第12話 幽体と離脱
タンブルウッド王国の貴族街、その中でも特に高位貴族が住むエリアのとある家。
その家の一室に、二人の少女がいた。
「リーネ様、本当にやるんですの?」
その一人、ノエラが不安そうに尋ねてきた。
「ええ、もちろん、どうしたんですか? ノエラらしくないですよ?」
対してリーネは楽しげだ。
「いえ、全く確かにワクワクしていないと言ったら嘘になりますが、それ以上に不安が大きいですわ」
表情を見ると、ノエラはかなり緊張しているようだ。
「貴族のお屋敷に侵入するなんて、バレたらリーネ様も私もとんでもないことになりますわよ」
そう、これから、二人はリーネの生家であり、現在は叔父が住んでいるミゼリオール家に忍び込むつもりなのだ。
ノエラはこれでも貴族の一員であり、そんな彼女が他の貴族の家に潜入するのはかなりのリスクがある。
具体的には、発覚した場合、貴族社会からの追放の可能性すらありえる。
「大丈夫ですよ。ノエラ。そもそも、見つからなければいいのですよ」
「潜入経路とかを考えるんですわよね? いえ、しかし、そんな簡単な方法はあるのでしょうか? リーネ様も知っての通り、私の運動能力はそれはもう酷いものですわよ?」
知っている。ノエラは頭は良いが、それと反比例するように運動能力が低い。学年でもダントツで一番下と言っていいくらいだ。
リーネと同レベルだ。
「いえ、ですから、見つからないようにすればいいんですよ。ほら、例えば、姿を隠すような魔道具があれば、簡単に忍び込めますよね」
「それは確かに……ですが、そんな魔道具はあるんですの?」
「むしろ、ないんですか? ノエラあたりなら持っていそうな気がするのですけど」
「……一応、ありますが……」
ノエラはごそごそと近くの棚の中をあさり、一つの小さな香水のような瓶を取り出した。
「これをかけることで、一定時間、他の人からの認識を阻害することができますわ」
「本当にあったんですね。さすがノエラ」
まさか本当に出てくると思っていなかったリーネは思わず拍手をした。
「いえ! ですが、これはあくまでも、ごく短時間しか効きませんの、せいぜい一分ほどですわよ」
「一分ですか……それは……ちょっと厳しいですね」
ピンポイントには使えるかもしれないが、屋敷を調査するには心もとない。
「これ以外にはないんですか?」
「ないですね……」
そうなると、侵入は厳しい……わけもなく。
「であるならば、死神の力を使いましょうか」
「そんなことができるんですの!?」
「ええ、もちろん」
死神の力は多岐にわたる。姿を隠すなど朝飯前だ。
「あれ? では、なぜ魔道具のことを聞いたんですの?」
「いえ、私としては例えば話だったのですが、まさか本当にそんな魔道具があるとは思ってもいませんでしたので」
おかげでノエラの有能っぷりもわかったし成果はあった。
「さて、では……ふむ、そうですね。ノエラ、そこに寝てもらえますか?」
「ベッドにですの? ええ、わかりましたわ?」
ノエラは不思議そうに首をかしげたものの、リーネの指示に従ってベッドに横になった。
「目をつぶってください」
「……」
素直に目を閉じるノエラ。
「ええ、では……よっと!」
リーネはノエラに手をかざし、能力を発動させる。
すると、ノエラの身体がぶれて二重になっていく。
そのまま、片方が浮かびあがって、二つの身体は完全に分離した。
「よし、目を開けていいですよ」
「……はい……あら?」
ノエラは目を開けると、違和感を覚えたのか、目をぱちくりさせたあと、周りを見回し、そして、自分の下にある自分の身体を見つけた。
「なっ! どうなっていますの! 私がいますわ!?」
ドッペルゲンガーですの!? なんて叫びながら自分の身体をぺちぺちと叩くノエラ。
「いえ、その身体は正真正銘ノエラの身体ですよ。ノエラは今、私の死神の力で霊体になっているんですよ」
そんなノエラのことを楽しげに見ながら説明するリーネ。
「霊体ですの!? あ、確かになんだか身体が透けていますし、浮いてもいますわ!」
驚いたものの、ノエラはすぐに状況を理解したのか、興味津々で自分の身体を見回す。
「へぇ、あ、物もすり抜けるんですのね」
「ええ、でも意識すれば触ることもできますよ」
「本当に? あ、できましたわ」
ノエラは近くに手を伸ばして、ベッドの布団を掴んでみせた。もう幽霊の身体に慣れたようだ。
「さすがノエラ、もう完全に使いこなしていますね」
「ええ! オカルト研ですもの! 幽霊になったときのシミュレーションはバッチリですわ!」
オカルト研だからといってそんなシミュレーションしているのはノエラだけだと思うが、ともかくこれで準備が整った。
「さて、これで見つからずに潜入できますね」
「なるほど、幽霊になれば自由に動き回れますわね! あれ? でもリーネ様はどうするんですの?」
「私? 私は普通に姿を消して入りますよ」
死神の力を使えば、人から見つからないようにするのは朝飯前だ。
「へぇ、便利ですわね……あれ? でも、それならなぜ私だけ霊体にしたんですの?」
「あれ? そっちのが好みでした? ノエラなら霊体になったほうが喜ぶと思ったんですけど」
「いえ! これは確かにありがたいですわ! さすがリーネ様は私のことをわかってらっしゃいますわ!」
ノエラは嬉しそうにリーネの周りを飛び回る。
「うん、ならいいよね。それじゃあ行こうか」
「ええ、行きましょう!」
こうして、二人はミゼリオール邸への潜入へと向かった。
「あ、ちなみに、長時間身体から魂が抜けてたら身体を乗っ取られる可能性があるから早く帰らないとだからね」
「え゛っ」




