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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集

バッドエンド後、それからが本編です。

作者: かざなみ

 まず始めに自己紹介をしよう。ロザリー・エイミス――これが()の私の名前である。


 一体どういうことかと言うと、実は私は一度死んで生まれ変わっている。すなわち、転生というものをしたのだ。私には生まれ変わる前の世界、つまり前世の記憶がある。


 その前世の記憶によると、今私がいるこの世界は、どうやら私が前世でプレイしていた学園物の乙女ゲームの世界のようだ。


 そのゲーム、一体どんな内容かと言うと、まあ、その……なんというか一般の学園物と比べると少々、風変わりだと私は思う。何と言ってもこのゲーム、


 ……本編前のチュートリアルで攻略対象である青年たちが、死んでしまうのだ。


 彼らの死因は様々だが、とにかく死亡フラグを乱立させて、攻略対象たちが次々と非業の死を遂げていく。その後、悲しみに暮れるヒロインがいかにも怪しげな雰囲気を醸し出すお婆さんから貰ったこれまた怪しげな薬を使い、攻略対象たちを生ける屍として蘇生させて、そこから本編がスタートする。


 そう、これはゾンビになった男子と恋愛する、少し高レベルな方向けの乙女ゲームなのである。


 そして、そのゲームに登場するヒロインの親友の親友のそのまた親友の友人が、今の私のようだ。一応、ヒロインとクラスは同じになるが、要は、役割としてはモブキャラの一人にあたる。


 ……まあ、イケメンにお近づきになれるのは私的には大いに結構なことなのだけれど、虚構(フィクション)はやはり虚構(フィクション)。今生きているこの世界は私にとって現実(リアル)なわけで。そこまでレベル高くないし、出来れば、ちゃんと生命活動を行っている男子と普通の恋愛がしたいな、と最近願って止まない私。


 故に私は決意する。


 ――攻略対象たちが死んでしまうのを阻止しよう、と。


 まあ、まだ直接的な面識はないが、それでも一応、顔見知った知り合いが死んでしまうのは嫌なことだし、それに各攻略対象の死亡する場所、時間、方法などの諸々の情報はゲームをプレイして熟知している私にとって阻止することはおそらく難しいことではないはずだ。


 成功すれば……もしかして、今後、今流行りの逆ハーレム展開になってしまう可能性とかもありえる? ……い、いや、高望みは禁物だ。過ぎた欲望は身を滅ぼす。謙虚な姿勢で臨むのが一番無難だ。ドロドロした展開は正直勘弁願いたいし。……だけど少しぐらい夢を見ても罰が当たったりはしないだろう。いや、やっぱり攻略対象たちにばれないようにしよう。


 と、そんな葛藤を何度も繰り返しながら、私は行動を開始した。




 そして結果は、


「どうしてこうなった……!」


 私は思わず、唸りながら頭を抱えていた。


 奮闘した私は攻略対象たちが死亡するという事態は見事阻止することが出来た。攻略対象たちは全員無事。そう、成功はしたのだ。成功は。


 けれども、その成功と引き換えに尊い犠牲が支払われることとなってしまった。それは──


「──よりにもよって、私が死んじゃうとはなあ……」


 私が最後の一人を助け、安堵した瞬間、頭上から何かが降ってきた。その後の記憶はない。

 そして次に意識が覚醒し、視界が暗闇に包まれる中、固い床から身を起こすと、ゴンと頭をぶつけ、あれ、自分の部屋ってこんなに低い天井だったっけと手で周囲を探ってみると、箱のような物の中に私はいた。数瞬遅れて、気付く。


 あ、これ棺の中だ。

 しかも埋められている、と。


 確認作業として一応、胸に手を当ててみるが、予想通りで、そこからは振動が全くしてこない。心臓が動いていないのだ。


 どうやら私、一度目は転生を果たしたが、二度目は蘇生してしまったらしい。……かなり貴重な体験ではないだろうか、これ。


 おそらく私がシナリオを改変したことによって、バタフライエフェクトとかこの世界の抑制力とか何かしらの超常的現象が働いた結果なのだろう。それと私がゾンビになっているということは誰かが、私に蘇生薬を使ったということ。でも、私はどこにでもいるようなただのモブキャラだし、攻略対象たちには長きにわたる葛藤の末、最終的に私の存在がばれないように事を運んだ。それに放任主義の両親は世界一周の旅行中で連絡はほとんどとれないし、学園で友達はいても、そこまで親しい友達はいない。もしや、いつの間にか私がヒロインポジションになったというのか? え、でもヒロインの姿は何度も攻略対象の近くで確認済みだし、シナリオ通りの行動してたし、あれ? 何だかよく分からない。


 ……難しいことは後から考えることにしよう。


 思考を他のことに移す。


 それにしても一瞬の出来事ですぐに意識を失ってしまったから、よく分からなかったが、私の頭の上に落ちてきたあれは何だったのだろう。丸くて、平べったくて、銀色で……。


 え……もしかして……金たらい?


 そんな馬鹿な。ギャグではないのだから。


 いや、でも攻略対象の何人かはギャグみたいな死に方をする人がいたと言えばいたけど……。


 いやいや、まさか。


 とにもかくにも、そんな死に方、いくらなんでも恥ずかしすぎる。数人の命を救った割にはあまりにも不名誉すぎるだろう。まさか、罰が当たったのか。神様に私の下心が覗かれでもしたのか。結果的に踏みとどまったというのに。


 ……まあ、懺悔するには遅すぎるし、とにもかくにも先のことを考えよう。こんな土の中で腐っていても(ゾンビだけに)状況は好転しないだろうから。


 ゲームの本編では攻略対象の青年たちは皆、最終的に人間として生き返る(生き返ることが出来る理由についてはシナリオ内では特に言及されず、まあ、よく分からないが、『愛の力は偉大』だとか)。そして、二人は結ばれ、幸せに暮らしましたとさ、という終わり方が基本の各ルートである。シナリオが変わってしまった現在、どうなるか分からないし、当てなど全くないが、とにかくその偉大なる愛の力の可能性に賭けてみようと思う。それと並行してヒロインに蘇生薬をくれるお婆さんの行方を探すつもりだ。しかし、こちらは正直期待できない。お婆さんが登場したのはチュートリアルの最後の一度だけでその後は、行方知れずで本編は終了したのだから。あ、あとは私に蘇生薬を使った人物も見つけないといけない。お婆さんの行方を知っているかもしれないし、それに一度お礼も言いたい。


 とりあえず大まかにだが、やるべきことは決めた。学園の敷地内で死んでしまったために、おそらく私の死は学園中に知れ渡っていて、生活していた寮には戻れないだろうが、これから住む場所も含めて細かいことは地上に出てから考えよう。蘇生薬の効果は約半年。その間に人に戻れるといいが。


 ☆


 ゾンビになったキャラクターの設定として、脳のリミッターが外れ、身体能力が増加するというものが、ゾンビを取り扱う作品によくある。そのありふれた設定が、このゲームにも採用されていて、私の膂力は今、並の大人より強くなっている。そのため、頑張れば、棺の中から脱出して地上に出ることは不可能ではない。


 だから、頑張った。


「やったあ、地上だ! がおー」


 久しぶりの地上。嬉しさのあまり、映画に出てくるようなゾンビの真似をして叫んでしまう。と言っても、ゾンビ映画はあまり見たことがないのでゾンビの鳴き声? 叫び声はどんな風な声なのかよく分からないし、そもそも叫ぶのかどうかすら知らないが、とにもかくにも気分が思わず高揚していた私は、掘ってきた穴から顔を出して開口一番、そんなことを口走ってしまった。まあ、昼間ならともかく、地上は夜であったため、誰もいないはずなので別に問題ないだろう、


 ──と高を括っていた。


「おい、そこに誰かいるのか?」


 不意に私の耳に飛んできたのは若い男の人の声。その声の方向へと振り向くと、ランタンの灯りが見えた。顔は影で隠れてよく見えないが、私との距離はそう遠くない。

 反射的に驚声を上げなかったのは、生命活動の停止ゆえか。不幸中の幸いだが、しかし迂闊だった。気が緩んでいたために、周囲の確認を怠ってしまった。


「何故ここにいるかは知らんが、墓地の夜間立ち入りは禁止されている。もしや、墓荒しの類ではないだろうな?」


 男がこちらにゆっくりと近づいてくる。


 まずい。

 内心、私は焦りを覚える。私の今の格好は大人しめのドレスだが、しかしここまで地面を掘り進んできたため、まるでモグラにでもなったかのようなほど体中土まみれだ。そして、私の後ろにはその掘り進んできた大きな穴がぽっかりと空いている。

 なんと弁明したものか。このままでは、私は確実に墓荒しとして疑われてしまう。仮に、誤解が解けても、面倒なことになるのは想像に難く無い。どうすれば……。


 頭が混乱する最中、一つ名案が浮かんだ。


 あ、そうだ。死んだふりをしよう。


 今の私はゾンビだ。周囲が暗いため、まだ確認していないが、おそらく肌は青白いだろうし、瞳孔は開いているだろう。脈がないのは確認済みだし、後は棺の中に寝転がって微動だにしなければ、ただの死体と区別など付くはずがない。そして、その光景を見た男は、既に墓荒らしが逃げた後だと思い、去って行く。


 完璧だ。天才ではないか、私。


 自画自賛もほどほどにして、早速死んだふりをしなければ、そう行動しようとした私だったが、身体の動きを止めざるをえなかった。既に男が目の前にまで来ていたのだ。


「お前……」


 ああ、しまった。遅かった。


 ランタンの灯りが私の顔を照らす。柔らかな光。目が覚めてからは久し振りに見る、温かな光。だが、今の私には微塵も嬉しくもない。むしろ煩わしく思える。

 男には悪いが、こうなってしまっては力尽くでいくしかない。


 そう結論に達した、その時。

 私に向かって、男が言葉を投げかけた。


「まさか、ロザリーなのか……?」




 男が私の名前を呼んだのだ。



「え……?」


「覚えてないか? 同じクラスのデリック・ジィスハイトだ。このまえ、委員会の仕事で一緒になった」


 眼前に立つ青年――デリックは不安げな表情で尋ねてくる。



 委員会の仕事――あれは攻略対象の一人が委員長を務めていて、その攻略対象の青年に接触するために志願したものであった。あのときは攻略対象の死亡を阻止することに躍起になっていたため、正直、周りを気にする余裕などほとんどなかった。ゲームをプレイしている私が意識していなかったということは私と同じモブキャラのひとりだろう。


「えっと、ごめんなさいデリック。実は覚えてないの」


 幾分か迷ったが、やはり嘘は言えない。私は正直に言うことにした。


「まあ、そうだよな。お前はいつも学園の有名人ばかり見ていたし、当然だよな。仕方ない」


 デリックの表情が一瞬、少し悲しげに見えた気がしたが、それはランタンの灯りで揺らめく影によるものか、私には判断出来なかった。


「それにしてもお前、酷い格好だな。とりあえず、これで顔と髪の汚れは落としておけ」


 デリックがハンカチを私に手渡す。私はお礼を言いながらそれを受け取った。


「それと、顔色も悪そうだな。寒いのなら、これを着るといい」


 そう言ってデリックは次に私に上着を羽織らせてくれた。


「……ありがとう。とても暖かいわ」


 春の終わり、ぽかぽかと温かくなってきてはいたが、それでも今の時期、まだ夜は肌寒い日が続いていた。デリックはそれを気にしたのだろうが、しかし、残念なことに既に私の身体は温度を感じなくなってしまっていた。無用の気遣いとなってしまったことに、言い知れぬ罪悪感が私を襲う。気分を紛らわすべく、デリックに話を振る。


「ところで、デリックはどうしてここに?」


「ああ、俺のじいさんがこの墓地を所有していて、時々見回りを頼まれるんだ。それで、巡回していたらお前がいたんだが……お前こそどうしてここに?」


「え、えっとそれは……」


 私のことを知っている相手だったとしても説明しづらい。まして、死んで蘇ったなどと、果たして信じてくれるだろうか。口ごもる私を見てデリックは何か察したのか、口を開く。


「まあ、言いにくい事情があるのなら無理には聞かないさ。そうだな、とりあえず、しばらくは俺の家にいるといい。お前が寮暮らしなのか実家暮らしなのかは知らんが、どうせ帰りづらいんだろう? 俺の家は貧乏だが、家の大きさだけは無駄に広い。勝手に空いてる部屋を使ってくれ。墓地からそう遠くない」


「え……いいの?」


「別に構わない。『人という生き物は悩み、苦労した数だけ強くなっていく。だから大いに苦悩しろ』とはうちのじいさんの教えだからな。まあ、悪いようにはしないだろう。むしろ新しい孫が出来たと大喜びしそうだ。あと、それと時々弟と妹たちの世話を代わってくれれば言うことないな」


「デリック……ありがとう」


 感謝の念と共にさらに罪悪感が募る。それに対し、心配するな、とデリックは笑顔を浮かべる。


「礼はいらないさ。これは俺のためでもあるんだからな」


 デリックはまるでそれが当たり前であるかのように言う。誰に対してでもこうなのだろうか。


「すごいのね、デリックって」


「いや、そうでもない。相手にもよるさ。特に墓荒らしには絶対に容赦しないな」


 言葉を紡ぐデリック。時に、私はあることに気づいた。


「デリック、それって……」


 デリックの身体の影に隠れていて、今まで気付かなかったが、彼は花束を持っていた。その花束に使われていたのは一種類の花。その花の名前はレミエジュールと言って、この世界ではありふれていてどこにでも咲いているため、誰も気に留めない花である。だが、その平凡な感じがモブキャラに転生した私にとっては親近感が湧いて、特にお気に入りの花だった。攻略対象の監視に疲れて少し気を落ち着かせたい時にはいつも学園の花壇に咲いているレミエジュールに水をよくやったりもしていた。


 ついに見つかってしまったか、とデリックは私に本当のことを打ち明けてくれた。


「ああ、本当は墓地の見回りと言うのは半分、方便というか口実としてだったんだ。実は最近、俺の大切な人が亡くなってしまって、墓参り行こうと思ったんだが、昼だと何だか気恥ずかしくてな。それで人がいない夜に行こうと思ったんだ。後、それとこの花が好きだったと言っていたから、その人の墓に供えるために持ってきたんだが……もう必要は無くなった、やるよ」


  誰かの墓参りに来たと言うデリック。しかし、お供え物として必要なくなる時などあるのだろうか。不思議に思いながら、私はレミエジュールの花束を抱き締めるようにして持つ。花の落ち着いた香りが私を包むかのように広がった。ゾンビになっても、匂いをかぐことは出来るようだ。とても嬉しいことである。


 そんな私を見て、デリックが安心したような表情をする。


「お前が、死んだと聞いた時、とても悲しくなった……本当に、夜に来て良かったよ」


 デリックの瞳が私の瞳を見据える。


「やっぱり、この花は墓標に飾るより、お前の腕の中にあった方が似合うな。とても、綺麗だ」


 デリックはそう言って、微笑を浮かべるのだった。



 今だけはゾンビになって良かったと心の底から思う。おそらく赤くなっていたであろう私の顔を彼に見られないですむのだから。






 この数週間後、私はいつの間にか人間として生き返っていましたとさ。


 おしまい


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― 新着の感想 ―
[良い点] いいなぁ、こういう話。 [一言] 贅沢を言うなら、連載版で見てみたい。 (言ってみただけなので気にしなくて大丈夫です)
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