第5話 その証拠
「な、なんてことをしてくれたんですか!」
しばらく呆然としていたサマンサ子爵だったが、ようやく我に返ったのか、怒号とともに立ち上がり、レイヴンに詰め寄った。
「すいませんねぇ、でも、問題ないんでしょ? さっきご自身が言っていたではないですか、広まったところで真摯に言い返すだけですから、って」
対してレイヴンは涼しい顔で答えた。もちろん、そこに悪びれた様子はない。
「そ、そうは言っても! きちんと事実確認していないことで我が社の名誉を傷つける可能性があるんですよ!」
名誉、貴族にとっては何よりも大事なものだ。風評被害、なんとも恐ろしいものである。
もっとも、本当になにもしていないのであれば、そんなことは気にする必要もないのだが。
「それよりも、今回我々が訪れたのはもっと別の理由からなんですよ。そちらの話を先にしましょう」
そう言ってレイヴンは、サマンサ子爵を再び座るように促した。
そうレイヴンやリーネにとってサマンサ子爵の不正などどうでもよいのだ。
「アレクというフリーライタが殺された事件についてです。いったい誰が殺したのか」
その犯人の方がよほど重要だ。
「はぁ? 知りませんよそんなの! どうせそのへんのゴロツキがやったんでしょう!?」
サマンサ子爵は焦ったように首を振っている。首から下げている金のネックレスが金属音を震わせた。
「本当ですか?」
「ひょっとして我が社を疑っているのですか! 不正な記事を書かれたことに対する腹いせで殺したなどと!?」
全部自分で言った。どうやら随分と焦っているようだ。
「いえいえ、別にあなたを疑っているわけではありませんよ。しかしですね……これを……」
そう言ってレイヴンは懐から袋を取り出して机の上に置いた。
「ひっ! な、なんですか! これは!?」
「こちらは凶器となったナイフです。特別に拝借してきました」
レイヴンが取り出したのは、死体に突き刺さっていたナイフ。まだ血がこべりついておどろおどろしい。
サマンサ子爵は目を背けている。
「見ていただきたいのはここの模様なんですよ、ほら、よく見てください」
「これは……!」
レイヴンに促され、いやいやといった様子でサマンサ子爵がその模様を見て、目を見開いた。
「おや、やっぱり見覚えがありますか? どうもサマンサ子爵家の家紋と非常によく似た模様のようなのですが……」
そう非常によく似ている。先程廊下でも色々な家財にかかれていた変な模様とそっくりだ。
「た、確かによく似ていますが! こちらは当家ではなく分家のものです! ほらっ! ここっ! 虎ではなく鴉でしょ!」
サマンサ子爵が必死に指差すそこには、確かに鴉が描かれている。確かに虎には見えない。
「なるほど、そうなると、このナイフはサマンサ子爵の分家のものということですね?」
「あっ、そうなりますね……」
当たり前のことを指摘されて、サマンサ子爵は黙り込んでしまった。
そう子爵は気がついたのだ、この模様の分家は唯一人しかいないことに。
「この模様の分家について調べました。さて、私が訪れた理由はわかりますね?」
レイヴンは顔を上げる。
それと同時だった。
「……っ!?」
リーネは突然の喉の痛みを感じて、思わず膝をついた。
(さすがにこれは……予想外でした)
あまりにも耐え難い燃えるような痛みにリーネはすぐさま意識を切り替えた。
「ヴェリオ!?」
サマンサ子爵が驚きの声をあげる。その目はリーネの後ろにいる人物へ向けらている。
「……油断したか」
レイヴンも呆れたような顔をしながらそちらを見る。
二人の視線の先には、燕尾服を着たモノクルの男性。執事がそこに立っていた。
「やはりナイフは回収しておくべきでしたね」
彼はリーネの喉に突き刺したナイフを抜き取り、その血を指でぬぐいながら言った。
「回収できなかったんですよね? どうやら被害者は随分と抵抗したみたいですからね」
「ええ、そうですね。知っていますか? 心臓を一突きしても人はすぐに死なないみたいですよ」
そう、あのアレクというフリライターは、心臓を一突きされて、自分が死ぬのをわかっていたにも関わらず、必死に抵抗したのだ。
重要な証拠となるナイフを決して離さないことで。
被害者がナイフを握りしめていたのは、抜こうとしてたんじゃなくて奪われないように自分で握り込んだのだ。
「そう、あなたは結局犯人に負けたんですよ。こうして私たちがここまで来たことが証拠ですよ」
言いながら立ち上がったレイヴンは腰につけていた剣を抜き放ち、執事に向けた。




