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 ウォォォォォォォォォォン


一つの遠吠えが響き、マルクたちのいる広場に緊張が走る。


「全員!こちらに来い!今すぐだ!」


ダルクが怒声をあげる!マルクが見上げると、そこには先ほどまで爽やかな笑顔を振りまいていた青年と同じ人物とは思えぬほどの緊張した面持ちの狩人がいた。狩人見習いたちが全速力でこちらに走ってきた。


「よし、全員いるな?全員ナイフを抜いて、円になれ。年長が外、子供は中だ。急げ。」


ダルクは見習いたちに円陣を組むように指示を出す。全員腰につけていたナイフを抜いて外側に円の外側に意識を向ける。手ぶらのマルクは兄弟子たちに押し込まれ、円の中心にいた。


「どうしたんですか!?何があったんですか!?」


マルクが兄弟子たちの壁を押しのけて外の様子を見ようとする。


「おい、少し黙ってろ。俺たちが絶対守ってやるから。」


すぐそばに居た赤髪の少年がマルクを黙らせようとする。マルクの村の狩人たちには古くから伝わる風習がある。


"狩りを共にする者たちは一つの家族である。父は子に技を伝えなければならない。子は父を超えなくてはならない。兄は弟をまもらなければならない。弟は兄を敬わなければならない。狩りを共にする者は互いに助け合わねばならない。"


と。外にいる者は中にいる弟たちを。中にいる弟たちは更に中にいる弟たちを。自分の弟たちを守る為、見習いたちは恐怖で震える身を抑え、逃げ出したくなる気持ちをねじ伏せ、兄としての誇りを保つため周りを警戒しているのだ。


 そんな中、森の奥側を見張っていた兄弟子が声をあげる。


「ダルク兄!何か動いた!こっちに来る!」


ダルクがその声にすぐさま反応する。急いで声の方向に駆け寄る。


「どこだ!?」


ダルクの問いに見習いは指差しで答える。マルクが壁の隙間から微かに見える兄弟子の指差す方向を見ると、一頭の狼が現れた。1メートルほどの背丈のある大きな狼だった。それがじっとこちらを見ている。


「お前たち、神木の方に移動する。ゆっくりとだ。警戒を怠るな。行くぞ。」


狩人の円陣はゆっくりと神木に向かって移動する。その様子を狼はただ立ち止まって見ていた。集団が神木の前に到着する。そこでマルクは神木の前に小さな祠があることに気がついた。


(神木が大き過ぎて祠があることに全く気がつかなかった。)


そんなことに気を取られていると狼が動き出した。まるで品定めをするかのように、探し物を探すかのように、ゆっくりと狩人たちの前を右に左にと移動する。その間も狼はこちらから目を話すことはなかった。ダルクはナイフを逆手で持ち、肩に掛けていた弓を引き狼に狙いを定めた。狼はそんなダルクを気にも止めず近づいてくる。狼があと5メートルと言うところまで近づいたところでダルクが"それ以上近づくな"と言わんばかりに弓を射る。ヒュッと言う音が鳴ると、矢が狼の数歩前に刺さった。すぐさま次の矢を構える。


『矮小な人間が我ら神の子らに牙を向けるか。』


突然森全体から声がした。その声だけで分かる。この声の主の存在感が。そしてその声の主がそこにいる人間たちを歯牙にも掛けない、そこいらに落ちている小石となんら変わらないと考えていることが。


「ダル兄、また出てきた!何頭もいる!」


見習いの一人がダルクに叫ぶ。一頭目と同じぐらいの大きさの狼が10頭近く森から出て来る。


「森の眷属よ、我ら森の(・・)狩人に何用か!」


ダルクは自分たちが森近くの村に住む狩人であることを強調して狼たちに問いかける。


『小さき者よ、それはこちらのセリフだ。風に乗って母の匂いがするからとこちらに来てみれば、随分と美味しそうな匂いがする者も連れて来ているじゃないか。他の神が味見をした様子もなく、幼く実に柔らかそうな匂いだ。それは我らへの贄か?』


ダルクは思わずマルクを横目で見た。マルクと目が合うとダルクはすぐに狼たちに視線を戻した。しかし声の主はダルクの視線を見逃さなかった。


『そうかい。それが匂いの元かい。さぁ、それをこちらにお寄越し。そうすれば我らと汝らの友好的な付き合いは変わらず保たれるであろう。』


森の声が響いた。すると森の中から今まで見ていた狼など比べ物にならないぐらいの大きな狼が現れた。背丈はダルクをゆうに超え3メートルはあるだろう。大きな口から覗かせる牙はマルクの頭など簡単に砕いてしまいそうなほど靭く鋭い。しかし大きな体躯、獰猛そうな顔以上に目を引くのはその巨体を包む白銀に輝く毛皮だった。その美しさは神が化けて出て来たのではないかと思うほどだ。狼は神木と同じようにキラキラと光っており、神々しさと大きな威圧感を放っている。見習いたちは直感的にこの大狼が声の主だと分かった。


「この地の守護を神から直々に任された聖獣がそんな食い意地を張って良いのか。」


ダルクが大狼の余りの上から目線に苛立ちを見せながら、軽口を言う。すると狼たちが騒ぎ出す。


「長に対してなんと言う口の聞き方!」


「やはり所詮は下賎な人間!」


「我らが母のみならず、どの神にも尾を振る卑しい奴らめ!」


「とっとと贄を渡せ!」


狼たちが自分たちが起こした騒ぎに興奮してヴゥゥゥと唸り出す。


「お辞め、お前たち。この狩人は仮にもこの森に、そして何より母に認められた存在だ。古の約定により我らと同等に扱わなくてはならない。だが、お前の後ろの小僧どもはどうだろうねぇ。」


大狼が狩人見習いを見つめる。


「この者たちもいずれ約定に名を記す者たちだ。我らと同様に扱って貰おう。」


ダルクが大狼の視線に割って入る。大狼が狩人に視線を戻す。


「それは約定に含まれぬ。我らが対等に扱うのは約定に名を記した者のみ。それに他の神の匂いが染み付いて臭いのなんの。そんな者たちが今までこの森に入ることを許しているのは我らの温情であることを忘れてもらっては困る。本来ならば食い殺しても文句はないはずだよ。」


「だからこうして本来ならばお前たちが出てこない木々の花咲く春にしか見習いを入れてないではないか。お前たちがこの時期にこんなところにいる方がイレギュラーなのだぞ。」


「小賢しい言い訳を。ここは我らが守護する森だ。我らがいつ出歩こうが我らの勝手であろう。今回は他の神の匂いが付いた者はたちは許してやろう。だがお前たちが大事そうに隠しているその子供は別だ。他の神が手をつけていない若い子供なんて滅多に見れないんだ。さぁ、その子をお寄越し。」


この森に住む狼たちと村の狩人には大昔に交わした契約があった。それは村の狩人たちは森に不用意に近づく強欲な存在から人社会に疎い森の守護狼たちを守ること。その見返りとして森での狩猟が認められること。これは森の神ウォルドが橋渡しをした契りだった。だからこそ森の神を母とする狼たちにとっても、森の神を信仰する村人にとっても(たが)うことの出来るようなものではなかった。狼たちは母の名と自らの誇りに掛けて狩人たちには手を出さなかった。そして約定にいずれ名を記すであろう見習いにも目溢ししていた。


 今回狼たちが問題にしているのはマルクはどうだろうか。マルクはまだ洗礼式を受けていない。この世界において洗礼を受けているのとそうでないのでは天と地に差があった。洗礼を受けていないということはこの世界において生まれたばかりの赤子と同然であった。この世界では神から洗礼と祝福を受けて初めてその存在が認知される。人の社会においては教会の洗礼式を受けて初めて籍を持ち、人として扱われるのである。教会の洗礼式では太陽と月を司る光の最上神と闇の最上神の祝福が与えられる。そのことを狼たちは狩人との長きに渡る付き合いによって学習していた。


「それは出来ない相談だぞ、狼ども。このマルクもあと数日で洗礼を受ける。人として認められ、狩人の見習いになることも自らの意思で決めている。」


「だがまだそうなっていない。」


ダルクと大狼の話は平行線を辿る。その時、救世主が現れる。

毎日PV数をチェックして、少しは読んでもらえていると嬉しくなっている作者です。

誤字脱字や読みにくい等あれば教えてください

まだ過去編続きます。よろしくお願いします。

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