悪役令嬢なんて全力で拒否したい!
ーー苦しいよ。辛いよ。痛いよ。
「リリ!」
「リリアーナ!」
呼ぶ声に薄っすらと目を開けると、父と母、兄までもベッドの傍にいた。
「ーーと、さま?かぁさま⋯⋯にぃさま⋯⋯」
「ああ!リリーが目を覚ましたわ!」
「リリアーナ、もう大丈夫だぞ」
「リリ、お水飲めるかい?」
兄の言葉にゆっくり頷くと、父が身体をそっと起こしてくれた。
「リリゆっくり飲むんだ」
傾けられたグラスの水を嚥下すると、喉の渇きを覚えたように身体が水を求めた。
「リリアーナゆっくりだよ」
背中を支えてくれる父。手を握ってくれる母。水を飲ませてくれる兄。
ーーバカね、リリアーナ。あなたは大切にされ、ちゃんと愛されたじゃない。
水を飲みきると再び頭を枕に沈め、リリアーナは朦朧とする意識の中で小さく呟いた。
「ありがとう父様、母様、兄様⋯⋯」
襲い来る怠さと眠気に抗えず、素直に眠りの世界へと入って行った。
体調もすっかり回復し、久し振りに湯浴みをしたリリアーナは、鏡の前で絶句した。
「ーーはっ?」
蜂蜜を溶かしたような豪奢な髪と、神秘的な青紫色の瞳の美少女。
「⋯⋯これ」
リリアーナ・バリシスティン。
「聖なる乙女と七つの煌めき」というアプリゲームの、いわゆる悪役令嬢。
このゲームは漫画化もされていて、女子の間ではそこそこ人気のあった作品だ。
リリアーナは王太子殿下、兄ロズヴァルト公爵令息ルートで出てくるキャラだ。
「まさかの悪役令嬢リリアーナ⋯⋯」
呆然と呟き、リリアーナはそのまま気を失った。
この物語のリリアーナは誰にも愛されずに、愛を乞うて破滅するキャラだ。
「どうして私のことを誰も愛してくれないの!?」
と、慟哭する姿は哀れでもある。
ーーだが。
「リリまた倒れたんだって?まだ安心できないから、ベッドから出ては駄目だよ?」
兄が心配そうに顔を覗く。
「リリーまだ顔色が悪いわ」
額にそっと濡れタオルを乗せてくれる母。
「リリアーナの好きな果物なら食べられるかい?」
瑞々しい果物を差し出してくれる父。
愛されないキャラとは?
思わず首を傾げてしまうリリアーナ。
なんかこのまま過ごせば、悪役にならずに済むんじゃないかしら?
ーーな〜んて思った日もありました!
ゲームのようにならないため王宮を避けに避けていたら、元凶が自ら笑顔を携えて近寄って来やがった!
「初めましてリリアーナ嬢。ロズから聞いていた以上に可愛いね」
キラキラと輝く笑顔を振りまく元凶の浮気クズ野郎。
「ぎ⋯⋯」
「ぎ?」
「ぎゃあああぁぁぁっ!」
思わずソファの後ろに隠れた私悪くない!
「なんで?どーして?神様、私なんか悪いことした?確かに喪女だったかもしれないけど、平和に平穏に平凡に生きていたのに!それともこれが強制力ってヤツなの!?」
ソファの後ろで打ちひしがれていると、元凶様が不思議そうに聞いてきた。
「もじょ?ってなに?」
「ひぃいいいいっ!」
尻もちをつき、その体勢のまま後ずさる。
「酷いなぁ〜僕、君になにかした?」
これからするんじゃボケェ!
とは言えない。
お願いだから関わらないで欲しい!
「お⋯⋯」
「お?」
「おに"い"ざま〜〜っ!」
恐怖と混乱が極まって泣いた。
そりゃもう周囲が引くくらいのギャン泣きだ。
「リリ!?」
お茶を頼んでいた兄が慌てて部屋に視線を戻すと、泣きじゃくっている妹の姿。
「殿下!リリになにしてるんですか!?」
「え〜!何もしてないよ、まだ」
「⋯⋯まだ?何かする気満々じゃないですか!」
慌てて兄の背後に隠れる妹。
「だって、リリアーナ嬢が婚約者候補に挙がったのにさ、君が全力で拒否するんだもん。会ってみたくなるじゃないか」
ーーはぁ!?好奇心で人を恐怖へと落とさないで欲しいわ!
「リリは駄目ですよ!ね、リリ?」
「わ、私はお父様やお兄様のような、優しくて誠実で素敵な方がいいです⋯⋯(浮気者なんて論外ですー!)」
「あ〜もう、僕の妹は世界一可愛い!」
抱きしめてくる兄に縋り付くと、浮気クズ野郎は肩を竦めて明らかに胡散臭いことを宣った。
「酷いなぁ。まるで僕が性格の悪いクズ人間みたいじゃないか」
そうだよ!と言えるなら叫びたい⋯⋯。
「公爵夫妻からは良い返事がきたのに、まさかロズが反対するなんてさぁ〜」
敵は両親かよ!
きっと私の幸せを考えてなんだろうけど、リリアーナにとってはこの王太子殿下は地雷でしかない。
というか、腹黒イヤ絶対!
「わ、私の望みはお父様とお母様のような仲良し夫婦です」
リリアーナが病に倒れた後、両親の仲はそりゃあもう良好になった。
「その⋯⋯殿下にはきっと他に良い方がいると思います」
そして私のことはサクッと忘れて、さっさとヒロインとくっつけや!
と内心叫びながらお断りする。
この浮気クズ野郎がさっさと片付いたら、リリアーナは安心できるのだ。
「そうかなぁ?リリアーナ嬢みたいに面白⋯⋯いや、愉快⋯⋯楽しそうとも違う⋯⋯あ、魅力的?な人はなかなかいないよ」
おい、このクズ面白いって言ったか?
私はお前のオモチャじゃねーんだわ。
魅力的を疑問形にしたら意味ねーわ。
思わずジトリと睨むと、クズ野郎は楽しそうに笑った。
「ふふっ⋯⋯これから楽しみだよ」
ーーいやあぁぁぁぁっ!!
それから王太子殿下のストーカーが始まった。
学園でも年下である私の教室には来るし、近付いて来たヒロインのことを丸無視する。
いや、ヒロイン無視とかストーリーブッチすんなし⋯⋯。
私は平和に平穏に平凡に生きたいのよ⋯⋯。
「不快さを隠さないリリが可愛い」
そう言って私にべったり張り付く。
それに気付いたお兄様に回収されるのが一連の流れになっている。
ホントどうなってんのよ!?
ゲームでは学園で女王のように君臨してたリリアーナだが、今はクズ野郎に振り回される哀れな小兎ちゃんだ。
最初は嫉妬混じりだった視線も、もはや憐れみに変わっている。
ヒロインは未だに睨んでるけど。
「もうどこかに逃げたい⋯⋯」
ぽつん⋯⋯と呟くと、周囲の女子が頭を撫でて慰めてくれた。
優しさに目から滂沱の汗が出るよ⋯⋯くすん。
めそめそしている間に、クラスでは「リリアーナを殿下から守る会」が発足していたのは、私でさえ知らない出来事だった。
お願いだから神様!
私をこの世界から逃がして下さ〜い!!
押しに押されて疲れきって結婚しそうw




