用ノある場所
今回視点を変えています。
アカリからみたタクマの反応の印象と託満自身の心は違うという事ですね
コンコンと扉をノックする。
しかし、部屋の主はそれに気付かず、惰眠を貪っている。
居候の身で有りながら家主の部屋に勝手に侵入するのは正直気が引ける。
だが、今は一刻を争う事態だ。
「し、失礼します…!」
大きな音を出さない様にゆっくりと扉を開けると、部屋の主は気持ち良さそうに寝息を立てていた。
「起きて下さい…!」
声をかけるが起きる気配はない。
仕方がないので揺さぶってみる。
「……。」
起きないので更に強く揺さぶる。
「ん…うーん…誰だよ…。」
ようやく意識がはっきりとしてきた様だ。更に覚醒を促すために声を掛ける。
「すいません、アカリです…!」
「アカリ…?」
まだ記憶があやふやな様だが、私の顔を見ると心配そうな声を掛けてくれた。
「どうかしたか…?」
「い、いえ…その…お、お手洗いを借りたいのですが…。」
「あ、あー…そう言えば、教えてなかったな…。」
託満がベッドから起き、立ち上がる。
「こっちだ。」
部屋を出て行く託満。
しかし今は、託満と同じペースでは歩けない。何故なら今素早い動きをすると、間違いなく不味い。
「大丈夫か?」
部屋の外から顔を出し、心配そうにこちらを覗き込んでいる。
「だ、大丈夫です…。」
ヨロヨロとふらつきながらも前へと進む。どう見ても大丈夫ではない。
「そんなになるまで我慢しなくても…。」
いつの間にかタクマが近くまで来ていた。
「す、すいません…恥ずかしくて…。」
「…いや、俺が教えてないのが悪いな。ごめん…。」
浮遊感を感じ、一瞬何が起こったか分からなかった。
タクマの顔が近くにある。彼は私を抱えていた。いわゆるお姫様抱っこで。
というか、状況が理解出来ても、頭の中では今の状況を他人事の様に捉えていた。
「我慢しててくれ。」
タクマの言葉で我に返る。
正直顔から火が出る程恥ずかしいのだが、暴れるという選択肢はない。
我慢するだけで精一杯という理由もあるが、タクマの優しさを無下にすることも出来なかったからだ。
タクマの顔を見ると、照れているのかこっちを向こうとしない。
無理をしてくれているのを嬉しく思う。
そして、とりあえずこれで最悪の事態は免れそうだ。
「ここがトイレだ。」
目的地の手前で下ろしてもらう。
昨日使った風呂場の向かいがトイレだった。扉を開け中を見る。
(なに…これ…?)
一般的な洋式の水洗トイレなのだが、アカリにとっては未知の領域であった。
向こうではいわゆる和式が一般的なのだ。残念な事にアカリは座式のトイレを見たことがなかった。
使用法が分からないなら風呂の時の様にタクマに教えてもらわなければならない。
我慢と羞恥の直中にいる自分にとっては、その判断を実行に移すことに多少抵抗がある。
しかし、恥を忍んで聞くしかない。
「あ、あの…!」
「ん?どうかしたか?」
トイレに異常があると感じたのか、トイレを覗き込みキョロキョロと見回す。
「いえ、そうじゃなくて…その…!」
タクマは頭の上に?が浮かんでいるような表情で首を傾げている。
今の私は羞恥と我慢で恐らく顔が真っ赤であろう。
しかし、伝えなければ今後この家で暮らして行くことは出来ない。というか出来なくなる。色んな意味で。
「つ、使い方が分からないんです…!」
「あ、ああ…そういう事ね…。」
結果を述べると、タクマが使い方を丁寧に教えてくれて、事なきを得た。
私は恥ずかしくなり、朝食を食べている間タクマの顔を全く見れなかった。
何故かタクマも口数が少なかった。もしかしたら怒らせてしまったのかも知れない。
これからしばらく一緒に暮らすというのに、今更ながらに自信がなくなってきたアカリであった。