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ムメイノアカリ  作者: アキフユ
第一章
4/10

事情ノ説明

 先刻の路地を抜け、5分程歩いたところに目的地はある。

 木造二階建ての築二十年程のアパートだ。とりあえず不良に遭遇することもなく無事にたどり着けてホッとする。

 階段を昇り、一番奥の部屋を目指す。扉の前で女の子を背負い直し、呼び鈴を鳴らした。

 返事はない、まだ帰宅していないようだ。


 ポケットの中からキーケースを取りだし、解錠する。

 扉を開け、靴を脱ぎ女の子のも脱がす。引っ張ると簡単に外れ、少し安心した。

 わざわざ彼女を降ろして、靴を脱がせるのは面倒であったし、だからといって土足で家の中に上げるのも抵抗があったからだ。


「お邪魔しますよー。」


 誰にともなく呟きながら、リビングへと向かう。

 ソファーに女の子を寝かせ、寝室にある毛布を手に取り彼女の体にかけた。

 良く眠っており、起きる気配はない。


(さて、どうしたものか…)


 そもそも素性も分からない彼女を、連れてきて良かったのだろうか?


(こんな所をあの人に見られたら、何て言われるか分かったものではないしな。)


 ちらりと、視線を移し家の時計を確認する。6時半…か。あの人が来る前に目覚めてくれればいいのたが…。


 いや、待てよ。大体目が覚めるまで待つ必要があるのか?確かに無理に起こすのは気が引けるが、今はなるべく早く事情が聞きたい。

 それに、彼女も家に帰らなければならないだろうし、これ以上暗くなれば一人で町を歩くのは流石に危険だ。


(起こすか…。)


 そう決意し、彼女に声をかける。


「おーい、起きろー。」


 反応はない。

 仕方がない。やりたくはなかったが体を揺すろう。寝ている女の子の体を触るのは、何故か悪い事をしている気分になる。

 女の子の肩を掴み、軽く揺さぶる。勿論声掛けもわすれない。


「起きてくれー、朝だぞー。」


 本当は夕方だが、まあ人を起こすときの定型文だ。


「うーん…後5分…zzz…。」


 その甲斐もあってかは分からないが、彼女も定型文で返してきた。

 というかこいつ起きてるんじゃないか?!

 なんか、気を使って損した気分だよ。それどころかちょっと腹立ってきたわ!


「後5分じゃねえぇぇぇっ!!!」


 怒りに身を任せ遠慮しない事にする。

 彼女の頬を摘まんで引っ張り、柔らかいほっぺたをぐにぐにと弄ぶ。勿論痛くないように加減はしているが。


「!!!…ひゃ、ひゃめてくだひゃい!」

「あ、起きたか。」


 覚醒したのを確認し手を離す。そして、彼女の正面に腰を下ろし一息ついた。

 彼女は頬を擦りながら、周りを見回している。


「…こ、ここは?」

「ここは知り合いの家だ。さっきまでの事を覚えてるか?」


 俺の言葉を聞き彼女は思いを巡らせる。


「すいません、巻き込んでしまって…。」


 先刻のことを思い出したのか、彼女は深々と頭を下げた。


「いや、俺が勝手に巻き込まれただけだ、気にするな。」

「でも、見ず知らずの私を介抱して頂けましたし。本当にありがとうございます。」


 再び彼女は頭を下げる。感謝され慣れてないので、なんだかくすぐったい。


「そんなことよりも、さっきの火の玉はなんだったんだ?」


 照れ臭さに耐え兼ね、話題を変える。

 少しの沈黙の後、彼女は困ったような視線を向けてきた。


「言いにくいなら、無理には聞かないけど………。」

「いや、あれを見られたなら、変に誤魔化すよりきいてもらった方が………ただ……。」

「ただ?」


 聞き返した俺を少し不安気な笑顔で彼女は見つめていた。


「ただ、信じてもらえるかどうか…。」


 そういえば魔法とか言ってたしな…。確かに信じ難いが…。


「俺は少なくともお前を信じたいとは思ってる。それともお前は俺を信じられないのか?」


 我ながらひどい返し方だ。

 荒療治ではあるが、こういう風に言われれば、善人であればあるほど喋らない訳にはいかない。まあ本当に信じられないなら話は別だが。


「い、いえ。そんなことはありません。……分かりました、お話します。」


 どうやら俺は一応信じられる方だったようだ。

 彼女は言葉を選びながら、ぽつぽつと言葉を紡いで行く。


「あの火の玉を説明する前に、まず私の話を…。私の名前はアカリ・タカミヤです…。」


 自分の名前を言うと彼女ーーアカリは少し恥ずかしそうに、俺の顔を伺う。


「どうかしたか?流石に名前は疑わないぞ。」

「あ、いえ、すいません!ここでは普通なんですよね…。」

「普通?」

「いえ、こちらの話です。」


 アカリは咳払いをして、居住まいを正した。

 そして、再び語り始める。


「私はこの世界の人間ではありません。異世界グランフィールに住む異界人です。」

「…異界?」

「はい、グランフィールはこの世界とは異なり、魔法が発達し、発展してきました。さっきのような火球、火の玉も魔法の一種ですね。」


 魔法だけならまだしも、異世界とは…。正直この科学の時代にそんなものが観測されたことはないし、噂ですら聞いたことがない。


「証拠みたいなのはあるのか?」


 信じていた価値観を変えるのは、なかなか難しい。

 雪が黒いと言われても誰も耳を貸さないのと同じ事だ。


「証拠ですか…、異世界がある証明にはなりませんが、魔法なら先程火球を防いだ時に使用しました。」

「もう一回使えるか?」


 アカリは一瞬だけ逡巡し、観念したかのように語り出す。


「…実は、私は本来この世界では、魔法を使えない筈なんです。魔法も万能ではなく、使用するにはエネルギーが要ります。マナと呼ばれるエネルギーはこの世界には存在しないんです。」

「ならあの火の玉は?あれも魔法だろ?」

「あれは使用者がこの世界に来ていないからです。本来の彼女の力なら、私は逃げることも出来なかったでしょう。」

「でもさっき使えたならまた使えるかもしれないし、試しにやってみてくれよ。」

「…そうですね、やってみます。」


 アカリが目を閉じ、ブツブツと呟くと彼女の左手が光り出す。段々と光が増し、目を開けていられなくなってきた。


「お、おい、いつまで続けるんだ?」


 少し不安になった俺はアカリに声をかける。

 すると彼女から衝撃的な言葉が告げられた。


「あの、すいません。光が収まらないんです。ど、どうしましょう…?」

「どうしましょうって言われても…。」

「グランフィールでは魔法は大気に溶けて、やがて収束するんです…。この世界は大気にそういう成分が含まれていない為収束しないようですね。」

「どうにかならないのか?」

「方法はあります。魔法を再び魔力へと変換し、体内に取り込めば光は消えます。でも…。」


 アカリは言い淀んだが、小さく首を降った。


「…いえ、迷ってる暇はないですね。光は熱ですから、放っておくと家が燃えます。」


 確かに部屋が段々と温かくなってきた。

 って言うか今サラッと恐ろしい事言わなかったか!?


「ふっ…!」


 アカリは左手首を右手で抑え、力を込め始める。

 目が開けられない程の目映い光が段々と収束して行く。しかし、途中で彼女がいきなり苦しみだした。


「くっ…かっ!…はぁ……はあっ………。」

「お、おい!?大丈夫か!?」


 思わず彼女に近づき声をかける。

 体に触れると人の体温とは思えない程の熱を帯びていた。


「熱っ!本当に大丈夫なのか!?」

「大丈夫です…。少しっ…!魔力が足りなく…てっ、自分の身を魔法から守っ…る…魔力を使っただけです…から…。」

「何でそんな無茶をするんだよ?!言ってくれれば…!」

「言えば…止めた……でしょう…?で…も本当にっ…これしかっ…方法が…なかったん…です…。」


 先刻言い淀んだのはそういう理由からだったのかと、今更ながらに気付く。


「…くっ、あな…ったは見ず知ら…ずの人…間を背負…って、わざわざ運んで…来るほどっ…、優しい人だから…。」


 思わず彼女の光っている手を握る。気のせいか先程よりも熱くなかった。


「な、何をっ…!?」


 彼女は驚き、手を振りほどこうとする。

 しかし、俺は両手でガッチリと掴み離さなかった。


「頑張れ…!」


 絞り出した声。俺には応援くらいしか出来ない。もしかしたら俺は泣いていたのかも知れない。

 観念したのか、彼女はもう俺の手を振りほどこうとはしなかった。ただ俺の顔を見て、少しだけ微笑み、「ありがとう」と言った。


 光はやがて収束し、消えていく。それに伴い、彼女の熱も引いていった。どうやら上手く行ったみたいだ。

 彼女を見るとこちらを見て微笑んでいた。痛みのせいか、目が潤んでいるが、見る限りは体のどこにも異常はないようだ。


「大丈夫なのか?」

「はい、あなたのお陰で。」


 俺は何もしていない、ただ手を握っていただけだ。

 そう言おうとした。

 しかし、後ろから視線を感じ振り返ると、この家の住人がビニール袋を両手に提げて突っ立っていた。近くのスーパーで買い物をして帰宅したようだ。


「あ、あら?ごめんなさい、お邪魔しちゃったみたいで…。良いのよ、若いといってもお年頃だしね。30分くらいしたら終わるわよね?」

「い、いや静絵さん?何か誤解してるから…。」

(この人が帰ってくるまでになんとかしたかったのに…。)


 後悔しても仕方がない。と言うかさっきまでの見られてないよな?


「静絵さん、いつからそこに…?」

「いや、二人で見つめあって、手を握り合ってるトコからだけど…。あ、もしかして事後?」

「そうじゃねえぇぇぇっ!!!」

(何を言い出すんだこの人は!?)


 アカリを見ると、困ったような顔で俺たち二人を見ていた。

 静絵さんの言葉の意味が分かってない事を祈るばかりだ。


「それはそうと、彼女珍しい格好ね。」


 静絵さんはアカリの事をまじまじと見ながら言った。


「そ、そうか…?」

「ここら辺で見ない顔だし。髪の色も少し変だし…。もしかしてーー」


 まさか異界人だとはバレないとは思うが、この人は変な所で鋭い。万が一という事があるかも知れない。

 背中に嫌な汗が滲み出る。アカリも少し不安気な表情だ。


「ーーコスプレってやつかしら?託満は意外にマニアックな趣味なのね。」

「だから違うっての!!」


 ちなみに事情の説明には後20分くらいかかりました。

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