第27話 侯爵と過去
-----ヴェルディオ・ミゼリオール視点-----
タンブルウッド王国の貴族街、その中でも特に高位貴族が住むエリアのとある家。
その一室において、ヴェルディオ・ミゼリオールは部下からの報告を受けていた。
「今月の売上は前月比で10%減少しておりました、ヴェルディオ様」
「ちっ、原因は何だ?」
ヴェルディオは極めて冷静に、しかしその怒りを抑えきれずに部下を睨んだ。
「他商会により、我々と同程度の出力を持つ人工魔石の開発がされたことが主な要因かと存じます。加えて、先日よりは弊社の人工魔石の動作が不安定だという噂が流れたことで、魔道具開発者から不安視されているようです」
「ちっ」
それを聞いたヴェルディオは舌打ちをした。
ミゼリオール家の商会が行っている人工魔石事業はうまくいっていない。特に最近は、悪い噂が広まってしまい、評判は下がる一方だ。
「魔道具会社のやつらめ、自分たちの努力不足を我々のせいにするとは……」
ギリギリと音がなるくらいに歯ぎしりをする。
自分たちの人工魔石は他にはない高出力を売りにしている。そんな性能を活かしきれずに不安定などと表する魔道具制作会社に彼は怒りを覚えていた。
決して、自分たちの人工魔石が悪いなどとは考えていない。
「まあ、いい。今開発中の人工魔石が出ればすぐにまた評価は裏返る」
自分たちは人工魔石に関してはトップだ。今最終テストをしている人工魔石を出荷できればまた自分たちにすり寄ってくるに違いない。
「ヴェルディオ様……ここでもう一つ報告がありまして」
「なんだ」
部下の顔がなんだか暗い。見るだけで陰鬱になる。次の会議にかけて入れ替えよう。そういえば、こいつの部下に見た目が良い女がいたな。そいつと入れ替えて……
「新開発の人工魔石のテストで重大な不具合が見つかったとの報告がございました」
「なんだと!?」
思わずヴェルディオは立ち上がっていた。
「開発は成功していたはずじゃなかったのか!」
聞いていた話と違うと憤る。今にも部下の胸ぐらを掴みそうな勢いだ。
「開発は確かに成功しました。出力は大幅に上昇しておりました」
「なんだ、それでは問題ないではないか」
「出力が大幅に上昇したのは一時的なもので、次の瞬間には出力は大きく下がる、その後にはまた上昇するというのを繰り返したそうです」
「一時的にでも出力が上昇するのであれば問題はないではないか」
「いいえ、これを魔道具に使うのであれば、出力が安定していないというのは大きな問題になります。現在では出荷しても市場で受け入れられないというのが技術者たちからの報告です」
「では、それをすぐに直せ!」
宛にしていた人工魔石、それが出荷できないとなると、事業へのダメージは計り知れない。
「いえ、それは……不可能です」
「なぜだ!」
「実は研究チームのトップであるクレイン氏が退任したため、チーム内で混乱が起こっておりまして」
「……ちっ、また、あいつか」
ヴェルディオは顔をしかめた。今は聞きたくない名前が出てきたからだ。
「しかし、代わりのものを立てただろうが、そいつは何をしている!」
クレインをクビにしたのはヴェルディオ自身の判断だ。
「代わりにチームのトップのなった者に話を聞いたところ、クレイン氏の代わりなど自分には無理だと……」
「そんな馬鹿な! あいつは平民だぞ! そんな奴にしかできない研究などあるはずがない!」
思い浮かぶのはいつもおどおどしていたクレインの顔。
多少は使えると思って拾ってはおいたが、所詮平民だとヴェルディオは見下していた。
「いえ……クレイン氏は人工魔石研究においてはまさに天才と呼べるほどの方でして……彼がいなくなったとなると、我らの事業への影響は計り知れません」
部下は直接口にはしなかったけれど、廃業になる可能性があるというのを示唆していた。
「そんな馬鹿な……」
ヴェルディオは驚愕を隠せなかった。
「クレイン氏を呼び戻すことも考えてはいかがでしょうか……」
「……」
ヴェルディオはそれが叶わないことを知っていた。
なぜならば、彼がクレイン氏の暗殺を暗殺者ギルドへと依頼したのだから。
ヴェルディオがクレインと出会ったのは、今から二十年ほど前の話になる。
(くそっ……あの忌々しい教師め)
当時、ヴェルディオはタンブルウッド学園に通う生徒の一人だった。
(何が君は兄に似て優秀だ)
学園には一つ歳上の実の兄である、アルベリオが通っていた。アルベリオは学園の生徒会長として、生徒だけでなく教師陣からも信頼されるそんな優秀な男だった。
(兄など、私が本気を出せば造作もないというのに)
今日だって先日、校舎近くの魔物を討伐したという《《流れ》》になったことで、最初はヴェルディオ自身を褒めていたのに、最終的にはさすが生徒会長の弟だ、などと言われた。
(あれほど大きな魔石を納品など、兄にだってできるわけがないのに!)
時刻は放課後、家に帰って兄と顔を合わせたくない。イライラとしながらなんの目的もなく校舎を歩き回っていた。
そんな時だった。
「……っ」
ガラガラと奥の教室の扉が開く音が聞こえた。好奇心に駆られ、ヴェルディオはその音のする方へと足を向けた。
教室の中を覗き込んでみると、そこには一人の男子生徒が立っていた。
同じ学年の生徒だ。名前は忘れたが、平民の生徒だ。
彼は教室の中央に立ち、わなわなと震えながら何かを呟いている。
「ライナー……ライナー……」
誰かの名前だろうか。
「そこで何をしている」
ヴェルディオがその平民の男子生徒に声をかけたのは、憂さ晴らしでしかなかった。
彼は驚いたように振り返り、怯えた表情を浮かべた。
それがヴェルディオとクレインの出会いだった。
これをきっかけにして、ヴェルディオは成功への道を見つけることになる。
しかし、その成功の先には、地獄が待っていることを、当時の彼は知るよしもなかった。




