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 ナイフで木の枝を削っている黒髮の少年が森の中で1人切り株に座っていた。時折吹く風が前髪をゆらゆらと揺らし美しい若葉色の瞳を覗かせる。少年は自分の大好きだった魔法使いの物語を思い出していた。


「魔法かぁ…」


 少年マルクは思わずため息をついた。マルクは子供の頃、と言ってもまだマルクは8歳なのだが…とにかくマルクは6歳になるまで自分は魔法使いになれると思っていた。いつか自分も物語に出てくる青い魔法使いのように世界中を旅しながら困った人を魔法で助けたいと夢見ていたのだ。マルクは夢が破れた時のことを思い出す。




 6歳になり初めての春を迎えたある日、マルクは父であるノイルから大事な話があるから椅子に座るように言われた。ノイルはマルクに近づいて目線を合わせるように膝をついた。


「マルク、あと1週間で洗礼式だな。本当におめでとう。それでだな、洗礼式を終えたらマルクにも狩り仕事の手伝いをしてもらおうと思ってるんだ。」


ノイルは大きなゴツゴツした両手で息子の小さな手を握った。それに対してマルクは素直に自分の夢を語った。


「お父さん、前から言ってるけど僕は魔法使いになりたいんだ。だからお父さんの仕事の手伝いは出来ないよ。僕は洗礼式が終わったら魔法使いの先生に弟子入りするんだから。」


ノイルは申し訳なさそうな顔をしてマルクを見ていた。その時のノイルの顔をマルクはこの先ずっと忘れないだろう。何せ、いつも陽気で笑顔が絶えない父が初めての見せた顔だった。今から子供の夢を壊さなくてはならなくてもどかしさが満ち溢れた表情と、現実を突きつけなくて仕事をさせなくてはならないと強くあろうとする大黒柱としての表情が混ざって何とも言えない顔だった。


「マルク…あのな、マルク…魔法使いってな、居ないんだ。」


幼いマルクはこの言葉の意味を正しく理解できなかった。


「そうだね、確かに村には居ないよね。でも洗礼式で行く大きな街ならきっと魔法使いもいると思うんだ。」


マルクの村は200人程度の小さな村だ。村の働き盛りの殆どは狩りを生業としている。村に魔法使いを職にしている者はいなかった。マルクにとってその事実は"ただそれだけ"だっだ。何も悲観する必要はない。大人たちの会話の中に時々隣街の話が出てきていた。どうやら大きな街で洗礼式は行われるらしい。もっと大きな街ならば魔法使いは居るだろう。いや大きな街なのだ、居るに違いない。そんな思いからマルクはノイルの居ないという言葉を"村には居ない"と捉えた。


「あっ…いや、マルク…そうじゃないんだ。隣街にも居ない。それどころかこの国にも居ない。もちろん他国の人間や他の種族にも居ない。そもそも魔法なんて無いんだ、この世には。」


幼いマルクには理解できなかった。いつも母が読み聞かせてくれる物語には魔法使いが居て、魔法があった。幼いながらもこの世界は広く自分の見たことのない、行ったことのない場所が広がっている事だけは感じていていた。そういう世界に魔法使いは居て、そこに行けば弟子入り出来ると思っていた。それが隣街であるところが世界の広さを正しく理解できていない証拠ではあるのだが。とにかく自分の思い描いた世界と夢を否定する言葉をマルクには理解することができなかった。そんな様子を見ていたノイルは言葉を続けた。


「ただな魔法みたいな物はいくつかあるらしいんだ。魔術って言われている物や精霊術という物もあるらしい。それにもっと身近な物だと今度の洗礼式でお前が受けることになる神の祝福も見方によっては魔法と呼べるかもしれない。」


ノイルは魔法を摩訶不思議な力と捉えていたようで、それらを挙げていった。マルクにはそれらがとても汚い物に見えた。自分の大好きな魔法を汚す物、子供ながらに神聖視していた尊い物を冒涜する物に感じたのだ。そんな子供特有の自分の領域を侵す者への拒絶感を感じた。マルクが黙っているとノイルは更に続けた。


「精霊術ってやつはよく分からないんだがな、魔術ってやつや神の祝福ってのは学校や教会に行けば学べるらしいんだ。ただな…」


ノイルは言葉を詰まらせた。少しの間、沈黙が流れた。


「…ただな、それには沢山お金が必要でな…うちの稼ぎじゃとてもじゃないが行かせてやることが出来ないんだ。」


ノイルが思わず息子から目をそらした。 父親として息子の夢の代替案すら叶えられない不甲斐なさに耐えきれなくなったのだろう。しかしマルクはと言うと魔法が存在しないと言う言葉を未だ理解出来ないでいた。


(魔法って無いの?でも魔法使い…えっ、えっ?魔術って何?そんなのいらない。欲しいのは魔法だけ。僕は魔法使いになりたいんだ。)


マルクは混乱した。どんなに考えても魔法が無い、魔法使いが居ないと言うことを受け入れられない。有って当然だと思っていた物が実は存在せず、いるに違いないと思っていた人が物語だけの存在だったことを受け容れられるほど6歳のマルクが成熟しているわけがなかった。マルクはその日高熱を出して寝込んだ。




 マルクは目を覚ました。体が非常にダルい。それに喉も渇いた。体はベトベトで気持ち悪いし、ベットも枕もグショグショだ。周りを見渡すが誰もいない。窓から差し込むお日様の光を見るにすでにお昼を過ぎているようだ。


「起きなきゃ」


マルクが体起こそうとすると、ギィと音を鳴らしながら台所に続く扉が開く。扉からウェーブのかかった黒髮が現れた。


「マルク、目が覚めたの!?お母さん!マルクが目を覚ましたよ!」


姉のノーラが母親に声をかけてこちらに近づいてくる。


「マルク、心配したのよ。昨夜はいきなり寝込むし、夜中はずっとうなされているし。」


ノーラの緑青色の瞳が涙で潤んでいる。よほどマルクを心配していたのだろう。


「もう大丈夫なの?本当に本当に心配したんだからね!」


マルクは思わず笑ってしまう。いつもは4歳年上だからとお姉さん振るノーラが涙を浮かべているのが何となく面白かった。


「そうだ、ノーラ。魔法使いっていないんだって…知ってた?」


「あっ、お父さんから聞いたんだ…ごめん、私知ってた。」


「そうなんだ。ノーラはいつ知ったの?」


「私はマルクより1つ小さい時だったのかな。私は魔法使いになりたいわけでも、魔法に強い憧れがあるわけでもなかったけど、やっぱりショックだったよ。私もそれなりに魔法使いの物語は好きだったしね。」


(そうか、ノーラは僕より小さい時に知ったんだ。)


「まぁ魔法は無くったてさ、魔術とか神の祝福とかそういうのはあるんだよ。私も自分の洗礼式のとき見たけど、魔法と勘違いしちゃったよ。それぐらい凄かったんだ。マルクも洗礼式、楽しみにしときな。感動するよ、きっと。」


マルクは目を拭ってニカッと笑った。マルクは魔法の紛い物に少しモヤモヤっとしたが、一晩寝たら大分落ち着いていることが自分でも分かった。


「うん、楽しみにしてる。心配かけてごめんね。」


「その意気その意気!それじゃ、私はお母さんの手伝いしてくるから。」


そう言ってノーラは部屋を出て行った。と思ったら扉から頭だけ出して


「お父さん、すごい気にしてたからさ。帰ってきたら元気な顔見せてあげてね。」


と言って引っ込んでいった。マルクは昨夜の父の顔を思い出した。何とも酷い顔だった。父にそんな顔させたことに幼いマルクは罪悪感を覚えた。


コンコン


扉をノックする音が聞こえた。恐らく母だろう。


「マルク、起きたんだって?もう熱は下がった?」


トレーを持った母マリアが入ってきた。マリアはナイトテーブルにトレーを置いてマルクの額に手を当てた。


「熱は引いたわね。お腹は空いてる?一応ご飯作ってきたんだけど。」


マリアの持ってきたオートミールの甘い香りがマルクの食欲を刺激した。


「お腹は空いてきたかな。でもその前に体を拭きたいかも。」


マルクはベトベトの体をどうにかしたかったため、マリアにタオルを要求した。


「そう、それは良かったわ。ならオートミールは後で食べましょう。タオルを持ってくるわね。」


トレーを持ってタオルを取りに行ったマリアはすぐに戻ってきた。素早くマルクの服を脱がせて体を拭き始めた。暖かく湿ったタオルが気持ちよくマルクは生き返った気分になる。


「母さん、魔法使いっていないだって。」


マルクは母親に話しかけた。母は何も答えない。背中を拭くため背後に回っているため、表情を読むことも出来なかった。マルクは言葉を続けた。


「それに魔法もないんだって。でもさ父さんやノーラが言ってたんだけど魔術ってのがあるんだって。後で神の祝福ってのも。よくさ分かんないんだけど魔法みたいなんだって。しかも勉強したら使えるようになるらしいよ。」


マルクの言葉にマリアが反応した。


「お父さん、一生懸命調べたのよ。村長に話を聞きに言ったり、村に来る行商人に聞いてみたり、隣街に行くような村の用事を買って出て街で聴き込みしてみたり。それはもう自分の将来かってくらい真剣に調べたのよ。」


マリアの手は少し震えていた。


「ほら貴方って本当に小さな頃から魔法使いになりたがってたじゃない?普通男の子って勇者様に憧れるものなのよ?でも貴方は魔法使いに夢中で。」


マリアは少し笑うように話している。手はまだ震えたままだったが。


「周りを見ても勇者や騎士になりたいという子は居ても魔法使いになりたいって子は貴方しか居なかったのよ。私たちの年代の子もノーラの年代の時も。村長も今までそんなこと言った子は初めてだって言ってたのよ?誰も魔法使いの知り合いも居ないし、なり方も分かんなかったの。お父さんが街に行って調べてくれて分かったんだけど魔法使いって勇者様の物語に出て来る魔術使いや神官のお話が間違って伝わった話なんですって。」


マリアがマルクを抱きしめた。


「ごめんなさい、マルク。貴方の夢の手伝いも出来ない情けない親で。ごめんなさい、こんな小さいのに夢を見させてあげられなくて。」


マルクには母親の顔を見ることは出来なかったが、気丈な母親が泣いていることだけは分かった。自分の夢が母親を泣かせてしまったのだの思うと、胸が締め付けられチクチクと痛みを感じた。


このときマルクは魔法使いになることを諦めた。

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