コウカイシテコウカイ
ある日、旅人が訪れたのは、海の見渡せる港町だった。
町の中に入り、商売の出来そうな場所を探す。
やはり停船場辺りは人が集まるだろうと思い、そちらへ向かって歩き続け。旅人は何艘もの船が止まっている場所へとたどり着いた。
思っていた通り人が多く、屋台などの店も多い。ここなら商売出来るだろうと、出店出来るスペースを探していると、旅人は一艘の船に目がいった。
特に何のへんてつも無い、木造の船。何故目がいったのかと考えれば、船の周りにいる人達が原因だった。
老若男女問わず様々な年齢の人々が、これから船に乗るのか―――浮かばない顔をしている。
何故、あんなに暗いのでしょうか? 旅人が考えていると、一人の男性が声をかけてきた。船乗りなのだろう、黒く焼けた肌に頭にバンダナを巻いた、二十代くらいの男性だ。
「アンタ見ない顔だな、もしかして、旅人か?」
はい。こんにちは 旅人が挨拶すると、男性も挨拶を返す。
「ところでさっきからあの船見てるみたいだけど、ひょっとして旅人さんもコウカイに出るのか?」
航海、ですか? いえ、自分は行きません 旅人は首を横に振った。
「そうか、なら良かった。あのコウカイは、普通の人には関係ないからな」
? どういうことですか? 旅人は首を傾げる。
「なんだ知らないのか。あの船に乗るのはな、何かしら後悔してる人達なんだよ」
後悔、ですか? 旅人は再び訊ねる。
「そうさ、あの時ああしてれば。どうしてこっちを選んでしまったんだろう。あそこで間違えたんだ。とか、様々な後悔を抱えた人達をあの船は乗せてるんだ」その後悔した人達は、船に乗った後どうするんですか? 旅人は訊ねる。
「さぁな、乗ったことないから分かんねぇ。ただ聞いた話じゃ、船で航海すると、二度と帰って来なかったとか、一生船でタダ働きとかさせられるらしいぜ」
それは大変ですね…… 旅人は船に乗ろうとしている人達に視線を向けた。
皆が皆、何かしら後悔しているらしく。浮かない顔の者、下を向いてため息をつく者、酷いのでは頭を抱えて呻く者までいた。
「でもま、悪い話だけじゃないらしいぜ」
そうなんですか? 旅人は視線を男性へと向け直す。
「これは昔、あの船に乗ってたヤツの話なんだがな。航海してる間に、後悔しなくなることが出来れば、船から降りることが出来るんだってよ。ソイツも昔は悩んでたもんだが、久しぶりに見てみたらスッキリした顔になってて驚いたぜ」
なるほど。後悔してなければ、航海する必要はない。ということですね。
「そういうことなんだろうな。どこまでも続く海と空を見てたら、後悔してんのがバカらしく思ってきたって、ソイツも言ってたしな」
その後、旅人はコウカイの船が出るのを見た。
―――それから数日後、明日には町を出ようと考えていた旅人が商売をしていると、あの船が帰ってくるところを目撃した。
あの時に乗った全員ではなかったが、何人もの人が船から……清々しい表情で降りてきた。
中にはあの、頭を抱えて呻いていた人の姿もあった。その人はこちらへ歩いて来て、旅人の露店を見つけ、
「お、コレは……」
ある商品に目が行って立ち止まった。
いらっしゃいませ 旅人は挨拶する。
「そうだったな……コレが、コウカイの始まりだったんだよな……」
その人が見ているのは、同じ形状をした色違いのアクセサリー。
「そん時は二個共買える持ち合わせが無くて、悩んだ末一個買って、次の日にもう一個を買いに行ったら、もう無かった……そん時から、ムリしてでもその日に買っとけば良かった。どうして片方だけにしたんだろう。一個ずつ買おうとしたのが間違いだったんだ。と後悔しまくったものさ……」
大変でしたね 旅人は同情する。
「けど、もうコウカイはしたくねぇ。店の人、ちょっとこの二個、取っといてくれねぇか? すぐ家に帰って代金持って来るからよ」
分かりました。こちらをご予約ですね 旅人は二個のアクセサリーを露店から外した。
「アリガトよ。すぐ戻って来るぜ!」
その人はダッシュで露店の前から去っていった。
その後ろ姿を見て、旅人は呟く。
もう、コウカイの必要はありませんね と。
後悔した人を、航海に連れていく一艘の船があった。その船から降りる方法は、ただ一つ。
それは、コウカイを辞めることだけだ。
湖都、森の中と続いて、今度は港町です。
後悔を無くすため、人々は航海に出る。そこで見る壮大な景色は、後悔していることをバカらしく思わせ、人のコウカイの終わりへと導いているのでした―――
それでは、