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嫁(カッパ)シリーズ

嫁(カッパ)と花火を見に行きました

作者: まるだまる

お互いを思い合って共に暮らす日々は愛情を育てるのだと思います。


「花火大会ですか?」


 おやつのキュウリを食べ終えて幸せそうな顔をしたナツメの前に、士郎がチラシを見せつける。


「そう、河川敷で毎年夏に花火を上げるんだよ。母さんがナツメを連れて行ってあげなさいってさ。夜店とかも出てるよ。どうする? 行く?」


「はい、行きます!」


 ナツメは大きく手を上げて同意した。


 それぞれの身支度を準備。


 ナツメが着ていく服を選んでいると士郎の母、千里がナツメの部屋を訪ね、自分の部屋へと呼んだ。


「お母様なんでしょうか?」


「実はね、この日のためにナツメちゃんに浴衣を買っておいたの。これ着てみない? 夏の花火大会といえばやっぱり浴衣でしょ?」


 吊り下げられた浴衣を見てナツメは「わあ」と感嘆の声を上げる。

 白の基調に淡い緑の花で彩られ、ナツメの好みの浴衣でナツメは驚く。

 

「これ、お母さまが選んでくれたんですか?」


「ええ、この間プールに行く前に色々服屋さんを回ったでしょ? あのときに服の好みはこんな感じかなーって、気にいって貰えた?」


「素敵です。とっても可愛いです。ナツメは、ナツメは、とっても幸せですー」


 ナツメのはしゃぐ姿に千里も嬉しげに微笑む。


「じゃあ、さっそく着替えましょうか。着付けしてあげるから準備してまた部屋に来なさい」


「はい! 分かりました」


 ナツメは鼻歌混じりに千里の部屋を出ていった。


「……本当にあの子は純真で可愛い子ね。士郎にはもったいないわ。さて、今日は士郎を追い出すこともできるし、話に進展はあるのかしら?」


 ☆


「鞄よーし、携帯よーし、財布よーし、鍵よーし、全部よーし」


 玄関でナツメを待つ士郎は、定番の身の回りのチェックを終えた。

 

「それにしてもナツメ遅いな。なにやってるんだろ?」


「士郎様、お待たせしました」 

 

 ナツメの声に振り返ると、浴衣姿のナツメと見送りに来た千里がいた。

 その姿を見るや、士郎は言葉もなく固まった。

 ナツメがいつもと違う。

 白基調に淡い緑の朝顔がナツメのイメージにぴったりで、慣れない浴衣姿に恥じらうその姿も可愛らしくて士郎は言葉を失ったのだった。


「……あの、おかしいでしょうか?」


 士郎が固まっているのを見て、ナツメは不安そうに聞く。

  

「いや、全然、全然。可愛いよ。とても似合ってる」


 士郎が答えるとナツメは安堵の息を漏らし、笑顔を作る。


「お母様が用意してくれたんです。花火を見に行くなら浴衣でしょって。ナツメはとても幸せです」


「母さんもたまにはいいことするね」


「士郎様、お母さまのこと悪く言ったら駄目ですよ? いいお母様じゃないですか」


「そうよ、そうよ。こんないい母親滅多にいないわよ?」


 ナツメは千里の性格をまだ分かってないな、面白ければ何でもいいんだぞ、この人は。しかも自画自賛してるし、その時点で間違ってると思ってほしい、と士郎は心の中で呟く。

 

「ナツメちゃん、はい巾着。あと下駄だと足を痛めやすいから気を付けてね。士郎もいつもみたいに早足で歩くんじゃないわよ。ちゃんとそういうところを気遣って、エスコートしないと駄目だからね」

 

「へーい」


「お母様ありがとうございます。それでは――浴衣よーし、巾着よーし、携帯よーし、財布よーし、勝負下着よーし、避妊具よー――避妊具? ええっ!?」


 巾着の中に四角いパッケージに包まれたコンドームが二つ入っていた。

 それを見たナツメはその先を想像したのか、耳まで真っ赤になる。


「あ、それ私が入れといた。念のためね」


「母さん何やってんだよ! ナツメがゆでだこになってるじゃないか!」


「だって、ほら。一応ナツメちゃんはあんたの嫁っていう設定だし、あんた学生だから今子供できても困るし、親心よ。花火の後って危ないのよ。身体が火照るっていうか、その気になっちゃうっていうか」


「そういうことしないから!」


 士郎は呆れかえってぶつぶつと文句を続けた。

 千里はそっとナツメに耳打ちする。


「一応、持って行っておきなさい。士郎のことだからないとは思うけど、念のため。これはナツメちゃんのためでもあるから」


 ナツメは顔を赤らめたまま小さく頷いた。

 性行為自体は妖怪と人間であっても変わりはない。

 ナツメはそれを知っていた。


 天上家にナツメが嫁に来て、もう二週間を超える。

 

 士郎とは寝る前に河童化の進行を食い止める名目でキスはしている。

 それ以上の進展はキスの過程で抱き締められるくらいだ。

 ときおり、士郎が興奮しているのも、そのときに生まれた欲情を我慢しているのも、ナツメは気づいていた。本音で言うなら自分も怖いのだ。

 士郎がその気になったら、男として迫って来たら、本当に自分は受け入れられるのか。

 土壇場になって拒否してしまうのではないかと。


 大婆様に河童化の進行を止める手立てを聞いたとき、自分のドジさ加減を知っているナツメは、士郎の命を救うことなどとてもできると思えなかった。それどころか、自分のドジで士郎を窮地に追いやるかもしれないとまで考えた。そもそも、そのような命の危機が訪れること自体がそうそうにないのだから。


 ならば、士郎が救ってくれた命の代わりに自分を捧げよう。

 あの優しい少年にそうやって報いよう。

 そう思って嫁になることを決意したはずなのに。

 

 当然、不安もあった。

 いきなり嫁にしてくださいと言って断られることも想定していた。

 だけど、士郎をはじめとした天上家はナツメの話を鵜呑みにし迎え入れ機会を与えてくれた。

 それが逆にナツメは怖かった。でも後戻りはできなかった。


 確かに士郎は命を救ってくれた恩人だけれど、あの出会いしかナツメには士郎の情報がなかったのだ。

 士郎と自己紹介しあったときに「僕のこと知らないのに?」と士郎が言ったが、その言葉はナツメの不安という的を得ていた。当然ながら、自分が妖怪だからそれを知った人間に何をされるか分からない、と警戒もしていたのである。

 だが、その不安は士郎と一緒に暮らすにつれ解消された。


 士郎は優しかった。

 ナツメが妖怪だと分かっても、自分のことを気遣ってくれる本当に心優しい少年だったのだ。


 士郎との日々は、ナツメの中で密かに抱いていた警戒を解いていく。

 気が付いたら士郎のことを本当に好きになってしまっていたのだ。

    

「――全部よーし」


 万が一に備え大事に持っていく。

 士郎に迫られたことを考えただけで、胸がドキドキしてどうにかなりそうだった。

 

「花火の時間もあるし、行こうか?」

 

 そう言って優しげな表情で手を差し伸べてくれる士郎に、ナツメは心からいい人に巡り合えたと思うのだった。

  

 ☆


 士郎とナツメが花火大会に出かけたあと、天上家に来訪者が訪れていた。


 対面する千里は薄笑いを浮かべて相手の出方を待っていた。

 体格のがっしりした威風堂々たる姿で来客した男――天羽あもう歳三さいぞうは一つ頭を下げた。

 

「席を用意していただきありがたく存ずる。さっそくではあるが此度の件、親方様は警戒なされておる。千里殿の息子、士郎殿を取り込んで何をする気かと」


「そっちがそう思うのは勝手だけど、河童さんたちはそういうつもりはないように見えるけど? あの子、ナツメちゃんはなーんにも知らないわよ。本当に嫁になりに来たって感じ。最初に比べると、もう息子に惚れちゃったって感じはしてるけど」

 

「そこは士郎殿の人徳というものであろう。仮にも我らが眷属。妖怪を惹きつける素質が備わっていたとしてもおかしくはない」


 天羽の表情が妖怪に対する優越感に浸っている顔ぶりに見えて、千里は少しばかり癪に触った。

 

「育て方がいいって言ってよ。血がどうこう言ったって、あの子には関係ないわ。今はまだ、あんたたちの思惑通り息子の腰が引けてる感じだけど」

 

「その方が双方にとって害はない。河童どもを使って九尾が何を考えているか。あの大妖の悪行は知っておろう? 人ばかりでなく国をいくつも滅ぼした決して消えない罪を背負った最悪の大妖ぞ」


「それは分かるけど、河童さんたちは前の妖怪大戦争で九尾の敵対陣営だったはずよ。あんたたちが勘ぐり過ぎじゃないの?」


 千里の言葉に天羽は鼻で笑う。


「それは昔の話だ。今では九尾が河童一族の経営に力添えしておる」


「それを言うなら、九尾の話も昔の話よ。今では国を亡ぼすどころか、色々な国に援助活動もしてるらしいじゃないの」


「まやかしにすぎん。あやつは、人を騙し、妖怪を騙し、神をも騙した大妖だ。信じるなどとてもできぬ」


 千里と天羽の論戦は平行線のまま進む。


「まあいいわ。とりあえず言っておきたいのは、息子とナツメちゃんのことは干渉しないでほしいの。もし干渉するというなら、天上家に喧嘩を売ったとみなすわ」


「おお、こわや、こわや。何もそなたらに喧嘩を売っている訳ではない。我らは確証が欲しいだけだ。河童どもによからぬ企みがないという証拠がな。それがあれば我らとて静観する」


 いちいち癇に障る男だ、と千里はいらだつ。


「我らからはそれだけだ。今の話、一言の抜けもなく親方様には知らせる。ところで……士郎君はちゃんと学校の宿題をしていますか? 一学期の成績だと来年の受験に影響がありますので、こっちとしてはこれ以上成績を落とさないでもらいたいのですが」


 突然、天羽の口調は先ほどよりも甲高い声になり、今まであった威厳ある態度が嘘のように背中を丸める。


「天羽先生・・。いきなり、こっちの顔にならないでもらえます? ちゃんと言っておきますから。そちらの親方、いえ、理事長にも伝えておいてくださいな」


 天羽は「はい」とさながら営業マンのようなスマイルをこぼして頭を下げた。


 ☆


 何故だろう。どうしてこんなにドキドキするのだろう。

 はぐれないように、手を繋いで歩いているだけなのに。

 士郎の心は揺らいでいた。 


 ナツメが浴衣を着ているせいだろうか。


 下駄に慣れていないナツメに合わせて歩調はいつもよりゆっくり歩く。

 ときおり、様子を窺うようにナツメの顔を見ると、頬を染めたナツメが士郎に微笑み返す。

 

 可愛い――ただ、純粋にそう思う士郎だった。


 夜店で金魚掬いを二人ですることにした。

 早々にナツメのポイは破けてしまい、士郎は一人奮闘し十匹の金魚を掬い上げる。

 すごーいと喜ぶナツメの顔に士郎はまたドキッとする。

 

 店のおじさんから赤い金魚を二匹貰い、士郎は家に持って帰って飼うと言い出す。

 物置に使っていない水槽があったはずだと、士郎はナツメに教えた。


 それからナツメと夜店を回り、たこ焼きを二人で半分こする。

 はふはふと熱さを我慢しながら頬張るナツメを見ていると、一生懸命な姿に士郎は飽きない。

 士郎がナツメの顔をじっと見ていると、「もしかして、青のりついてます?」とナツメは気にしたけれど、「青のりじゃなくて、ソースが口の周りについてるよ」と士郎は笑って答えた。


 そろそろ花火が打ちあがる時間が近づき、二人は人混みの中を河川敷へと移動する。

 士郎の右手には先ほど手にした金魚の袋、ナツメの左手には千里が用意してくれた巾着。

 士郎の左手とナツメの右手は、しっかりとお互いを離さないように結ばれていた。


 ☆


「そろそろ時間だね。河川敷の方に移動しようか」


「はい。士郎様」


 花火会場の近い河川敷は混雑していて、歩くのもままならない。

 はぐれぬように手をしっかりと繋いだ士郎とナツメは、少しでもよく見える場所を探し求めて移動する。

 

「ここの花火って結構距離が近いから音がすごいんだけど、びっくりして甲羅出たりとかしないよね?」


「そんなに音がすごいんですか? ……ちょっとまずいかもです」


「じゃあ、ちょっと離れたところから見ようか?」


「士郎様はいいんですか?」


 全然構わないよと士郎は笑顔を向ける。

 その笑顔にナツメの胸はきゅんと高鳴る。


 花火会場へと向かう人の群れを逆行するように、河川敷を上流側へと向かって歩く。

 ゆっくりと一歩ずつ、ナツメの歩調に合わせて進む。


 しばらく進んでいくと橋が見えた。

 ひゅ~っと笛の音のような音が聞こえる。

 数秒の間をおいて、「ドーン」と大きな音ともに背後に強い光が起きた。

 ナツメと士郎が振り返ると、大きな赤い花火がキラキラと揺らめくように大輪を咲かしていた。

 

「始まったね。今の音だと大丈夫?」


「はい。このくらいなら大丈夫です」


「じゃあ、ここで見ようか」


「はい」


 二人は河川敷へと降りる階段で腰を下ろす。

 色とりどりの花火が打ち上げられ、空を鮮やかに色付けていく。

 

「綺麗ですね」


 見上げるナツメの表情に士郎は目を奪われる。

 いつもと違う雰囲気に士郎の胸は高まっていた。

 そのうち士郎の視線はナツメの唇に移っていた。


 いつも寝る前にナツメとキスはしている。

 ナツメの先祖返りを防ぐためだ。

 ナツメを助けたい。いわば義務感だ。

 

 呪いみたいな河童族の掟を進行させないための義務感でしていた。

 でも、今は違った。

 士郎は今、そんなことなど関係なくナツメとキスをしたくなっていた。

 自分から言うのはどうだろう。

 いやいや、ナツメは嫁にきたのだから断らないだろう。

 だが、士郎の胸中に自分から誘う言葉を出す勇気が足りなかった。


(何考えてんだ僕は。)


 ナツメの唇から目を逸らす。

 目を逸らした先の風景を見て、士郎は既視感に襲われる。


「あれ? ここって、もしかして――」


「士郎様どうしました?」


 士郎のつぶやきに不思議そうにナツメが聞いてくる。


「やっぱりそうだ。ねえ、ナツメ。ここがどこだかわかる?」


「え、ええ? どこって言われても……」


「僕とナツメが最初に会ったところだよ。ここでナツメが倒れてた」


「あ、そういえば……確かにここですね」


 周りをきょろきょろと見まわし、確信するナツメ。

 

「まさか適当に移動した先がここだなんて、変な偶然だね。ナツメを見つけたのも偶然だったけど」


「そのおかげで私は干からびずに済みましたし、士郎様の嫁になりに来ることもできました」


 しみじみと言うナツメはまた士郎の手に手を重ねる。

 

「士郎様。……ナツメは本当に幸せです」


 その笑顔と一声は士郎が抑えていたものを排除するのに十分だった。

 そっとナツメの頬に手を添える士郎。

 ナツメはその手に手を重ねて愛おしそうに包む。

 士郎が顔を近づけると、ナツメは少しだけ顔を上げて目を閉じた。

 毎晩しているキスとは違う。ただ触れるだけのキス。

 貪るようなキスではなく、ただ触れていることを味わうだけ。

 触れているだけなのに、今まで感じたことがないような高揚感に包まれる。

 唇と唇の間からどちらのともいえない吐息が漏れる。

 士郎はその吐息を合図に唇を離した。


「……初めて士郎様からしてくれました」


「……今日の分はこれで大丈夫だね」


 違う。こんなことを言いたいんじゃない。

 今の自分の気持ちをなんてナツメに説明したらいいんだろう。

 士郎はうまく言葉にできなかった。

 

 もどかしい思いのまま進むこともできず、最後に連発の花火が空を彩り、花火大会は幕を閉じた。

  

「終わっちゃいましたね。とても綺麗でした」


「うん。そうだね」


 

 





     

 

 

 お読みいただきましてありがとうございます。

 「甲羅は転がるよー、どこまでもー」

 今回はそんなイメージでした。

 

 

 

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