第4話 魔物とシスター
「誰かっ! 助けてください!」
聞こえてきたのは女の子の悲鳴だった。
「治安が悪いというのは本当のことなんですねぇ」
リーネは満足そうに頷いている。
「そんなこと言っている場合か!」
そんなリーネのことをよそに、レイヴンは急いで悲鳴が聞こえたスラムの奥へと走り始めた。
「……やれやれ、私のことを放置したまま駆け出すなど、使徒としての自覚が足りないんじゃないですかね?」
にやりと笑いながら、リーネはゆっくりとその後を追いかけたのだった。
一人になってもスラムの中をいつも通りに歩いていったリーネはすぐにレイヴンに追いついた。
「はぁっ!」
レイヴンはちょうど剣を抜き放ち、大きな犬のような生き物と対峙しているところだった。
(おっと、暴漢かと思っていましたが、そっちのパターンでしたか)
見れば、その大きな犬はただの犬ではなく、首が二つもある。
(そういえば、魔物を見るのは初めてですね)
王都に住んでいる限り、魔物を目にすることはほぼないと言っていい。しかし、ここは王都の門の外。
魔物が現れることもあるのだろう。
リーネは興味深げに魔物のことを見る。
「うぅ……」
ふと、聞こえた声にリーネはそちらに目を向けると、レイヴンが魔物と対峙しているすぐ後ろで、リーネと同じくらいの年齢に見えるシスター服の女の子がお腹を抑えているのが見えた。
さらに女の子の後ろには、小さな子どもが三人、怯えた様子で女の子にしがみついていた。
(ふむ、この状況でもまだ子どもをかばおうとしているのは好感が持てますね)
ちらりとレイヴンの方を見るリーネ。
どうやらレイヴンは女の子をかばうように魔物と戦っているようだ。
(まあ、そちらは心配ないでしょう)
むしろ、負けるようなことがあったら説教ものだ。
「どうもこんにちは、辛そうですね」
なので、リーネはゆっくりと女の子に近寄って話しかけた。
「あ……あなた……は?」
女の子はリーネの姿を見て、驚いたような顔をした後に、険しい顔をした。
「ここは……危険です……早く、逃げて……」
「おっと」
さすがのリーネもこれには少し驚いた。
見れば女の子が抑えているお腹の辺りからは血が滲んでいる。
どう見ても、人のことを心配している場合ではない。
(これは本気の目ですね)
リーネが見るに女の子は本気でリーネを心配しているようだ。
これは今までリーネが見てきた中にはいなかったタイプだった。
「気に入りましたよ」
リーネはにやりと笑うと、女の子の手を取った。
「な……に……」
「特別にご褒美です」
リーネの手から黒い煙が吹き出し、女の子のお腹辺りへと伸びていく。
「これ……は……」
女の子は呆然としたような虚ろな顔でその様子を見つめる。
「はい、治りました」
煙が収まり、リーネは女の子の手を離した。
「治る……? あれ? 痛みが……」
女の子は呆然としたまま、自分のお腹に手を当てる。そこには先程まで吹き出していた血は跡形もなく消えていた。
「日頃の行いに感謝しましょうね」
ふふっ、と笑うリーネ。
「……あなたは……もしかして……」
女の子は何やらリーネに向かって手を伸ばしたが、その手がリーネに届くことはなかった。
がくりと力を失ったように、女の子はそのまま倒れてしまった。
「おっと、気絶しましたか」
咄嗟にリーネは女の子を支える。
「息はしていますね。安心したのでしょう」
急に痛みが消えて、気が抜けてしまったのだろう。
「シスター!」
女の子が倒れたことに子どもたちが気が付き、すぐに飛びついた。
「ご安心を。寝ているだけです。それに、そろそろ……」
振り返ると、ちょうど、レイヴンが魔物を剣で仕留めたところだった。
「随分と苦戦していましたね」
「……初見の魔物だから慎重になっただけだよ。君もいたしね」
「そうですか」
「そっちは?」
剣を収めながら近寄ってくるレイヴンに子どもたちがビクリと反応した。
「概ね対処したところです。さあ、というわけで……」
リーネはにこりと微笑んで子どもたちに話しかけた。
「あなた達の家まで案内してもらえますか?」
その言葉に子どもたちは顔を見合わせ、静かに頷いたのだった。




