!!」
そんなことを考える間にも、その優雅なお説教は続く。
ちらと相手の方に視線を向けると…そこに映るのは、純白の手袋をはめた左手を腰に当て、空いた右手でビシッとこちらを指差している…アニメや漫画でよく見るような、あのテンプレートな感じのお嬢様の姿そのものだった。
…なるほど、通りでさっきから口調に品があるというか、もはやそれ以上にわざとらしいとすら思っていたら…
金髪でロングでウェーブした髪を後ろで優雅に纏め、その見事な胸部から腰にかけての高低差が…私と同じものであるはずの制服を、まるで別物であるかのように神々しく変化させていた。
…これが、噂に聞くリアルお嬢様……
なるほど、通りでスカートの中身もこんなにご立派な訳だ。…しかしまぁ、真っ白なガーターとは…こんなの、リアルで着てる人初めてみたぞ、私。
……あぁ、でもなんかいいかも…
同い年のお嬢様にこうして罵られるのも…なるほど、結構いいものだな。特にさっきからチラチラと見えている純白の絶対領域が…さらにその性的興奮を加速させて…いい、実にいいぞぉ…
「ふへ…ふへへ……
すみません…ですだぁ…」
「ちょっとあなた!何そんな腑抜けた顔して…
…って、こ、こらぁー!さり気無くなんて所見てるのよ!」
いいんですよ、このまま頭とか踏んで頂いても。もう何ていうか…あなたにしてもらえることなら、今なら何でもご褒美と言いますか…へへへ…おっとよだれが。
「あ…あなた…はぁ……!
貴方だけは、絶対に…許さないわよぉー!!!」
あぁ、あんなにも顔を真っ赤にして…これから私には、一体どんなお仕置きが執行されるというのだろうか。
…でも、それでいい!彼女が私に課すお仕置きというのなら…その時点でもう、私のような人種にとってはご褒美なんで!
「へぇ…
何でも…して下さってええんですぜぇ…へへ…えへへへぇ…」
「く…ぐぬぬぬぬぅ……」
さぁ、何がお望みで!?
足!足ですか!?いいですとも、足くらいなら喜んで舐めて差し上げましょう!耳でも指でも…っは!何なら唇とかそのスカートのなか……
…でも、そんな腑抜けた願いって奴は…
「さぁ!どうぞそのお体を私に…」
「………お前らぁ……
…入学早々、随分派手にやってくれるじゃねぇか……えぇ?」
その瞬間に体を走った殺気と恐怖によって…全て、儚く消えてゆくのであった。
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「えー…
新入生諸君、ようこそ我らが宮代台高校へ。」
…はぁ……
どうして、こんなにも体がだるいのだろうか。
椅子の背もたれにかかる重圧が、秒刻みでどんどん大きくなってゆく。それに合わえて私の体も…ゆっくりと、後方へと沈んでゆく。
ごめんね、後ろの席の人。
しかし全く…まさか登校初日の、それも入学式に至る前からここまでの疲労感を覚えてしまうとは…私の青春、果たしてこれからどうなってしまうのだろうか。
「俺ぁ今日から君達の担任になる…竹崎凌馬だ、宜しくな。」
私達席に座った新入生一同の前で、カツカツと音を散らしながら黒板に文字を書く、一人の男。痩せ型の20代前半で、顔もそこそこ…あの感じだと、もう彼女の一人くらいはいるのだろうか。
しっかし、なるほどねぇ…
あれが、私の学校生活の華やかで純白な第一歩を台無しにしやがった相手か。せっかくあのまま、いい感じにリアルお嬢様の足を舐められる流れまで来ていたというのに、あの男ぉ…許すまじ。絶対に許すまじぃ…
「さーて、これから入学式な訳だが…
その前に一つ、君達に話しておかなきゃならないことがある。」
………ひっ!!
周りの視線が…一挙に、私の方に集まる。その一糸乱れぬ視線の動きと辺りから瞬間的に沸き起こったざわめきに、私の背筋は激しく逆撫でされて。
あー、これは…やばいんじゃないの、ちょっと?
私だよね!?絶対に私絡みのことだよねこれぇ!?
「ええっと…
じゃ、ちょっと来い祠堂。」
……………ですよねぇー!!!
分かっちゃいましたけど、それなのにわざわざご指名までして下さるなんて…随分とお優しいんですねぇ、先生ー!!
…………………
………はぁ、終わった……
私の高校生活…華の青春時代…リアルJKとのキャッキャウフフ…その全てが…今、私の目の前で無残にも崩れ去った。
そんな諦めの感情を胸に抱き、ただただ無気力に私は席を立つ。
ガタッ、という音に辺りから声が上がる…も、もうそんなもの、今の私の認識には入っては来ない。
全身の力が抜けて、心が空っぽになってゆく…そんな魂の抜けたような状態の私は、先生に対しての返事すらろくにしないままに、ゆっくりと、フラフラと教室の席の間を縫って目的地まで進んでゆく。
…あぁ、この感じ……
巷で言う幽霊ってのは、こんな気分なのかねぇ、ははは……
「…さってと、来たな祠堂。」
「……はい、来ましたけど…」
あぁ、凄い…!
今なら私、一切の緊張を感じないぞぉ!あんなにも沢山の…クラス全員、総勢22人の前に立った所で、身震いどころか体の変化一つすら感じられない!…これ、もしかしたら凄い進歩なんじゃ…!
……いやまぁ、そもそも緊張するべき心が完全に殺られちゃってる訳ですしね、ハイ。
「ええっと…何故俺が今、ここにコイツを呼び出したのかと言えば…」
…お叱りでしょう?どうせお叱りなんでしょう?
生憎ですけど私、男からお仕置きを受けた所でなーんにも嬉しくありませんからね?あなたがいくらイケメンだからって、若いからって、私の性的欲求の琴線には欠片も触れることはできませんからね?
……まぁでも、やってしまったことはしょうがない…か。
さぁどうぞー、何でもご自由に。罵るなり辱めるなり、何なりとどうぞー…
「コイツはなぁ、今季の新入生の中で…
実技において、最高得点を叩き出した張本人なのさ。」
………って、あれ?
あれ、あれあれあれ?なんか今、褒められませんでした、私?怒られるんじゃなかったの?叱られるんじゃなかったの?ていうかそもそも、ここまでの流れで褒められる理由が…
「あの、せんせ…」
「それもこの学年だけじゃあ無い!
これまでの新入生が…栄光ある先輩方が残してきた数々の入学当時の試験記録、それら全てを完全に上回っているんだよ…!
つまり、コイツぁ本校でも歴史に残るような、とんでもない才能の持ち主だってことになる。
…分かるか?」
…………
………え……?
えぇぇぇぇぇぇーーーーーーー!!?
疑惑の空気が一転、周りからわっと湧き上がる歓声や驚きの声。
それはあっという間に教室全体を巻き込んで、ただ一人…この教壇の前に立つ、ただ一人の少女対して、惜しみない感動と敬意の念を送ってくる。
…いやいや、いやいやいやいやいやぁ!?私の成績って、そんなによかった訳!?
確かにまぁ、元々実技の方だけは優秀だったし?この学校の推薦だって殆どは実技だけで勝ち取ったようなものだけど…だけどぉ……
「…いやぁ、おめでとう祠堂。
君は今、この学校の中じゃ最も栄えある存在になった…よかったなぁ?」
…ふいに、優しく肩を叩かれる。
そして、それと同時に放たれた竹崎の言葉は…クラス全体に響きわたって、大きな拍手喝采となって帰って来る。
「…へ?いや、あの……
ありがとう…ございます?」
……どゆこと?
何だ、この今までに感じたことの無いような不気味な感覚は。こう…体中の神経か一気に凍り付いてしまったような…そんな不気味で気色の悪い感覚が、あっという間に私の体を支配してゆく。
…だって、考えてみればそもそもおかしいじゃないか。
何故、あんなことをしたはずなのに未だお咎め無しなんだ?あんな…入学早々派手(?)なことをやらかしておいて…
…もしかして、相手が彼女だったからか?まだ名前も知らない彼女だけれど、そういえば見た感じと口調からして明らかなお嬢様なオーラを醸し出していたし…てことはもしや、金の問題か!?
「で、だよ諸君。
何故、私がこうして成績優秀者の祠堂をわざわざ前まで来させたか…手短に説明しよう。」
…金の問題だとしたら、私にはもうどうしようも無いぞ。
生まれてこのかた、貧乏人まっしぐらの人生を歩んで来た私こと祠堂千咲。今回だって、この学校に成績優秀者に対する学費免除が無ければ、私もこんなお金持ち学校に通うことも無いまま…多分、そこらの工場辺りでしがない中卒労働者として余生を過ごすことになっていたはずだ。
そんな私に…金、ですかい。
「おい、祠堂。」
「ひゃい!?何でしょうか!?」
あぁ…もう何が何だか……
そんな思考の海から引っ張り出してくれた竹崎の言葉に驚き半分で反応して…
…その時、私はようやくそれに気付く。
…あれ、何かこれ……
…………近くない?
…近いよね?近すぎますよねぇ!?しかもこれって…前方からの激しい歓声(主に女性陣)からして…これ、俗に言う「壁ドン」なるものではありませんか!?
ていうか、もう耳元まで顔来てますし!セクハラ!?セクハラですか!?しかもこの…男には一切興味無くて、バリバリの幼児体型である所のこの私に…!
「いやあの、先生…?
そういうのいいんで、早く話を…」
…だが、違った。
私がその時聞いた言葉は…耳元で、そっと囁かれたその言葉は、当時の私にとっては予想だにしていなかったもので。
「祠堂…
お前、しっかり息吸っとけよ。」
…へ?
いや、あの…それは一体どういう…
……まぁ、その後の私には…
もう、そんなことを考える時間なんて、残されてはいなかったのだけれど。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「……か…はっ……!」
…おいおい、おいおいおいおいおいおいおい!
これは一体どういうことだ!?何で私は…22人のクラスメイト全員の前で、それも担任の教師から直々に…
……黒板に向かって、首を締められなきゃいけないんだ?
「…さぁて、聞けよ諸君。」
…けれど、そんな思考もだんだんと掠れていって…
なるほど、頭から酸素が抜けていっているのか。つまりさっきの言葉…この為だったって訳ですかい、先生。
「お前らには、才能がある。
生まれ持った天性の才能…「神格」がな。そしてそれを正しく行使するために、お前らは厳しい試験を潜り抜け、ここまで来た。
…そうだな?」
目の前の景色が…豹変する。
それまで歓喜にはしゃいでいた少年少女達の表情は一変。その顔はもうとっくにガチガチに凍り付いていて、当然その中には…この状況の異常さに文句を言う者も、この今時貴重な暴力教師に対して反論を述べる者も…一人たりとも、存在してはいなかった。
「だがな、ここは今までとは違うぞ。
ここは言わば戦場…君達の持つ「神格」をただ活かすだけでは無く、君達自身の力を…その才能を「守る」ための力もきっちり養ってもらうことになる。
それができない奴は…順番に、こうなるってだけさ。」
…なるほど、自分自身の力を養う…か。
それもまぁ、一理はあるな。こんな異常な状況で冷静に事を構えているのもおかしな話だが…頭から無駄な酸素が抜けたからだろうか、今は妙に頭が冴えて…驚く程に、冷静になれている。
ここは、才能を伸ばすだけの場所じゃ無い。
その才能を生まれ持ってしまった以上、その才能を…力を、自身の手で守らなければならないという責任が常について回る。そしてその責任を果たす為に必要なのが…自分自身の強さであると、こいつはそう言いたい訳だ。
「…さてお前ら、頭は冷めたか?
これから入学式が始まる。それはつまり…お前らが、この戦場で戦う戦士の一員として、その名を挙げる初陣になるってことでもある。それがどういう意味を示してんのかは…
……もう、賢いお前らなら分かってるよな?」
…けど……けどなぁ………
「さぁ、行くぞお前ら。
…そうそう、こいつももうそろそろ…放してやらないと……な…?」
てめぇの考えがいくら正しいからって、てめぇの理想がいくら気高いものだからって…
頭が、真っ白になる。
どうやら、もう限界が近いらしい。考えもあまり回らなくなって、目の前もだんだん霞んで見えてきて…そうなるごとに、私の行動は…どんどん、反射的なものへと変わっていって……
奴の手を、掴む。
私の首を捉えていたその手は…瞬間、激しい音を立ててありえない方向へと曲がる。そしてそれと同時に…その手から込められていた力が、抜ける。
それと同時に体が地に落ちる…直前、私は左脚で後方の壁を強く蹴り、その勢いで反対の足…右脚の膝を使って奴の腹に強烈な膝蹴りを喰らわす。
…だが、まだ終わらない。
その勢いで奴の体が宙を舞う…その前に、今度は左手を奴の首元へと回して…その細腕の出せる全力をもって、奴の頭を黒板へと衝突させる。
…あれ?
私……何して………?
意識は朦朧としたまま、しかし私の猛攻撃は終わらない。強烈な勢いで頭を叩きつけられ、もはや意識も無いであろうその体を、回り込ませた右脚を使って今度は地面へと叩きつける。
そしてそのまま奴の頭を踏み…そして……
「…あんた、馬鹿なの?」
巻き起こる喝采の中で、私はそんな勝利の一言を小さく告げるのであった。
そしてその瞬間…
戻って来た意識の中で、あまりにも遅すぎる後悔に駆られるのであった。




