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 アオーーーーーン


何とも可愛らしい遠吠えが大狼とダルクの平行線を掻き乱した。マルクや見習いたちがどこから聞こえるのかと辺りを見渡す。しかし声の主らしき者は見当たらない。見当たらないが、まだ遠吠えは聞こえる。むしろだんだん近づいてくるのが分かる。


ポトポトとマルクのすぐそばに何か落ちてきた。小さな木の実だ。だがただの木の実ではない。微かに光っているのだ。マルクはふと神木の光を思い出し見上げる。幼い少年が見上げた瞬間、背後に大きな物が落ちてきた。何が落ちてきたのか確認しようと振り向く間もなく、マルクの体は引っ張られ中に浮いていた。


「ゔっ!」


マルクは驚きと衝撃の余り、目を閉じてしまい声にならない声が漏れる。神木の広場にくるときに感じたような浮遊感にまた襲われた。マルクが辛うじて目を開けてみると前から壁が迫ってくるではないか。マルクは恐怖の余りの顔を腕で庇ってまた目を閉じてしまう。これが良くなかった。マルクは暗闇の中で着地の体制も取れず、四つん這いの体勢でで地面に叩きつけられた。


「ゔげ!」


マルクはカエルが潰されたような声を上げる。膝、肘、額の三箇所がやけに熱い。頭を打ったせいで目から火が出て、辺りを確認することもできない。


「マルク!」


ダルクが叫ぶのが聞こえる。しかしマルクに返事をする余裕がない。6歳の子供には一度に色々なことが起こり過ぎた。それに痛みを我慢して泣かないことで精一杯だった。


「母様!母様が欲しがったコレ、連れてきたよ!」


幼い子供の声が響き渡る。


「マルクを返せ!」


焦ったダルクが声の主に矢を射る。マルクが痛みを何とか堪えて目を開ける。声がした方向を見ると矢が地面に刺さっている。声の主らしき者は見えない。すると別の方向から同じ声がする。


「酷い!どうしていきなり攻撃するの!?リリィ悪いことしてないのに!」


マルクが痛みを我慢しながら振り向くとそこに大狼よりも白く輝く、純白の狼がいた。リリィと名乗る狼はウゥゥゥとダルクに唸っている。しかしその小ささのせいか迫力は一欠片もなかった。背丈30センチメートルの小さな白狼は続ける。


「酷い!酷い!リリィはコレを母様に届けただけなのに!リリィは褒められる筈なのに!」


釣られて周りの狼たちが吠え出す。


「姫様に矢を射るなど!」


「人間は約定を犯すのか!」


「我慢ならぬ!」


「長よ!見せしめにこの小僧を食い殺そう!」


狼たちがマルクを殺そうと騒ぎ立て、マルクに迫る。ダルクはマルクに近づいた狼たちに向かって矢を放つと


「それ以上マルクに近づいてみろ!本当に射抜くぞ!」


と怒声をあげた。


「静かにおし、お前たち。小さき者よ、お前がそれを行うとそれこそ約定違反になろう。我が娘が先に手を出したということで、今の発言は聞かなかったことにしてやろう。」


「それだけではこちらは納得しないぞ。マルクを返せ。」


「それは出来ないね。この小僧は貰っていく。喰い殺すもおもちゃにして遊び殺すも我らの自由だ。」


再び平行線を辿ろうとした。いや、先ほどと違ってマルクが狼側にいる分、ダルクたちの方が悪くなっている。このままだとマルクを無理やり連れ去られてしまう可能性がある。そういった危機感がダルクを襲っていた。


"何とかしてマルクを取り返さなくては"


そんな考えがダルクの心を曇らせ、判断力が鈍る。父なら、ダンならどうしただろうか。どうやってこの状況を切り抜けるだろうか。そんなことばかりが頭の中を木霊する。ダルクは成人した狩人の一人だ。だがまだ15歳の青年でもある。長年生き続ける大狼と駆け引きするにはまだ経験が足りなかった。


「…お前たちは食事を必要としない筈だ。なぜその子を必要とする?」


ダルクの言葉が弱くなる。


「確かに我ら一族は食事を必要とせず、母から与えられる祝福の力のみで生きていける。現に我らはお前たちが母に捧げる祝福の宿る供物のみしか食していないからね。だからと言って別に口にしないわけではない。必要ないこととそれをしないことは全く別物だよ。」


ダルクの隙を大狼は見逃さなかった。更に畳み掛ける。


「我らは森に住む者を不用意には口にしない。それはそれらもまた我らの兄弟だからだ。そしてお前たち狩人にも手を出さない。それが契りであり、我らが母もそれを望んでいる。例え他の神の祝福を受けていようと母が望むなら我らも森の一員として受入れよう。だがその小僧はどうだい?まだ人として認められてもいないじゃないか。ならそれは狩人どころか温情を加えている見習いですらない。この森にとって言わば異物だ。ならば我らはそれを排除しなくてはならない。」


大狼は大きな口を歪ませニヤついている。完全な屁理屈だった。人と同じ土俵に着くつもりもないのに、人の理で話している。だがダルクは冷静さを失い、それに気付かない。若き狩人は完全に大狼に遊ばれていた。そんな中、マルクが限界に達する。痛みは引かないし、唯一の大人は難しい話をして自分に構っていられない。そんな状況で6歳児にしてはむしろよく我慢した。


「ゔっ、ゔっ、ゔぇぇぇぇぇ!」


いきなり泣き出す子供に驚いて人も獣も固まった。一人、いや一頭だけ驚きもせず、マルクに近づいていく。


「うるさい!いきなり何泣いてるのよ!男だったら我慢しなさい!」


「ゔぅ、痛い…痛いよぉ…」


「もう!仕方ないわね!リリィが治してあげるからこちらに向きなさい!」


マルクがリリィの方を向く。マルクは額から血を出していた。傷は浅いようだが切ったところが悪かったようで、鮮やかな赤が目元まで垂れている。小狼は何をするかと思えばマルクの額を鮮血ごと舐める。傷に暖かい舌が当たった瞬間、辺りの草木がざわつき輝き出した。何度も何度もリリィがマルクを舐め、気がつくと傷が優しい光に包まれて消えていった。


「ほら!治ったわよ!泣き止みなさい!」


「うっ、でも肘も膝も痛い!」


「それは我慢しなさい!そこは血も出てないんだから!さぁ、リリィに言うことがあるでしょ!ほら!」


有無を言わせず、リリィはマルクに詰め寄る。マルクの足に前足をかけ、その姿はまるで愛玩犬がお手をしたご褒美をご主人様におねだりしているかのようだ。


「あっ、ありがとう」


マルクがそう言うと小さく綺麗な白尾が勢いよく揺れた。その様子を見ていた大狼は呆れたようにため息をつき、伏せて地に顎を付けた。


「はぁ、折角ダンの息子で遊んでいたのに興がさめたではないか。」


それを聞いてダルクが噛み付いた。


「どういう意味だ!?」


「どういう意味もこういう意味もない。若い狩人がいるから虐めてやろうとしただけじゃないか。大体、人間は筋張っていて美味しくないのだ。間食にすらならないようなモノを我らが食すわけがないだろう。それをお前は…子供を取られたからと焦りおって。どうせダンならばどうやって乗り切るかなんてことを考えていたのだろう。」


ダルクは言い返してやろうとしたが、言葉に詰まる。


「交渉などというものは自分の理を相手に押し付けた者が主を握るのだ。これは人間の得意分野のはずであろう。」


大狼がクドクドと説教を始めた。その様子を見て見習いたちは地面にへたり込んだ。自分たちの命は助かったのだと。そんなことを他所にリリィはマルクの周りを走り回っている。


「貴方、随分と美味しそうな匂いがするのね!血もなんだか甘くて、森に住むどんな生き物より美味しい血だったわ!貴方の私の下僕になりなさい!そして私のお菓子になりなさい!」


「いっ、嫌だよ。食べようとしないでよ。お腹空いてるならこの木の実をあげるから。」


マルクは腰袋から木の実を差し出す。リリィはその実をじっと見つめる。


「あなた、この実どうしたの?これ神木の実じゃない。」


「そんなわけないよ。これ、うちに生えてる木の実だもん。」


リリィはギョッとしてマルクに耳打ちする。


「それが本当ならあなたの家族はとんでもないことをしたわね。神をも恐れぬ行為よ。神木の実を勝手に森から持ち出して育ててるなんて母様が知ったら凄くお怒りになるわよ。母様が怒ったら凄く怖いわよぉ。貴方や貴方の家族なんて怒りに身を任せて飲み込んじゃうかもね。」


リリィは小さな口を歪ませる。母親にそっくりなニヤケ面だ。


「お母様には内緒にしといてあげる。だから今日からあなたはリリィの下僕よ!これは決定事項よ!それにこの木の実も全部貰うわ!いいわね?」


マルクはこのときリリィの下僕という名誉ある称号を手に入れた。

前の話の最後の救世主云々は余計だったかもしれません。

とりあえずリリィの行動が話の平行線を崩し、波乱が終わったということで許してください。



誤字脱字や読みにくい等あれば教えてください

良ければ感想もお願いします。

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