俺の彼女
評価されている・・だと・・!心の底からありがとうございます。
俺には彼女が居る。
隣にいるのがその彼女だ、黒いつややかな髪を肩まで伸ばしている。毛先をたまに気にしているようだったが、全く問題ない。
そして目元だ。小さ目だが、愛くるしい目をしている。笑うと目じりに少し皺がよるのが可愛い。
それから鼻。しゅっと線の通ったとても立派な鼻をしている。
それに口。笑った時にニコッではなく、ニッコリとするのがたまらなく可愛い。
とにかく俺好みの彼女なんだが、もちろんまだ清い関係だ。
手もつないだし、合意の上でキスもした。だがまだここまでだ。たまに寄り添っているときに変な気持ちになることもあるが、まだ時期じゃない。俺は彼女が嫌がるようなことは絶対にしないと決めている。
「たーいぞう」
彼女が俺の名前を呼ぶ。全身が喜びに震えるのが分かる。
「はーあい、これ、作ってみたの。食べて?」
差し出されたそれは、俺の大好物だった。彼女はいつも熱心に料理を研究している。いかにカロリーを落としたおやつを作るかを目標としているらしいが、別に太っていようが構わないのに。まぁ俺もそんなことは口にはしないから・・そりゃ男なら誰でも頑張っている彼女の後姿ほど可愛いものはないと思っているだろう。
彼女は俺の口元にそれを持ってくる。ああ、今食べろってことか・・口に入れると、彼女が期待した目をしてこっちを見ている。いつもこうだ、ちょっと新作を作ったと思ったらすぐに俺に食べさせにくる。
別にそれが悪いわけじゃないが、誰にでもこうしてるんじゃないかと思うと・・嫉妬で身が焼かれそうだった。
「おいしい?」
その声で現実に戻される。彼女が心配そうにこっちを見ている。しまった、ぼーっとしてた。
「おいしい」
俺が一言言うだけで、彼女は満面の笑みを浮かべる。俺の大好きなあの笑顔だ。
本当にこれだけ人懐っこい笑顔をされると、よそでもこんな顔をしてるんじゃないかとひやひやする。そのたびに俺は嫉妬で以下略になるのだ。
「よかった!今回はナッツを混ぜたの。食べやすいようにかなり砕いてみたから、あんまり気にならないでしょーへへへ。良かった」
手に持っていたおやつを全部俺に「あーん」で食べさせてくれる。本当にこの彼女は・・外では絶対にしてほしくない。俺だけにしていることを願う。
「さてと。じゃあ晩ご飯の支度でもしようかなー」
一人暮らしをしている彼女は、朝も昼も夜も自分で作っている。一緒に住んでいるから、もうすでに何度も見ている光景だが、相変わらずドジなところもある。そこをすかさずフォローするような男ならかっこいいが、俺の方が料理が出来ないのにどうやってそれをしろと?
「ちょ、待てよ」
声をかけると彼女は俺に振り返る。そして笑顔で手を差し出してくれるのだ。誰もフォローしないとは言っていない。隣にいるだけできっと彼女は少しでも怪我しないように注意してくれるはずだ。俺の視線を感じると、美味しいのを作れる気がすると前に彼女は言っていた。居るだけでこんなフォローが出来る男は他にいないだろう。
「もー、一緒に作る?しょうがないなぁ」
俺は自分から抱き着いたりすることはあまりない。それ以上に彼女がやってくるからだ。こういうのは男がドンと構えて、いつでも受け入れられるようにするのが大切だと彼女が言っていた。
そっと頬を寄せてきた彼女に、俺も頬を寄せる。すべすべとしていて温かさが直に伝わってくるのがたまらなく嬉しいが、それ以上に彼女が喜んでくれているのが分かる。そしてくっついたままでキッチンへ向かう。
***
ご飯を食べ終えて、休憩をしているとインターホンが鳴った。
彼女がパタパタと応対に行く。俺は食後はソファの上でくつろぐことに決めているのだ。余計なことをして彼女を怒らせるのも、忍びない。
彼女はすぐに戻ってきた。見慣れない男をつれて。
「上がってー、散らかってるけど・・」
「おじゃましまーす・・ってこいつが言ってたヤツ?」
俺を指差して男が言う。誰だてめぇ喧嘩売ってんのかってレベルの物言いだが、俺は大人しくそいつの目を見るだけにしておく。やんならやるぞ?いつでもな。
「そ、泰三って言うの。たーいぞう、前に言ってた雪時君だよ」
「ケッ」
こいつが前からちょこちょこ話に出てきてた雪時か。あー気に食わねぇ・・大体なんで俺がいるのに他の奴なんか連れてくるんだ?今日来るなんて聞いてねーし・・。
「おー怖いな、手出したら噛みつかれそうだ」
「雪時君、コーヒーでいい?」
なんか親密そうな空気が出始めた。この俺を差し置いてどういうことだ?いやこう言っちゃなんだが、彼女との親密さに右に出るやつなんて今まではいなかった。だからちょっと混乱しているだけで、決してあいつムカつくとかそういうことは思っていない。はずだ。
「おい!」
「ハイハイ、ちょっと待ってね」
「このインコ超ー気ィ強ぇなぁ」
・・は?
こいつ今なんて言った?
「いつもはそんなこと無いんだけど・・」
「泰三には俺が不審者だって見えてたりして」
「えー?でもいつも雪時君のことは話してるよ?」
ちょっと待て、え、どういうことだ?
彼氏?俺だろ?雪時とやら、お前さっきなんて言った?
「コーヒー、ありがとな」
「へへ・・褒めてくれてありがと」
ちょ、ちょいちょいちょい、待って待って待って。ストップ。
何いちゃいちゃしてんのこいつら?
おいおいおいおい、チューしてんじゃねーよ、そいつは俺の彼女なんですけど!
ちょちょちょちょ・・・服!!着ろって!!
「・・美月、あのインコどうにかならない?せっかくの美月に集中できない・・」
「分かった・・ごめんね泰三」
俺の目の前に暗幕がかけられた。まだ寝る時間じゃねーぞ!?
どうなってんだ?俺がインコ?あいつが彼氏?で、俺がインコ・・?
インコって・・なんなんだ?俺は・・いったい・・?
***
気付いたら俺は眠っていたらしい。暗幕から差す朝日に起こされた。
何度も考えた、考えてみたけど、ちょっとよくわからなかった。
俺は、インコ、ってやつで、あいつは彼女の彼氏・・。
自分の手を見ていると、そういえば彼女にはこんなカラフルな羽が生えてないことに気付いた。
足だってこんな変なうろこのようなものは付いていないし、あの雪時ってやつみたいに彼女を抱きしめることもしたことがない。
何より、自分で移動するよりも彼女に移動させてもらった方が移動は早かった。そしていつも肩に乗せられていた。俺は、やはり、インコってやつだったようだ。・・まだ完璧には信じてないけどな!!
「あ、やっぱ早起きだね。おはよ泰三」
暗幕が取られると、目がしぱしぱするぐらい大量の朝日が差し込んだ。それにしてもやっぱり、可愛い。毎朝毎晩、毎日毎日見てきたけれど・・この朝日をバックにした姿が彼女には一番似合う。
「おはよう」
「ふふっ、それじゃ朝ごはん準備するね」
いつもの朝だった。一瞬、昨日のことが夢だったかのように思えた。
「美月、俺のも・・あとチューして」
「もー・・」
はいはい夢じゃない夢じゃない。やっぱこいつムカつくな!雪時!ていうかいつまでこの家にいるんだよ!
「・・泰三怒ってるな」
「はは・・ずっと二人で暮らしてきたから、ほかの男の人に慣れないのかな」
「いや、あれは完全に俺に対して怒ってる鳴き方だろ」
ひそひそ言ってるけど全部聞こえてんだよ!俺のむかつきが頂点に達したとき、自然と彼女の方へ飛んでしまった。あ、俺ぶつかる。
ガシャン!!!!
「!!泰三!!」
彼女のところに来て三日目ぐらいのことだった。彼女がいつものように俺の前に来たから、嬉しくなった。いつもみたいに手を出そうとしてくれたのを見て、その手に行こうとした瞬間脳みそがグワングワン揺れた。あの時も真っ青な顔をして彼女は俺の心配をしていた。
「大丈夫!?泰三!」
「おいおい・・カゴが見えなくなるぐらい怒ってたのか・・?」
ぼーっとした頭を横たえていると、遠くの方で呼ばれた。振り返るとじーちゃんがいた。
「おい、元気にしてたか坊主」
「坊主ってなんだよ、坊主って」
「カッカッカ。お前は俺の最高の嫁の子供の子供だからな。若いころはお前みたいなファンキーな頭だったんだがなぁ・・年は取りたくないのう」
ていうかじーちゃん何でこんなところに?と言おうとすると、それを遮ってじーちゃんが話す。
「で、だ。年の功ってことで言わせてもらうとな、お前が好きなのはニンゲンだ。お前はインコだから、ニンゲンに恋をしたところで成就せん。早いとこ諦めろ」
「は?俺はインコじゃねーってじーちゃん。落ち着けって」
「現実を見ろ。泰三、お前はインコだ。インコなんだ。インコ、インコ」
「う、う、うるせええええ」
カッと目を開けると、目が眩むような光を浴びていた。とっさにそこから逃げると、見たことのない人間が1,2・・3人ほどいた。あっちだ、とかいろいろ言っているが、彼女はどこだ!?
「泰三!」
彼女が手を伸ばしてくれたが、俺は真っ先に頬の横に着陸する。10点10点10点10点!!芸術的な、かつ完璧な着地に俺の中の何かが拍手喝さいをしている。
彼女はすぐに俺を両手で包み込んでくれて安心する。ああ、やっぱり・・
「良かったな、美月」
はい現実ー。現実が俺を叩きのめしてくれる。腹が立つほど雪時、てめぇはいいタイミングってやつを知ってんな。まじで。
だけど彼女は安心したように雪時に寄り添ってやがる。あー俺のポジションなのに、俺のポジションなのになあああああ。って、何、どこやんの!?
「泰三を、お願いします」
「目覚ましたからよっぽど大丈夫だと思うけど、簡単な健康チェックだけやっちゃうね。おいでーたいぞーくん」
おい!誰だこいつ!こええよ、なんでこんな変な服着てんだ!?うおおおおお離せよ!!俺の彼女も涙目で心配してるじゃねえか!
「大丈夫かな・・泰三」
ほらな!!だから離せって!!
「美月見てあんだけ喜んでんだから、大丈夫だろきっと」
雪時ぃぃいいい!!違うっつってんだろうがああああ!!
***
「ほんとよかった、なんともなくて」
「俺の有給はとんだけどな」
「ごめんね・・付き合ってもらっちゃって」
何の話をしているかはさっぱりだが、俺も腹をくくった。俺はインコだ、間違いない。そして彼女はニンゲンで、雪時もニンゲンだ。さっきの妙な臭いの場所もニンゲンの住む場所で、俺はあそこに二度と行くつもりはない。
よくわからんが、ここまで分かってれば十分だろ。
「泰三が元気になったなら、それでいいじゃん。な、泰三」
「ありがとう雪時君・・」
雪時に頭を撫でられるとか、どんな罰ゲームなんだって感じだが、罰ゲームってなんだっけ、と頭を捻らせると雪時に頭を撫でられていることも忘れてしまった。俺ってこんなに忘れっぽかったか?
とにかく家に帰ってくるとちょうど昼時になった。いつもは彼女が居ない時間だが、今日はいるらしい。ラッキーだ。
「俺が何か作るよ、美月は疲れただろ?泰三とゆっくりしてろよ」
「えっ・・?ありがとう、でも大丈夫だよ」
彼女の肩に乗せてもらいながら二人の様子を見てみる。もう俺は自分がインコだって気付いたんだから、雪時が変な奴だったら追い出すぐらいしないとな。番鳥の名が廃るってもんだ。
それにしても雪時は体がでかい。俺の何十倍もある。彼女と頭が一つ分以上違うってだけでこんなにサイズが違うのか。いや、彼女とは頭が一つ以上しか違ってないのに・・というのか。
「簡単なのしか出来ないから、期待しないで待っててくれ。な」
「あの・・ありがとう」
頭をポンポンされた途端に、彼女の頬から湯気が出た。暑い暑い、勘弁してくれって。
「お前のも待ってろよ」
俺にそういう趣味はありませんから。でも気持ちいい頭もっと撫でて。
彼女に連れられてソファに一緒にくつろいでいると、あまり時間をおかずにご飯が出てきた。好き嫌いのない俺にとっては最高の野菜づくしなランチだった。雪時の好感度がどんどん上がっていく、やばいぞ俺。ちゃんと番鳥にならねば・・!
二人は楽しそうに昼食をとると、俺をカゴにしまう。さてお昼寝タイムといきますか・・。
目を覚ますと、二人は部屋にいないようだった。別にいいけどな、どうせ俺はいつも留守番だから。
こういうちょっとしたところでも、ニンゲンと鳥で違いがあったんだよな。全然気づかなかったけど。それでも彼女から俺に対する愛情は本物だったし、俺から彼女への愛も本物だった。
前に食べたものを彼女にゲロっとしたことがある。とても嫌がられたけれど、あれは俺なりの愛情の示し方だった。ただそれをしてから、彼女からの愛情がより深く感じられることが多くなったのも事実だった。
はぁ、俺って鳥のくせにいろいろと考えてて頭パンクしそう。
「ただいまー」
お、彼女だ!パンクしそうだった頭が途端にクリアになって、思わず上下に体が動く。嬉しいときとか、こうやってると気分が乗ってきてとても楽しくなる。そしてたまに楽しさが限界突破するときに彼女に怒られることもある。だが楽しいものは仕方ないし、3秒前のことはよく覚えていないことの方が多いからまぁいいかと思っている。
電気がついて明るくなった部屋には、相変わらず二人が帰ってきていた。二人な、うん、二人。
「すげー踊ってる」
「いつも帰ってくるとこうやって待っててくれてるの、すごく可愛いでしょ?」
「面白いな、確かに可愛い」
お?珍しく雪時が俺を褒めた?・・ハハン!ようやく俺の魅力に気づいたわけだ!彼女返せ!
「でも、俺は美月の方が可愛いと思うよ」
「えっ」
「ほらその顔。泰三見てる美月の顔・・すごく可愛いよ」
ちきしょう俺がニンゲンだったら!ニンゲンだったらぁあああああぁああ
***
あれから数年がたった。
二人が喧嘩するときも仲直りするときも、常に一緒に見てきた。今では雪時のことは心からとは言わんが、信頼している。何よりあの時からたまに俺に野菜ランチを作ってくれるようになって、男心にグッときた。胃袋がグッと掴まされたとは言わないけどな!
そして今じゃ雪時の手のひらに乗ることも出来るようになった。今も手のひらに乗せてもらっているが、まぁちょっといつも通りというわけにはいかない。
ニンゲンよりも鳥は寿命が早いらしかった。
「泰三、軽くなったなお前」
そりゃ多少毛も抜けたからな。
「まだッ一緒にいたいよ・・」
おいおい雪時てめぇ俺なんて手のひらに乗せる暇があったら、彼女慰めてやれよ。
「これから結婚式するんだ、お前の席も準備してあるのに・・まだ逝くなよ」
自分の死に時ぐらい好きにさせろよ、あと30分ぐらい生きられるっつの。
「泰三が、ッいてくれたから、私、わたし・・」
あぁ、泣き顔も可愛いな。チクショウ俺の彼女だったのに。
「俺のライバルなんだろう、これからもずっと家族じゃないか」
そんなこともあったな。もう俺はそのバトルに参戦出来るほど元気じゃねぇんだ。
「たいちゃん・・たいちゃ・・っん・・!!」
可愛い子は笑ってても可愛いし、泣いても可愛いんだな。最後まで可愛い顔を見せてくれるなんてなんていい子なんだ彼女は。
そういえば最後に朝日をバックに笑顔を見せてくれたのはいつだったっけ。いつの間にか朝起きるのが俺より彼女の方が早くなっていったな。朝日と共に起きることが出来なくなってからは、あっという間に今日まで来た気がする。
俺なんかを見て悲しい顔をしないでほしかった、美月にはもっともっと笑ってほしいよ。
ああ、死にたくないなぁ・・もう少し、生きてみたかった。
「美月、音が小さくなってる・・」
「たいっ、泰三!!まだッ私、泰三に見ててもらいたいこととか、しゃべりたいこととかッ、あるよ!」お願い、まだ逝かないで、お願い、お願い・・
初めて手のひらに乗れるようになって喜んでくれた美月。
初めておしゃべりをして喜んでくれた美月。
学校で寂しい思いをしたと泣いた美月。
俺が居れば頑張れると泣き笑いした美月。
初めて彼氏の存在を明かしてくれた美月。
彼氏とどこへ行ったと喜んでいた美月。
雪時にプロポーズされたときに涙を流して喜んだ美月。
俺がそばにいる時間は終わったんだ。もう雪時が居るじゃないか。
あぁ思い出した。あの時俺はあまりに当たり前に嫉妬していた。
俺はニンゲンに嫉妬していたんだ。
だけどそれも俺に見えない先が見えた時から嫉妬も消えた。
ずっとそばに居られただけで幸せだった。
さて、30分とか調子のいいこと思ってたけど、そろそろ時間っぽいからな。
声でるかな・・ア、アー。よし、脳内通話オッケー。
美月、俺を飼ってくれて本当に本当に
「ア、リガト、ウ」
最後に迎えに来てくれたのがじーちゃんだったのが、心残りだったけど。
俺の人生初の彼女は、俺の人生初の看取ってくれた人になった。
俺のために泣かないで。雪時と笑って、生きてくれ。