第3話 イヴァンのメダル
-もう、ダメだ
カイは崩れ落ちるように雪の上に倒れ込んだ。
助けを求めて村から一番近い町を目指して歩き続けていたが、真っ暗な雪原は方向すら定かではなく、ついにカイは力尽きた。
-こんなところで、死ぬのか
起き上がろうにも既に感覚の無くなった手足はピクリとも動かない。自分の鼓動の音が次第に小さくなるのを感じながらカイはゆっくりと目を閉じた。
「僕が助けてやろうか?」
突然耳元で聞こえた高い声に、カイはハッとして目を見開いた。
顔を上げると、そこは先ほどまでカイが倒れていた雪原ではなく、背の低い草が風に揺れる草原だった。
「えっ!?」
驚いて周囲を見渡すと、カイの背後には白い花を咲かせた大きな林檎の木があった。
「いつまで、地べたに這いつくばってんのさ」
からかうような声音と共に、小さな子供が林檎の枝から飛び降りてきた。柔らかそうな茶色の髪に、猫のようにつり上がった碧の瞳。真っ白なローブを着た少年がニヤニヤと笑いながらカイに近づいてくる。
状況についていけず、目を白黒させながらカイは一先ず立ち上がった。先ほどまで重たかった体が嘘のように軽い。
「ふーん、なるほどね。なるほどなるほど」
仕切りになるほどと呟きながら、少年はカイの周りをグルグル回りながら頭のてっぺんから爪先まで観察してくる。少年の不躾な視線に居心地の悪さを感じながら、カイは少年に話しかけた。
「ここはいったい何処なんだ」
「さぁ、何処なんだろうね。取り敢えず、君がもといた雪原でないことだけは確かだね」
そう言うと、少年はカイの周りを回るのを止めてカイの顔を真正面から見上げると、もう一度最初と同じ問を繰り返した。
「僕が助けてやろうか?」
「助けるって、いったいどうやって?そもそもお前、何者なんだ?」
カイの返答が気に入らなかったのか、少年は一瞬顔をしかめたが、すぐにまたニヤニヤ笑いながらカイの問いかけに答えた。
「質問に質問で返されるのはあんまり好きじゃないんだけど、まぁいいや。僕はイヴァン。ソロモンの72の魔法具の一つに宿る、大地の魔神さ」
ソロモンの魔法具という単語にカイは大きく目を見開く。
そんなカイの反応に気をよくしたのか、イヴァンと名乗った少年は更に言葉を続けた。
「君、オルト山の洞窟で金色のメダルを拾っただろ?」
イヴァンの言葉に、そういえばとカイは上着の内ポケットにしまっていた。メダルを取り出した。金色のメダルが陽光を浴びてキラキラと輝く。
「そう、それそれ。一応僕の体みたいなものだから、丁寧に扱ってくれよ」
ソロモンの72の魔法具。その言葉は昔、父から教えて貰ったことがあった。古の時代、ソロモンという名の魔術師が作り出したその魔法具はその一つ一つに魔神が宿っていると言われている。強大な力を秘めたその魔法具は、持ち主が支払う代償が大きければ大きいほどより強い力を発揮し、一夜にして国を滅ぼすことすら出来るという。過去にはソロモンの魔法具によって滅んだ国がいくつもあると聞く。
目の前にいる少年が、その魔神だと言われてもにわかには信じがたい。
そんな、カイの気持ちを察したかのようにイヴァンが口を開く。
「まぁ、疑う気持ちも分かるけどさ。じゃなきゃ、今の状況の説明がつかないだろ?それに、オルト山の洞窟。何であの場所だけ、季節に関係なく果物がなってたと思う?普通、そんなことあり得ないだろ?」
魔法具から僅かに漏れ出ていた魔力によって洞窟内の不思議な状況が生まれていた、というイヴァンの言葉にカイは戸惑いながらも頷いた。初めて父につれられて洞窟を訪れた時からずっと不思議に思っていたことだ。まさか、ソロモンの魔法具が関わっていたとは。
「で、どうする?僕なら君を助けてやれるけど?」
イヴァンの問いかけに、カイは戸惑いながら答えた。
「このまま、死ぬのは嫌だけど…魔法具の力を借りるには代償が必要なんだろ?」
カイの言葉にイヴァンは腹を抱えてひとしきり笑うと、挑戦的な眼差しで次の言葉を紡いだ。
「助かりたいけど、代償を払うのは嫌だなんて、君は随分と図々しいやつだなぁ。代償を支払えば命が助かるどころか、代償の大きさによっては、君は山村の貧しい少年から、一国の王にだってなれるんだよ?」
「一国の王なんて言われたってピンと来ないし、そもそも代償なんて言われても何を差し出せばいいのか…」
「腕なり足なり代償になるものなんていくらでもあるだろ?前に僕と契約した人間は、代償に奥さんと娘の命を差し出したっけなぁ。…まぁ、いいや。僕、今機嫌がいいし、今回は特別に代償なしで助けてあげるよ!」
近くの町まで送ってくれるというイヴァンの姿が歪む。
意識を失う間際に楽しそうなイヴァンの声が聞こえた。
「もし僕の力が欲しくなったら、いつでも呼んでよ」