はつこい
エッチ描写はほとんどありません。
「沢田君、世の中には、知らないほうがいいこともあるのよ」
緑川香織はひどく尊大ないい方をした。あねご肌のクラス委員で、ほかの級友たちと同様に、ぼくに対しても親切ではあるけれど、あたしが指導者なのよ、といわんばかりの、押しつけがましさも感じる。
ぼくはむっとして、緑川をにらんだ。
「自分の彼女のことを知ろうとして、なにが悪い?」
そう。ぼくはただ知りたいだけなのだ。自分がつきあっていた大森ひとみのことを。
こういうことだ。
ふた月前、高校二年の夏休みが始まる前、ぼくは同じクラスの大森ひとみに告白した。
ぼくたちはつきあい始めた。学校一恋愛関係にうとい男、といわれたぼくにとって、初めての彼女だった。
ひとみとデートして、キスをした。
もっと迫ったこともある。
ぼくの部屋でふたりきりになって、キスをして、胸をまさぐり、しだいにその手を下へとのばしていった。
でも、拒否された。
「だめ。お願い。あたし、晃一君のことが好き。本当に好きなの。だからお願い。もう少しだけ待って」
目に涙をうかべてそう懇願されては、無理強いはできなかった。ぼくもひとみのことが好きだったから。
そのひとみが死んだ。かみそりで手首を切って、自殺したのだ。二日前の晩のことだった。
遺体が調べられ、妊娠していたことがわかった。警察は、ぼくが妊娠させたのだろうと疑った。否定したが、信じてくれなかった。
――大森ひとみは不純異性交遊の結果、妊娠し、それを苦にして自殺した。
結局、そういうことで片づけられてしまった。
級友たちのぼくを見る目が、よそよそしくなった。
ひとみを妊娠させた相手を知りたかった。
無口で、はかなげな感じのひとみには、ぼくの知る限り、クラスに同性の友だちはいなかった。クラス委員の緑川とは、それでも話をしていたようだった。だから、物陰へ連れ出して、訊いてみたのだ。
ひとみが妊娠していたことを、驚いたことに緑川は以前から知っていた。ひとみから相談されたのだという。
相手の名前を訊きだそうと、食い下がった。しかし緑川は教えてくれず、冒頭のセリフとなったのだった。
緑川は続けた。
「ねえ、沢田君、これだけは知っておいて。大森さんにとって、沢田君は初めて好きになった男の子だった。あなたは彼女の初恋だったのよ」
ひとみの通夜は、その晩、市内のセレモニーホールで行なわれた。
ぼくは入れてもらえなかった。大森ひとみの親から、娘を妊娠させて死に追いやった相手、と睨まれたからだ。
広い駐車場の片隅で、うずくまっていると、緑川がやってきた。その後ろには、クラスの男子が大勢、というより、全員がそろっていた。
「まだ、知りたいの?」
緑川が短く訊ねた。
ぼくも短く答えた。
「もちろん」
緑川は小さくため息をついて、話し始めた。
「大森さんにとって、沢田君が初恋の相手だってことは、話したよね」
ぼくがうなずくと、
「ただ、彼女には困った性質があって……。頼まれると、断れないのよ。相手のことを、特に好きでなくても」
何の話かといぶかるぼくに、緑川は考えながら、ひとつひとつ言葉をつないでいく。
「お金をもらって、ということじゃないのよ。博愛精神、というのが一番ぴったりくると思う。年頃の男の子は、どうしたって、したくてたまらないでしょう? お願いされると、かわいそうになって相手をしてあげた」
「お、おい、それって……」
緑川は黙ってうなずいた。
自分の声が震えているのがわかった。
「でも、そんなに何人も……?」
また、緑川がうなずいた。
足元の地面が、すっと抜けてしまったような気がした。
「じゃ……じゃあ、ひとみを妊娠させた可能性があるのは……」
ぼくは絶句して、緑川の背後に立つ男子生徒たちを見まわした。
クラスの男子全員が、何か痛ましいような目で、黙ってぼくを見つめるばかりだった。
小説現代のショートショートコンテストに応募して、最終選考にも残らなかった作品です。作家志望のかた、反面教師になさってください。