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ムメイノアカリ  作者: アキフユ
第一章
7/10

風呂ノ使用法

「すぐに風呂沸かすから、ちょっと座って待っててくれ。」


 家に入り、靴を脱ぎ、アカリをリビングに通す。


「そこに座っててくれ。」


 ソファーを指差し座るように促す。アカリがキョロキョロしながらも座るのを確認し、風呂場へと向かう。


「とりあえず、お湯を張ろう。」


 バスタブ近くにあるタッチパネルを操作すると、ゴボッという音を鳴らしながら、お湯が溜まっていく。

 風呂をざっと見渡し、あることに気づく。


(アカリって風呂場の道具使えるのか?)


 シャワーとかもそうだが、他にもシャンプーのボトルとか、こっちの世界ではプッシュ式のものが一般的だが、向こうの世界に同じものが有るかは分からない。


 一応教えておいた方が良いな。

 もし、服を脱いだ後に分からないなんて言われたらどうしようもない。

 俺にはあえて黙っておこうなんて、愚かな考えは一切無い!過った時点でアウトなら、それは勘弁してほしい…。


 リビングに戻ると、アカリは未だに落ち着きなくキョロキョロと周囲を見回していた。


「アカリ、風呂の使い方教えるからついて来てくれ。」

「は、はい!」


 いきなり話し掛けられ驚いたのか、ビクッと体を震わせながら返事をするアカリ。

 いや、もしかして今更ながらに男の家に二人きりという状況に緊張しているのだろうか?

 だが、自分からこの家に泊めて欲しいと言っておきながら、それはないだろうと自己完結する。


「大丈夫か?やっぱり他人の家は落ち着かないか?」

「…そうですね。少しだけ」


 まあこの世界の知らない事も沢山あるだろうしな。でもとりあえず今は風呂の説明をしなければならない。

 アカリを連れて、風呂場へと急ぐ。

 結論からいうと、機械の類いの操作法や使用法は一切分からなかった。


 なので一先ず、お湯の出し方、温度の変え方、といった所を教えていく。

 アカリはおっかなびっくり操作しているが、お湯が出たり、温度が変化したりすると、まるで楽しいオモチャを見つけた子供のように目を輝かせた。

 アカリの「この世界の魔法様式ですか?」という言葉が妙に印象的だった。


 ちなみに石鹸は異世界にも似たような物があるらしいが、体も髪も一括で同じものを使うらしい。

 髪を洗う洗剤と聞いて感嘆の声を漏らしていた。

 一通り説明を終えると、あと少しでお湯が溜まり終わりそうになっていた。


「そういえば、着てる服はどうする?洗うなら風呂の中で手洗いしてもらいたいけど。」


 どんな素材を使っているか分からないし、金属も付いているので、洗濯機は使わない方が良さそうだ。


「はい、石鹸で洗っても大丈夫ですか?」

「ああ、いいよ。」


 普段手洗いなんかしないので、専用の洗剤はない。まあ問題ないだろう。


「洗い終わったら絞って、そこの籠に入れておいてくれ。後で干す場所教えるから。後、他に分からない事があったらまた聞いてくれ。このスイッチ押すと音が鳴って外に伝わるから。」


 ピンポーンとお湯が溜まり終わった事を知らせる音が風呂場に鳴り響いた。

 アカリが音に驚いていたのは見て見ぬふりをしてあげることにする。


「風呂沸いたみたいだな、ゆっくり入って良いから。後、体を拭くのはこのタオル使って。」

「は。はい…ありがとうございます。」


 近くに置いてあったタオルを手渡し、風呂場を後にする。

 リビングに戻ると、ソファーの側に紙袋が置きっぱなしになっていた。ちらりと中を見ると洋服が入っているようだ。

 そういえば着替えを渡したって静絵さんが言ってたな。


(風呂から出て、着替えがなかったら困るよな…。)


 紙袋を持って、再び風呂場へと向かう。

 この時、良くあるライトノベル的な展開だと、確認もせずに風呂場の戸を開けて裸を見てしまうという、所謂ラッキースケベ的な出来事が起きるだろう…。

 だが俺はそんな愚は犯さない。もちろんノックをし、声で確認する。


「アカリ、着替え持って来たんだけど…。」

「え?あ、扉の前に置いておいて下さい。」


 大体あんなのきちんと確認すれば避けられる事なんだよ。そう、今の俺みたいにな!

 ちっとも期待してないし、悔しくもないぞ、ちくしょうめ!


「何考えてんだろ、俺…。」


 誰にともなく一人言ちる。

 洗濯もあるし、アカリが風呂から上がる迄にはまだ大分かかるだろう。気を取り直し、俺はアカリの寝床の準備をすることにする。


 母が使っていた部屋。

 もう何年もの間、主の居ない部屋ではあるが、埃等はなく問題なく使用出来そうだ。まあ二週間に一回のペースで掃除しているからな。

 そういえば、夜寝るときはパジャマがあった方が良いな。ベッドメイクをしていて唐突に思い立つ。


 どんな服を渡したかは良く分からないが、チラッと見た感じそんなに数は多くなかった。寝るときは皺になるとまずいし、あって困りはしないだろう。

 母親のクローゼットを開け、目的の物を探索する。


 衣類は流石に部屋と同じペースでは洗っていないが、二週間前に丁度洗濯したばかりなので、恐らく問題ない。有名な防虫剤の効果も素晴らしく、虫食い等もなかった。

 目的の物は直ぐに出てきた。露草色の上下二枚組のオーソドックスなパジャマだ。


 パジャマを持って部屋を後にする。風呂場に行き、渡そうと思ったが、風呂場のドアは既に開いており、アカリはもう風呂からあがっているようだ。

 大体二十分くらいだろうか、女の子は長風呂の人が多いと思っていたので少し驚いた。


 リビングに行くと、アカリは先刻以上に落ち着きがない様子でソファーに座っていた。


「早かったな、ゆっくり入って良かったのに。」


 俺が声を掛けると、叱られる事を恐れる子供の様にビクッと体を震わせる。


「驚かせたか?悪いな。」


 いきなり声を掛けたからだろうと思い謝る。


「い、いえ…。」


 何だか凄くもじもじしている。

 どうしたのだろうか?と疑問に思ったが、理由を尋ねるよりも早く、アカリが風呂が早い理由を語った。


「向こうでは、一般家庭ではお湯に浸かることはほとんどないので…。」


 話によると、お湯は薪を燃やして沸かすが、人が浸かれる程のお湯を沸かすにはコストが掛かりすぎるそうだ。

 魔法を使えばと思ったが、魔法というものは誰にでも使えるというものではなく、特定の才能が要るものらしい。


 だからお湯に浸かると言う事は、温泉か、金持ちや才能が有る者の道楽という扱いらしい。

 道理でお湯が出るだけで目を輝かせていた筈だ。

 文化の認識の差異に納得する。こういった事は多いだろうから、お互い誤解しないように気を付けないとな。


 そんな事を考えながら、ソファーの横を通り、食卓に使っているテーブルを目指す。

 風呂に入る前に、やらなければならない事がある。

 それはーー話し合いだ。


 長方形の机の長い方から二席づつ椅子が押し込められている。

 場所的にはソファーの在るところと平行に四メートル程離れた場所にある。そこの席の一つに腰を掛ける。

 丁度今はアカリと向かい合わせになる形だ。


「アカリ、そこに座ってくれないか。」


 アカリに視線を向け、向かいの席に座るように勧める。

 アカリはもじもじしながら立ち上がる。

 そしてそこで彼女が何故恥ずかしそうにしているかが理解できた。


 短い。この一言に尽きる。

 上着はノースリーブで体は半分くらいしか隠れていない。臍は丸見えだし、体にピッタリくっついているため、決して控えめではない胸が存在をアピールしている。


 思わず初めて会ったときに顔に当てられた時と、静絵さんの家に向かうときに背中で感じていた柔らかな胸の感触を思い出し、思わず唾を飲み込む。


 下半身のプリーツスカートはマイクロミニと、先刻まで着ていたワンピースと比べるのも烏滸がましい。

 布の下からスラリと覗く肢体がとても艶めかしく、とても直視出来たものじゃない。


(あのババア何してくれとんじゃあー!!!)


 心の中で静絵さんを罵る。そして少しだけ誉める。

 態度に出さないように、努力をするが、隠せているかは全く分からない。もしかしたら俺はにやけていたかも知れない。

 うつむきスカートを押さえながら、こちらに歩いてくるアカリの顔は羞恥で赤く染まっていた。


「この世界の人はこんな…その…ふ、不埒な格好をするのですか…?」


 アカリは多分必死に言葉を探したのだろう。本当は変態的だとか、扇情的だとかいう表現をしたかったに違いない。

 だが静絵さんが厚意で貸してくれた服に対して、そういう言い方は出来なかったのだろう。


(別に良いのに…あの色ボケババアが悪ノリしてやっただけだし。)


 さっきから静絵さんが聞いたら、ぶちキレそうな暴言を吐いているが、これは静絵さんが悪いだろ…。

 まあとりあえず今度絶対料理作りに行ってあげよう。とびきり凝った美味しいやつを。


「ま、まあ、珍しくはない…よ?まあ確かにほんのちょっとだけ…丈が短い…かなぁ…。」


 これが変だと思われたら、静絵さんの評価が悪くなるしな。何とか誤魔化しておこう。

 決してこれを着替えられると、もったいないとかそういう理由ではないぞ。


 誰に言っているか分からない言い訳をしていると、アカリはいつの間にか、前の席に腰を下ろしていた。俯いているが、未だに顔は耳まで真っ赤だ。


「でも、これ…見えちゃいませんか…?」

「い、いや、そんなことないぞ…!意外と計算されてて、本当にギリギリ見えない様になってるんだよ!」


 いや本当にそれこそ女性のスカートは異世界とか魔法とかそういった表現が適切かもしれない。

 余りに熱弁し過ぎて思わず立ち上がってしまった俺を、アカリは訝しげな目で見上げてくる。そんな目で見ないで欲しい…。

 ゴホンと咳払いをして、座り直す。


「まあ、だからその…大丈夫だ。」

「は…はあ…。」


 納得出来てはいないようだが、今はこの話は終わらせよう。

 ちょっと真面目な話をしなければならない。


「アカリは、この先どうするんだ?」

「…!」


 とりあえずアカリの格好は意識の外に追い出す。アカリもハッとした表情になり、次いで深刻そうな顔になる。耳はまだ真っ赤だが。


「…タクマには本当にお世話になりました。本来ならここまでしてもらう訳にはいかないのです…。恐らく、あの火球の使い手は今後も私を狙って来るでしょう。ですから明日になったら直ぐにここを出ていきます。グランフィール人の事情にこちらの人を巻き込む訳には行かないので。」


 確かに危険の伴うような事は俺に対処できるはずがない。

 しかし、このままアカリを追い出す事は出来ない。要は見付からなければ問題ないという事だ。


「追手はアカリの居場所を把握できてるのか?」

「いえ、出来てはいないと思います。前にも言いましたが、魔法の使用者はこっちに来ていません。そうなると魔法に様々な制限がかかるんです。」


 例えば、特定の結界内でしか魔法が使えなかったり、魔法の効果が弱まったり、逆に制御出来ない程強い効果が現れたりするらしい。


「なので、あの場所から離れた時に追跡は出来ないと思います。準備をしていれば出来たかも知れませんが、彼女はあそこで決着を着ける気だったでしょうから…。」


 それさえ分かれば何も問題はない。後は元々用意していた言葉を発するだけだ。


「…なら、この家にいれば良いさ。」


 直ぐにバレる訳でないならそちらの方が良いだろう。わざわざ相手に見つかりに行く必要はない。


「え?いや、でも…。」


 アカリは納得出来ないようだ。ならば此処に居る理由を創ってやる迄だ。


「ここでアカリを追い出したら、多分ずっと気になる。後悔する。心配なんだよ、アカリの事が。せめて見つかるまではこの家にいてくれ。」

「…ズルいです。タクマ…。」


 居てくれと頼まれれば断れる筈がない。託満に対して、憎しみの感情が皆無の恨み言を呟いた。


「ありがとう、タクマ。お言葉に甘えます。でもこれだけは約束して下さい。」


 アカリが真っ直ぐな視線を向けてくる。


「もしも危険なこと…特に魔法関連のトラブルが起こった場合は、私を見捨ててください。これが守れないなら、恨まれてでも去ります…。今からでも。」


 本気の目。耳の赤さなんかはもう既に消え失せている。


「ああ、分かった、約束する。」

「…なら、これを受け取って下さい。」


 アカリが左手に着けていた銀色の指輪を外し渡してくる。


「これは母の形見です…。グランフィールでは約束をする時、誓いの印として、大切な物を約束相手に預けるのです。」


 この世界での指切りみたいなものであろう。

 それだけアカリが真剣だということだ。とりあえずなくさないように、身に付けておこう。

 サイズが小さいかと思ったが、グランフィールの装飾品は使用者に合わせて変形するらしい。俺の左手薬指にピッタリと合わさった。


「…よし!それなら明日は休みだし、アカリの服とか日用品を買いに行こうか?」

「良いんですか!?」


 身を乗り出しアカリが尋ねてくる。

 今の格好はやはり嫌なのだろう。

 確かに、今の格好はとても素晴らしいのだが、常にこんな格好をされていたら、理性が崩壊を起こしてしまうかも知れない。


「ああ…、一応小遣いはあるから。」


 俺は余り物欲がないので、そんなに服とかも持ってないし、買い物もしない。

 服を買う位なら問題はない…と思う。


「洗った服を干し終わったら、今日はもうゆっくり休んでくれ。」


 洗濯物を干す場所を教えて、寝室に案内する。

 その時パジャマを渡し、眠るときに着替えるように言い渡す。

 だが彼女は「直ぐに着替えます。」と言い、部屋に入って行った。


「まあそうだよな…。」


 気を取り直して、着替えを取りに自室に立ち寄った後、風呂場に向かう。もちろん入浴の為だ。

 それにしても、女の子が入った後の風呂なんて何か緊張するな…。


(いや…意識するなって…!)


 自分に言い聞かせてみるが、意識しないで済む訳がない。

 期待か緊張か判断のつかない感情をもて余しつつ、風呂場にたどり着く。

 服を脱ぎ、脱いだ服を洗濯機に突っ込む。

 浴室に入ると、浴槽のお湯が減ってない事に気付く。


(何だシャワーだけで済ませたのか…。)


 安心したような、残念なような…複雑だな。

 体をお湯で流し、湯船に浸かる。今日の出来事を思い出しながら、「ふぃー」と体の奥から息を吐き出す。


(今日は色々あったな…。明日目覚めたら夢だったとかないよな…。

 )


 そんな事を考えていたら、外に人の気配を感じた。

 アカリが洗濯した服を取りに来たのだろう。

 直ぐに出ていくと思ったのだが、中々出ていかない。何か不都合でもあったのだろうか?


「どうかしたか?」

「い、いえ…何でもないです…!」


 声を掛けると、アカリはそそくさと出ていってしまった。

 疑問に思ったが、考えても分からないことは考えない方がいい。

 思考を頭の片隅に追いやり、風呂を満喫することにした。

 湯船から出て、体を洗いゆっくり温まる。


(風呂はやっぱり気持ちいいな。)


 風呂から上がり、バスタオルで体を拭いていると足元に俺のパンツが落ちている事に気付く。洗濯機に入れたつもりが落としていた様だ。

 拾って、今度は落とさない様に洗濯機に投げ入れる。


 パジャマに着替え、何か忘れてないか辺りを見回して確認する。

 すると、アカリの着替えが入っていた紙袋が足元に立て掛けてあるのに気付く。

 ちらりと見ると、まだ中に何かが入っている様だ。


 紙袋に手を突っ込み引っ張り出すと、赤い布が二枚。

 広げて見るとそれは見慣れないものではあるが、よく知ったものであった。

 頭が正確な判断をせず、それを広げた後しばらく立ち尽くす。その正体は女性用のセクシーランジェリーだった。


 多分この姿を他人に見られたら、有らぬ誤解を受けたかも知れない。俺だったら通報する。

 上の方は所謂トップレスブラ、下の方は紐パンだ。

 もしアカリが着ていたらと想像し、胸の谷間が一層強調された姿を思い浮かべたところで想像を断ち切る。


(こ、これ以上はいけない…!)


 素数を数えながら、何故こんな所にまだ下着があるのかと思案する。まあ、流石の静絵さんもこれの他に普通の下着もいれていたのだろう。

 こんなのがあのスカートからチラチラ見えたら…考えただけでも恐ろしい。


 もう他に何も入ってないかと改めて袋の中を覗き込むと、封筒が入っている事に気付く。

 アカリも気づかなかった様で、封は閉じたままだ。


 封を開けると、一枚の紙と正方形の袋が入っていた。

 何だろう?と疑問に思っていると、紙に何か書いてあることに気付く。

 紙にはこう書いてあった。


 ーー避妊はしっかり!!!


 俺は入っていた物を再び紙袋に放り込む。

 そして、紙袋をグルグルに丸め、見つからないように洗濯機と洗面台の間に投げ入れる。

 今度静絵さんの家に行くときに返品し抗議しようと強く心に誓い、風呂場を後にした。

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