表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神の心臓  作者: 瑞原チヒロ
第一章 其れは森が見つめる光
2/69

『感じることを、忘れてはだめよ』

 それが母の口癖だった。

『この森には精霊たちがたくさんいるのよ。見えなくても……感じようとすることを、決して忘れてはいけません』

 うん、と彼は素直にうなずいた。

 “精霊”の姿は彼には見えない。それでも、いるのだと信じていたから。

 母が、何度もそう言ったから。

 うなずけば、優しい母は穏やかに微笑んだ。――白いベッドに横たわったまま。

 日ごと痩せ衰える母を、少年はただ見つめていることしかできなかった。慣れない手でがんばって食事を作ってみても、すでに母の体はそれを受けつけないのだ。毎日何度も水を汲みに家の外へ出ても、その水さえ口にできなくなりつつある母。……彼にはどうしようもなかった。

 ただ、かすれた声で繰り返される言葉に、うなずくことだけ。

 そうすれば、少なくとも母がほっとしたように微笑んでくれることを知っていたから。

『精霊は……』

 今にも消え入りそうな声で、母は呟いた。

『きっと……あなたを守ってくれる……』

 ――だったらなぜ、おかあさんのことは助けてくれないの。

 それは恨みではなく、嘆きでもなく、疑問――

 一部の精霊には癒しの力がある。そう教えてくれたのは、母でなかったか。

 尋ねるたびに、返ってくるのは力ない笑みだ。

『必要がないから……ね……』

 ――どうして、必要ない、の。

 おかあさんがいなくなったら、ぼくはひとりきりなのに。この森の中の家でひとりきり……

『ひとりじゃないのよ』

 母は微笑わらっていた。まだ幼いとも言える息子のこの先も、心底安心しているかのように。

『精霊たちが、いつもあなたのそばにいるわ……』

 ――せいれい、と彼は呟く。

 いるのだと信じてきた。姿はまったく見えなくても。いるのだと、他ならぬ母がそう言い続けた。

 精霊の姿を、その目で見ることのできる母が。

『そばに、いるわ』

 ――なぜ、ぼくには見えないのだろう。

 見えるのなら、話せるのなら―目の前の母のことを、精霊に願ったに違いないのに。

『忘れないでね』

 ――決して忘れない。

 そばにいるというのなら、いつかきっとその姿を見る方法を知ってみせる。話す方法を知ってみせる。そして、

『忘れないで……アリム』

 ――そして問うのだ。

 なぜ、おかあさんを助けてくれなかったの――と。


 優しいその女性が永い眠りについたのは、その三日後――

 少年アリムが、弱冠十二歳のときだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ