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ムメイノアカリ  作者: アキフユ
第一章
3/10

二人ノ出会い

 薄暗い路地を、女の子の元へ向かって走る。

 相変わらず、女の子は頻りに後ろを振り返りながら走っており、普通の様子ではない。


(何がいるんだ?)


 不良でない可能性も考えて、彼女の目線を辿る。


「な…!?」


 俺は目を疑った。

 女の子の後をユラユラと野球ボール大の火の玉が追いかけていたからだ。

 その光景に驚愕し、俺は思わず立ち止まってしまった。


(なんだあれは?火の玉?あれが彼女を追いかけているのか?)


 目の前の非常識は自分の理解のキャパシティを軽々と越えている。自問しても答えは出ず、頭の中が?マークでびっしりと埋め尽くされそうになる。

 そうこうしている間にも、女の子は後ろを振り向いたまま、こちらに突っ込んで来ていた。


 二人の距離は凡そ、2M程。お互いに火の玉に気を取られ、距離が接近し過ぎていたことに気付かなかった。

 先に気づいたのは女の子だ。前を向き、しまった、といった表情を浮かべている。


「ど、退いてぇ!」


 女の子は叫ぶが、俺も反応が遅れ、避けることが出来なかった。


「え?う、うわっ!」


 彼女はスピードを殺せず、俺にぶつかる。又、俺も彼女を受け止めきれずに尻餅をつく。


「いたた…。す、すいません!大丈夫ですか!?」


 体を起こし、俺の顔を上から覗き混みながら、女の子は尋ねてくる。

 大きな胸が顔に押し付けられた感覚で内心ドキドキしながらも、先刻の火の玉の事が頭を過る。


「お、俺は大丈夫だ。それよりあの火の玉は!?」


 女の子はハッとして振り返る。

 すると、先程とはうって変わって、火の玉は舌舐りをするように、歩くようなスピードで接近して来る。

 徐々に近づいて来る速度が増し、とてもではないが今から避けても間に合わない。


 女の子は反射的に手を火の玉に向けた。手に火の玉が当たる。

 女の子の手は炎に包まれ、全てを焼き尽くそうと体の隅々まで行き渡って行く。


 ーーそうなるはずであった。

 しかし実際は、火の玉は手に当たる寸前で、女の子が手から放つ目映い閃光に阻まれ、四散した。


「な、なんで魔法が…?」


 目の前の光景を見て、俺だけでなく当事者である女の子も心底驚いているようであった。

 聞き違いでなければ彼女は今【魔法】と言った。

 誰もが知っている言葉ではあるが、現実に有るなんて考えないし、ましてそんなものに遭遇するなんて夢にも思わない。


 しかし、先程の現象は魔法という、非現実的な言葉で説明された方が理解できるような気もする。

 ぐるぐると思考が廻るが、解法を知らない問題をいくら一人で頑張っても解けはしない。

 詳しいことは彼女に聞こうと決意し口を開く。


「なあ、魔法って…?」


 言うが早いか、俺の質問を遮るように、女の子がしなだれ掛かってくる。


「お、おい!?」


 再び顔に胸が押し当てられ、思わず突き放す。

 しかし、何の反応もない。どうやら気を失っているようだ。

 女の子の格好を良く見ると、見慣れない格好をしている。端的に言えば、ワンピースではあるのだが、所々に金属による装飾や、魔方陣のような紋様が無数に編み込まれている。


 髪も銀と黒が入り混じった、自然とは思えない生えかたをしている。

 いわゆるコスプレをしているのだろうか?ならば先程の魔法という発言も、火の玉も納得出来なくもない。


 しかし、それでは彼女が自作自演の痛い行動をしていたと言うことになる。

 彼女の逃げる時の必死さと、そして何より、間接的にではあるが火の玉から助けてもらった。そんな人間を疑いたくはなかった。


(どうするか…?)


 女の子をここに放置して帰るわけにもいかない。ここは丁度三差路の分岐点。彼女の来た道と、自分の来た道。

 そのどちらも進む気がしなかったので、あと一つの残された道を進む事にする。


 そういえばこの先には、あの人の家があった。甚だ不本意だが、直接家に連れ帰る訳には行かないし、寄らせてもらおう。

 そう決心し、女の子を背負う。

 背中に感じる温もりと柔らかさに心を揺さぶられながらも、俺は一歩を踏み出した。



 ーーその頃某所ではーー


「ふふ…、一時はどうなるかと思ったけど、最終的に上手くいったわね。」


 送られて来る映像を見つめながら、カップの中にある少し冷めた紅茶を全て飲み下し、眠気を覚ます。

 3日に渡る作戦の集大成である火球の罠は無駄にならずに済みそうだ。

  この作戦を行うに当たって、彼女は録に睡眠も取ってない。


 標的が妙な動きを見せない様に監視したり、逃走経路を限定できるように綿密に計画を立てたりしていたからだ。紅茶に含まれた覚醒作用は、素材由来なだけではなく、その効果を高める魔法がかかっているからである。


「あの男には悪いけど、犠牲になってもらいましょ。」


 口では悪いと言っているが、彼女にとってあの世界の人間は本当はどうなったっていいのだ。

 彼女が特別に非道な人間という訳ではない。むしろ人に頼られれば力も貸すし、目の前の見知らぬ他人の為に涙を流すことだってある。


 彼女の心理状態を例えるならば、温暖化現象で住む場所を失なう人や動物がいる。可哀想と思いつつも、自分に関係無ければその感情だけで終わり。何かを変えるつもりもないし、施してやるつもりもない。


 人が真に他人に感情を向けるにはある程度相手を理解していなければならない。

 映像の向こうの男は、物理的にも心理的にも距離が遠すぎて、まるで子供の頃に読んだお伽噺の登場人物のように、彼女の目には映っていた。


 勿論、王子やそれを助ける従者等ではなく、道を歩く村人の様ないくらでも代わりのきく端役だ。

 映像の向こうの男は、標的を背負いながら、一歩、また一歩と地獄へと向かって歩いていく。


 あと10M。彼女の心でカウントダウンが始まる。

 あと5M。頭で数えながらも温かい紅茶をカップに注ぐ。

 あと3M。微笑みながら紅茶の香りを楽しみカップに口をつける。

 あと1M。平静を装いながらも迫る破壊に心を踊らせる。

 0!一組の男女が燃え上がる様を目に焼き付けようと映像を凝視する。


 しかし、彼女の予想した現象は一切起こらなかった。都合3日に及ぶ作戦は無駄になったのだ。あっさりと。

 彼女は理解できなかった。何故罠が発動しなかったのか?何故あの女が使えないはずの魔法を使えたのか?何故今日に限ってイレギュラーが起こったのか?


 そして何より、何故私が落ちこぼれのあの女に翻弄されなければならないのか。

 しかし、今の彼女にとってはそれらの答えなどどうでも良かった。ただ全ての事実が彼女の神経を逆撫で、プライドを傷つけていた。


「名無しの分際でっ!」


 持っていたカップを映像の映る鏡に投げつける。甲高い音をあげ、どちらも粉々に砕け散る。


「私を怒らせたこと…深く深ーく後悔させてやるわ。」


 怒りに震えながらも彼女は冷静に、冷酷なる復讐を誓った。

 標的が一人増えたのはいうまでもない。

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