壱話 疾風
5月頃にデザインフェスに小説を知り合いから依頼されまして、知り合いが作った仮面にストーリーを作るといった事をしました。
それに伴ったストーリーを独自で作ったので良かったらご覧ください。
01:00 ビル街
上空。ビルの高さで何かが起こっていた。
「追い詰めろ!」
黒い影が、蟻を模した仮面を被った集団を追いかけていた。
ビルの谷間で動く速い影が蟻の彼らの前を飛ぶ。
「堪るか…堪るか…私の復讐が終わるまで捕まって堪るか…」
影は体の傷を抑えながら飛ぶ。
「こちらAntチーム、指定された区域に追い詰めることに成功。」
「了解!Scullチーム。セッティング完了。」
「放てぇぇぇぇ!!!」
ビルの屋上にはロケットランチャーやマシンガンを構えた骸骨の仮面の一群がいた。彼らが黒い影に向かい発砲する。
黒い影は音もなく崩れ落ちた。
「回収班!迎え!!」
謎の集団は落ちた影を追い、地面に降りる。
「消えたか…。」
黒い影は子どもほどの大きさの黒い煤となっていた。
「『鎌鼬』逃しました。恐らく、子供の個体と検知。仮面は親の個体に回収されたかと。」
蟻の集団の一人が無線で何処かに連絡する。
??:??
夢を見る。記憶にはないが、何処か懐かしくなる夢。
「今宵、今宵は顔の見えぬ童子の踊り」
詩を歌う少女、その後ろにスラリと背の高い男。二人とも布で顔を覆っている。
話しかけようと、触れようと手を伸ばす。
「残念ながら、もう此処では会えないだろう。」
男は静かに口を開く。
「この先は君達の話。もうすぐ始まる物語。さあ、目覚めなさい。君の役目を果たすために。」
男のところへ駆け出そうと…
…………
06:00 とある一軒家
「あいた!」
ガツンと大きな音を立てて、壁に頭があたった。
衝撃で眼が覚めると玄関にいた。
「また、夢遊病かな…?」
ぶつけた頭をさすりながら、玄関の時計を見ると、朝の6時だ。
「ちょっと早いが朝食にしますか」
いつもの馴れた手つきで、朝食を作り出す。
僕の名前は「仮野 孤人」です。年齢は15歳。高校1年生です。
両親は僕の幼い頃に他界しました。母は僕が赤ん坊の頃に亡くなり、間もなく父も後を追ったということです。
周りの人も両親について詳しいことを知りません。親戚もいません。ふつうなら孤児院で育つところ、事情があって僕はこの広い一軒家で育ちました。
ご飯を炊いて、かんたんなおかずも添える。7時30分には学校の支度を終え、ニュースを横目に朝食をとる。
『本日未明、〇〇市内で突風による重傷患者や死亡者が相次ぎました。警察や環境省はこの事件を……』
ニュースを聞きながら、味噌汁を啜っていると家のチャイムが鳴る。
「はい」
『朝ごはん、いただきにまいりました!』
制服の少女。隣に住んでいる幼馴染だ。
名前は「矢守 白雪」です。行動から見れるようにとても明るい子です。
「さっすが早いね!」
「ごはん、今から準備するから」
ごはんをよそって、白雪の前に置く。と、同時に食べ始めた。
「急いで食べると喉に詰まるよ」
急須からお茶を湯のみにいれ、そばに置いた。
「やっぱり、ここのごはんが一番美味しいよ!」
「俺はおばさんのごはんの方が好きだけどなぁ」
白雪とは子供の頃からの付き合いだ。
まだ小さかったころ、家には家政婦がいた。
入れ替わり何人もの家政婦がうちに来ては、一言も口をきかずに僕の世話をしてくれた。
小学3年生になった春、家政婦は誰も来なくなった。それからずっと、僕はひとりでこの家で暮らしていました。
その後まだ子どもだった自分を世話してくれたのは、隣に住んでいる白雪の両親だ。
おばさんは僕の事情を詮索することなく、「天国の両親もきっと心配しちゃうわね」と面倒をみてくれたのだ。
「そういえば、最近夢遊病の方はどうなの?」
「うーん。毎日起きてる感じかな~」
「毎日!?」
白雪は僕の卵焼きをつまみながら驚く。
「そんなに頻繁に起こるなら病院に行ったほうがいいよ」
「でも、どの病院に行けば良いか分からないし」
「それだったら…えっと、夢遊病って何科だっけ?」
二人して首をかしげる。
「それより、白雪の食べ過ぎの方が心配だな~。」
「大丈夫大丈夫。私がもし倒れても学校まで運んでくれるよね」
「そうなったら、精一杯頑張るよ」
自分の言葉に大げさにこける白雪。
「いやいや、普通ここは『誰が届けるかー!」とか『俺はそこまで面倒見ないぞ』とかカッコつけるもんでしょ」
「でも、おぶればいけるかなって」
「天然か!」と白雪に突っ込まれた。
学校に出かける前に、仏壇のある部屋に行った。
仏壇には両親の写真もないが、それらしい形にはしている。線香を上げ、白雪と二人で手を合わせる。両親の墓も僕は知らない。遺骨さえもないのかもしれない。
「いってきます」
両親の顔は知らないが、きっと家族なのだから見守っててくれている筈、恥ずかしくない様に笑顔でいようとカバンを持って白雪と家を出て行った。
「あ!忘れるところだった。」
孤人は玄関先に置いてあった小さな金槌のかたちをしたヘッドが付いた数珠状のブレスレットを巻きつけた。
「今度こそいってきます!」
先に出た白雪に追い付こうと孤人は急いだ。
06:30 高尾山付近
「せんにじゅうよーん!せんにじゅうごー!」
縁側あたりで袴姿で素振りをしている青年がいた。
驚いたことに、素振りに使っているのは長さは2メートルはあるだろう丸太だった。しかも片手で、両足の指だけで体を支えている。
「お兄様。朝餉の準備が出来ました。」
巫女服を着た少女が青年に話しかける。
青年は素振りをやめて、縁側の手ぬぐいを取って汗を拭き取る。
「お早う、雀。」
「本日の朝餉は白米、味噌汁、裏で採れた大根のお漬物です。」
雀と呼ばれた少女は青年に対し、深々と頭を下げて立ち去ろうとした。
「おい、雀!」
青年は雀を呼び止める。
「俺たちは兄弟なんだから、そんなに畏まらなくても良いんだぞ」
「いえ、お父様の教えをやめるわけにはいかないので。」
雀はもう一度お辞儀をしてから、長い廊下へと去っていった。
青年は羽織を手に雀の後を追う。
大きな広間の襖を開け、礼をしながら中に入る。
「お父様、おはようございます。」
深々とした礼に奥にいる大男が反応した。
「遅かったではないか。」
「朝の修練をしておりました。申し訳御座いません。」
固い口調で、父に朝の挨拶をした。
広間の上座には父、隅の方に姉の鷲と妹の雀が正座していた。
この家ではどれほど時が経とうとも、男は羽織に袴、女は巫女服と決まっていた。
しかし今朝は、場違い極まりない男が二人いる。
「やあ、飛鳥君。3日ぶりくらいかな?」
黒スーツ姿の同世代の青年が話しかけてきた。その隣に、登山服で大きなザックを脇に置いた30代とみえる山男が座っている。
「ここではやはり『男が先に食事を取り、女は厨房で主人の後に食べる』。そんな堅苦しいルールを続けてるのですね。」
山男は大笑いしながら、父に言う。
「家の仕来りに他人が口を出すのは間違いだと思うが…」
御父様は睨み付ける。その眼光は背筋が凍りつく。正に数十人の鬼に囲まれ金棒を振り下ろされる手前の様な感覚が襲うが山男はへらへらと笑い続ける。
「それで今回の依頼内容だけ聞きたい。」
スーツ姿の青年が急かす様に口を挟む。
スーツ姿の青年の名前は仁藤 保。
アメリカ人の父親と日本人の母親をもつ。母親譲りの艶やかな黒髪と日本人らしい顔立。目だけが父親譲りの青い宝石の様な目をしている。
もう一人の山男の名前は草間 千秋。
根っからの山好きで山に住んでいる。住処を転々としているらしく、そばに置いたザックは大きく膨らんでいる。
「本題は、本日未明、街に出没した“鎌鼬”の討伐だ。」
父が手にした巻物を読み上げる。
「出現数は3体。うちの1体は政府側の討伐部隊が処分。仮面は逃げられたものの討伐は続けている模様。 今回の討伐に参加する者を問いたい。」
父が読んでいる最中に草間が手を挙げる。
「今回はパスで」
父はジロリと睨み付ける。
「まあ、毎回説明している通り、俺は山での事柄以外関わんない様にしてまして」
そう言いながら荷物をまとめ始める。
「と、言う訳で飛鳥くんに保君。あとよろしく!」
草間は二本指を立て、頭の上で振る。それを別れの挨拶に去って行った。
「雇い主さん。俺は主人である飛鳥に言われればどんな仕事でもやる。有無など聞いてどうするのですか」
仁藤は胡座に腕を組んで父に反論した。
「飛鳥様、如何なさりましょう」
仁藤の言葉に、父から睨みと言う名の威圧を受ける。
だが、答えなど決まっている。
「俺はやります。この家に来た依頼、全て引き受けましょう。」
08:50 猫乃尾高校
仮野 孤人と矢守 白雪が共に通う猫乃尾高校。
「校長の喋り方。どうにかしてくんねえかなぁ」
孤人の友人のチャラ男がボヤく。
「まあ、あの喋り方と見た目はすごいよね。」
「ヤァ~↑、みぃな↑さ↓ん!今日もげぇんき↑に参りましょ↑う!」
真っ白の髭と髪を伸ばした正に白い化け猫の様な校長が不思議なトーンで話す奇妙な朝礼。
「今日の朝礼も耳に付く声だったな、あの化け猫校長」
「俺は面白いからあの校長先生は好きだよ」
孤人と男子連中が何気ない世間話をしていた。
「そういえばさ、今日からウチのクラスに研修生来るの知ってたか?」
「あっ、話題になってるやつだよな。超美人だって話」
「へー、そうだったんだ」
孤人は友人たちの話を聞き流していた。
「孤人さ…お前もう少し女に興味持てよ」
「仕方ないさ、あいつが目を光らせてんだから」
そこへ白雪が割り込んできて、孤人の肩を叩く。
「ふっふっふ、孤人よ。もしも美人教師が貴様に気がなくても落ち込まなくていいぞ。この白雪様が引き取ってやるからな…」
白雪は孤人の肩を触りつつタバコを吸う真似をする。
男子連中は【早く付き合っちまえよこのバカ幼馴染(非公式)】の二人のやり取りの様子で見ている。
「そうだね!嫌われない様に気をつけないと」
(そうじゃねえだろ…)
天然ぶりの孤人の言葉に、男子一同が苛立ったり、安心したりする。
12:20 東京のとある駅
槍をしまうような縦長の袋を持った飛鳥と、黒いスーツケースの仁藤が駅の改札から出て来た。
「はぁ、良い加減に慣れて下さいよ…。」
「いやしかしだなぁ、あの鉄の箱は慣れんのだ。」
駅の改札口付近に飛鳥と仁藤が立っていた。
「飛鳥様。流石に私も『赤子の様に「いやいや」言いながら、電車に乗り込めずに扉を掴んでいる』姿については弁護出来ません」
ハァッと仁藤は飛鳥に対して溜息を零す。飛鳥は「面目ない」と呟いた。
「それにですよ。その服装は如何にかなりませんかね?目立って仕方ないのですが」
「?」のマークが浮かぶ飛鳥。
それもそう、家と同様、柄こそ違うが袴に羽織なのだ。侍としては正装だが、現代ではコスプレ扱い。通りがかる人が二度目してしまう格好。
「とりあえず、服を変えましょう」
「そんなに珍妙かい?」
「珍妙です」
そう言って仁藤は飛鳥を服屋に押し込んだ。
12:30 ブティック
「これは機能性がないよ。」
飛鳥は仁藤の選ぶ服に文句を言う。
「しかし、飛鳥様。ジーパンに流行の品と。ごく普通の組み合わせではないかと…。」
ジーパンに緑と白のストライプシャツとごく普通な組み合わせだ。
「今まで袴を履いて来てるからこういった締め付け系は…。」
「ハァ」
仁藤は少し理解に苦しむ反応をした。
「そうだな…これなんて袴に近いじゃないか」
飛鳥はタイパンツを手に取った。
「確かに袴にも形状は近いですし、それなら合わせ易いのは幾つか知っています。流石ですね。」
仁藤に褒められ、飛鳥は少し自慢気になる。
「では、見繕わせて頂きます。」
暫くした後に、飛鳥は仁藤が選んだ服を着て店を後にした。
12:30 猫乃尾学校 孤人のクラス
「あの研修の先生やばいよな」
「ヤバいって何さ」
孤人は友人たちと弁当を食べながら、研修生に
実のところ、今日から担任する研修生が色々と問題があったのだ。
「美人つーか、どう考えてもありゃ小学生だろ」
「まあ、あの背丈を見たら、小学生に見えるよね~」
「それなあ、俺も美人教師楽しみにしてたのに」
研修生はみんなの話通りに背丈が大体小学生の伸長というか、声も幼さを感じるというか十数歳で成長が止まった感じがしてしまうほどだった。
「そういや、あの小学生、お前の事ずっと睨みつけてたのに気づかなかったのかよ!」
気にも止めずに過ごしていたから分からなかった。
「まあ、気を付けろよ。あの研修生、上の学年の奴が小馬鹿にしたら、窓から叩き落としたらしいから。」
聞くと恐ろしいが特に悪さはしていないはず。狐人は自分は大丈夫な筈と思い込もうとした。
「大丈夫、何かあったら私が守るし!」
いきなり白雪が前に躍り出る。
「私、昔に武道やってたから自信あるし。」
白雪は自信満々に孤人に言う。
「じゃあ、宜しく頼むよ、白雪。」
笑顔で白雪に返すと、白雪は後ろを向いて蹲っていた。
「おい、仮野はいるか?」
噂をすれば、例の研修生の小間 白子先生が教室に入って来た。
「お前、放課後に生徒指導室に来い。」
小柄な姿とはギャップのある小間先生の威圧感に押されてしまう。
「えっと、自分は何かしました?」
「いいから、とっとと了承しろ。お前に拒否権はないからな。」
小間は孤人に指を向けて、強制を強いる。
「もしかしたら、悪いことを以前したかもしれないので、少しだけでも教えてもらえれば…。」
孤人が弁解しようとすると、突然大きな音がした。
それは小間が近くの空き椅子を蹴り上げた音だった。
「愚痴愚痴言わずに付き合え…。」
呼び出しから脅迫に変わった瞬間だった。
まるで、猫に追い込まれた鼠のような感覚。背筋が冷え、体の芯が凍えた。
「じゃあな。」
小間は扉を勢いよく閉め出て行った。
16:30 喫茶店
飛鳥と仁藤は喫茶店のテラスで時間を潰していた。
「この黒い液体はなんだ?」
飛鳥は珈琲に手をつけずに見つめていた。
「珈琲ですが?知らないのですか?」
仁藤は砂糖もミルクも入れずにブラックを飲む。
「茶はないのか?」
「抹茶オレならあった筈ですが」
「オレとはなんだ?」
少々質問し過ぎて仁藤が怪訝そうな顔をしている。話題を変えようと思った。
「えっと、何か話題とかないかな?」
「その聞き方は女性とのデートで一番聞いてはいけない事ですね。まあ今はデートという訳ではないですが、話の繋ぎとしては最低ですね。」
うん。一番やっちゃいけない質問だったと飛鳥は思う。
「飛鳥様が初めての都会という事は重々承知ですが浮かれ過ぎでは?」
仁藤の怒涛のツッコミが心に刺さる。
弁解しようと口を開こうとした瞬間、不自然な強風が吹いた。
「来たな…。」
『鎌鼬』の気配だ。
「では、行きましょう。」
二人は急いで荷物を手に気配を追った。
15:30 猫乃尾高校
時は遡り、孤人は放課後の教室を出ようとしていた。
「本当に行くの?」
友人と白雪が心配そうにこちらに話しかけて来た。
「大丈夫。そんなに心配する事ないよ。」
孤人は特に気にしない様子で生徒指導室へ向かう。
「失礼しまーす。」
生徒指導室に着いた孤人は扉を開ける。鍵がかかっていなかったので中を覗き見る。
「漸く来たか、まあ座れ。」
小間は腕を組んだまま、これから人と話そうとする態度には見えなかった。
言われるがままにおずおずと椅子に座る。
「では、質問しよう。仮野という苗字は本物か?」
「はい、そうですが。」
理解に苦しむ質問だった。なぜそんなことを訊くのだろう。
「次の質問だ。貴様は時折不思議な夢を見るか?」
「えっと…まあ、はい。」
何故、夢の事を知っているのだろう。
夢の話については確かにクラスの友人に話した事はあるけど。
「それでは、最後の質問だ。両親は赤ん坊の時には両方とも他界しているな。」
「ええ、確かにそうですが。」
その瞬間、小間の目が変わった。
目つきどころの話じゃない、目が猫のように変わったのだ。
「見つけたぞ。ようやっと、見つけた。」
椅子を蹴飛ばし、挟んでいた机を吹き飛ばした。
「我らを手古摺らせおって。だが、まあ彼奴らよりも先に見つけられて幸運ぞ。」
小間の顔が鼻の先まで近づく。膝を股の間に入れ、両手を首の後ろに回し、顔を紅潮させながら近づける。
「先んじて、我が契約すれば、手は出せまいて。」
そう言って、小間は尖った八重歯で唇を噛み、血を出す。
もう唇が重なるまで顔が近づいた。
「この接吻の儀さえ終われば無事に貴様も我が配下となろうぞ。急遽でな、コレでしか今は契約できん、我慢せい。」
もうお終いだよ。ファーストキスが教師、しかも身なりは小学生になってしまった。
「何やってるんですか!!」
扉が勢いよく開けられた。
白雪だ。どうやら、先程までのやりとりを聞いていた様だ。
「何だ、貴様は。無粋な真似を。貴様は子どもの頃に親のまぐわいを見る様な真似をしていたのか?」
小間は気が抜けた様に白雪を見る。
今だ、と思い押し倒す。
「何だ?其処までは許しとらんぞ。」
油断していたのか倒れた小間は床に背中落とした。
「白雪!逃げるぞ!!」
鞄を持ち、扉の前にいた白雪の手を握り、逃げ出す。
17:00 人気の薄い路地
学校からだいぶん離れたところで、孤人と白雪は息を切らして立ち止まった。
「何だったの、一体…。」
白雪は鞄からペットボトルを出して、飲み物を口にする。
「とりあえず、警察に突き出されなさそうで良かった…。」
教師を押し倒したところを誰かに見られたら、誤解されて警察沙汰だろう。
「そういえば、手離してくれる?」
「ああ、ゴメン。」
すっと離すと軽く頭を叩かれた。
「女の子の手を握ったんだから、少しは恥ずかしがりなさい!」
見ると、白雪の顔が真っ赤だった。
幼馴染で子供の頃はよく手を繋いでたし、学校からここまで走ったんだから、今更だろうにと狐人は思う。
「にしても、静かすぎない?」
日はもうとっくに暮れ、暗くなってきている。それにしても人通りが少なすぎるのではないか。
後ろから風が音を立てて軽く頰を伝った。
何やら臭い。鉄臭い。生臭い。路地裏から漂っている。覗きに行く。そして、数秒後には後悔した。
死体だ。ぐちゃぐちゃの死体だ。ミキサーにかけられた様な足の位置も手の位置も分からない死体。それも一人分じゃない数人でもない。数十人分はあるだろう。
白雪は突然の光景に先ほどの飲み物を吐きだした。
後ろから鈍い音が鳴る。体が勝手に振り返る。
鈍い音は正体は上半身と下半身が綺麗に斬られた死体の落下音だった。
「こんにちは。こんにちは。子どもの体は何処かしら?」
「こんにちは。こんにちは。其処のおふたりさんは子どもの体の場所を知っているの?」
「いいえ。いいえ。きっと知らないわ。ここら辺の奴らは皆んな知らなかったのだもの。」
「酷いな。酷いな。僕らの子どもを知らないなんて酷い奴らだ。」
「きっと。きっと。この二人なら知っている筈よ。」
「良いね。良いね。そしたら、また親子で旅が出来るのね。」
男と女の二人組みの声が聞こえる。上からだ。死体が降って来た方向だ。
恐る恐る上を見ると電柱の上に、対になった奇妙な仮面を被った血塗れの男女がいた。
「では、では、私は男の方を確かめるわ。」
「分かった。分かった。じゃあ、僕は女の方だね。」
ふたりは電柱から飛び降りてきた。電柱の高さから落ちても平気な顔をしている。明らかに人ではない。
「白雪…。一、二の三で逃げろ。」
「何言ってるの!?」
孤人は白雪に囁く。
二人とも学校から走って来たばかりで逃げる力は残っていない。ならば、取る手は一つだ。
「一、二の三!」
孤人は奴らの懐に潜り込もうと体当たりを仕掛ける。
白雪は後方に猛ダッシュした。
「あら、あら、私の方に飛び込んで来たわ。」
「じゃあ、じゃあ、僕は襲いに行くね。」
男が白雪の方に駆け込んだ。今だ、と男の仮面に鞄を投げた。確実に命中する軌道だ。これで白雪だけでも逃げられる。
しかし、そう思ったのも束の間、男の周りに突風が吹き荒れた。投げた鞄が狐人の顔にあたり、その拍子に狐人は転倒してしまった。
逃げていた白雪も、孤人の倒れる音に振り返った瞬間、死体のひとつにつまづいて転んでしまう。
「危ない。危ない。もう少しで逃してしまう所だった。」
「気を付けて、気を付けて。彼奴らにバレたら閉じ込められちゃうから。」
孤人と白雪はそのまま押さえ込まれてしまい、身動きが取れなくなった。
「じゃあ、じゃあ。僕の方から確かめるね。」
「是非に、是非に。」
男が懐から仮面を取り出した。
「やめて!やめてよ!孤人、お母さん助けて!」
白雪は暴れるが、人並み以上の力で押さえ込まれて逃げられない。
「ヤメロォ!!」
孤人も必死に抵抗するが、男はビクともしない。
男が白雪の顔に仮面を付ける。すると、仮面は磁石の様に吸い寄せられ、白雪の顔にはりついた。
「痛い!痛い!痛い!あぁぁぁぁ!!?」
白雪は悲鳴を上げる。何かに焼かれている様な、引き裂かれる様な悲鳴だった。
「やった。やった。成功だ。成功だ。」
「やったわ。やったわ。ようやくまた子供の姿が見られる。」
二人ははしゃぐ。白雪の悲鳴はこの二人の耳に入っていないようだ。
「じゃあ、じゃあ。この男は殺してしまいましょう。」
「構わない。構わない。やっと子供に出会えたのだから。」
男が此方へ向かってくる。
「何で、俺があの時、逃げなければ…俺がこっちに向かわなければ…。」
狐人の目は涙で滲んでいる。ああすれば良かった、こうしたらと、後悔がよぎる。
「「では、では、さようなら。」」
二人は両手に小型の鎌を装備して、斬りかかって来た。
もう終わりだ、と思った瞬間、腕につけていたブレスレットが形を変え、光りだした。理解する間も無く、狐人の拳が敵の顎に吸い寄せられ、二人の顔面を殴った。
不意の反撃は、敵を怯ませるのに威力を持っていた。
「何。何。何なの一体!?」
「痛い。痛い。こいつまさか奴らの仲間か?」
仮面の二人は戸惑いの声を上げる。
「嘘よ。嘘よ。私達には仮面をつけた奴らしか攻撃できないもの。」
混乱の中、何が起きたのか理解できないまま、急いで白雪の元へと駆け出す。
逃すまいと二人が手を伸ばした瞬間に、孤人の顔を何かが掠めた。その二つは彼等の頭に命中して二人の体を反らせる。
狐人が白雪のところへ辿り着き抱き抱える。誰かの手がそっと肩に乗った。
「間に合ったみたいだね。さて、此処から早く逃げて。彼等は僕達が倒すから。」
ボウガンを持ったスーツ服の男とタイパンツを履いた男の二人組が、孤人と白雪を守る様に、仮面の二人の前に立ちはだかった。
17:15 人気のない路地裏
飛鳥と仁藤は仮面を付けた二人の前に立つ。
「では、やりましょうか、飛鳥様。」
「彼等も守る様に心掛けて下さい。」
仁藤はスーツケースから二つの仮面を取り出した。
仁藤は骸骨を模した仮面を付けた。瞬く間にスーツが黒煙のロングコートに包まれ、頭には中折れハットを被った姿になる。
飛鳥は仁藤から鴉を模した仮面を受け取り付けた。姿こそ変わらないが威圧感が増し、様子が一変する。
「いざ…出陣!」
飛鳥が叫んだ途端、戦闘の火蓋が切られた。
仁藤がボウガンを放つ。敵の男が走り出す。仁藤は懐からさらにハンドガンを二丁取り出し、連射。ボウガンの矢は男の右手を射抜いている。
驚いた女が、男を助けようと向きを変える。その一瞬、飛鳥が間合いを詰めて飛びかかり、男の肩にクナイを刺し込んだ。その足で男を蹴り飛ばす。
「今回は狭い路地で御座います。アレ使うには些か不利かと。」
「分かった。では、此方で片付けよう。」
飛鳥は手の上に煙を出すと、中から小刀が一つ出現した。
「貴様ら。貴様ら。我が子との復活を阻止するとでも言うのか。」
「許せぬ。許せぬ。実に許せぬ。」
二人は深手を負いながらもフラフラと立ち上がり、体を回転させて渦を巻いた。二つの体から竜巻がまき起きる。
「「許せぬ。許せぬ。許せぬ。許せぬ。許せぬぅぅぅぅ!!!」」
怨念にも似た竜巻が、彼等の血を含んで、赤黒く生温かい空気で周囲を覆う。
「流石、鎌鼬ですね。風を操るとは些か面白いですね。」
「仁藤。それぞれで倒した方が良さそうだな。」
「御意。」
飛鳥達は二手に分かれた。女は仁藤へ、男は飛鳥へ。
「では、俺がさっさと片付けよう。」
仁藤はそこにあった上半身だけの死体を掴み、竜巻の方向に投げた。
そして、ボウガンの先に矢を装填し、死体に撃ち込み勢いをつけた。
「貴様ら。貴様らぁ!」
死体を巻き込んだ竜巻は、死体をミンチにした。だが、勢いはまったく衰えない。
「チェックだ。」
仁藤はボウガンを地面に捨て、スーツケースの中のショットガンを高速で組み立てて、竜巻に向かって構えた。
竜巻が仁藤に近づき巻き込もうとする。そのなかで何かが爆発した。
「は?は?何で!?」
それは仁藤が死体に撃ち込んだ小型徹甲弾の爆発だった。
徹甲弾は死体の肉に守られ、竜巻の中でも破壊されず、鎌鼬の腕を爆発で吹っ飛ばした。風が止んだ。
「ジャックポット!!」
爆発で宙に舞った鎌鼬の頭にショットガンを撃ち込む。仮面を残して男の頭は破裂。体は命を失った瞬間、煤となって消えた。
「逃げる。逃げる。我が子を連れて私だけでも逃げる!」
飛鳥にも竜巻は迫っていた。
けれど、飛鳥は構える事なく立っていた。小刀を抜き宣言する。
「貴様ら、風は誰の味方だ!奴の味方か!?否、我、鴉天狗の味方なるぞ!!」
すると、鎌鼬の周りを取り巻いていた風がピタリと止み、無防備となった。
「『高尾流・たこ杉』」
接近しながら落ちてくる鎌鼬の横を通り過ぎ、小刀を軽く振った。そのまま鞘におさめる。鎌鼬は八つに分かれ、バラバラに斬り落とされた。
「此度の戦は…歯応えなし。」
一仕事を終えやれやれという様子で、飛鳥は少年たちの元へ向かった。
「白雪!白雪!!」
孤人は絶叫しながら、白雪を抱き上げる。
「どけ、そいつはもう助からん。仮面は取り憑かれた人間から外せないし、壊すこともできない。」
仁藤が白雪と孤人に近づき、銃を構える。
「何でですか!?訳がわからないですよ!まさか貴方達もあいつらのなか…」
言いかけて、孤人は仁藤に蹴飛ばされた。
「次にそんな事を口走ってみろ。飛鳥様への愚弄とみなし貴様を殺す。」
仁藤は孤人の胸倉を掴み、投げ飛ばした。
「孤…人……ゴメ…ンね。私で…良か…った。死ぬのが…わた…し…で……。」
白雪の掠れた言葉に孤人は声にならない声を上げる。
仁藤はショットガンを構え、白雪の頭に向かって引き金を引こうとする。
すると、再び狐人の手が勝手に動き出した。確認しなかったが、何かを手にしていた事を思い出す。
見ると、小槌の様なものだった。小槌にしては少し豪華だ。
小槌は孤人の腕を白雪の元へと引き寄せる。落ちる様に白雪の元へ。その間、そばに立っていた仁藤にぶつかり吹っ飛ばしてしまった。
「何するんだ!?やめろ!!」
小槌は白雪の仮面を壊そうとしていた。孤人は止めようと自らの腕を押えつけだが、別の衝動に押され止めることができない。
ついに小槌が仮面へ打ち下ろされた。仮面にヒビが入る。と、ヒビ割れた部分から黄色い光が漏れ出て、 孤人を包み込んだ。
『お父さん、お母さん。誕生日を祝ってくれてありがとう。
誰?誰か入って来たの?
お父さん、お母さん!?死んじゃやだ!!
やめて、やめて、何するの!?
許さない、何で私達を殺したの?
許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない絶対に…許さない!!」
誰かの記憶だろうか。ノイズがかかっててよく分からない。だけど、これは怒りと憎しみの記憶だ。
「(あれ?目のあたりが熱いな…。それに鼻から血の匂いが…。息が吸いにくい。それに今、どこを向いてるんだろうか…。)」
孤人は痙攣を起こしながら白目を向いて、糸が外れた人形の様にパタリと倒れた。
近くにいた仁藤が驚愕し、仮面を外す。
「仁藤!そっちはどうだ?」
仮面を取った飛鳥が二つの木箱を抱えながら仁藤に近づいた。
「飛鳥様。仮面が割られました。」
「割られた?馬鹿な事を言うな、仮面が割れる筈なのど…。」
倒れている白雪の顔にはりついた仮面はひび割れ、崩れ始めていた。
間もなく仮面は光の粉となり風に巻き上げられ消え行く。
「これは…。」
「どうなさいますか?」
「屋敷に連れて行こう。」
「了解致しました。」
二人はそれぞれを背負い荷物を持つ。
「足はどうしましょうか?」
「では、何か妙案があったら、教えて欲しい。但し、電車はなしだ。」
「御意。」
そして、二人は現場を後にする。
END
「今度もまた鉄の箱か!?」
「タクシーで御座います!観念して乗って下さい!!」
気を失ったふたりの高校生を連れた男たちがタクシーの前で一悶着あったのはまた別の話。
楽しんでいただけたでしょうか?
次の投稿は仕事があるので不定期になりますが早めに上げたい所存です。