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M's ~未名少女の無題物語~  作者: 心十音(ことね)
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 それからぼくと百子ちゃんは、主に学校内での出来事について話した。とは言っても、ぼくが全くと言っていい程学校に通っていないので、ほとんど百子ちゃんからの一方的な情報伝達だった。でも彼女は嬉しそうに教えてくれた。

「……それで、戦争と平和について考えるものだったんだけど、隣のクラスの先生はこれをテーマに『たいやきはどっちから食べるか』について討論してたんだって」

「へえ、なかなか面白いね」

 やっぱり学校は、楽しそうだ。話の内容はともかく、ひたすら楽しそうに話す百子ちゃんを見ていると、学校に通うのも悪くないと思えてくる。

 しかし、今回のぼくはそこまで流されなかった。あくまで大半がつまらない授業だから、時々行われる面白いイベントの印象が残るのだと、話を聞いているうちに考えが変わった。変わったというより戻った。

 やっぱり学校はつまらない。彼女の話す内容も、だんだんくだらなくなってきた。国語教師が、小説を題材に授業した際、「小説」の定義について調べさせ、辞書を引いたり色んな人の解釈を紹介した後、「小説とは他人の人生を体験するもの」と定義づけたーーーなんて、どこまでくだらないんだ。「人は一度しか人生を体験出来ないが、小説を読めば複数の人生を体験出来る」とも言ったらしいが、それはまさしく机上の空論だ。

 ところで、学校の話をする頃から、彼女が男であって欲しいと言ってから、百子ちゃんは、いつの間にか「みーさん」から「みっくん」に呼び名を変えていた。どうやら本当にぼくの事を男の子として扱っているらしい。冗談ではないと思っていたが、本気とも思っていなかった。現状に少し、いや、かなり驚いている。

「ねえねえ、聞いてる?」

「ああ、うん。それより百子ちゃん」

 ぼくは、ふてくされる百子ちゃんの方を(正確には彼女の後ろを)指さし、三時限目の時刻へと迫ってきている時計の方に振り向かせた。

「そろそろ行かないと、授業に間に合わないんじゃないか?」

「えっ、もうそんな時間!?」

 真面目で良い子の百子ちゃんは、慌てて立ち上がり、先程食らいついていたケーキの器をカウンターに戻すと、そのままこちらに走ってきて、


ガシッとぼくの手を引っ張って食堂を出た。


「え……」

 どうしてぼくは、百子ちゃんに引っ張られながら廊下を走っているのだろう。どうしてぼくは、教室にいるのだろう。ろくに荷物も持ってきていないし、食堂が閉まる頃に帰ろうかと思っていたのだが。



 どうしてぼくは、彼女と一緒に下校しているのだろう。

「あぁ〜、今日も一日疲れた〜!」

「そうだね」

 本来なら既に帰って寝ているはずなのに、教室を抜け出そうと思ったら百子ちゃんに止められるし、授業中は先生の話を、休憩時間は彼女の無駄話を聞かされ、そもそも最後のホームルームまで残る事がほとんど無かったぼくにとって、今日はかなり疲弊した一日となった。

「でも楽しかったー! みっくんが学校に来てくれて、一緒に授業を受けれたもの! なーんだみっくん、いけるじゃない!」

「半ば強制だったけどね」

 全部と言わなかっただけ、十分な気遣いだと自賛しておく。

 すると百子ちゃんは、肩に掛けていた鞄を両手に持ち替え、何やら恥ずかしそうにこちらを見つめてきた。この感じ、初めてじゃない。

「ねえ、みっくん。みっくんはこうして誰かと話をするの好き?」

「好きじゃない」

「うっ……」

「でも、嫌いでもないよ」

 肯定でも否定でもない解答なのに、百子ちゃんは完全に肯定だけを取って、嬉しくその場で飛び跳ねた。夕日に照らされ、星のヘアピンが一層輝きを増した黄金色に光る。

「そっかー、私はこういう時間すっごく好きだよ。内容関係無く! スピーチでも会議でも、さっきみっくんと話してた、ああいう話も……」

「ふうん」

 ジャンル問わず、ただ話すのが好きというのは珍しい気がするな。しかし、そんな百子ちゃんなら、お喋りが好きな彼女なら、きっとそんな単純な会話で終わるはずないだろう。何かぼくに言い残している事があるような、もう少し何かを言いたげな様子が読み取れる。

 短時間で彼女がぼくの性格を読み取ったのと同じように、短時間ながらも沢山の雑談を聞いたぼくだって、彼女の気持ちを少しは推測出来る。ここは一つ、ぼくから振ってみた。

「どうしたの、急に。別れ際だから何か言いたい事でも?」

「んー……ちょっぴり外れ」

 つまり、ある程度は正解なんだ。随分と回りくどい言い方だ。ぼくが言える立場じゃないけど。

「あのね……よかったら、またこうしてみっくんと話したいなーって。すっごく楽しかったし……どうかな?」

「いつする?」

「えっ! イエスとも言わず、いきなり約束!? ちょっとびっくり、けど嬉しい!」

「それは良かった」

 いつするかによるって意味で尋ねたんだけど、ここは彼女のポジティブ思考に流されてやろう。話の早い友達は持ってて得だよ、百子ちゃん。

「じゃあ明日から学校来て!」

「話が早過ぎるのは良くないよ、百子ちゃん」

「ええっ、何で!? 今日一日、普通に学校来てたじゃない! 冷たい事言わないで、学校来てよぉ……」

「……」

 今日学校に来たのは、別に不登校を卒業するとかそういう深い意味ではない。単なる気まぐれだ。制服はどこかにいってしまったし、教科書も買っていない。それに、恐らく分かっているとは思うが、ぼくには彼女が喜びそうな話の種も一つ足りとも持っていない。今は楽しくても、そのうち飽きる。ぼくが登校したり、彼女と無駄に時間を過ごすのは、有難迷惑な話なのだ。

「———って、これは自虐的過ぎか」

「うぅ……折角会えたのに、もう会えなくなるみたいで寂しいよ。私達、一応形(ナリ)は恋人なんだから。もう少し『彼女』の事、大事にしてよ……」

「そう言われても、ぼくは君のために何もしてやれない。あの場に流されて君の彼氏になるとは言ったけど、今日一日、君だけが一方的に話してて楽しかった? ぼくにはそう思えない」

「え!? それは勿論、楽しかったよ! 今までに無いくらい楽しかった!」

 過大評価は返って嘘臭くなる。はぁーとため息を吐くぼくを見て、百子ちゃんは「あ…」とまたしても目に涙を浮かべ始めた。そして、ハッと我に返ったように落ち着きを取り戻し、「ごめん」とぼくに聞こえるくらいの声でささやく。

「私、ただみっくんと話をしているだけでも楽しかったけど、それ以外にも恋人って良いなーと思える事があったんだ。周りの子達に不思議そうに見られる感じとか、こうして手を繋ぐのにドキドキするとか……」

 そう言って、彼女の手がぼくに触れる。鞄が手首で吊られていて、何だか重そうだ。ぼくは思わず彼女の手を取り、そのまま鞄をこちらに移した。これに百子ちゃんは、わあっと小さな歓声をあげて、しかし盛り上がり過ぎないよう気を遣いつつ喜びを口にする。

「そう! そういう、さりげなく優しくしてくれるところとか好き。やっぱり、みっくんが恋人になってくれて嬉しいよ!」

「あくまでラストJKを満喫する為の、お楽しみごっこだけどね」

「えへへーそうだね。けどね、偽物でもやっぱり嬉しいの……」

わざとらしいのも、偽物が故に出来る事。恋人ごっこだからこそ出来る仕草。偽物は本物よりも本物らしい———まさにこの状況を指すのだと、ぼくは直感する。

 こんな状況なら、どうせ描く夢物語なら、ぼくという人間の話なら、別に現実に合わせなくても

「いいかな」

「本当!? ありがとう、みっくん!」

 歓喜に満ちた表情が眩しい。ぼくはそんな君の笑顔が、何となく好きだ。何となくっていうのが恋愛らしく、不安定な感じがして好き。あくまでこれは台詞に対する感想だが。

 なんて妄想に浸りながら、ぼくは彼女の頭を撫でた。


「じゃあ明日からは、一緒に学校行こうね」

「いいけど、教科書が無い」

「大丈夫! 私が見せてあげるから」

「あと早起き出来ない」

「うう〜……じゃあ起こしに行ってあげるから!」

「それはありがたい」

 家から学校までは徒歩なので、百子ちゃんは早朝に学校の最寄り駅まで来て、登校する前にこちらへ寄り道する形でスケジュールを取った。早起きには自信があるらしい。

しかし、そうなると下手すりゃ始発電車に乗って来そうだったので、時刻はこちらで指定した。

「———というわけで、明日七時にみっくん家集合! 持ち物は……筆記用具あるよね?」

「勉強しようという意志はあるから、必要最低限の物は持参するよ」

「教科書も十分に必要最低限なんだけどね……」

「最もだな」

 百子ちゃんはクスクス笑って、ぼくの家まで歩いたところで

「じゃあみっくん、またね!」

「うん、また」

 本日最後の雑談に———彼女の言った「またね」とは、再び会う事を誓い、それを叶えるために今日と明日を生きる「祈り」と「決意」の言葉だそうだ。ぼくは、そんな自縛的な言葉に微塵も関心出来なかったが、彼女が言うと「明日も生きれるだろう」という希望的観測にも何故か納得出来て、心の何処かで、少しだけ明日を楽しみに思える気がした。


「そもそも心が何処にあるのか、誰も知らないんだけどね」


 でも百子ちゃんなら、知っているかもしれない。


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