第6話 死神と奴隷
「知らない天井ですね」
リーネの寝起きはとてつもなく良い。外聞さえ気にしなければ起きて5秒で外出できるレベルだ。
そして、そのリーネにしても今の状況はさすがに理解できなかった。
見上げた先にあるのは、見慣れない木造の天井。自分の部屋は灰色の壁紙なので、それだけでもう違うと判断できる。
部屋に付けられている窓からは月光と星明り、そして街灯りが差し込んでいる。どうやら、夜ではあっても夜更けではないらしい。
(いや、誰かが忍び込んで天井だけ塗り替えたとか?)
確かに可能性としてはゼロではないが、あまりにも現実感がなさすぎる。さらに言うならば、
「お目覚めかな?」
天井と一緒に見える、最近見たことがある顔。
一人暮らしのリーネにとってはありえないシチュエーションだ。
(なんだろうこの状況は)
覚醒した頭で考え、そして一つの結論にいたった。
「見知らぬ天井、つまりあなたは誘拐犯ですね?」
だって自分はさっきまで旧校舎にいたのだ、天井に見えるのは明らかに旧校舎のボロボロの天井ではない。
「違いますよ。僕は心配になって、君たちを探しに戻ったら、倒れている君たちを見つけただけです」
リーネの問いにその男性は少し困ったような笑みを浮かべて首を振った。
「そういえば、旧校舎の道中に会った方でしたか」
その男性は学園の生徒会長であり、旧校舎への道すがらに会ったあの人物だった。
「なるほど、余裕を持って意味深に見送ったものの心配になって引き返してきたと? あなたはそう言いたいんですね?」
「うん、なんか色々と気になるところはあったけど、概ねその通りかな」
生徒会長の瞳に嘘をついている様子はない。でもそれだけには見えなかった。
(で、あるならば納得……いえ……ひょっとするとチャンスかもしれませんね)
完全に覚醒したリーネの頭が回転し始めた。自分にとって理想的な展開にできるかもしれないと。
「しかし、それはおかしくないですか?」
「おかしい?」
「ええ、あなたが私たちを探しに戻って見つけたのはいいとします。では、なぜ私は今学園の保健室にいないのでしょう?」
保健室にはよくサボりでお世話になるのでわかる。ここは明らかに保健室ではない。
「それに一緒に倒れていたはずのノエラもいない」
先程、生徒会長は「君たち」と言っていた。つまりノエラも一緒に見つけたはずだ。
それなのにここにはリーネしかいない。
「倒れている婦女子を見知らぬところに連れ込んだ。これだけでもう誘拐と言えるのではないでしょうか?」
「確かに状況的にはそうかもしれないけれど、それにはきちんとした理由があるんだよ」
「ほほう、どんな理由ですか? その理由を話しますか? それとも警察に行きますか?」
「いや、普通に話すよ」
生徒会長はそう言うと、深く息を吐いた。
「実はね、僕は死神ギルドの一員なんだ」
「死神ギルド?」
その名前には聞き覚えがある。というか、一応学校の授業で習うくらいには有名な組織だ。
この世界で唯一の国以上の権力を持つ世界的な組織。その仕事内容は死神を《《サポート》》すること。
「本当は普通に保健室に連れて行こうとしたんだけど、僕の上司から連絡が入ってね。君とだけ話がしたくて部屋を分けてあるんだよ」
「なるほど、ノエラは別の部屋にいると」
「ああ、そういうことだよ。話が終わったら案内するから。僕の話を聞いてくれないか?」
「まあ、いいでしょう。ノエラを助けてくれたお礼です」
上から目線で言ったリーネ。それに生徒会長は特に反応もせずに真面目な顔で頷いた。
「僕が君たちを発見した直後に神託が入ったんだ。新たな死神が誕生したってね」
「そういうことですか」
この時点でリーネはおおよその流れを理解した。そして、それはとても予想通り面白そうな方向に進んでいた。
「一応、理解してもらった上で確認をするけど……君は死神になったということで間違いないよね?」
生徒会長は確認するように尋ねてきた。ここで嘘をついても面白そうではあるが。
「ええ、神に選ばれた死神というのでしたら私のことで間違いないですね」
あの時の存在を神と呼ぶのかはわからないが、少なくともリーネに埋め込まれた知識では自分は死神ということになっている。
「……随分と冷静なんだね?」
生徒会長はもの珍しいものを見るような目でリーネを見てきた。
「何か? おかしいですか?」
「いきなり死神になったらもっと動揺するって聞いていたからさ……」
「ああ、なるほど。確かに世間的に見て死神は畏怖の対象ですからね。いきなりソレになれと言われたら混乱するのは無理もないでしょう」
世間では死神にはあまりいいイメージはない。なにせ死に直結している存在なのだから。
どれだけ特別な存在であっても、むしろ特別な存在だからこそ、恐れられるのは当然だ。
「私としては、貰えるものはもらっておこうという感じですかね。特に困ることはないですからね」
「……死神には求められる役割もあると思うけど?」
世間的が死神に求める役割は当然ある。そう、それがあるからこそ死神は特別な存在として認識されているのだ。
しかし、
「死神はあくまでもやれることをやるだけです。役割は義務ではありません」
やれるとやらなければならないは違う。あくまでも主導権は死神側にあるのだ。
そしてそれは死神と死神ギルドの関係にも言えることだった。
「死神ギルドはあくまでも死神をサポートするという組織です。わかりますか? つまり決めるのは私ということです」
リーネはまっすぐと生徒会長の目を見てそう言い切った。
「……なるほどね」
生徒会長はしばらくリーネを見てから、ゆっくりと頷いた。
「確かに僕は君を死神ギルドに所属するように勧誘するつもりでいた。でも、君としては所属つもりはないってことかな?」
真剣な表情をしながら尋ねてくる生徒会長。リーネの反応がよほど予想外だったのだろうか、困惑している様子が見て取れた。
「いえ、条件によっては所属してもいいかな? と思っていますよ」
ここまでの話を裏切るようにリーネは笑顔でそう言った。これこそがリーネが待っていた展開なのだ。
「……その条件とは? 一応言っておくとさすがに死神ギルドといえどできることとできないことがあるけれど」
眉間にシワを寄せながら生徒会長が尋ねてきた。
「まず前提として、私は死神ギルドに命令されるつもりはありません。私はあくまでも私の意思で動きます。ここまではいいですね?」
当然のことを確認するリーネ。
「お願いという感じで依頼するのは?」
「時と場合によりますね。まあ、一般的に神から求められている関係のものならば、お願いされても断るつもりはありませんよ」
「なるほどね……それなら多分大丈夫かな」
生徒会長は少し考え込んだ後、ゆっくりと頷いた。
「ええ、では前提は大丈夫そうですね。では、早速条件なのですが……」
そうここまではあくまでも前置き。ここからが本題だ。
「私が所属する条件はただ一つ。あなたがこれから私の下僕として働くことです」
「……は?」
リーネの言葉に、生徒会長はぽかんと目を丸くした。
「げ、下僕!? なんでそんなまた!」
焦ったような表情で生徒会長が叫んだ。
「なんで……そうですね……簡単に言えば、おもしろそうだから、でしょうか?」
リーネとしても、特別に理由があったわけではない。
「ああ、強いていうのであれば、あなたの反応が面白そうだから、言ってみたという感じですね」
条件と考えてとっさに浮かんできたのがそれだったというだけ。
そう言ったら、この男はどう反応するだろうか? そんな好奇心がリーネの中にあった。
そして、それは満たされたと言っていい。
「あなたの困惑する顔、なかなかに見事でしたよ」
満面の笑みを浮かべるリーネ。完璧生徒会長の崩れた顔は非常に面白かった。
「そんな理由で……」
完璧生徒会長はさらに困惑したような表情を浮かべた。眼の前のリーネの存在がわけがわからないとでも言いたげに見える。
「うん、我ながらなかなかいい条件ですね。それでどうします?」
自分を犠牲にして世の中のために働くかどうか、その選択を迫られているのだ。
そんな究極の選択に生徒会長が悩む様子を観察しようと思っていたのだが、
「わかりました。その条件で構いません」
至極あっさりと生徒会長は頷いた。
「本当にいいのですか? 私が何を言うかわからないですよ?」
「ええ、覚悟の上です。私は私に求められることをします」
しっかりとした口調でリーネにそう言い切った。それは先程のようなリーネの望んだ表情ではない。
(随分とつまらない……いえ、これは逆に面白いですね)
なんとなく生徒会長の性格がわかってきたリーネは、逆に興味が湧いてきた。
「ええ、それでは今この瞬間からあなたは私の奴隷です」
もちろん、これは正式な契約ではない。
ただの口約束。レイヴンがどこまで本気で受け取っているかはわからない。
(でも、それでいい。とりあえず、私の言うことを聞かせる口実にはなりますからね)
それにリーネとしてはレイヴンが従わないのであれば、仕事を受けないだけだ。
「ふむ、まあいいでしょう。では、早速ですが……」
リーネが何を言うつもりなのか、生徒会長はゴクリと息を飲んで構えているようだった。
「自己紹介をお願いします。あなた……名前なんでしたっけ?」
リーネは眼の前の男の名前を知らなかった。生徒会長であることは知っているが、名前は忘れていた。
「……レイヴン・ガレンティです」
生徒会長あらためレイヴンはぽかんとした後、ゆっくりと名乗った。
(まさか、自分の名前も知らずに話してたのか? みたいな表情ですね)
いい表情だとリーネはくすりと笑った。
「私はリーネ・ミゼリオールです。さあ、せいぜいよろしくお願いしますよ」
そんな表情を見て、やはりリーネは満足そうに頷いたのだった。




