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マルクがウサギの捌いた後の後始末を終えたころにはすでに太陽が天辺を過ぎていた。もう間もなく狩りに散った大人たちが広場に戻ってくるころだ。見習いたちの本当の仕事がやってくる。マルクにはまだ大人たちが獲ってくる大物たちを捌くだけの力も知識もない。だからもっぱら次から次へと作られる肉の塊を丁寧に水で洗い、燻製を担当している兄弟子に渡したり笹の葉に包んだりするのだ。単純作業なのだが大人たちが狩ってくる獲物の数によってはデスマーチになりかねない。
「よし!気合い入れなきゃ。」
マルクはそう言うと頬をパァァァンと鳴らし自分に喝を入れる。ジーンと痺れる頬の感覚とともに右手をグーパーさせてそこに残る感覚を確かめる。
(僕が殺すわけではないけど、しっかり感謝を込めてやろう。)
今までのような何となくではなく、正しくその必要性を理解して作業の準備をする。マルクの隣に座っていたリリィがマルクに向かって"少し離れるわ"と言って歩き出した。
「どこか行くの?」
「今日はもうあなたの御守をする必要はないでしょう?少し母様のところに行ってくるわ。」
リリィは時々マルクから離れて行動する。何やら定期的な報告と守護狼としての心得を教えてもらうため大狼も元へ訪れているらしいのだ。実際のところは報告1:心得の指導1:日頃溜まった愚痴2:母に甘えたい6と言ったところだろう。日頃大人ぶっているリリィだがまだ子供なのだ。実年齢の問題ではなく精神面の問題だ。ちなみにマルクが依然リリィの歳を聞いたとき、左手に思いっきり噛まれて血を吹いた。母と姉によると"レディに歳を聞くのはマナー違反よ"と注意された。ウォルマトが1000年近く生きているらしいのでそれ以下だということは分かっているが、ただの狼ではないリリィがどの程度の速度で成長していくのか分からないため歳のまともに推測が立たないのだ。マルクは数少ない情報から"人間で言うなら僕と同世代か少し上ぐらいの女の子だろう"と考えていた。
「今、私のことを子供だと思ったでしょ?いつも言ってるけど、レディを子供扱いすると痛い目に合うわよ!」
「いいえ、そんなこと考えてません!」
「そう、まぁいいわ。あとで木の実一つ追加ね。」
考えていることがリリィにダダ漏れだったようだ。不用意な考えのせいで貴重なストックが減ってしまった。"いってらっしゃい"と少年を小狼を見送る。小狼は森の奥へと姿を消していった。
ほどなくして大人たちが帰ってきた。大人たちの顔からして可もなく不可もなくと言ったところだろうか。マルクが獲物の数を数えるとシカ数頭にイノシシが1頭だった。マルクは思った。
(特別少ないわけじゃないけど、多いわけでもないな。これならそこまで大変な量じゃないから何とかなるや。)
自分の仕事量を予想する。"そういえば父さんはどこだろう"と大人たちの中から父親を捜す。そんな様子の息子に気が付いたノイルがこちらに小さく手を振った。マルクは手を振り返して自分の持ち場に着く。目の前にある綺麗な冷水が入った水瓶、大量の笹の葉を確認する。"そういえば今日の獲物の処理はどういう配分なんだろうか"とルドルフに聞こうと赤毛頭を探す。
「マルク、誰を探してるんだ?俺か?」
「よくわかったね、ルド兄さん。今日の処理の配分を聞こうと思って。」
「まぁ、かわいい弟だからな。弟が自分を探していることぐらい気付かないと兄とは言えないだろう?…今日の配分だったな。今日はそこまで獲物が多いわけじゃないから、シカ1頭だけ燻製ってところじゃないか?あとはそのままだろう。別の兄さんたちで燻製の準備はもう終わってるし、今日は初めから一緒に肉洗いをしよう。」
今日は赤毛の少年と一緒だ。"今日は早く帰れそうだな"とマルクは思うのであった。ルドルフの視線がいろいろな方向に向かうのを見てマルクはルドルフも誰かを探していたことに気付く。
「兄さん、誰か探してるの?」
ルドルフは弟の声に視線を止め、マルクを見る。
「いや、探してるわけじゃない。ただリリィの姿が見えないなと思ってな。どこか行ったのか?」
「もう今日の僕の御守は終わったって言ってウォルマト様のところに行ったよ。」
赤毛の少年は"そうか"と言って笑った。二人の会話が終わると周りの見習いたちが動き出す。獲物を捌く者、火の番をする者、そしてマルクたち肉洗いに分かれてそれぞれ作業を始める。大人たちは狩りに使った道具を手入れしたり片づけだした。
しばらくすると次々と肉の塊がマルクの元に運ばれだした。マルクとルドルフは運ばれた塊を丁寧に冷水で洗っていく。マルクが黙々と作業を行っているとルドルフが話しかける。
「なぁ、マルク。もう何度聞いたが分からないが、もう一度教えてくれないか?なんでリリィはお前と一緒に居るようになったんだ?しかも森の守護者として一番大事な仕事のはずの神木の守護までほったらかして。」
ルドルフはマルクが始めて狩り仕事に参加して以来、リリィがマルクのそばにいるのが気になって仕方ないようだった。森の狩人たちにとってこの森を守る守護狼たちは自分たちの狩場を守ってくれる友ではあったが、気軽に話し合うような仲ではなかった。狩人の中には彼らを神聖視する者たちがいる。ルドルフはそんな彼らの一人だった。そのためリリィの行動が気になって仕方ないのだろう。だが"自分の庭にある神木の若木を守ることが今のリリィの仕事である"などとマルクに話せるはずがなく、必然的にリリィがマルクと一緒にいる理由も話せないのである。尊敬する兄に秘密ごとをすることは心苦しかったが、これは家族や大狼から硬く言いつけらているためマルクにはどうしようもなかった。
「兄さん、何度も言ったけど僕にもよく分からないんだ。リリィは盟約者に連なる者である僕に一族の長の娘である自分が傷つけてしまったことが長の逆鱗に触れたんだって言ってたけど。だから守護狼としての任を解かれて僕の守護を命じられたって。」
「うぅん、やっぱり納得できないな…。だってマルクを怪我させたと言ってもそれはリリィ自身が傷を癒したんだろ?ならリリィが許されてもいいんじゃないか?」
マルクは事前に家族と話していた嘘をルドルフに答える。何度も彼に語った内容だ。聞かれて答える度にルドルフの追及は鋭くなっている。マルクが誤魔化しきれなくなるのは時間の問題だった。そこに助け舟がやってくた。
「マルク!どうだ?仕事は順調か?」
ノイルである。マルクは"これで少しは追及から逃れられる"と少しホッとした。
「父さん!良かっ…うん!仕事は順調さ!ルド兄さんも手伝ってくれてるしね!」
「そうか!なら父さんも手伝ってやろう!そしたらもっと仕事が捗るぞ!構わないな、ルド?」
ルドルフは渋々顔で"もちろんですよ、ノイルさん"と言った。それからは3人で肉の処理にあたった。ベテランの狩人が手伝うことで大人数で行っている獲物の解体よりたった3人の肉の洗浄の方が進捗が早い。ベテラン狩人の指導の元で見習い二人は今までにない完璧な仕事を行った。
「マルク、そこは注意して洗え!そこをちゃんと洗わないと腹を壊す!イノシシは寄生虫がウヨウヨいるぞ!」
「ルド、いいぞ!お前はやっぱり筋がいいな。ただあいつらに言われた通りにその肉を燻製してもおいしくないぞ。そこは鮮度がいいときに焼いて食うのが旨いんだ。笹の葉で巻いておけ。」
「いいか2人とも。肉の処理をするならどこがどんな方法で食うのが旨いかをよく覚えておくんだ。それさえ覚えておけば、獲物を捌くときに役に立つし、更には狩りをするときにどこを狙えば良いかも分かってくる。」
「良い狩人の条件の一つを良く覚えておけ。良い狩人は良い肉屋でもある。どれだけ肉の美味しい食べ方を知っているかが一流と二流を分けるんだ。お前達が今やっている仕事はそれを学ぶ場でもある。ただやるんじゃなくて、考えてやるんだ。如何に命の一片も無駄にせず、彼らに敬意を払うことが出来るか。それが一流の絶対条件だ。」
マルクとルドルフはノイルから教えを受けるごとに笑顔は消え、真剣に仕事に取り組んだ。それを狩人の長であるダンはにこやかに見ていた。
リリィは一体何歳なんでしょうかね?(鼻くそホジー)
随分と子供っぽいところがあるので精神年齢通りの子供なんでしょうか(すっとぼけー)
誤字脱字や読みにくい等あれば教えてください
まだ過去編続きます。よろしくお願いします。




