第13話 機嫌と実家
翌日、リーネのクラスの空気は最悪だった。
その原因はリーネだった。
表面上はいつもどおりであるのだが、リーネがいるだけでなぜか空気が重い。
(空気が読めるというのは、素晴らしいですね)
リーネとしては、そんな空気感を楽しみつつも、隠しきれない面倒くささを感じていた。
教室の誰しもが、リーネの挙動を警戒し、腫れ物に近寄らないようにとリーネから距離を取っているのだ。
もっとも、誰も話しかけてくることがないのは、いつものことではあるが。
(さて、面倒ですが行きましょうか)
放課後になり、教室から出ていった時は、教室内から安堵のため息が漏れた。
(ここで戻ったら面白そうではありますが)
一瞬、本当にやってやろうかと思ったリーネだったが、約束の時間が迫っていることに気がついて、足早に校門を出た。
向かう先は、昨日とは違ってスラムではなく逆の方向。
空気的にもスラムとは真逆の場所にある、貴族の邸宅だった。
そのうちの一軒に到着すると、リーネは門の前で立ち止まって、ため息をついた。
(前に来た時は楽しかったんですがね)
そんなリーネを見て、門番が不審な目を向けた後、すぐに気がついて、目を見開いた。
「リーネ様!? おかえりなさいませ! ただいま執事を呼んでまいります!」
門番はリーネの言葉も待たずに、慌てて邸宅の中へと走り去っていった。
(おかえりなさい……ですか……ただいまとでも言うべきなんですかね?)
見上げた先にあるのは、ミゼリオール邸宅。
かつてのリーネの生家であった。
「リーネ様、ようこそお越しくださいました」
しばらくすると、戻ってきた門番に案内され、リーネは邸宅の中へ入った。
そこで待っていたのは、見覚えのある燕尾服姿の初老の男性だった。
「ご苦労様。あなたが祖父の言っていた執事の方ですか?」
「はい。私はジャスパーと申します。ミゼリオール家の執事長を務めております」
恭しく礼をしたジャスパー。
このジャスパーは前々からミゼリオール家につかえている執事で、リーネの祖父からの信頼も厚い人物だった。
「ジャスパー様は叔父の時代にもミゼリオール家に仕えておられたとか」
「様は結構です。そうですね。リーネ様の祖父であられるヴァルド様からのご命令によりまして、先代当主に仕えさせていただいておりました」
そう、リーネはジャスパーのことを見たことがあった。
以前にミゼリオール邸に侵入した際に、ヴェルディオと話をしていた時に一緒にいたのがジャスパーだったのだ。
「単刀直入に聞きますが、祖父の願いの元、叔父の調査をしていたってことで正しいですか?」
「敬語も結構でございます。そうですね……言い方は悪いかもしれませんが、スパイのようなものでございました」
「随分とはっきりと言いますね」
「はい。リーネ様はそちらの方がお好きかと伺っております」
「祖父から聞いたのですか?」
「はい。ヴァルド様からはリーネ様のことはよく伺っておりました」
「あの祖父がですか……」
ちなみにリーネはジャスパーのことはまったく聞いていなかった。
(しかし、祖父が叔父のことをきちんと調べていたのは当然でしたか)
証拠こそ掴めなかったものの、スパイまで潜り込ませていたのは、さすがと言うべきかも知れない。
「そして今はまた祖父に頼まれて私の世話をしてくださると」
「はい。ヴァルド様がお亡くなりになる前に、リーネ様のことを頼まれました」
現在、このミゼリオール家はこのジャスパーがいることで家が維持されている。
叔父がやらかしたら諸々のことや、貴族関係のこともジャスパーが取り仕切っているのだ。
リーネが次期当主という曖昧な立場になっているのもこのジャスパーがいることで時間が稼げると判断されたからに他ならない。
執事というよりは、家令と言った方が正しいかもしれない。
そんなジャスパーにリーネは今日会いに来たのだった。
その目的は……
「貴族教育……面倒ですね」
リーネはため息をついた。




