第30話 誘拐犯と理由
無言のまま、リーネは洞窟の中を進んでいく。
洞窟の中は薄暗く、足元は不安定だ。だが、発光する苔がかろうじて道を照らしていた。
(なんとも都合のいいことですね)
天然の洞窟なら、こんな苔は生えていない。
これは、つまり、誰かが意図的にこの洞窟を利用しているということだ。
(人の気配も感じますね)
死神の力を使うまでもなく、気配がわかった。どうやら、奥はそこまで深くないらしい。
「ぎゃははははっ!」
奥の方から、男たちの下品な笑い声が聞こえてきた。
聞こえた方へ進んでいくと、洞窟には不釣り合いな明るい空間が広がっていた。
(思っていたよりも多いですね)
広間には十人近くの男たちが、酒盛りをしているようだった。
隠れる必要はない。リーネはその中でも一番上座にいる男の後ろに立った。
「いやぁ、ちょろい商売だぜ! こんなガキどもをさらうだけで、金がザクザク入ってくるんだからな!」
「へへっ! まともな大人がいないって聞いてやしたが、想像以上に楽だったぜ!」
「こんなことならもっと早くさらっとくんだったなぁ! あはははっ!」
真っ赤な顔で酒を煽りながら、男たちは楽しそうに笑っていた。
(さらう……誘拐犯ですかね?)
リーネは男たちの会話を聞きながら、状況を把握していく。
「しかし、孤児院のガキどもなんてさらって、金になるんですかね?」
「それがだなぁ。聞けよ! 一人だけ、シスター服を着た女がいたろ? あいつがなぁ、どうやら、貴族の娘らしいんだよ!」
「まじですかい!?」
(貴族の娘……?)
リーネはその言葉に反応した。
「そうなんだよ! この間、王都内をうろついてたやつから、聞いたんだが、どうやらお忍びで街をうろついてたらしくてな!」
「へぇ、でも、そんな女がなんでスラムになんているんですかね?」
「そんなの知らねぇよ! でも、そんなこと関係なく、見た目だっていい女だったろ? ああいうのは高く売れるんだよ!」
「なるほどなぁ! ボスは賢いですなぁ!」
「あっはははっ!」
男たちは再び笑い出した。
「……」
リーネはその会話を聞いて、胸の中に込み上げてくる燃えるような感覚を覚えた。
(……間違いなくアリアのことだ)
おそらく、男たちの言う女とはアリアのことだろう。
王都内をお忍びで歩いていたというのは、リーネと一緒に王都で買い物をした時のことに違いない。
(……迂闊……でしたね)
リーネは自分の不注意を悔やんだ。
餌にするとは言ったが、それは、あくまでも商会に対しての話だ。
まさか、こんな人身売買組織がアリアを狙うようになるとは思ってもみなかった。
リーネが感じた燃えるような感覚は、次第に熱を増していく。
(これは……怒りの感情ですね)
叔父の時に感じたのと同じ感情。
しかし、その怒りは、叔父の時と違って今回は内側に向いていた。
(私のミスです)
リーネはその怒りを抑えきれなくなっていた。
自分のせいで、アリアが危険にさらされてしまった。
大事な友人が自分のせいで。
それを意識した時、リーネの中で何かが切れた。
「……」
リーネは無意識のまま、目の前の男の首に手をかけた。
「ははっ……はぁ……?」
ボスらしき男が笑いを止める。
「ボス? どうかしたんですかい?」
急に立ち上がったボスを見て、不思議そうに男たちが声をかける。
「……ぅ……ぁ」
しかし、ボスの首がゆっくりと傾いていく。
それは人間の可動域を超えてもさらにそのまま傾いていく。
「……」
誰もがその異常な光景に目を見開いたまま、固まっていた。
そのまま、リーネの手の中で、男の首がポキリと折れた。
「ボ、ボス!?」
「なんだ!? 何が起こった!?」
男たちが一斉に立ち上がった。
「うるさい」
リーネの言葉は彼らには聞こえない。
しかし、その言葉に込められた強い感情が彼らを襲った。
「……ぅ……くる……」
「……ぅぁ」
目を見開き、苦しみ出す男たち。
声にならない叫びをあげながら、次々と倒れていく。
「……これは……八つ当たりとかいうやつですね」
一人残ったリーネは、倒れた男たちを見下ろしながら、呟いた。




