1-8
リリィは新しく手に入った下僕を見てニヤついていた。しかも大好物の神木の実も手に入ったのだ。美しく輝く白い尻尾が意識しなくても激しく揺れる。
「そういえば貴方、名前はなんて言うの?」
リリィは思い出したように下僕に問う。
「マルクです。」
「マルクね!覚えたわ!今日からは泣き虫マルクと名乗りなさい!」
リリィは下僕の特徴である泣き虫を名前につけるように命じる。
「弱き虫は余計だよ!大体そういう君はなんて言うのさ!」
リリィは尻尾をブンブンと振る。
「リリィよ!」
「…それだけ?」
リリィの答えにマルクは不満があるようだ。
「マルクだって名前だけだったじゃない!主人に逆らうなんていい度胸ね!」
リリィはマルクの手に噛み付いた。"痛いっ"とマルクが手を引っ込めるとリリィは満足気に胸を張る。
「リリィに逆らうからそうなるのよ!今後は気をつけなさい!泣き虫マルク!それでリリィの何を聞きたいの?」
リリィは答える気満々である。"あっ、答えてくれるんだ"と思いながらマルクは質問をする。
「リリィって喋れるけど本当に狼なの?」
「むふぅん!驚きなさい!リリィは狼であって狼でないわ!お祖母様、貴方たち人間でいう"森の神ウォルド"から生み出された神の子、つまり眷属なのよ!すごいでしょ!?」
「お祖母様?お母さんじゃなくて?お祖母さんなのに子供なの?」
神の子とはそういう意味ではないのだが、マルクには少し難しかったようだ。ちなみにリリィもわかっていない。リリィは母の言葉をそのまま言ってるだけだ。
「そんなこと私が知るわけないじゃない。母様がそう言ってたからそういうものなのよ。もっと知りたいなら勝手に母様に聞きなさいよ。」
「えぇ〜?教えてくれるんじゃないの?」
「どうしてこの私が下僕にそこまで教えなきゃいけないのよ。」
マルクは気付く、"コレはこれ以上知らないな"と。次は何を聞こうか、ふと自分の自分の肘と膝を見た。まだ少しズキズキと痛む。
(そういえば頭から血が出てない。)
「じゃぁ、これどうやったの?これも神の祝福って奴なの?」
マルクはそこにあるはずの傷を探す。どこを触っても、つまんでも傷がない。
「知らないわ。」
「えっ?」
「だから知らないわ。私もよく分からないのよ。」
リリィは分からないことがさも誇れることのように自信満々だ。
「でもあなたたちの言う祝福とは違うわ。あれは私たちには使えないもの。あれは神を信じ愛することですることで神からその力の一端を与えられると言うものよ。私たちはお祖母様を敬ってはいるけど、信仰とは違うわ。私たちのは家族への愛に近いわね。」
「そうなんだ、なら魔術ってやつなのかな?」
「貴方、何も知らないのね。魔術を使うには魔力ってのが必要なのよ?そんなもの私たちが持ってるわけないじゃない。」
「持ってるわけないじゃないって僕が知っているわけないじゃないか。」
「本当に何も知らないのね。魔力は基本魔族しか持たないし、他の種族でも魔力を持った者が生まれることはあるけどそんなのごく稀だわ。まぁ、魔力を結晶化した触媒ってのを使う方法もあるらしいけど。だいたい私たちは神の眷属よ?いわゆる神と同じ身を持つの。魔力なんて宿らないわよ。」
リリィは話すのが楽しくなったのだろうか、どんどん饒舌になってくる。マルクも知りたいことを詳しく話して貰えるのは有り難いので余計な茶々は入れない。
「リリィ以外にも出来るの?例えば君のお母さんとか。」
「いいえ、母様にも無理よ。それに他の仲間にも。母様はお祖母様の力が私にも宿ったんじゃないかって言ってたわ。これってね、本当に凄いことなのよ!?神の眷属は神と同じ身を持つけれど、やっぱり神とは違うの。だから神と同じ力が使えるなんて普通はないの。でもリリィはお祖母様と同じ力が使えるわ!ねっ?リリィはすごいでしょ?」
「うん。凄い!そんな凄い力が使えるなんて、リリィはまるで魔法使いだね!僕もリリィみたいにそういう力が使えたらなぁ。」
マルクは興奮して、口にしてしまった。凄い力だと思った。神の祝福でもなく、魔術でもない何か。魔法だと思った、思ってしまった。
「魔法使い?貴方、魔法を信じてるの?」
「あっ……分かってる。魔法なんてないって言うんだろ?知ってるよ…」
マルクは暗い顔を見せた。魔法使いの夢を諦めたとは言え、未練がないわけではなかった。それに未だそれを大好きであることには変わりはない。ないことを何とか受け入れたばかりのマルクにはこの手の話題はまだ辛かった。興奮して思わず口走ったことを後悔した。
「魔法なんてない、魔法使いなんていない。うん、知ってる。知ってるよ。」
「マルク、何暗い顔をしてるのよ。魔法が好き、魔法使いが好きなら好きでシャキッとしなさい!好きな物を好きって胸を張れなきゃ、魔法好きが廃れるわよ!私のように胸を張りなさい!そして叫びなさい!魔法が好きだと!」
「えっ?君も魔法使いの物語を知っているの?」
「えぇ、知ってるわ!母様がお話ししてくれるお話の中で一番好き!中でも好きなのは強き力の話!」
リリィは目をキラキラさせながら語り出す。森の守護獣でも昔話なんてそれに対してマルクは魔法の存在を否定する。
「リリィ、魔法はないんだよ?」
「はぁ。マルク、貴方は何も知らない上に愚かね。魔法があるかどうかは重要じゃないのよ。重要なのはそれをどれだけ好きかだけよ!ほら魔法が好きならシャキッとする!」
「リリィは強いね。僕は魔法がないことを教えられた時はすごく悲しかったよ。」
「もう!マルク!誰が魔法がないなんて言ったのか知らないけど、貴方はそれを見たの?人がないって言ったからってそれを信じるなんてナンセンスよ!私の下僕なら自分の目でそれを確かめるまで信じないことね。」
マルクはリリィの言葉に"ないことを確かめるなんてどうするんだろう"と思った。だが同時に少し心が軽くなった。大人が聞いたら笑うようなことだった。それが存在することの証明はその存在を確認することで出来るが。だが存在しないことの証明はどれだけ難しい言葉を用いようと出来ないのだ。それは実質、存在の否定を認めないと言うこと。魔法の存在を信じ続けると言う意思そのものだった。
「そうそう!私の下僕の泣き虫マルクにだけ良いことを教えてあげる!母様のところに行きましょう!」
リリィはマルクの服の袖口に噛みつき、ぐいぐいと引っ張る。
「ちょっと待って、リリィ!肘と膝に薬を塗らせてくれない?」
「薬?しょうがないわねぇ。さっさと塗りなさい!」
マルクはリリィに急かされて腰袋をベルトから外し、薬を塗るために袖と裾をまくる。"さぁ、薬を塗ろう"と袋を開けたとき、リリィがマルクを凝視した。マルクというよりマルクの持つ袋に夢中だ。
「ねっ、ねぇ。薬ってまさかそれ?」
「そうだよ。母さん特製の軟膏だよ!切り傷、打ち身、虫刺されにかぶれ、何でも来いの万能薬なんだ!リリィのアレほどじゃないけど、これを塗ってるとすぐに治っちゃうんだ!すごいでしょ?これうちの秘伝の薬だからみんなには内緒だよ?」
「この匂い…どう考えても。マルク、悪いことは言わないわ。今すぐその袋の口をきつく締めなさい。今すぐよ。さぁ!」
リリィがアワアワしながらマルクに忠告した。だが時すでに遅し、マルクの後ろに音もなく近く大きな大きな影が近づいていた。
「あらあら、坊や。随分と面白い匂いを漂わせているねぇ。それが何なのか、そしてそれをどうやって手に入れたのか詳しくこの年寄りに教えてくれないかね。」
マルクは振り返った。そこには似ても似つかないのに、怒ったマリアがいるのかと勘違いしてしまうほと似た雰囲気を醸し出す大狼が居た。
「もちろん、我が娘リリィが大事そうに咥えている、その小袋の中身についてもだ。」
マルクは思わず呼び間違えた。
「母さん、それは…ごめんなさい。」
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