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過去編を終わらせるんじゃなかったのかって?
あれは嘘だ。
いや終わらせようとは思ったんです。
でも頭の中で勝手にキャラが喋り出して終わりませんでした。
まだ続きます、ごめんなさい。
「えっ?どういう意味ですか?」
マルクは開ききった口を閉じて大狼に聞いた。大狼はマルクの顔を見て満足そうにしている。この大狼は人を驚かせたり、からかったりするのが好きなようだ。最初の印象からすると考えられないが案外人間が好きなのかもしれない。
「驚いたかい?驚いただろう?この話はリリィにも暫く秘密にしてたんだけど、バラした時のリリィの顔ったら面白いのなんのって。」
大狼は自分の娘の間抜け面を思い出してゲラゲラ笑い出した。リリィは慌てて大狼に詰め寄る。
「母様!今はその話はいいでしょう!?マルクも何こっち見てるのよ!噛み付くわよ!?」
マルクはリリィの顔を見て思った。"実のお母さんにこんなに笑われる顔ってどんな顔なんだろう"と。
「そういえば、大狼様。」
「私のことはウォルマトでいいよ、小さいマルク」
「ウォルマト様、魔法使いの物語に出てくる祠があるということは、魔法使いはやっぱりいるんですか?」
マルクは当然の疑問を投げかけた。物語に出てくる祠があるということはやはり魔法使いの存在の有無も気になる。大狼、もといウォルマトは"様は付けなくても良いんだがねぇ"と頭を傾げて、魔法使いの存在について語った。
「それは分からない。少なくも私が生きてきたこの1000年近くでは魔法使いだけじゃなく、それを名乗ったり騙ったりする者すら出会ったことがない。この広い世界では魔法使いという言葉自体、あまり知られた言葉ではないようだね。人間の間では魔術士や神官の話が間違って伝わったというのが有力な説なようだけどね。」
帰って来た言葉は"居ない"ではなかった。だが1000年も生きる古き狼が出会ったことがないのは、マルクにとっては居ないと改めて言われた気がした。
「だがまぁ、我が娘が言うには高々1000年程度出会ったことがないからと言ってそれが存在しないことの証明にはならないらしいよ。でも確かにその通りだね。母が悪しき者にこの祠に封印されたのは私が母に産み落とされる遥か昔のことだ。その間に魔法使いが実在した可能性は有る。それにこの世界はとても広いんだ。どこかに魔法使いがいてもおかしくはないね。」
この大狼は随分と柔軟な思考を持つようだ。1000年という長い時の中を生きていながら、幼い娘の荒唐無稽な戯言を受け入れその可能性を否定さしないのだから。
「ウォルマト様。あの小さな祠が物語に出てきた祠だと言うのは本当ですか?」
「本当だよ。まぁ、私が母から聞いた話には魔法使いや悪魔なんてのは出てこなかったがね。」
大狼は語った。
神木がまだ幼かった頃、その幼木の世話をするため森の神がこの森に住み込んでいた。そのためかこの森には祝福の光が満ち溢れていた。その光は多くの森の恵みを生み出し、多くの動物が集まった。ある日、森の近くに住む人間がその存在に気が付いた。人間たちは森の恵みをもたらす神に感謝し、信仰を捧げた。そして最も神が可愛がっていた幼木の近くに神の仮住まいとして小さな祠を建てたのだった。
神がその祠に住み着き、いく年の月日が経った頃。そして神木の幼木も少しは大きくなり、もうそろそろ人の手が離れてもすくすくと伸びていくであろうと思われた頃。太陽や祝福の光で明るかった森が急に闇に覆われた。すると神は急激な虚脱感に襲われた。
"よくぞこの地にこれだけの森を築き上げた。森や貴様に守られていた神木がついには自らを守るだけの力を得たのだ。最早、貴様の力は必要ない。この地を、この森を、そしてその若木を貰いうけよう。"
気が付けば森の神は一切の光が届かない暗闇の中に閉じ込められていた。神はその暗闇から出るため、自分の中にあるあらとあらゆる力をふるった。暗闇は壁や天井というものがまるで無いかように力を飲み込んでいった。まさに暖簾に腕押し、ヌカに釘であった。なす術を無くした神は小さく可愛い我が子に、そして自分を敬う人間に危害が及ばぬよう祈るしか無かったのであった。
神が暗闇に閉ざされてから何日経っただろうか。元々、神々はその不老ゆえに時間の感覚が鈍い。それに付け加え、闇の中に一人でいる森の神には一切の情報が入ってこない。森にいる我が子は無事だろうか。酷いことはされていないだろうか。そんなことをひたすら考えていたとき、天が裂け一人の神の元に光が差し込んだ。森の神はすぐさま神としての力を解放し、天の亀裂をこじ開ける。神が暗闇に出るとそこは自分の仮住まいだった。すぐさま可愛い若木の無事を確認する。傷はない。少し邪気に当てられたのだろうか、葉に元気が無いがこの程度なら神木自身の力で直ぐに元に戻る。"よかった、この子は無事だ"と森の神は安堵した。
女神が辺りを見渡すと祠の前に一人の男が立っていた。男の容姿は女神が同族と見間違うほど美しく、女だと言われても何ら抵抗なく受け入れてしまいそうだった。男の前には割れた壺が落ちている。女神はこの男が自分を闇から助け出したのだと気付いた。
「人間よ、私を闇から出してくれたこと感謝します。何か褒美を授けましょう。何が良いですか。」
「ならば貴方様の祝福を。」
神の言葉に男は端的に答えた。森の神は"そんなことであれば"と即座に男に祝福を与える。
「森の神として貴方に最大限の感謝の祝福を。そして貴方の魂に連なる者へ溢れる森の恩寵を。我ら森の一族はこの恩を忘れません。貴方の魂と心に森の安らぎがあらんことを。」
女神は自分の指にキスすると優しく丁寧に男に向かって息を吹く。男に優しく心地よい風が吹く。男が目を閉じるとの周りがキラキラと輝く。
「貴方様の祝福に感謝する。」
美丈夫はそう言って森から去っていった。
"これが母から聞いた話だよ"と大狼は言った。
「その男の人は魔法使いじゃないんですか?そこまで物語と一緒ならもしかしたら…」
「それは私には分からないよ。母の話は私が産まれる遥か昔の話だ。私がその場にいたわけじゃない。それに母もその男が助けてくれたことが状況から分かっただけで、男の戦う姿を見たわけじゃないんだ。だからその男が魔法使いかどうかは誰にも分からないんだよ。それこそ私の母にもね。」
「そうですか…。それにしても神様って昔は随分と身近な存在だったんですね。」
マルクは大狼の話からそう感じた。大狼はそれを否定する。
「いや、今ほどではないが昔も神に会うなんてことは滅多なことではなかった。ただ神木の世話をするという特別な事情があったことと、私の母は他の神に比べて特殊だったことが理由だろう。何というか…私の母は変わってるんだよ。」
大狼は苦笑いを浮かべた。
「さて、狩人のひよっこで十分に遊んだし、まだ他の神の匂いが付いていないなんて珍しい子供にも会えた。そろそろ帰るかねぇ。さぁ、小さいマルク。傷薬を返そう。リリィ、お前が持っていた神木の実はもうしばらく預かるよ。"たまに一人でここに来てコソコソと何をしているのか"と"この実を私に隠して何をしようとしていたか"じっくりと教えておくれ。」
ウォルマトは"この食いしん坊が"と呆れ顔で自分の娘を見た。リリィは自分の日頃の行いがバレていたことが分かりガックリと項垂れた。マルクはその様子を見ながら傷薬が入った薬をベルトにつけた。
「それじゃ、マルク。また会おう。私はお前が気に入った。またすぐに会うことになるよ。」
大狼は再会を予見する。マルクはそれに対してお辞儀で答えた。狼たちは森の中に次々と入っていき姿が見えなくなった。
マルクが周りを見ると、真っ白に燃え尽きたダルクが四つん這いになっていた。兄弟子たちも緊張が解けてドッと疲れが襲って来たのだろう、地面にへたり込んでいた。
誤字脱字や読みにくい等あれば教えてください
よろしくお願いします。




