討伐
だいぶ長いです。
第二話です!
ドンッ!
何かが扉にぶつかる音と衝撃が響く。だが、扉は開かなかった。
「……っ、はぁ、はぁ……」
子供をそっと床に下ろし、鍵を二重にかけた。窓のカーテンを閉め、灯りを落とす。
外は静かだった。だが、その静けさが逆に不気味だった。
子供は震えながら、自分の袖を掴んだ。
「ありがとう……」
その頭をそっと撫で、その声に自分はようやく少しだけ肩の力を抜いた。
だが、まだ終わってはいない。
そう思った瞬間――
バンッ!!
玄関の扉が大きく揺れた。続けて、**ギィ…ギギギ…ッ!**と、金属が歪むような音。
「嘘だろ…」
振り返ると、扉の隙間から、あの異様に長い指がねじ込まれていた。鍵が、意味をなさない。
ドガァン!!
扉が吹き飛んだ。
闇の中から、あの怪物が姿を現す。天井に届きそうなほどの長身。口の穴が、まるで笑っているかのように開いていた。
「…カクレテモ…ムダ……」
子供の手を引き、家の中を駆け抜ける。廊下を曲がり、リビングを横切り、階段を駆け上がった。
後ろから、ドスン、ドスンと重い足音が迫ってくる。
「こっちだ」
寝室のドアをすり抜け、下に降り、さらに奥――風呂場に進む。
自分は子供を中に押し込み、自分も飛び込むようにして入った。
バタン!
扉を閉め、内鍵をかける。
「はぁ…はぁ……」
風呂場の中は、湿気と緊張で息苦しいほどだった。子供は自分の背中にしがみつき、震えている。
外から、ゆっくりと恐怖が近づいてくる。
コツ…コツ…
そして、扉の前で止まった。
コン…コン…
ノックのような音。だが、それは明らかに“人”のものではなかった。
「……コンナモノデ、ミヲマモッタツモリカ……?」
その声は、まるで風呂場の壁の内側から響いてくるようだった。低く、湿った声。
次の瞬間――
ドンッ!!
風呂場自体が大きく揺れた。内鍵が軋み、金属が悲鳴を上げる。
「くそっ……」
震えた子供を背中にかばいながら、浴室の隅へと後ずさった。逃げ場は、もうない。
ドガァン!!
扉が吹き飛んだ。
破片が飛び散り、湿気を含んだ空気が外の空気と混ざり、一気に冷たくなる。怪物はやはり、その口の穴を笑っているかのように歪めている。
「……ツカマエタ……」
怪物の腕が、ゆっくりと、だが確実に自分たちへと伸びてくる。
「来るな……」
子供を守るために一歩前に出た。右手を広げ、怪物の進行を止めようとする。
怪物が腕を振り上げる
「やめろっ!!」
ズバッ!!
空気が裂けた。
ビチャッ…
風呂場の白いタイルに長袖だった布をつけた腕が落ち、真っ赤な血液が飛び散る。
自分の右腕が、肘から先で切断されたのだ。
血が噴き出し、断面から白い骨と肉が見える。
だが――
……多分、僕の顔には、驚きも、恐怖も、痛みすら浮かんでいないのだろう。……
落ちた腕と傷口が子供に見えないよう、右半身を庇い、ただ、静かに、怪物を見据える。
「……そうか」 あいつは、来なかったか…
低く、かすれた声が漏れる。
その目は、まるで何かを悟ったように、あるいはすでに何かを捨てた者のように、深く静かだった。
怪物は一瞬、動きを止めた。人間が腕を失ってなお、これほど冷静でいられることに、わずかに戸惑ったのかもしれない。
「……ジャマ……」
再び怪物が動き出す。
伸ばした刃物のような腕が自分の胸に伸びる。
ザクッ……
しかしその腕は自分に触れることはなかった。
何かが切断する音が風呂場に響き、怪物の動きが止まる。
刀のような長い刃が伸び、怪物の体液と刀身の黒く鈍い光が頭を貫いている。
「……ナッ……」
怪物が呻くように声を漏らす。
バタン
そのまま怪物は前のめりになって倒れる。
その背後に、静かに立っていたのは――フードを深くかぶった人物だった。
全身を黒い布で覆い、顔は影に隠れて見えない。だが、その手には、今まさに怪物を貫いた刀の柄がしっかりと握られていた。
「怪我はありませんか?」
その声は落ち着いていて、どこか優しさを感じさせる。
自分は、血に濡れた左手で子供をかばいながら、自分らを救ったその人物を見上げた。
だがきっと、自分の目には驚きも感謝もない。
ただ、静かに、淡々と告げた――
「……遅いぞ尾上」
その声は、まるで日常の延長のように乾いていた。
そして、まだ血が滴っている右腕の切断面を見せながら、口元をわずかに歪めて言った。
「おかげで、半袖になっちまったじゃねぇか」
その言葉に、尾上と呼ばれたフードの人物はわずかに肩を揺らした。笑ったのか、息を呑んだのかは分からない。
だが、次の瞬間――
パチン
けがのない左手で指を鳴らした。
その音は小さく、だが風呂場の静寂に鋭く響いく。
まるでそれが“合図”であるかのように、空気がわずかに揺れた。
タイルの上に転がっていたはずの右腕が、まるで時間を巻き戻すかのように、ゆっくりと動き出す。血の跡が逆流し、肉が繋がり、骨が組み直されていく。
ズズ…ズズズ……ッ
音もなく、腕は肘に吸い寄せられるように戻り、何事もなかったかのように元通りになった。
そしてさっきまで着ていた服も変化している。
黒を基調とした、尾上と同じ装束。だが、ひとつだけ違っている。
左腕の袖口――そこには、金糸で刺繍された「ヤタガラス」の紋章が輝いていた。
三本足の神鳥。その姿は、まるでこの場における二人の“格”の違いを示すかのように、静かに、しかし確かな存在感を放っていた。
その光景を見ていた尾上が、肩をすくめるようにして言った。
「仕方ないじゃないですかぁ。俺がいたの、ここから六キロぐらい離れたところだったんですよ」
その声は、先ほどまでの優しさのある声とは打って変わっり、どこか軽く、飄々としていた。
そして、手を上げると、深くかぶっていたフードを脱いだ。
現れたのは、まだ若い男だった。人懐っこそうな目と口元にはいたずらっぽい笑み。まるで大型犬だ…
「間に合っただけマシってことで、許してくださいよぉ、隊長」
自分は、再生した右手を軽く振りながら、鼻で笑った。
「結構痛かったぞ。それに、六キロくらいなら、走れ」
「えぇ~、隊長、俺が走るの苦手なの知ってますよね」
そんな軽口の応酬の中にも、どこか深い信頼を感じさせる空気が流れていた。
「マダ…シヌワケニハ…」
ドンッ
怪物の声とともに風呂場に銃声が響いた。
上半身だけ起こした怪物の胸に大きく風穴が開く。
自分の持つ銃口から煙が上がっている銃を腰のホルスターに収めた。
まだ死んだわけではなかったのだ。
「いつも言ってるだろ、怪物は心臓と脳を破壊しないと死なない。
ちゃんと死んだか確認してから被害者に向き合え」
「すいません…」
「今回は第三等級だった猶更注意しろ」
「はいっ」
怪物は確実に息を止め、灰のようにボロボロと崩れ始めた。
「もう大丈夫だよ。これからはこんな時間に外で遊ばないようにね」
家の外に出て、子供と話す。 子供は必死に頷いた。
「お兄さん、私を守ってくれてありがとう! これからは夜、外に出ないように気をつけるよ。
だから、もう元に戻すね!」
「と言っても、この子は絶対外に出なきゃなんだけどね…」
ボソッと呟く。
「えっ?隊長、今何か言いました?」
「いや、何でもない」
ふと、空気が揺れた。
まるで誰かが世界の“設定”を一瞬で書き換えたかのように、視界が――白く染まる。
眩しさに目を細める間もなく、風呂場だったはずの空間が、まるで幻のように消え去っていた。
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