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苦手な方はご注意ください。

邪祓師の腹痛さん/水鏡案件【螺子巻島・摩放浪婆】

音無家①


 紺碧の海と白い日差し。甲高い掠れ声でにゃあにゃあと啼くウミネコの声が波音の狭間に聞こえてくる。  紫檀の髪を後ろに下げた少女が船首に目をやると、奇妙な螺旋を描いた島が前方に浮かんでいた。

 

 少女を乗せたフェリーは大きく汽笛を鳴らし、白煙をもうもうと吐き出しながらそこに向かって進んでいく。 


 砕けた白波の合間に、何か大きな影が見えたような気がして少女は海を覗き込んだが、どうやら目の錯覚らしくそこには何もいなかった。

 

美空みそら! もうすぐ到着するわよ!」


 背後から呼ぶ母の声を聞き、少女は「はあい」と適当な返事をしてもう一度島に目をやった。


  新たな住まい、新たな生活、あらたな人間関係。  そのどれもが十七の少女にとっては脅威でしかない。  慣れ親しんだ都会を離れ、こんな絶海の孤島に越すともなればなおさらだった。


 それでも、どこか期待しているような自分もいるのだから十代の乙女心とは難しい。自分でもそう思う。


 美空はくるりと回り、わざとスカートの裾を膨らませた。


 そんな姉を見ていた妹が冷めた口調で言う。


「なにやってんのよ。お姉ちゃんはしゃぎすぎ」 

「はしゃいでないし。それに麗美れみは冷めすぎなんだよ」


 思春期真っただ中の妹は、輪をかけて難しい。  それでも可愛らしい妹ではある。


 照れ隠しでつい言った言葉を悔やみながら、美空はスカートを押さえた。


 案の定麗美は姉の言葉が気に障ったらしく、冷めた目をさらに細めてフイと視線を逸らしてしまった。


「ごめんてえ」


 そう言って美空は妹を追いかける。


 走った拍子に首にかけたネックレスの鎖が揺れて、夏至が迫った初夏の日差しを乱反射した。


 機嫌を直してくれない妹をなだめながら船内に戻ると、荷物を抱えた父がいた。


「来た来た。秋美あきみさーん! 美空と麗美が来たよー!」


「はーい」と声がして母が駆けてくる。姉妹に似て美しい母だった。


「どうしよう志度しどさん。私緊張してきた」


 妻は夫の腕に触れて言う。夫もまた妻の肩を優しく叩きながら笑顔で答える。


「大丈夫だよ。一応親父の古巣らしいし、何度か遊びに来た時もみんな親切だったろ?」


 麗美はそれを聞いて顔を顰めると、不機嫌を隠そうともせずにつぶやいた。


「なんでこんな田舎……」


 その時、船内に陽気なメロディーが流れ始めた。いかにも船旅といった風情の水平線と波をモチーフにしたメロディ。


 美空はつい頭の中でそのメロディーを譜面に直しかけてやめた。


 意味のないことだ。


 かわりに仲睦まじい両親と、不機嫌な妹に目をやってから、少女はもう一度島に目をやった。


音無家②


 何度目かの汽笛が鳴り響き、ガタンという衝撃がフェリー内に走ると、船長のアナウンスが灰色の四角いスピーカーから聞こえてきて、乗客たちはのそのそと出口に向かって歩き始める。


「私たちも行きましょう?」


 母の声で美空もまた荷物を抱え、その行列に加わった。島に上陸すると、そこには異質な空気が漂っている。海風の匂い、直線的な日差し、観光客や余所者に向けられる独特の眼差し。そして港に聳える巨大なオルゴールと、そこから流れ出す奇妙な旋律の存在感。


 オルゴールは石灰で出来た大きな巻貝のような姿をしている。しかし渦の途中、途中には襞付きのラッパのベルのようなものがにょきにょきと生えているのだ。


「なにこれ……気持ち悪……」


 何かあれば文句を言ってやろうという気概を妹から感じつつも、美空も同じように思った。出迎えのモニュメントにしてはいささか趣味が悪い。


「うそ⁉ お姉ちゃん見てよこれ……気色悪ぅ」


 そう言って顔をしかめる妹の方に寄れば、美空の目にも気色悪ぅの正体が明らかになる。


「人だ……人の顔がいっぱい付いてる……」


 巻貝の凹凸は人の顔で出来ていた。


 いったい何を思ってこのオルゴールの作者はこんなものを作ったのか……?


 そんな事を考えながら、美空は妹に言う。


「よくこれで役場もOKを出したね……」


 思わず妹に同調していると、父がやって来て口を挟んだ。


「言いたい放題だなあ? でも凄い彫刻家の意匠なんだぞ?」

「これが⁉ 意味わかんない!」

「麗美には芸術のセンスがなかったかな?」


 それを聞くなり、妹は父親を一瞥してその場を離れてしまった。美空も父を睨んで頬を膨らませる。


「もお! わざわざ怒らせないでよ。麗美の機嫌直すの大変なのに」

「ごめんごめん。この島はオルゴールが名産で、そのために偉い彫刻家の先生をわざわざ呼んで作ったんだってさ。島中にオルゴールがあるんだぞ?」


 父の言葉で、美空は不気味な音色に耳を澄ませた。  ピッチがずれていて気色が悪い。こんなものが島中にあると思うと気が引ける。その時だった。


「お家を探してるの?」


 ハッと振り向くと、そこには背の曲がった白髪の老婆が杖を手にこちらを見上げ満面の笑みを浮かべていた。見ると父はいつの間にか、家族の方へと歩いて行ってしまっている。


「探してるっていうか、引っ越してきたんです」


 美空はやや引き攣った愛想笑いを浮かべながら答えた。すると老婆はニコニコと頷いてから言う。


「そーう……ここは良ーいところだよ。ずーっとおったらええ」


 曖昧に微笑んで美空がその場を去ろうとすると、老婆は再び口を開いた。


「お家を探してるの?」

「え……?」


 先ほどまで美空が立っていた虚空を見ながら、老婆は満面の笑みで繰り返している。


「そーう……ここは良ーいところだよ。ずーっとおったらええ」


 困惑していると、医療従事者か介護施設の職員を思わせる清潔な服を着た女性が駆けてきて老婆の肩に手を回した。


「こんな所にいた! 探したんだよ? お家に帰ろうね?」


 老婆はニコニコしながらその人に連れられて行ってしまう。乗り込んだ軽バンの側面には〝幸せの国(メリーランド)〟と書いてあった。 


「よ! お嬢ちゃんべっぴんだねえ! 観光かい?」


 突然の大きな声に、放心していた美空はビクリと肩を震わせる。振り返ると、胸まである紺の前掛けをして、白い長靴を履いた男が嬉しそうに立っていた。


 歳は四十くらいだろうか?


「いえ……引っ越してきて……」


 素性を伝えることに抵抗を覚えながらも、咄嗟に嘘も吐けずそう言うと、男は大層驚いた顔で言った。


「へえ⁉ 珍しい! この島に移住者かあ。俺は漁師で魚屋の平政ヒラマサだよ。ほら! 魚の!」


 美空はその言葉の意味が呑み込めず適当な相槌を打ってその場を離れた。速足で家族のいる場所に向かうと、妹はまだ不機嫌そうな顔で黙っている。結局、今あった話を切り出すことが出来ないまま、美空は父の手配したタクシーに乗り港を後にした。


音無家③


 古い一軒家を改装した新居には、独特のにおいがする。非日常的で限定的なそのにおいは、十代の少女を高揚させるには十分だった。その証拠に、妹の麗美も自分の部屋という存在を目にしてから機嫌を直している。


「お姉ちゃん、荷ほどき終わった?」


 朝食の席で麗美は美空に向かってやや挑戦的にそう言った。


「まだだよ。今日の準備が終わったくらい」

「ほんととろいよね。ねえ? 島に雑貨屋さんとかあるかな⁉」


 姉の返事も待たず、お父さーん。と叫んでいる麗美に眉を潜めつつも、美空は島のポテンシャルに思いを馳せた。


 こんな島にあるのだろうか?


 ぼんやりと考えながらトーストを食んでいると、母の声が響く。


「バス来たよ! 急いで!」


 姉妹揃って返事をし、家の前に出るとスクールバスが止まっていた。二人でそれに乗り込み、慣れないバスのシステムにもたついていると美空と同じ制服を着た少女が後ろから入ってきて声をかけた。


「もしかしなくても転校生? そこに引っ越してきたんだ?」


「あ、うん。ねえ、これって勝手に座っていいの? お金とかは?」


「ぜんぜんオッケーだよ。島が払ってくれてるから制服の間はタダ! 私、島村みやび! そっちは?」


音無美空(おとなしみそら)。こっちは妹の麗美(れみ)


「美空と麗美ちゃんね! よろしくー!」


「ねえ、みやびちゃん! 島に雑貨屋さんってある⁉」


 麗美は座席に向かう途中、待ちきれないと言った様子でみやびに尋ねた。それを聞いたみやびは妖しい笑みを浮かべて言う。


「おいおい。君は島を舐めてるのかい?」


「やっぱり無いの……?」


 美空がそう言うと、みやびは頬を膨らませて答えた。


「そっちに取るかね? あーりーまーすー!」


 麗美もみやびに懐いたらしく、そんなやりとりをしながら和気あいあいと話しているうちに、バスは学校の敷地に到着した。


 小中高が一つの大きな敷地に隣接するように建てられた独特の学び舎。裏は小高い山になっている。というよりも、島は町全体が大きな山の周囲をぐるぐると螺旋を描くように配置されていて、どこかしらが山に面しているような独特の姿をしていた。


 学校はちょうどその中腹あたりに位置していて、美空達の家から見ると、丁度ふもと側、真南の場所に建っていることになる。


「じゃあね、お姉ちゃん! みやびちゃん!」

「じゃあねえ!」


 美空とみやびは麗美と校門で分かれ、高校棟の方に向かって歩き出した。ちらりと美空が振り返ると、緊張した妹の後ろ姿が目に入る。


「妹ちゃん心配?」


「あ、ちょっとだけ。うまく馴染めるといいんだけど」 


「大丈夫でしょ? しっかりしてそうだったもん、麗美ちゃん」


「だといいけど……」


 そんな話をしている美空の耳に、突然聞き覚えの音が飛び込んでくる。たどたどしさが抜けないピアノの旋律。


 見上げると、カーテンの向こう側で誰かがピアノを弾いているのが見えた。


「ソナチネ……」

「え?」


 思わずつぶやいた美空にみやびが聞き返す。しかし美空は首を振って「何でもない」と笑って見せた。



 小中高で微妙にズレた重たいチャイムの輪唱が、歪んだ空気の揺れを産む。その狂った音に美空が顔を顰めていると、担任が美空に声をかけた。


「それじゃあ、自己紹介してもらえるかな?」 

「あ、はい。音無美空です。よろしくお願いします」 「じゃあ、島村の隣の席に」


 たまたまバスで一緒になったみやびが隣で心強い。  そう思いながら美空がみやびに笑顔を見せると、みやびもそれに目配せで応じた。


 美空が席についてすぐ、担任はテストの返却を始める。あちらこちらでテストの結果に生徒が声をあげていた。


「俺の勝ち」「しくじった」「やり直したい」


 そんな声を聞きながら、美空は本土のことを思い出す。何も変わらない。同じ高校生。すぐに馴染める。


「あちゃあ……これママにどやされるヤツだ……」


 そう言いながら帰ってきたみやびと目が合って、美空は自分の考えを気取られないように同調してみせた。ここで生きていくんだ。そう心に決めて、少女はクラスの輪の中に溶け込んでいった。


音無家④


 七限目の終わりを告げる重たいチャイムが鳴り響いた頃、教室は血のように朱い夕日に染められていた。  冴えないいかにも教師と言った風貌の担任が、終礼前のホームルームでよくわからない話をしている。


 ですから……ですから……と何度も同じ言葉を繰り返す担任にうんざりする。意識が現実を離れて夢遊し始めると、美空の耳にソナチネの音が聞こえてきた。


 例えるなら初級と中級の狭間。その中で、なんとか浮上しようと繰り返さるフレーズは健気で、どこか狂気的だった。しかしその気持ちが美空には痛いほどよく分かる。頭では分かっていても同じところで弾き間違える自分に発狂しそうになったとしても、先へ進むためにはとにかく弾くしかないのだ。


 いつしか美空の指は同じフレーズを追って机を叩いていた。胸の奥に仄かな痛みが居座っていることに気付けかけた頃、隣のみやびが手紙を投げてきて美空は現実に引き戻された。


『おんなじ話ばっか長いよね』


 オリジナルと思しきキャラクターが吹き出しの中でそう言っていた。美空も『くどいね』と返事を書いて投げて寄越す。


『島ってマジでヒマだよ。デスカラの話と同じくらいヒマだから覚悟しといて!』


 デスカラ……その文字と担任を見比べて「なるほど」と美空は思う。見比べる間にも何度もそれを口にしていた。


『デスカラ納得! ヒマでも雑貨屋さんはあるんでしょ?』


 妹の不機嫌を先回りしておこうと美空は大して興味の無い話題を返事に選んだ。するとみやびがこちらを見て大袈裟に顔を顰める。


『あるけど、本土と比べたらしょぼいよー! 卒業したら、絶対東京か大阪の大学に行く!』


 こぶしのマークと共に書かれたその言葉が、先ほどのソナチネの音色と重なり美空の心に重たくのしかかった。


 それを顔と文字に出さぬよう、美空は細心の注意を払う。


 作り笑いと、似合わないイラストを添えて『応援してる!』と書いた手紙はみやびのお気に召したらしく、満面の笑みが返ってきた。



 転校初日の帰りのバスの中、麗美の機嫌はすこぶる悪い。 みやびも気を使うほどの機嫌の悪さに、さすがの美空もたしなめる。


「ちょっと麗美、感じ悪いよ? 雑貨屋さんも連れてってくれるって言ってるんだからありがとうくらい言いなよ……?」


 妹は姉を睨んで低い声を出した。今にも泣き出しそうな、震える声だった。


「お姉ちゃんはなんにも気付いてないわけ? ほんとにおめでたいね」


「なにそれ? どういう意味? 全然わかんない」


「いいよ。初めから分かってもらえるとか思ってないから」


 それ以降妹は黙りこくってしまった。美空もさすがに腹が立って、それ以上話す気にはなれずみやびのいる席に戻って言う。


「ごめんね……反抗期っていうか、思春期こじらせるっていうか……」


「いいよいいよ。こんなど田舎通り越した孤島に来ちゃったら、私もああなるって」


 そう言ってみやびは笑った。


 バスはぐるぐる螺旋を描きながら緩やかな坂を上り、島を周回して〝超常〟の方へと向かう。


 法面の石積みや、民家の塀は同じくらい古びて苔むしていた。


 時折オルゴールの音色が響く場所があり、ドップラー効果でそれが恐ろしい旋律に変わって取り残されていくのを聞きながら、美空は考えていた。 


『お姉ちゃんはなんにも気付かないわけ?』


 気付いていないわけではない。


 先ほどからぐるぐると上っていくカーブの度に、まったく同じ人影が立っていることに。


 ただ、妹がそれを指して言っている確証がなかっただけだ。


 もしそうなら、こんなことは誰にも話せない。


「はあ。前に戻りたい」


 聞こえよがしに妹が独り言ちたのを無視して、美空は今日何度目か分からない引き攣った作り笑いを浮かべて、みやびの話に相槌を打つのだった。


音無家⑤


 転校を終えてから、何事のもなく一週間が過ぎようとしていた。


 父は村役場に勤め、慣れない仕事に苦労している。母は家の片づけやら、近所付き合いで忙しそうだった。


 かといって美空も麗美も、もうそれを寂しがるような歳ではない。自分の世界があり、日常があり、人間関係がある。ティーンエイジャー女子ともなればそれはえてして過酷なもので、クラスでの立ち位置や身だしなみ。浮いた話が無さ過ぎても有り過ぎてもいけない。など、前提に矛盾を孕んだダブルバインドのように迫りくる。ましてや都会から越してきた外様の彼女らを取り巻く目の数は多かった。


 ぐるぐると周囲から見定められ、崇拝されるのも、落胆されるのも好い気はしない。だから美空は出来る限り島の常識に馴染もうとしていたし、それを自分のものとして振舞えるように余念が無かった。


 そんな健気さが好感を得たらしく、美空はクラスにも近隣にも受け入れられたし、美空も彼らが嫌いではなかった。しかし麗美はそんな姉に軽蔑の眼差しを向け、階段の上から見下しながら言う。


「お姉ちゃん気持ち悪い……なんで誰もいない家の中でまでニコニコしてんの?」


「え……? 別に。普通にしてるだけじゃん? 朝一から喧嘩腰で突っかかってこないでよ」


「気持ち悪くないの? じろじろ見られて、ひそひそ噂されて。目立つの苦手なフリしてホントは楽しんでるわけ?」


「苦手だよ……だから馴染む努力してるんでしょ? 麗美は協調性無さ過ぎ。もうちょっと愛想よくするだけで生きやすくなるよ?」


 妹の顔が歪んだのを見て、美空は自分の言葉に後悔する。


「ごめん……言い過ぎた」


 そう伝えるよりも先に、麗美は階段を踏み鳴らしながら下りて来て、すれ違いざまに吐き捨てるように言い残した。


「お姉ちゃんも戻りたいくせに……!」


 ズキンと胸が痛んだのは妹の敵意に曝されたせいか、あるいは……。その答えを出す間も無く、母の声が居間から聞こえて美空は家を後にした。




バスの中、みやびと並んで座りながらあれこれと他愛のない話をする間も、美空は前方の席に独りで座り窓の外を睨む妹を気にしていた。そんな美空に気付いてみやびが問う。


「喧嘩でもしたの?」


「そんな感じ。あの子島に馴染めてなくて機嫌悪いの」


「ああ。分かるわあ。私も早く出ていきたいもん! こんな島!」


 苦笑しながらみやびの言葉に相槌を打ち、美空も窓の外に目をやった。杖を突きながら坂を下る老婆の姿に見覚えがある。


「あの人……」


「ああ。メリー婆さんね! また施設抜け出したんじゃないの?」


 みやびも窓の外を見ながら呆れたように言う。


「知り合い?」

「違う違う! でも有名なんだよ。オルゴールのとこにいつもいるし、意味不明なことばっかり言うし。それにうちのママ、施設で働いてるからさ」


「へえ」という気の無い返事をしている間に老婆の姿は見えなくなった。


 結局それ以上妹の話題もメリー婆さんの話題も話に上ることはなかった。バスが校門の前に到着すると美空はもう一度窓に目をやり表情と髪型を確認する。そうして聞こえてくるピアノの音色から逃れるように、少し速足で校舎の方へと歩くのだった。



音無家⑥


 その日の放課後、みやびは美空と一緒には帰らなかった。


「ごめん! ちょっと呼び出しくらった!」


 そう言って返事も待たずに駆け出していき、取り残された美空は一人で校門の前に佇みバスと麗美を待っている。


 夏空は高く、島のどこにいても吹き付けてくる海風は心地よくも悪くもある。


「どこにいても〝島〟って感じじゃん⁉」


 そう言ったみやびの言葉の意味が何となく分かったような気がした。とは言え、美空はぬるい海風を楽しむ事に決め目を閉じる。遠くに聞こえる潮騒に耳を澄ませたその時、美空は不意に声をかけられ飛び上がるようにそちらを振り向いた。


「メリーゴーランドはこちらですか?」


 そう言って小さな黒い瞳を輝かせながらメリー婆さんが自分を見上げている。


「え? メリーゴーランド?」


 美空は思わず聞き返しながら、施設の人はいないだろうかとあたりを見回した。しかし周囲には誰もおらず、老婆は執拗に繰り返してくる。


「あの、メリーゴーランドはこちらですか?」


 どこか苛立ちを含み始めたようなその言葉に美空は困惑した。


「ごめんなさい……引っ越してきたばかりだから詳しくなくて……」


 適当なことも言えずにそう言うと、老婆は残念そうにため息をついてから手招きした。仕方なく美空が顔を近づけると、まるで秘密を打ち明けるように老婆が言う。


「ここは良いところよお。ずーっとおったらええ」


 何故だろう?


 美空の背筋に悪寒が走った。


 思わず仰け反るようにして顔を離すと老婆はニコニコと笑みを浮かべ続けている。美空はやってきたバスに逃げ込むようにして車内に入った。


 窓からちらりと老婆に目をやると、ずーっと美空の動きを追って首を回している。その首がぐるりと一周しそうになって美空が息を呑んだ時、麗美が駆けてきてバスに飛び乗った。


 閉まりかけたドアがシュウ……と音を立てて開き、運転手が小言を言う。美空はもう一度老婆を確認しようと首を捻ったが、妹が口汚く言った文句でそれは遮られてしまった。


「もお……運転手さんに妹が来るって言っといてくれてもいいじゃん⁉」


「いや……来るかも分かんなかったし……」


 青い顔をした姉の顔をじろじろと覗き込みながら麗美は口を開いた。


「お姉ちゃん生理? 顔色悪いよ?」


「ううん。大丈夫。暑かったからちょっと立ち眩み……」


 慌てて嘘をついた美空を麗美はしばらく睨んでいたが「ふぅん……」と言ったきり興味を失くしたようにそっぽを向いてしまった。




 その日の夕食の席で、美空は何気なく父に尋ねる。老婆の言葉がずっと気になっていたからだ。


「ねえお父さん。この島に遊園地とかってあったりするの?」


「遊園地?」


「うん。メリーゴーランド……とか」


「いや、知らないなあ。っていうか無いんじゃないかな? こんな島だし」


「もしかして美空、誰か一緒に遊園地に行きたい人ができたのかしら?」


 父のビールを交換しながら母が悪戯っぽく言った。


「ち、違うから! 転校して一週間だよ⁉」


 美空は慌てて否定するが両親はそんな美空をみながら含みのある笑みを浮かべている。


「ちょっと、麗美も何とか言って!」


「馬鹿みたい……ご馳走様」


 そう言って美空が助け舟を求めた妹は、両親を睨んで立ち上がり二階へと消えてしまった。追いかけようとした母を父が制して言う。


「難しい時期だから。きっと時間が解決してくれるよ」


「でも志度さん……」


「いいんだ。ここでならやり直せる。きっとうまくいくから」


「ええ……」


 居心地の悪くなった美空もまた残った夕食には手を付けずに席を立った。


 皿を下げ、階段を上る時、わずかに振り返った先では父が母を抱きしめていた。




 続く。



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深川我無


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