黄金の愚王と黒鉄の賢王
むかしむかし、あるところに黄金の手を欲しがったことで知られるミダス王がいました。
神様に触れるものすべてを黄金に変える手を願って、食べ物も、飲み物も、愛する娘さえも黄金にして泣きながら後悔したことで有名な王です。
ある年、ミダス王の国に旅の神様が立ち寄りました。
ミダス王は隣国のヒッタイトの王も招いて、二人で神様を心をこめてもてなしました。
神様は大いに喜んで言いました。
「よいもてなしであった。礼に、おまえたちの望みをひとつずつ叶えてやろう」
ミダス王は迷わず答えました。
「では、また黄金の手をいただきとうございます。ただし今度は左手だけを黄金に変える手にしてくだされ。もう、パンを黄金に変えて泣くような失敗はいたしません」
神様は笑ってうなずき、その願いを叶えました。
次に、ヒッタイトの王が少し考えてから言いました。
「では私も同じように左手を。ただし黄金ではなく、鉄に変える手にしていただけますか」
神様はいいました。
「お前はくすんだ鉄でよいのか。なんと欲のないことだ」
すると、ヒッタイト王の左手はごつごつとした黒い鉄の手に変わりました。
ミダス王は、それを見て大笑いしました。
「はっはっは! 黄金ではなく、鉄とは! しかも、そんな黒くて醜い手とはなんと見苦しい。ヒッタイトの王よ、わしの手を見よ。この輝きを! これは勝負あったな!」
ヒッタイト王は、自分とミダス王の手を見比べて小さくため息をつきました。
「……そういうことではないんだけどなぁ」
しかし、ミダス王はもう聞いていませんでした。
ミダス王は、さっそく黄金を作り始めました。
壁も、柱も、椅子も、食器も、庭の石ころまでが黄金になりました。
ミダス王の宮殿は夜でも月明かりに眩しく輝き、国の民はなんと豪華な王様だと目を丸くしました。
毎日、黄金の杯で酒を飲み、黄金の皿で食事をしてミダス王は鼻高々でした。
いっぽうヒッタイトの王は、国に帰ると鉄の手で鍬や鎌を作り始めました。
鉄の斧や、鍋や釘もたくさん作りました。
「この手があれば、硬くて丈夫な道具が、いくらでも作れる」
鉄の鍬は、木の鍬よりずっと深く土を耕しました。
鉄の鎌は、よく切れて刈り取りが早く終わりました。
畑の実りは年ごとに増え、民の暮らしは少しずつ楽になっていきました。
ヒッタイトの王は、民が困っていると聞けばどこの村にも行って鉄の道具を作って配りました。
ミダス王は、毎日のように黄金を作り続けました。
やがて国中に黄金があふれ、黄金は石ころ同然にありふれたものになりました。
すると、黄金の値打ちはどんどん下がって、最後にはパン一個を買うのに金貨をカゴいっぱいに運ばなければならなくなりました。
金貨を使っていたミダス王の国は、大インフレに陥ったのです。
「王様、このままでは民が飢えてしまいます」
大臣が泣きつくと、ミダス王は黄金の玉座で頭を抱えました。
「黄金なら、いくらでもあるのに……」
「その黄金を、もう誰も欲しがらぬのです!」
ミダス王は、いまさらヒッタイト王を真似て農具や武具を黄金で作ってみましたが、重くて疲れるので仕事がはかどりません。
柔らかい黄金の鍬はすぐ曲がって、形がゆがんでしまいます。
黄金は飾るには美しくても、道具にはまるで向かなかったのです。
ミダス王の国の人々は、みんな金ぴかの家に住んでいるのにすっかり貧しくなってしまいました。
ヒッタイト王の国は鉄の道具のおかげで穀物があふれて、強くて豊かな国になっていました。
ついに傲慢なミダス王もヒッタイト王のもとへ、助けてくれと頭を下げに行きました。
「ヒッタイトの王よ、わしが間違っておった。黄金は、我が民の腹を満たしてくれなかった」
ヒッタイト王は、自分のくすんだ鉄の手とミダス王の美しい黄金の手を見比べて言いました。
「ミダス王よ。黄金は、美しいものです。ただ人の暮らしを支えているのは、地味でくすんだ鉄のほうだったというだけですよ」
ヒッタイト王のくすんだ黒い鉄の手は、どんな黄金よりも人々の暮らしを輝かせたのです。
人々は、彼を黒鉄の賢王と呼んで長く称えました。




